【現代の悩みを哲学で解決】会社を辞めた日から、自由が重たい…。フロムの『自由からの逃走』から考える

更新:2026.5.19

現代の悩みを小説形式で考える哲学シリーズ。 今回は、会社を辞めたばかりの女性の物語です。 束縛から離れたはずなのに、自由が重い。何でもできるはずの毎日が、なぜかひどく息苦しい。 「自由とは何か」 エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』から考えてみたい。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
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プロローグ:何もない朝

退職してから二週間が経っていた。

綾乃は朝9時にベッドの中で目を覚ました。目覚ましはもう鳴らない。起きなければならない時間もない。カーテンの隙間から光が差し込んでいるが、起き上がる理由が見つからない。

最初の数日は解放感があった。満員電車に乗らなくていい。理不尽な上司の顔を見なくていい。あの息苦しいオフィスに行かなくていい。

でも、一週間を過ぎた頃から様子が変わった。

会社員だった頃は朝6時半に起きていた。シャワーを浴びて、コーヒーを入れて、7時15分に家を出る。電車の中では決まったニュースアプリを開き、オフィスに着けばメールの山が待っている。すべてが自動的に流れていた。

嫌いだったはずのルーティンが、今になると一種の軸だったことに気付く。

退職後の朝にはそれがない。スマホを手に取っても、開くアプリが見つからない。

画面をなんとなくスクロールしていると、元同僚が会議室で撮った集合写真がSNSに上がっていた。そこに自分がいないことへの安堵と、かすかな疎外感が同時に湧く。

朝起きて、何をするか自分で決めなければならない。昼食の時間も、外出するかどうかも、全部自分で決める。当たり前のことだ。でもその「当たり前」が、想像以上に重い。

会社にいたときは、やるべきことが常に降ってきた。それが嫌で辞めたはずなのに、今は何も降ってこないことの方が怖い。

綾乃はようやく起き上がり、何となく家を出た。目的地はない。歩いているうちに、最寄り駅の近くにある区立図書館の前に来ていた。涼しい場所で座っていたいだけだった。

自動ドアを抜けて閲覧席に座ると、少しだけ息がつけた。

「何もしない自由」の重さ

カウンターの奥で本の整理をしていた女性が、ふと綾乃の方を見た。白髪を短く整えた、60代くらいの司書だった。

「何かお探しですか」

「いえ、特には……。ちょっと座らせてもらっているだけです」

「もちろん、どうぞ。図書館はそういう場所ですから」

司書は微笑んでから、手元の作業に戻った。

綾乃はぼんやりと書架を眺めていた。しばらくして、司書が返却本を棚に戻しに来たとき、綾乃は自分でも予想しなかった言葉を口にしていた。

「最近、会社を辞めたんです。自由になったはずなのに、なんだか息苦しくて」

司書は本を棚に差し込む手を止めた。

「自由なのに息苦しい。それは面白い表現ですね」

「おかしいですよね。縛られていたときの方が、まだ楽だった気がするんです」

司書は少し考えてから、棚の一角を指さした。

「エーリッヒ・フロムという心理学者をご存じですか。『自由からの逃走』という本を書いた人です」

綾乃は首を振った。

「フロムは1941年にこの本を書きました。もともとはナチス・ドイツがなぜ生まれたのかを分析するための本です。でも、そこに書かれている問題は、今あなたが感じていることとそっくりです」

「ナチスと、私の悩みがですか?」

「ええ。中世のヨーロッパでは、人は生まれた身分や土地に縛られて生きていました。農民の子は農民、職人の子は職人。不自由ですが、自分が何者かは決まっていた。社会の中に居場所があったのです」

司書は隣の棚に移りながら続けた。

「近代になって、その束縛が解かれた。身分制は崩れ、個人は自由になった。でもフロムは、その自由が人に孤独と不安をもたらしたと言います」

「束縛がなくなったのに、不安になる……」

「でも、自由に選べること自体はいいことですよね? 私は昔に戻りたいわけじゃないんです。ただ……」

「もちろんです。フロムも自由そのものを否定してはいません。ただ自由には代償があると言ったのです。中世の農民は自分の人生を選べなかった代わりに、共同体の中に確かな居場所があった。教会があり、領主がいて、隣人がいる。自分が何者かを問う必要がなかった。その安定を失うのが、自由の裏側にある孤独だと」

