2023年度本屋大賞6位にランクインした小川哲『君のクイズ』。伊坂幸太郎や佐久間宣行に絶賛され、現在も快調に重版を続けている本作は、某クイズ番組の決勝戦で起きたゼロ文字正答が物議を醸す新機軸のミステリー。 対戦者は何故クイズが読み上げられる前に前に正解できたのか?彼の正体は八百長で勝利をもぎとった詐欺師か、クイズの神様に愛された真の天才か? その真相をある種の思考実験に見立てロジカルに突き詰めていくストーリーは、クイズに青春を賭けてきた青年に自己との対話を促し、常に「謎」と向き合い続けた半生を詳らかにするものでもありました。今回は人気俳優主演で舞台化もされた小川哲『君のクイズ』を、ネタバレありで徹底解説していきたいと思います。
主人公の三島玲央はクイズが得意な会社員の青年。常日頃から全国のクイズ大会に参加し、博覧強記なライバルたちと競ってきました。
ある日のこと、人気クイズ番組「Q-1グランプリ」に出演した玲央。
順調に予選を勝ち上がりファイナリストとして決勝戦進出を果たした彼を待ち受けていたのは、甘いルックスと当意即妙な受け答えで絶大な支持を得ているタレント上がりのプレイヤー、本庄絆でした。
決勝戦は七問先取の短文早押しクイズ、両者の実力はほぼ互角。優勝者には賞金一千万円とチャンピオンの称号が贈呈されます。玲央が正解すれば絆も負けじとやり返し、一対一の勝負は次第にヒートアップしていきます。観客席では玲央の親族や友人たちが固唾を飲んで見守っていました。
いよいよラストステージ、スコアは六対六の同点。
最終問題出題直前、予想外のアクシデントが発生。クイズが読み上げられる前に絆がボタンを押し、「ママ.クリーニング小野寺よ」と答えたのです。
プレッシャーが原因のフライングと誤解した玲央はライバルの致命的ミスを哀れむものの、アナウンサーは少しの間を置いて「正解」と告げ、新チャンピオン誕生を祝福するピンポンが高らかに鳴り響きました。
アナウンサーが読み上げるはずだったクイズは「Q ビューティフル、ビューティフル、ビューティフル』の歌でお馴染み、天気予報番組『ぷちウェザー』の提供やユニークなローカルCMで知られる、山形県を中心に四県に店舗を構えるクリーニングチェーンは何?」というもの。
正解は「ママ.クリーニング小野寺よ」で間違いありません。
斯くして「Q-1グランプリ」は本庄絆の劇的な優勝で幕を下ろしたものの、予選敗退した参加者や一部視聴者はこの成り行きに疑念を表明。放送終了と同期して絆のSNSアカウントが更新停止した事実も八百長疑惑を煽り、総合演出を担当した坂田泰彦へのバッシングを含む、ネット炎上を招きました。
「ヤラセじゃなきゃ魔法だ。万物の、無限の選択肢の中から、魔法を使って正解を導きだしたんだ」
ベテランクイズプレイヤーの冨塚は断言します。
何故彼はゼロ文字正答できたのか。
そんな神業がはたして可能なのか。
奇跡にはカラクリがあるのか。
本庄絆が出演したクイズ番組を片っ端から見返し、あらゆる角度から真偽を検証していた玲央は、絆と自身を繋ぐ多くの接点に突き当たり……。
登場人物紹介
小川哲『君のクイズ』は2023年度本屋大賞6位にランクインし、第76回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞しました。2025年4月には「少年忍者」の北川拓実と小田将聖のW主演で舞台化が決定し、メディアミックスへの期待が高まっています。
作者の小川哲は何度も本屋大賞にノミネートされた新進気鋭の作家。2017年に『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞を受賞し、2022年には『地図と拳』で第13回山田風太郎賞に選ばれています。『君のクイズ』はWebマンガサイト「OUR FEEL」にてコミカライズを予定しており、『ダブル』で有名な漫画家の野田彩子が作画を担当すると発表されました。
芸能プロデューサー×直木賞“物語を紡ぐ”|ダメ業界人の戯れ言#8
ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 今回ピックアップするのは直木賞を受賞した小川哲の『地図と拳』。直木賞という文学賞について、あらためて見つめ直してみませんか。
本作最大の見所は広義のミステリーであること。
クイズに正解することは玲央のアイデンティティー。それ故目の前に提示された新たな謎を放置するわけにいかず、本庄絆はどうやってゼロ文字正答を成し得たのか、今後のプレイヤー人生を左右するクイズに立ち向かいます。
前身番組におけるクイズの出題傾向を調べていた玲央は、クイズの内容がファイナリストのプロフィールにちなむ法則を発見し、絆が子供時代の一時期山形県に住んでいたことを突き止めました。
絆の弟の裕翔曰く、当時の彼はいじめが原因で不登校に陥っていた為、日中の図書館通いで広範な知識を蓄えていたそうです。絆の過去開示に伴い、玲央は自らのプレイヤー人生の原点に立ち戻り、節目節目の出会いや別れを回想していきます。
玲央にとって絆の過去を紐解くことは、自らの人生を振り返ることと同義でした。
作中で絆が登場するのは冒頭とラストのみ。にも関わらずその存在感が物語上の比重を占めているのは、玲央と絆がシンメトリーに配置されているから。対照的な二人の来し方は時にリンクし時にすれ違い、点と点を線で繋ぐような、美しい軌跡を描き出します。
犯人探しやトリックの暴露だけがミステリーの定義にはあてはまりません。「何故?」「どうして?」の理由を突き詰めるハウダニット(How done it)を重視するなら、人の心の不可解な働きこそ最大のミステリーと言えるのではないでしょうか?
