ビルマ生まれイギリス育ちという異色の経歴を持ち、数々の傑作短編を世に送り出した文豪サキ。『開いた窓』は彼の代表作ともいえるショートショートで、その鮮やかなオチと上品なユーモアは、今なお多くの読者を魅了してやみません。 今回はO・ヘンリーやジュール・シュペルヴィエルと並び称されるイギリスの小説家・サキによる、『開いた窓』のあらすじや登場人物をネタバレ解説していきます。

主人公は神経衰弱を患い、主治医から静養を命じられたフラムトン・ナトル氏。健康の為暫くの間辺鄙な田舎に滞在することになった彼は、姉が書いてくれた紹介状を持ち、サプルトン夫人宅を訪れました。
しかし生憎と夫人は留守にしており、彼女の姪である聡明な15歳の少女・ヴェラが応対に出ました。ヴェラは伯母の不在を詫びてからナトルを邸内へ招き入れ、庭に面したフランス窓の前に連れてきます。
そこでヴェラが語り始めたのは、3年前にサプルトン夫人を襲った悲劇でした。曰くサプルトン夫人は3年前の10月に夫と二人の息子、可愛がっていた猟犬を亡くしたそうです。
彼等はこのフランス窓から猟へ出かけたまま、沼で溺れ死んでしまったのでした。
それ以来サプルトン夫人は傷心癒えず、愛する夫と息子の帰りを待ち侘び、日が暮れるまでフランス窓を開け放しておくようになった……とヴェラは沈痛な面差しで結びました。
「今日のような静かな夕暮れは、彼等が三人揃って帰ってくるような気がします」
ヴェラが続けた言葉にナトルは震え上がります。そこへサプルトン夫人が帰宅し、「もうすぐ夫と子供たちがフランス窓から帰ってくるの」と明るく話すので、ナトルは彼女の正気を怪しみました。
サプルトン夫人の言動を気味悪がり、話を変えるべく自分の病気に言及するナトル。されどサプルトン夫人は窓の外を気にするのをやめず、執拗に家族の話題を続けようとします。
「ああ、噂をすれば。夫と子供たちが帰ってきましたわ!」
やがてサプルトン夫人が叫び、フランス窓の向こうから犬の吠え声が響いたかと思いきや、三人と一匹の影と足音が近付いてきました。亡霊の来訪を目の当たりにしたナトルは恐怖に耐え切れず、ステッキと帽子を掴んで逃げ帰ります。
ナトルの退室後フランス窓を跨いで悠々と帰還したサプルトン氏は、出迎えた妻と顔を見合わせ、客人が突然帰ってしまった理由を訝しみます。するとヴェラが「あの人は犬が苦手なの。道に迷って一晩野犬に囲まれた体験があるんですって」と口を挟みました。
実は3年前の出来事はヴェラの作り話で、サプルトン氏と子供たち、スパニエル犬は健在だったのです。
登場人物
- 著者
- ["サキ", "能三, 中村"]
- 出版日
サキこと本名ヘクター・ヒュー・マンローはイギリスの小説家。主にブラックユーモアの切れ味鋭い短編を手掛け、その作風の類似から、アメリカの小説家O・ヘンリーと比較されることが多いです。
ヘクターは1870年、スコットランド系の両親の次男として生まれました。父親はインド警察勤務の警察官です。
2歳の時、第4子妊娠中の母が牛に突かれて流産・死去。
以降は姉・兄と共にイギリスの伯母に引き取られ、成人後は警察官やジャーナリストを経て、ロンドン定住の小説家に落ち着きました。父親との関係は生涯通し良好で、よく国内外を旅行して回ったそうです。
ペンネームのサキは『ルバイヤート』に登場する給仕が由来とする説と、南米に生息する猿の一種・サキからとったとする説があります。享年は45歳、フランス戦線で狙撃兵に頭を撃たれ死亡しました。
本作の主人公フラムトン・ナトルは神経衰弱の独身男性。
都会の人間関係や仕事に疲れ、姉の知人を頼って田舎に療養に訪れました。ところが肝心のサプルトン夫人は私用で留守にしており、代わって姪のヴェラが屋敷を案内します。このヴェラが作中随一の曲者であることは、あらすじを読んだ方には説明するまでもありません。
『開いた窓』はサキの代表作として知られ、古典的ホラーな前半から一変、読者の先入観を逆手に取った結末へ着地する、鮮やかなどんでん返しが評価されています。
注目してほしいのは作品内における巧妙な小道具の配置。
本作のキーアイテムとなるフランス窓(フレンチドア、またはフレンチウィンドウ)は、イギリスの領主館に必ずと言っていいほど備わっている窓をさします。天井から床面まで届く高い開口部が特徴の、外へ出入りできる両開きの掃き出し窓と考えてください。欧州ではバルコニーやテラスに面して設置されることが多く、明るい採光と優れた通風性が長所です。
早い話が家人向けの通用口で、庭を抜けて外出する際によく使われていました。
物語は終始このフランス窓周辺で展開し、人物配置はほぼ変わりません。登場人物に至っては序盤に一言だけ登場する姉、最後に登場するサプルトン氏とその息子2人を除き、ナトル氏・ヴェラ・サプルトン夫人の3人だけ。
にもかかわらずヴェラとナトル、ナトルとサプルトン夫人の会話で、じわじわ緊迫感を盛り上げていく巧さ!
