トー横 へ ようこそ。ーRapper/Artistの#KTCHANと読む、すばる文学賞作『泡の子』

更新:2025.3.11

新人作家の登竜門として注目を集めるすばる文学賞。『泡(あぶく)の子』の著者・樋口六華氏は、現役高校生の17歳でこの賞を受賞しました。本作の魅力を、高校生の時からステージで観衆を魅了し、現在Rapper/Artistとして活躍する#KTCHANに綴っていただきます。

04年横浜生まれ。20歳。 22年高校生RAP選手権でフリースタイルRAPデビュー。 Yahoo!検索大賞2023ネクストブレイク部門選出。 24年戦極MCBATTLE 女性初のBEST4進出。 10月、自身初のワンマンライブを20歳の誕生日に開催。 25年1月13日成人の日、シングル「距離ガール」でメジャーデビュー。 3月から初の東名阪ツアー'ワンチャン' の開催を発表。
泡の子

私がラップを始めたばかりの頃、他の人と違うラップスタイルを貫いていたことで、それを受け入れられないHIPHOPのファンから、心無い言葉を沢山ネットに書き込まれた。でも、私自身は本当に真剣にラップと向き合っていたし、いくつものキツいなと思う壁を超えてきた。

その時に支えになったのは、応援してくれる人の「ステージでめげずに立ち向かう姿に勇気をもらった」という声だった。「あ、自分を分かってくれている人がいるんだ」って。直接なにか解決に繋がることをしてくれている訳じゃないけれど、自分を理解しようとしてくれる人、気にかけてくれる人がいることで、どれだけのエネルギーをもらえるかは、身をもって体感した。

きっと同じようなことが、痛みや苦しみを抱えて生きている人にも言えるのではないだろうか。

 

トー横 へ ようこそ。

「泡の子」は、歌舞伎町のトー横が舞台になっている。主人公は、そこで生きる十七歳の少女、「ヒヒル」。同じく十七歳の少女、「七瀬」との関係を描いた物語。

この本の大きな魅力の一つは、まるで作者がその世界を体験したことがあるのかと感じるほどの、臨場感とリアリティにあると思う。読むと、トー横の街の様子や、そこにいる人々が鮮明に映像で浮かんでくるような文章に、一気に物語の世界へ吸い込まれていく。

私はラッパー/アーティストとして活動していて、「言葉で表現する」という点で共通点があるが、同じ表現者としての目線で読みながら、作者の表現は、その瞬間の身の回り状況を細かく描写していくことで、リアリティを生み、トー横の世界に引き込むことで、より共感を生んでいることが分かる。

決して分かりやすく状況を説明しているわけではないけれど、十七歳の少女ヒヒルの目に映った等身大の世界を描写した後に、最終的にはその場で何が起こっているのか読者が確実に理解できるように文を紡ぐことで、読者を極限までヒヒルの目線に引き込んで感情がスッと入ってくる。一つ一つの描写が、まるでパズルのピースのように徐々にはまっていくことで、全容が見えてくるような文章に「これはなにが起こっているんだろう?」と想像力を掻き立てられ、どんどんページを捲りたくなる。

 

そして、トー横で生きるヒヒル達の「どうしようもないけど救われたい」という強い本心を際立たせるような、過激で躊躇のない表現にも心を打たれた。そこに、作者が高校生とは思えないほどの思い切った表現に、この作品に対する覚悟や強い意志をひしひしと感じた。

 

この物語を通して、作者は私たちに「人に想いを馳せることの大切さ」に気づくきっかけを与えてくれているように思う。  

今回テーマになっているトー横に集まる少年少女の痛みや葛藤を簡単に拭うことはできない。それだけに限らず、他の色々な言葉でカテゴライズされた人々の、人生の痛みや葛藤を拭うことも、同じように難しい。

しかし簡単に解決できる問題ではなくとも、「誰かが私のことを想い、考えてくれている」こと自体に希望を感じる人は必ずいるはず。作者は、私たちにこれから関わるすべての人へ「愛と想像力を持ってほしい」というメッセージをこの作品を通して伝えてくれているのではないか。人間にしか与えられていない、想像力 というある種の 超能力 を使って、汚れたどうしようもない街の中で生きる、彼らの捨てきれない希望や、奥深くで眠っている美しい心を守ることができるのは私たちかもしれない。

今回の題材は、決して簡単に答えを導き出せることではないが、その問題に気づき、一緒に考えることの重要さを再認識させてくれる作品だと思う。

時代の加速とともに人とのつながりが薄くなることで、「他者への愛と想像力の大切さ」を忘れてしまいそうになる「今」を生きている人に、ぜひ読んでもらいたい作品。

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