小説って他人の「生き方」に触れることができる【ハッカドロップス・マイ】
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小説って他人の「生き方」に触れることができる【ハッカドロップス・マイ】

更新:2017.2.10 作成:2017.2.10

こんにちは、ハッカドロップスのマイです。生き方というと、例えば働き方や家庭のこと、生活する場所のことetc.。たくさんの要素が絡み合っていると思います。

ハッカドロップスプロフィール画像
ミュージシャン
ハッカドロップス
愛知県春日井市出身 。大学に進学したものの、在学中に音楽の道を目指し、上京。音楽系の会社でデスクとしてアルバイトをしながら、楽曲制作などを手伝う日々を送る。そんな中、制作現場でプロデューサー・多保孝一氏と出会い、意気投合。ソロプロジェクト、ハッカドロップスがスタート。YAMAHA SG7 を肩にかけ、懐かしさと新鮮さの共存するサウンドで平成の世にハッカ飴を投じるべく活動中 。2016年4月、シングル「衝撃リバイバル」にてメジャーデビューを果たした。 http://www.hakkadrops.net/
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それは当たり前だけど人によって違っていて、ふと自分とはかけ離れた生き方を当たり前の様にしている人に出会うと急に視界が開けたりすることもある。目からウロコってやつ。

本当は誰でもいつでもいつまでも自由なはず。生き方なんて無限にあるはずなんだよなと思い直したり、忘れることもしばしば。今回はいろんな生き方に触れられる本を5冊、おすすめさせてください。

視界がひらける一つの方法

著者
山内 マリコ
出版日
2015-10-22
国道沿いのドラックストアも、高速道路のインターチェンジから少し離れた草むらも、よく知っている地元の風景を通して浮かび上がってくる。田舎町のこの感覚は馴染み深い。行方不明にされていた春子も地方のキャバクラで働く愛菜も閉塞感の中を生きていた。

それぞれに出来上がってしまうある程度決まった形の幸福から、外れた方法に目を向けられた瞬間、急にがらっと視界がひらけたりする。春子と愛菜と今井さんとその子供が一緒に暮らしていく。こんな形が、ここではその方法なのだと思った。

少しだけの変化

著者
山内 マリコ
出版日
2014-04-10
退屈って嫌なもんだ。そもそも毎日の生活なんて、ほとんどが退屈から逃れるためにしているのではないかと思う時さえある。環境が変わればまったく退屈ではなくなるなんてのはあるとしたら幻想で、15歳の薫ちゃんも、27歳の森繁あかねも結婚していてもいなくても、田舎にも都会にも……どこにでもじっと存在しているものだと思う。

少しだけ変わりながら続いていく日々を過ごす、希望は大きく輝いている訳ではなく、何気なく現れてはまた巡っていく。8人の女の子たちの短編小説集。

“遊びの時間はすぐ終わる”

著者
山内 マリコ
出版日
2017-02-07
母親と食料品の買い出しに一日おきに行った「ショッピングセンター・セール・フレンドリー セフレ」。やがて放課後友達と一緒に行くようになったセフレ。東京に行った「私」と地元で母になった加賀美。2人が久しぶりに会う場所もまたセフレであった。

“どちらの世界とも、微妙に反りが合わないけど。わたしはその中間で、どっちつかずにぷらぷら浮遊している”

このショッピングセンターに相当する少し大きめのスーパーが自分にもある。しばらく会わなくて、環境も違うとなると感覚の違いに気づくことは少し寂しくもあるけれど仕方のないことだ。

“遊びの時間はすぐ終わる”
11編から成る短編小説集。

人間としての「生き方」

著者
山崎 ナオコーラ
出版日
2012-12-01
大学を卒業して働きながら小説を書いている栞は、同じ大学の先輩である紙川さんと付き合っている。栞は紙川のことが好きで大事に思っているけれど、彼から大して影響は受けていないと思っている。その2つは彼女にとっては関連のないことなのです、きっと。紙川さんとお別れしてしばらく、また付き合おうという彼に栞はこう答えます。

「ひとりの愛より、みんなの小さな好意をかき集めて、生きていきたい」

この言葉に彼女の生き方が投影されているように感じました。男性でも女性でもなくひとりの人間としての生き方を、栞はこの時には選んでいたのだと思います。

悩んだり考えたりする暇もない

著者
いしい しんじ
出版日
2006-03-28
三段跳びにオペラにネズミの飼育。突然何かのきっかけで、四六時中そればっかりになる。ジュゼッペは町の人たちからトリツカレ男と呼ばれている。そんなジュゼッペが出会って夢中になった少女、ペチカ。彼女の、笑顔の底に見えるくすみを取り除こうと突っ走るのですが、それまでトリツカレてきたことが、一つひとつジュゼッペの力になって不思議な方法で叶えていきます。

とにかくペチカの心配ごとが、わずかでもなくなることしか頭にないジュゼッペ。だからジュゼッペには自分の人生について悩んだり考えたりする暇もないのです。“完璧な春がきたのさ”と物語の本編は終わる。

この物語の中には、完璧な春があるのです。