限られた空間を生かし、最大限の効果を上げていますね。
賢明な読者諸氏は既にお気付きかもしれませんが、『開いた窓』はナトルの心理変化にフォーカスした会話劇であると同時に、サプルトン夫人の狂気の漏出に慄き、時限爆弾の如く「その時」の到来を待ち構える密室劇でもあるのでした。
- 著者
- ["サキ", "能三, 中村"]
- 出版日
本作を語る上で外すことができないキーパーソン、ヴェラ。サプルトン夫人の屋敷に下宿している御年15歳の少女で、ナトルはその第一印象を「大変落ち着いている」と評しています。
ヴェラはサプルトン氏をフランス窓の前へ導き、サプルトン夫人を襲った3年前の悲劇を語り聞かせます。……が、これは真っ赤な嘘。サプルトン氏と息子2人、茶色いスパニエル犬が狩猟の途中に沼に嵌まり、溺れ死んだ事実など全くもって存在しません。
一方のナトルはヴェラの話を全面的に真に受け、夫や息子たちが今なお存命であるかのように語るサプルトン夫人に対し、恐怖を抱きました。その後の顛末を見ると、ヴェラの悪戯は少々行き過ぎに感じられてなりません。
大前提としてナトルは神経衰弱を患い、サプルトン夫人宅に療養に来た身の上。そんな彼の事情を一切考慮せず、身内を故人に仕立てる悪趣味な作り話でだますとは、ヴェラの人格まで疑ってしまいます。
ヴェラは何故こんな作り話をしたのでしょうか?
筆者が気になるのはヴェラの罪悪感のなさ。
サプルトン本人の登場に肝を潰してナトル氏が逃げ帰った後も、彼女は全く悪びれず反省をしません。それどころか嘘に嘘を重ね、ナトル氏が退散した理由を捏造する始末。濡れ衣を着せられた犬にしてみればいい迷惑でしょうね。
仮にナトル氏の口から今回の出来事が広まれば、遠からず行き違いが暴かれ、伯母夫婦の体面を著しく損ないます。物事の分別が付いている年齢にもかかわらず、その結果を予期できないのであれば幼稚と言わざるを得ません。
そもそもヴェラは何故伯母の家に下宿しているのでしょうか?
いかにサプルトン邸が広いとはいえ、伯母夫婦に息子2人と飼い犬までいては手狭に感じられます。ましてや多感な思春期の少女が親元を離れ、男所帯にひとり身を置くのですから、相応の事情があることが推し量れませんか?
その原因として考えられるのがヴェラの虚言癖。ナトル氏の姉が弟の療養先にサプルトン邸を推薦したのと同じく、ヴェラもまた悪癖が祟り、両親に厄介払いされていたのではないでしょうか?
あるいは思春期の少女特有の潔癖さ故、赤の他人の男性と暮らすのを厭い、作り話で遠ざけた可能性もあります。
いずれにせよ、ヴェラの病的な振る舞いは否定できません。少女の無邪気な悪戯で片付けるには度を越しています。今回の出来事でナトル氏の精神状態が悪化したら、どう責任をとるのでしょうか?
元凶であるヴェラが何ら報いを受けず、ただただナトル氏が気の毒なまま終わるあたりに、ユーモアとペーソスを織り交ぜたイギリス流の風刺が効いていますね。精神病者が精神病者をだまして追い返すコントに笑えるか否かが、本作の評価を分けているのかもしれません。
- 著者
- ["サキ", "能三, 中村"]
- 出版日
『開いた窓』収録の『サキ短編集』を読んだ人には、フランツ・カフカ『カフカ短編集』をおすすめします。
カフカといえば『変身』で一躍文壇に知れ渡ったロシアの作家ですが、他にも並外れた奇想が炸裂する、曰く言い難い短編を多数手がけています。
特殊な拷問器具に執着する士官の独白を描いた『流刑地にて』や、檻の中での断食を見世物にする男の生涯に迫る『断食芸人』など、短編好きにはぜひ押さえてほしいです。
続いておすすめするのはフランスの作家、ジュール・シュペルヴィエル『海に住む少女』。国語の教科書で本作を知った方も多いのではないでしょうか?
海中の都市にひとりぼっちで住む謎の少女。自分以外誰もいない廃墟をあてどもなくそぞろ歩き、遊びと勉強の日課を淡々とこなす彼女には、哀しい秘密が隠されていました……。
シニカルなブラックユーモア溢れるサキの作品に対し、こちらは人間存在のままならなさや世界の不条理を包み込むペーソスが際立ち、切なく美しい余韻が情動を揺り起こします。
- 著者
- ["シュペルヴィエル", "永田 千奈"]
- 出版日