嵯峨景子の『今月の一冊』｜第二十六回は『少女マクベス』｜学園ミステリとシェイクスピア作品の融合

更新：2024.9.29

少女小説研究の第一人者である嵯峨景子先生に、その月に読んだ印象的な一冊を紹介していただく『今月の一冊』。26回目にお届けするのは『少女マクベス』です。シェイクスピアの戯曲『マクベス』と学園ミステリが融合した本作の魅力を語っていただきました。 ”学内一の天才と謳われた劇作家志望の女子生徒が、自身の手がける「マクベス」の上演中に舞台から不審な転落死を遂げる。彼女の死の真相とは――？”(HPより引用)

「嵯峨景子の今月の一冊」、第26回です。今月は2024年8月刊行の降田天『少女マクベス』（双葉社）をご紹介します。

少女マクベス

著者

降田天

出版日

　新刊情報をチェックしているときに、目に留まったのがこの『少女マクベス』でした。演劇をモチーフに、天才と謳われた女子学生の死の真相を探るミステリー。演劇に少女、そして学園ミステリーという、私の大好きな要素がてんこもりのあらすじにそそられて購入しました。

　降田天は、プロットを担当する萩野瑛と執筆を担当する鮎川颯の二人からなる作家ユニットです。2014年に『女王はかえらない』で第13回「このミステリーがすごい！」大賞を受賞してデビュー。以後ミステリーを中心に活躍中で、2018年には「偽りの春」で第71回日本推理作家協会賞の短編部門を受賞しました。私が二人の仕事に最初に触れたのは、降田天以前、鮎川はぎの名義で仕事をしていた少女小説時代でした。小学館ルルル文庫の『横柄巫女と宰相陛下』シリーズなどに親しんでいたこともあり、降田天名義での再デビューを喜ばしく思い、以後も陰ながら応援している作家です。

『少女マクベス』のあらすじ

物語の舞台は、女性のみが入学資格を有する百花演劇学校。全国から集った俳優や制作志望の少女たちは、寮で共に寝起きをしながら、三年間をかけて演劇の勉強を専門的に行います。学内最大のイベントは、年に一度行われる定期公演。この公演ではひとりの生徒が脚本と演出を担当し、脚本は全学年を対象にしたコンペで選ばれています。

設楽了は学校史上初めて一年生でその座を射止めた天才で、異彩を放つその手腕は周囲から“神”と崇められていました。彼女は翌年も『百獣のマクベス』という作品で、定期公演の脚本家・演出家に選出されます。ところが定期公演の当日、一幕と二幕の間で「奈落」と呼ばれる舞台の床下に落下するという、不幸な事故で亡くなりました。

主人公の結城さやかは、劇作家を目指す制作科の三年生。同級生だった了に続く万年二位のポジションにいた彼女は、今もなお手の届かない高みにいる了を心の中でライバル視しています。そんな彼女の前に現れたのが、藤代貴水という奇妙な新入生でした。彼女は入学式で「設楽了の死の真相を調べにきました」と公言し、以後もさやかに執拗につきまとうのです。

了の友達だった貴水は、彼女の死は誰かに追い詰められた末の自殺だったと考えています。貴水によると了は誰かに盗聴されていたようで、亡くなった定期公演の日に貴水がかけた最後の電話で、「あなたが〈魔女〉だ」という謎の言葉を残していました。貴水の調査に巻き込まれたさやかは、魔女というキーワードを手がかりに、『百獣のマクベス』で魔女を演じた三人、優等生の乾綾乃、華やかな美少女の加賀美綺羅、大物俳優の娘でクールな神崎氷菜に聞き取りをはじめますが……。

『少女マクベス』│少女の熱意、嫉妬や羨望、友情が綴られた刺激的なミステリー

了と関わりのあった生徒を調べる中で、次々と明かされていく秘密や闇。物語はシェイクスピアの名作悲劇『マクベス』を下敷きに、人間の心の暗部に切り込みながら、才能をめぐる問題にも真摯な問いかけをしていきます。了の死をめぐる謎解き物語として、最後まで緊張感を失わない見事な構成の小説です。

了には、出演した俳優の魅力を引き出すという、卓越した力がありました。生徒たちにとって、了の作品に関わることは大きな名誉であり、彼女の舞台に立ちたいと渇望します。一方で、了は指導に打ち込むあまり、他人に対して厳しすぎる態度を取る傾向がみられました。過去には追い詰められて病んで学校を退学した、桧垣桃音という生徒がいるにもかかわらず、周囲は才能ゆえに了の横暴な態度を黙認し続けてきたのです。10年前に構想された本作は、近年明るみになった実在の事件などをモチーフにしたものではありません。それでもなお、芸能とハラスメントをめぐる現実の諸問題とも呼応し、読者に深い思考を促す作品になっています。

多彩なキャラクターが登場するなかで、私が一番心を惹かれたのが主人公のさやかでした。自分は了のような特別な人ではないと自覚を持ったうえで、高い向上心を持ち続け、彼女を“神”と崇めることも決してしません。「力は認めるけど崇拝はしない。手放しに称賛はしないし、思考を放棄しない」という力強い言葉と姿勢に、心を鷲掴みにされました。了という巨大な才能に対して盲従するのではなく、自分の立場から常に考え、そして挑み続ける姿に励まされます。

長い構想期間の中で、何度も改稿を繰り返したという『少女マクベス』。少女たちが演劇に打ち込む姿と、嫉妬や羨望、そして友情を鮮やかに綴る、刺激的なミステリーです。