『大奥』や『きのうなに食べた?』など、ヒット作の多い漫画家。その特徴はジャンルの幅の広さと、人間関係の密度です。現代を映す鏡とも評される、彼女のおすすめ作品ベスト5をご紹介いたします。
1971年、東京都生まれの漫画家。慶應義塾大学法学部卒、同大学の大学院法学研究科を中退しています。二次創作を中心とした同人誌活動を経て1994年「花音」掲載の『月とサンダル』にて商業誌デビューを果たしました。
男性の同性愛者を扱った作品が多いですが、BL誌のほか、少女誌、青年誌と幅広く活動。練り込また設定、緻密なストーリーが特徴です。商業誌デビュー後は同人活動を休止していましたが、2006年より活動を再開しました。
食通としても知られており、作品でも料理の描写に定評があります。ペンネームの由来は、女優の吉永小百合と檀ふみから。眼鏡好きとしても知られており、作中には必ず眼鏡をかけたキャラクターが登場します。
白血病を患っている花園春太郎が主人公。姉のさくらから骨髄移植を受けて病を克服しましたが、治療に専念していたため1年1カ月遅れで高校に入学します。
金髪で長身、美形の春太郎の性格は明るく、まっすぐで素直。病気のことを口にしたせいか、少し遠巻きにされたものの、漫画が好きな三国翔太との出会いで、クラスに溶け込んでいきます。
- 著者
- よしなが ふみ
- 出版日
- 2004-04-01
春太郎とクラスメイト達の日常が中心となる本作には、どこにでもいる、けれども個性的な高校生が登場します。
春太郎に最初に話しかけてくれた翔太はぽっちゃり系でおっとりとした性格。漫画のことで春太郎と意気投合し、一緒に漫画を描き始めます。
オタクで、漫画研究会の部長を務める真島海は、協調性がゼロ。一方的に話をするため、春太郎と衝突することも。長身の美形ですが、無表情で自己なかでもあります。
3人の関係に、クラスメイトや、外見や服装が男っぽい女性の担任教師斉藤滋、別のクラスで漫画を描くおさげでメガネの武田隅子、滋とただならぬ関係の小柳らが関わり、賑やかな日常が過ぎていきます。
普通とは何か、深く考えさせられる作品です。大病を患い、普通の暮らしを送れなかった春太郎は、学校に通い、友達と遊ぶといった日常を過ごしながら、時に失敗し、諭されながら成長していきます。それは周囲も同じで、自己主張できなかった翔太が漫画をきっかけに変わったり、自分自身というものを持った隅子に友達ができたりします。
そんななか自分は特別であるという優越感に浸る真島の存在は、少々異質です。
真島に春太郎が、ずばりお前は普通だ、と声をかける場面があります。「オレはお前が羨ましい」(『フラワー・オブ・ライフ』より引用)と号泣する春太郎の姿に、普通に生きることの尊さと、難しさを痛感させられます。
高校2年生になるところで、物語は終わりを迎えます。じつは再発の可能性を抱えている春太郎は、生への渇望を胸に秘めながら、輝かしき日常を過ごしていきます。「Flower of Life」とは、人の生涯での盛り、最盛期という意味。人生の中で最も輝かしき、青春の日々を描いた作品です。
登場するケーキがおいしそうすぎて深夜に読むのはつらい!と評判の本作。アニメ化やドラマ化、韓国でも映画化されるなど、人気の作品です。なぜか男ばかりで開業することになったケーキ専門店「アンティーク」を舞台に、店の従業員の人間関係や、お客さんとの日常をコミカルに描きます。
- 著者
- よしなが ふみ
- 出版日
- 2000-06-25
本作最大の特徴は、「アンティーク」に勤めている4人の男たちが個性的すぎる、という点でしょう。
店主の橘圭一郎は、誘拐された過去がきっかけで、スイーツが大嫌い。家はお金持ちの超ボンボンで、頭脳明晰ながら、空き家となったアンティークショップを見てなぜかケーキ専門店を開業してしまったという人物です。接客時の愛想はいいですが、普段はとても無愛想。
そんな橘の店で腕を振るうのが、小野裕介。フランスでの修行経験を持つ天才パティシエです。女性恐怖症で、自他ともに認める「魔性のゲイ」。小野がちょっとでもいいなと思った男性は、性癖関係なく小野に夢中になってしまうという体質の持ち主。高校時代に同級生だった橘に告白してフラれた経験があり、少々気まずいところもあります。
