少女小説研究の第一人者である嵯峨景子先生に、その月に読んだ印象的な一冊を紹介していただく『今月の一冊』。31回目にお届けするのは2024年9月に早川書房から発売された『フォース・ウィング』です。死と隣り合わせの過酷な学園世界で繰り広げられる血と恋の物語の魅力を、嵯峨先生に語っていただきました。

「嵯峨景子の今月の一冊」、第31回です。今月は先月に引き続き、本屋大賞作品をご紹介します。2025年本屋大賞翻訳小説部門第1位を受賞したのが、レベッカ・ヤロス著・原島文世訳『フォース・ウィング 第四騎竜団の戦姫』(早川書房)です。上下巻のボリュームの翻訳書でありながら、あっという間に読み切ってしまう面白さとエンタメ性に、私もすっかりハマってしまいました。今年4月には、続編の『フォース・ウィング2 鉄炎の竜たち』(上・下)も刊行されました。今回の記事では続編まであわせてご紹介いたします。
- 著者
- ["レベッカ・ヤロス", "原島 文世"]
- 出版日
作者のレベッカ・ヤロスは1981年生まれのアメリカの作家です。2023年に発表した初のファンタジー作品『フォース・ウィング』が大ヒットし、全世界でベストセラーになりした。ロマンス×ファンタジーを主軸とする本作は「ロマンタジー」という言葉を生み出し、世界を熱狂の渦に巻き込んでいます。コバルト文庫をはじめとする少女小説、中でもとりわけファンタジー小説で育った私としては、ロマンタジーは大好物とも呼べるジャンルです。読んでみて日本の少女小説に通じる要素とともに、ここはずいぶん違うなと思うポイントもありました。
物語の舞台は、竜と絆を結んだ騎手たちが国防を担う国ナヴァール。20歳のヴァイオレットは軍の司令官である母親の命令で、バスギアス軍事大学の騎手科に入学します。小柄で人よりも非力なヴァイオレットは、もともとは書記官志望でした。それなのに生きて卒業するのが四分の一と言われる、過酷な騎手科に放り込まれてしまうのです。同期や上級生たちがバタバタと命を落としていくスリリングなサバイバルや、敵国とのバトルなど、容赦のない展開は思わず手に汗を握るほど。冒頭の場面、騎手科の入り口へと続く橋を渡りきる段階で参加者の15%が早くも命を落としていることからも、騎手となる道筋の厳しさがうかがえるでしょう。無事橋を渡りきり、騎手候補生になったヴァイオレットは、体格的に劣っている分知恵を使い、地獄のような試練の数々を乗り越えながら生き延びていきます。血と死の匂いが立ち込める過酷な学園小説という要素も、本作の大きな見どころです。
バスギアス軍事大学は三年間の教育機関で、上級生を含めさまざまな生徒が登場します。ヒロインのヴァイオレットとあわせて物語のキーパーソンとなるのが、三年生で第四騎竜団の団長を務める男・ゼイデンです。ゼイデンの父はかつて反乱軍を率い、ヴァイオレットの母に捕らえられて処刑されました。一方で、ヴァイオレットも騎手だった兄のブレナンをゼイデンの父に殺されており、互いに身内を相手に殺された憎しみから二人の関係は始まります。ヴァイオレットの幼馴染で二年生のデインを含めた三角関係や、ヴァイオレットとゼイデンの愛憎など、ロマンス方面でも見どころが満載です。
作中の後半からは、濃厚な性描写も登場します。ヴァイオレットとゼイデンの肉体的な接触が刺激的に綴られる場面が多くて、最初は少し驚きました。個人的にはタナトス漂う作風にエロスは合っていたのでここも含めて楽しみましたが、もしかすると苦手に感じる人がいるかもしれません。性描写については好みが分かれそうだなとは思いました。日本の少女小説ではヒロインとヒーローが結ばれる場面でも、直接的な描写はされずロマンティックなムードを重視します。より刺激的な性描写を盛り込んだロマンス小説は「ティーンズラブ」あるいは「乙女系ノベル」などと呼ばれ、別カテゴリ・別レーベルとして差別化されているのが特徴です。『ハリー・ポッター』的な学園要素のある『フォース・ウィングス』の中に、大人向けの濡れ場がたっぷり入っている点が個人的には興味深かったです。
衝撃の展開で終わりを迎えた物語は、続編『フォース・ウィング2 鉄炎の竜たち』へと続きます。ヴァイオレットは二年生に進級し、卒業したゼイデンは前哨基地に送られて二人は離れ離れに。上層部が秘匿してきたナヴァールの真実を知ったヴァイオレットは葛藤し、さらなる試練に巻き込まれていきます。ヴァイオレットが受ける拷問など、バイオレンス描写も続編ではよりパワーアップ。ゼイデンとの恋はもちろん、絆を結んだ竜たちとの友情や、ナヴァールという国の秘密をめぐるファンタジー要素も楽しめます。『フォース・ウィング2』は上下巻で1100ページ超えという鈍器本ですが、一度読み始めると止まらなくなってしまいます。ぜひ厚さにひるまず、物語の世界に飛び込んでみてください。
- 著者
- ["レベッカ・ヤロス", "原島 文世"]
- 出版日