嵯峨景子の今月の一冊|第二十八回は『おちゃめなパティ』|『あしながおじさん』作者がおくる”永遠の少女小説”

更新:2025.1.30

少女小説研究の第一人者である嵯峨景子先生に、その月に読んだ印象的な一冊を紹介していただく『今月の一冊』。28回目にお届けするのは2024年11月に新潮文庫から発売された『おちゃめなパティ』です。だれもが知る少女小説の作家が送る、はちゃめちゃな少女の物語の魅力を解説していただきます。

ライター・書評家。出版メディア関連やポピュラーカルチャーを中心に取材やライティングを手がける。得意ジャンルは少女小説やライト文芸など。著書に『氷室冴子とその時代』(小鳥遊書房)や『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社)、編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』(時事通信出版局)などがある。Twitter(https://twitter.com/k_saga) note(https://note.com/sagakeiko/)
泡の子

「嵯峨景子の今月の一冊」、第28回です。今月は2024年11月に新訳が出たジーン・ウェブスターの『おちゃめなパティ』(三角和代訳/新潮社)をご紹介します。

 ジーン・ウェブスターという作家を知らなくても、『あしながおじさん』という本のタイトルをご存知の方は多いのではないでしょうか。ウェブスター(1876-1916)は、母方の大叔父に『トム・ソーヤの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』などで有名なマーク・トウェインがいる、アメリカの女性作家です。1903年に初の小説『パティ、カレッジに行く』を上梓し、1912年刊行の『あしながおじさん』で名声を博します。今回ご紹介する『おちゃめなパティ』は、『あしながおじさん』刊行の前年の1911年に刊行された作品で、日本では1955年に『女学生パッティ』というタイトルで翻訳されました。

『あしながおじさん』は大好きでその続編も愛読していますが、ウェブスターの他作品は実は読んでおらず、彼女が『おちゃめなパティ』という女子寄宿学校ものを手掛けていることを恥ずかしながら知りませんでした。新潮文庫名作新訳コレクションのキュートなカバーと、「『あしながおじさん』のウェブスターがおくる永遠の少女小説」という帯の言葉に惹かれて、今回初めて読んでみました。

 物語の舞台は、アメリカの全寮制女子校・聖アーシュラ学園。女子教育の守護聖人である聖アーシュラの名前を掲げる学園に通うパティとコニーとプリシラは、最上級生の仲良し三人組です。64人の女子が在籍するこの学園には、多様なバックグラウンドと性格の生徒たちが集っており、日々さまざまな騒動が起こります。物語は正義感が強くて茶目っ気にあふれたパティを中心に、学園の内外で起こるさまざまな事件とパティたちの学園最後の一年間を、12編のエピソードで描き出します。

 最初のエピソード「学園を改革しよう」は、聖アーシュラ学園の雰囲気とリベラル※な教育方針が分かる、賑やかで楽しい一編です。パティとコニーとプリシラは、〈パラダイス横丁〉と呼ばれる学園西棟に住んでいましたが、意に染まない部屋替えを強制されてしまいます。元に戻してほしいと教師たちに訴え出る三人でしたが、校長先生から問題を抱えた新入生たちと相部屋で過ごすことで良い影響を与えてほしいと頼まれるのでした。そんな魅惑的な言葉で言いくるめられた三人は、その期待に応えつつも元の部屋に戻してもらえるよう、それぞれのルームメイトの手荒な“教育”に乗り出すのですが——。

※リベラル:「自由な」「自由主義の」

 学園に強い影響力を持ちながら、型通りの優等生ではないパティの愛嬌あふれる姿や、三人が繰り広げるテンポのよい会話がなんとも愉快で、一気に物語の世界に引き込まれます。西棟が〈パラダイス横丁〉で、学校への送迎馬車を〈霊柩車〉と呼ぶなど、生徒たちがつけるあだ名はなんともユニークです。また、少女たちをただ厳しく縛りつけるだけではない、聖アーシュラ学園の進歩的な教育方針も印象的でした。やんちゃなパティたちの振る舞いを、校長先生は「学園のあり方を決めるものは、生徒たちの強く健全な意見であってほしいですね。あなたがた三人は影響力をおおいに発揮してください」とあたたかく受け止めます。

 現実の社会問題が投影された「ラテン語ストライキ」は、女性の参政権獲得のために活動していたウェブスターらしいエピソードです。聖アーシュラ学園の中でも現代的な意見を主張するロード先生は、女性参政権運動や労働組合、ボイコットやストライキの正しさを信じており、若い生徒たちにも自分と同じように進んだ考えを持ってもらおうと頑張ります。けれども少女たちは、ロード先生が開く講演会などで貴重なお休みを潰されてしまうことにうんざりしているのでした。やがて生徒たちはロード先生が信じる組合を逆手に取り、彼女の厳しすぎるラテン語授業の宿題を減らしてほしいとストライキを実行します。その中心に立つパティの奮闘が光る、興味深いエピソードでした。

 他にも、学園を騒がせる恋の噂をモチーフにした「ロマンスの女王は誰?」や、少女たちの友情やファッション描写が光る「銀のバックル」など、バラエティに富んだエピソードが収録されています。寄宿学校ものの中では主人公たちの年齢が高く、日本の学齢でいえば高校3年生にあたるため、ストーリーや作中に登場するアイテムがやや大人っぽいのも本作の大きな魅力です。100年以上も前に書かれた小説ですが、パティを筆頭とする少女たちの生き生きとした姿と、コミカルな描写は今読んでも楽しく古臭さを感じさせません。女子寄宿舎もの好きにはたまらない世界が広がっているので、少女小説好きな方はぜひ手に取ってみてください!

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