「フロムはこれを二つの自由に分けて考えました。一つは『~からの自由』。束縛や抑圧から解放される自由です。あなたが会社を辞めたのは、まさにこれですよね」

綾乃はうなずいた。

「もう一つは『~への自由』。自分の意志で何かに向かっていく自由です。フロムが指摘したのは、前者だけでは人は幸せになれないということでした。束縛から逃れただけでは、空っぽの自由が残るだけ。そこに耐えられなくなると、人は自ら別の束縛を求めてしまう」

「別の束縛を、自分から?」

「フロムはそれを『自由からの逃走』と呼びました。自分で決める重荷に耐えきれず、強い指導者に身を委ねてしまう。自分で考えることをやめて、命令に従う方が楽だからです。ナチス・ドイツで起きたのは、国家レベルの逃走だった。このようにフロムは分析しています」

綾乃は黙っていた。ナチスの話は遠い歴史に聞こえる。

だけど「誰かに決めてほしい」という気持ちには覚えがあった。退職してからずっと、何かの指示を待っている自分がいる。

「もう一つ、フロムが注目した逃げ方があります」と司書は続けた。

「強い指導者に従うだけでなく、周囲と同じように振る舞うことで自由の重荷から逃れようとする。フロムは『機械的画一化』と呼びました。自分で考える代わりに、みんなが読んでいるものを読み、みんなが行く場所に行き、みんなと同じ意見を持つ。判断を手放す代わりに、孤独を感じなくて済むのです」

綾乃は思い当たることがあった。

退職を決める前、転職サイトを何時間も眺めていた。口コミの評価、年収のランキング、人気企業の一覧。

自分が何をしたいかではなく、世の中が何を「正解」としているかばかり探していた。あれもまた、一種の逃走だったのかもしれない。

選ぶことの自由

「では、どうすればいいんですか。『~への自由』というのは、具体的に何をすることなんですか」

司書は最後の一冊を棚に差し込んでから、綾乃の方を向いた。

「フロムは『自発性』という言葉を使っています。自分の外側にある権威に従うのではなく、自分自身の内側から出てくる関心や愛情に従って行動すること。何か大きなことを成し遂げるという意味ではありません。自分で選んで、自分の手で何かと結びつくということです」

「でも、それがわからないから困っているんです。何をしたいのか、自分でもわからない」

司書は穏やかにうなずいた。

「それは当然です。会社にいた頃は、考えなくても枠が与えられていた。その枠を外したのだから、最初は途方に暮れるのが自然です」

「大事なのは、今すぐ答えを見つけることではないと思います。自分が何に心を動かされるのか、まずそこに気づくことが先です。フロムの言う自発性というのは、大きな目標を掲げることではなくて、自分の内側に湧いてくる小さな関心を見逃さないということですから。あなたが図書館に足を向けたのも、そういう動きのひとつかもしれませんよ」

それから司書は、少し意外なことを言った。

「私はこの図書館で35年働いています。毎朝同じ時間に来て、本を整理して、カウンターに座る。傍から見れば、とても不自由な生活かもしれません」

「……そう思われることもありますか」

綾乃は恐縮しながら聞いた。

「ありますよ。でもね、この仕事は自分で選んだものです。何度か辞める機会もあったけれど、そのたびに続けることを選び直してきた。制約があること自体は、不自由とは限りません。自分で選んだ条件なら、その中にちゃんと自由はあると私は思っています」

「30代の頃、出版社に移らないかと誘われたことがあります。待遇もよかったし、正直迷いました。でもね、利用者の方が探していた本を見つけて、嬉しそうに帰っていく姿を見ると、ああ自分はここにいたいのだと思えた。大きな理由ではないんです。でも、そういう小さな実感の積み重ねが、私にとっての『~への自由』だったのだろうと思います」