玲央の人生は常にクイズと共にありました。そこでは疑問符と句点がセットになっており、クイズに答えを出し、初めて次のステップへ移行します。
合理的思考で以てゼロ文字正答の妥当性を検証する傍ら、玲央は人生の岐路で直面した思い出深いクイズの数々を俯瞰し、現在の自分を作り上げるに至ったエピソードの断片を再構成していきました。神は細部に宿る、クイズも細部に宿るのです。
タイトル『君のクイズ』が何を意味するか、ぜひあなたの目で確かめてください。
玲央や絆が取り組むクイズジャンルの幅広さもまた、本作を語る上で外せない大きな魅力です。
彼等に出題される分野は硬軟取り混ぜ多岐に亘り、文学・時事・政治・芸能・アニメ・ゲームと様々。とりわけ印象に残っているものとして玲央が挙げるのは、クイズに目覚めるきっかけになった伊集院光の深夜ラジオ『深夜の馬鹿力』や、学生時代に元カノが熱中していた『刀剣乱舞』関連の出題でした。
本庄絆がゼロ文字押しで当てた「ママ.クリーニング小野寺よ」も、実在するクリーニングチェーン店です。
伊集院光の冠番組を問われた玲央は、ラジオリスナーの兄と二段ベッドを使っていた小学生時代に想いを馳せ、『深夜の馬鹿力』の「深夜」とはどういうことか、夜に深さがあるのだろうかと真剣に考えた、幼心の高揚を追体験します。
「Q 平安時代、山城国の刀工によって鍛えられ代々徳川将軍家によって所蔵されてきた、国宝にも指定された天下五剣の一振である日本刀は?」と聞かれた際に即答できたのは、飲み会で知り合った『刀剣乱舞』オタクの専門学生と、日本刀トークで盛り上がった経験があるから。
「……日本刀が好きなんです」
彼女は小さな声でそう言った。僕は「三日月宗近とか?」と聞いた。
「そうです!宗近のこと、どうして知ってるんですか?」
桐崎さんが急に大きな声を出して、僕は少し驚いた。
「童子切安綱、鬼丸国綱、大典太光世、数珠丸恒次の四振と合わせて、『天下五剣』と呼ばれています」
「数珠丸も知っているんですか?」
「はい、クイズのために覚えました」
「他に知っている日本刀のこと、全部教えてください!」
なんとも微笑ましい馴れ初めに和みます。
その時一緒に帰った桐崎さんとは数年間交際が続き、お互いの就職を機に同棲に踏み切ったものの、仕事と私生活の両立に疲れた彼女に別れを切り出され破局。
失恋のショックで無気力状態に陥った玲央を立ち直らせたのは、友人に誘われてたまたま参加した、アニメ・ゲーム縛りのオンラインクイズ大会でした。
その大会に優勝できたのは、同棲中に桐崎と視聴していた『響け!ユーフォニアム』のタイトルが出題されたから。
のちに「Q モンスターたちの住む地底世界を舞台に、地上へ帰る『ニンゲン』の子どもになって冒険をする、トビー・フォックスが開発し日本でも大ヒットしたインディーズゲームは?」と聞かれた玲央は、深夜のリビングで独り黙々と『UNDERTALE』をプレイしていた、桐崎の背中を思い出すのでした。
膨大な知識を機械的にインプット、アウトプットするのがクイズの本質ではありません。
様々な場面で得た気付きや学び、愛おしい記憶の一個一個がインデックスに紐付いてこそ、人生のハイライトをダイジェスト上映する「君のクイズ」の醍醐味が味わえるのではないでしょうか?
最初はズルにしか思えなかったゼロ文字正答の裏側も、徹頭徹尾理詰めで組み立てられていくので、ラストまで読めば納得してしまいました。
小川哲『君のクイズ』を読んだ人には杉基イクラ『ナナマルサンバツ』をおすすめします。
本作は2017年にアニメ化された高校生の青春群像劇。本の虫な主人公・越山識がヒロインと出会い、全国を代表する強豪犇めく競技クイズの世界に飛び込んでいきます。気弱な少年の成長ストーリーは後味爽やかでした。
続いておすすめするのは舞城王太郎『熊の場所』。片田舎に住む小学生の「僕」は、猫殺しをしている同級生・まーくんの秘密を知ってしまい……本庄絆が作中で言及している愛読書なので、「熊の場所」の意味を知りたい方はぜひ読んでください。