そんな小野が一目ぼれした相手が、小早川千影です。長身でサングラス着用と、見た目は強面な小早川は、橘のお目付け役。出来る男風ですが、サングラスは弱い目を保護するためのものですし、実は勉強も家事もまるでダメ、リボンも結べないというポンコツっぷりをみせます。性格は格段にいいという設定が面白いところ。
そこに天涯孤独、網膜剥離で引退したスイーツ大好きの元プロボクサー・神田エイジが加わり、アンティークの営業が行われています。
4人の人間関係と、それぞれの過去。さらに小野と小早川の恋愛などが物語の中心となっていきますが、橘を甘いもの嫌いにした原因、あまりよくは覚えていないという誘拐事件についての謎解きという要素も入ってきます。
アンティークは、内装やカトラリー、ケーキも綺麗でかわいく、女子が好きなものが満載なお店。その中でくり広げられるイケメン4人の人間模様、ぜひケーキと一緒に味わってください。
住まいは2LDKのアパート、食費は2万5千円也。弁護士の筧史朗と美容師の矢吹賢二は、同棲しているゲイカップルです。太らない努力をするために料理上手となった史朗は、とても几帳面な性格。毎日家計簿をつけ、近隣のスーパーの底値を知り尽くしているという倹約家でもあります。
明るい性格で人当たりが良く、細やかな気遣いが得意な恋人の賢二は、ちょっと焼きもちやき。史朗を「シロさん」と呼び、史朗が作った料理はなんでも喜んで食べています。40代の2人の、日々の食事と暮らしを描くのが『きのう何食べた?』です。
- 著者
- よしなが ふみ
- 出版日
- 2007-11-22
本作の魅力は、なんといっても料理。レシピ本としての実用性も高い漫画としても知られています。食費が毎月設定されているというのも、身近に感じられるポイント。
安い食材を探し、チラシを眺め、限られた食材で身体によく、かつ美味しい食事を作ろうと努力する姿に、共感できる人も多いのではないでしょうか。しっかり者の史朗ですが、大好きなスイカを玉で買おうか悩んでいる時に、近所の主婦、富永佳代子と半分こする、という可愛らしいエピソードもあります。
史朗と賢二は同性愛カップルです。料理だけではなく、同性愛者としての悩みや、家族の問題なども描いています。賢二はすでにカミングアウトしており、過去には母親に怒られたことはあるようですが、姉との仲も良好、家族に受け入れられているし、職場の理解も得ています。対する史朗は職場ではカミングアウトしておらず、偶然知ってしまった両親とはギクシャクした関係。
理解しようとする両親の気持ちは理解できます。しかし「お母さん 史朗さんがゲイでも犯罪者でも 史朗さんのすべてを受け入れる準備があるつもりよ!」(『きのうなに食べた?』より引用)という言葉には、無意識的であろう、感覚の大きな隔たりを感じます。時間を追うごとに関係は少しずつ変化していきますが、リアリティのある一幕です。
一緒に暮している人が、食卓を囲み料理を食べる。誰にとっても当たり前の日々の営みを、史朗と賢二も行っています。調理の描写にはかなりの力を入れており、出来上がった料理も、湯気の行く先をたどってしまうくらいに美味しそう。料理を学びつつ、物語も楽しめる本作。料理を再現する楽しみも味わえますよ。
人間はひとりではありません。親がいて、友達がいて、職場や学校に同僚や同級生がいて、行きつけの店には店主がいて。ひとりだと思っていても、人はだれかと関わり合いながら生きている、そのことを強く実感させられるのが『愛すべき娘たち』です。
男性を主人公とした作品が多い中、本作の主人公の多くは女性。母子、男女など、さまざまな人間の関係性と愛を描きます。
- 著者
- よしなが ふみ
- 出版日
- 2003-12-19
物語は1話の主要人物である30歳の如月雪子、大病を患っていた50歳の母・如月麻里、母の恋人で27歳の元ホスト大橋建という3人の人物と、少しずつ関わり合いのある人が登場する全5話のオムニバス作品になっています。