エピローグ:一冊を手に取る

綾乃は閲覧席を立ち、書架に向かった。

司書に教えてもらった棚の場所を探す。フロムの『自由からの逃走』は、社会学のコーナーの端にあった。文庫本にしてはやや厚い。手に取ってページをめくると、80年以上前に書かれた文章が並んでいる。

借りて帰ろう、と思った。それだけの小さな判断だったが、二週間ぶりに「自分で決めた」という感覚があった。

カウンターで貸出手続きをしてくれたのは、先ほどの司書だった。

「この本、難しいですか」

「少し手強いところもあります。でも、あなたの心に響く言葉があると思いますよ」

図書館を出ると、昼下がりの陽射しが眩しかった。何をするかは、まだ決まっていない。明日の予定も白紙のままだ。

でも、手の中に一冊の本がある。自分で棚の前に立ち、自分で手を伸ばした本。

自由は「何もしなくていい」ことではないのかもしれない。何かを選ぶこと、自分の手で何かに触れること。その一歩一歩が、空っぽの自由に輪郭を与えていく。

綾乃は駅に向かって歩き出した。帰りにどこかでコーヒーを飲もうと思った。

それもまた、小さな選択だった。

さらに問いを深めるためのおすすめ書籍

エーリッヒ・フロム(1951)『自由からの逃走』(日高六郎 訳)東京創元社

著者
["エーリッヒ・フロム", "日高 六郎"]
出版日

今回紹介した物語の出発点になった一冊です。

フロムは本書を1941年に刊行しました。なぜドイツ国民はナチスを受け入れたのか。

その重たい問いから出発し、近代人が直面する「自由の重荷」を心理学的に分析しています。

中世の人間は身分に縛られていたが、その代わりに居場所がありました。近代になって束縛が解かれると、人は「~からの自由」を手にする。しかしそれだけでは孤独と不安が残り、やがて自ら自由を手放してしまう。フロムはこの心理的メカニズムを「権威主義的性格」「破壊性」「機械的画一化」の三つに分類しました。

80年以上前の著作ですが、SNSでの同調圧力や「指示待ち」の姿勢など、現代の問題をそのまま言い当てている箇所が多くあります。338ページとやや厚めですが、日本語訳も優れており、学術書としては読みやすい部類に入るでしょう。

エーリッヒ・フロム(2020)『愛するということ 新装版』(鈴木晶 訳)紀伊國屋書店

著者
エーリッヒ・フロム
出版日

『自由からの逃走』で「~への自由」の鍵として提示された「自発性」を、さらに具体的に掘り下げた一冊です。フロムはここで「愛は感情ではなく技術である」と主張しています。

恋に落ちるのは受動的な体験ですが、愛することは能動的な行為です。関心を持ち、知ろうとし、尊重し、責任を引き受ける――それは自分の外側に自発的に結びつくことであり、まさに「~への自由」の実践にほかなりません。

今回の小説で司書が語った「自分で選んで、自分の手で何かと結びつく」という言葉の先にある考え方を、この本は具体的に示しています。212ページと薄く、気軽に読み切れる分量です。

30年ぶりに訳文に大幅な手を入れた新装版で、現代の読者にもなじみやすくなっています。

スタンレー・ミルグラム(2012)『服従の心理』(山形浩生 訳)河出文庫

著者
["スタンレー ミルグラム", "山形 浩生"]
出版日

「なぜ人は権威に従ってしまうのか」という問いを、実験で検証した社会心理学の古典です。被験者に電気ショックのボタンを押させるこの実験は「アイヒマン実験」とも呼ばれ、その実験結果は衝撃をもたらしました。実験者から指示されると、大多数の人が相手に危険なレベルの電撃を加え続けたのです。

フロムが『自由からの逃走』で理論的に描いた「権威主義的性格(自由の重荷に耐えきれず、権威に身を委ねてしまう心理的メカニズム)」を、実験室の中で再現したミルグラム。自由を手にしているはずの現代人がいかに簡単に服従するか、その事実を冷酷に示すことになりました。

360ページとやや長めですが、実験の場面描写は小説のように読め、専門知識がなくても通読できるはずです。

「自分は従わない側だ」と自信を持っている人にこそ読んでほしい一冊です。

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