特に1話で登場する雪子と麻里、最終話に登場する麻里の母である露木の女三代の関わりは、母娘関係に悩む女性には一縷の光となるのではないでしょうか。大人といってもやはり人間である、と悟る時が必ずありますが、母もまた不完全な人間なのである、と深く感じられるエピソードがあります。
雪子の母は美しい容姿をしていますが、実の母である露木からはその容姿をけなされて育ったため、密かにコンプレックスを抱いています。露木の葬式では泣かない、ときっぱりと言い切る母を見て、祖母へ容姿をけなした理由を尋ねた雪子。容姿が優れているがゆえに他者への振る舞いが横柄になっていた同級生の存在を思い出し、天狗にならないようにと麻里につらく当たってきた、と語る露木に雪子は言葉を失います。
もっと他の関わり方があったのではないか、と読者が思ってしまうほど、露木の言葉は短絡的と言わざるを得ないもの。露木の思惑通り、容姿に関する言葉は呪いのように麻里にまとわりつきます。その呪縛から脱却できないからこそ、自分の子どもにはそんな言葉をかけないように、麻里は自身を戒めてきたのです。
母娘の話に焦点を当てましたが、法学部の非常勤講師・和泉清隆と一風変わった性への考えを植え付けられてしまった地味女子・滝島舞子の関係や、誰にでも分け隔てなく接するようにと言い聞かせられながら育った若林莢子のお見合いの行方。
中学生時代をなぞりながら、現在の幸せについて考える雪子、牧村優子、佐伯友恵など、自身の悩みや感情に触れる物語がひとつはあるのではないでしょうか。
過去幾多の男性統治者が、多くの女性を侍らせてきました。しかし日の本の国、時は太平の世となった江戸時代。年若い男子ばかりが罹患する謎の疫病によって男子の人口が見る間に減少、社会の担い手は女性にとって代わってしまいます。
統治者である徳川将軍家も女性が将軍となり、かつて多くの女性が侍っていた大奥は希少な種馬として、多くの男子が囲われることになりました。
- 著者
- よしなが ふみ
- 出版日
- 2005-09-29
『大奥』は男女逆転という衝撃的な設定が話題となった作品です。
単純に男女をひっくり返しただけでなく、それによって起こる社会の問題や変化なども描いているところが特徴。初の女性将軍となった3代家光以降、13代家定までのそれぞれの物語が描かれています。歴史をなぞるように、読者は俯瞰で物語を追っていくことになります。
有功・家光編の舞台は、赤面疱瘡が大流行し、男子が急激に減り、女子が主立って働かねばならなくなった時代。女性初の将軍として立つことになった家光と、大奥を取り仕切ることになる万里小路有功(までのこうじありこと)の恋を中心に、後世まで続く大奥というシステムが構築されていくさまが描かれています。
家光と有功は相思相愛で、家光は「子を何人産もうと わしの心にいるのはそなただけじゃ有功」と口にします。しかし、ふたりだけの関係でいられないところが権力者というもの。家光は子を残すという自身の仕事をまっとうし、有功は嫉妬に苛まれながらも家光をサポートするために大奥を取り仕切るようになっていきます。
ふたりだけで生きていくことが許されない、役職に縛られたところがなんとも切ない。シリーズで随一ともいわれるラブストーリーが見どころです。
本作の、逆転した世界は現代社会を映す鏡だと評されることがあります。女性が社会に出て働き、家のこともする。男性の扱いは現実とは違いますが、女性が主体となって働く、という部分に共感できる女性もいるでしょう。男女逆転してしまったら、そんな想像を巡らせ、自分の生き方について考える一助にもなる作品です。
『大奥』については<よしながふみ作の漫画『大奥』を最新16巻まで徹底考察!時代別の魅力とは?>の記事で詳しく紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
よしながふみ作品は、コミカルなテイストでもキャラクターをないがしろにせず、しっかりとその「人間」を描いているところが魅力です。紙面のなかに、確かに人の生活がある。そう感じさせてくれる漫画家なのです。