「タニハピ」と呼ばれる東京郊外にある大型ショッピングセンターで働く男女8人の人間模様を描いた『タイニー・タイニー・ハッピー』。
1話目の「ドッグイヤー」はこんな話です。タニハピを経営する商社の本社で働く徹と、タニハピの眼鏡屋で働く実咲は2年前に結婚した夫婦。特に問題もなく仲良くやってきましたが、徹は、雑誌に付箋を貼ったりしおりを挟む代わりにページの端を折る美咲の癖がどうしても許せません。同様に美咲は、徹が服を脱ぎ散らかしたままにしておくのがどうしても許せないのです。そんな些細なことから、二人の生活に少しずつズレが生じてきて……。
オムニバス形式で各話ごとに主人公は異なりますが、1話目で脇役だった人物が2話目で主役となって、そこに1話目の主役だった人物が脇役として登場したりするのです。このように一人の人物をいろいろな角度から見ることができる点は、本作の魅力といえるでしょう。
そして各話のタイトルの付け方がうまいんです。内容にぴったり合っている上に「ドッグイヤー」「ガトーショコラ」などとってもおしゃれ。またタニハピの正式名であり、タイトルにもなっている「タイニー・タイニー・ハッピー」は、「小さな小さな幸せ」という意味です。働く男女が恋や仕事に悩み、葛藤しながらも小さな小さな幸せを手に入れていく物語を、ぜひお楽しみください。
ラブストーリーの名手有川浩が描く、激甘恋愛小説『植物図鑑』。こんな男の子がいてくれたらいいな、が詰め込まれた作品です。漫画化及び映画化もされています。「みんなの幻冬舎文庫(書店編)」第1位、「第1回ブクログ大賞」小説部門大賞を受賞しました。
「お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか」(『植物図鑑』より引用)
そんな一言から始まった共同生活。一人暮らしのOLさやかは、道端で行き倒れになっているイケメン、イツキを拾います。植物に詳しいイツキは、採ってきた野草でおいしいご飯を作ってくれます。ある時、イツキに女の影を感じたさやかは自分の思いをイツキにぶつけ、二人はめでたく両想いに。しかしある日、「ごめん、またいつか」という手紙を残し、イツキはいなくなってしまうのでした。
自分好みのイケメンが、毎日おいしいご飯を作ってくれるなんて羨ましいですよね。でも本作はただの恋愛小説ではないんです。植物をテーマにした恋愛小説になっていて、読後は植物にも詳しくなることができますよ。各章の冒頭には、その章で出てくる植物の写真が載っていて、あとがきには本文で登場する料理の写真入りレシピも掲載されています。読後は今まで気にしていなかった道端の野草に足を止めたり、ヘルシーな野草料理を作りたくなったりするかもしれません。
試着室で服を試着する際に、気になるあの人の反応を想像してしまう……。そんな恋の芽生えをうまく言い表したタイトルの本作『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う』は、とある商業ビルのポスターに書かれていたキャッチコピーをモチーフにした全5編の短編集です。作者の尾形真理は実際にそのキャッチコピーを手掛けたコピーライターで、本作が初の小説となっています。ライトな文体でさらっと読めますが、はっとさせられたり、心に刺さる言葉が詰まっている作品です。
5つの物語の主人公は、いずれもどこにでもいそうな30代前半の女性。仕事の責任が増したり、周りの友達がみんな結婚し始めて焦ったりするなど、迷いを抱える中、渋谷にあるセレクトショップClosetに新しい服を選びにやってきます。そして店員さんがお客さんの気持ちを汲んで、本当に似合うものを勧めてくれ、それによって勇気をもらっていきます。話の最後はキャッチコピーのような一文で締められています。
「実らなかった恋にも、ちゃんと実ができている」(『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う』より引用)
叶わない恋の話もありますが、恋が成就することだけがハッピーエンドではない、そんなことを教えてくれる素敵なお話です。読み終わった後は前向きな気分になれることでしょう。ついでに新しい服も買いたくなっちゃいます。
2016年、福士蒼汰と小松菜奈主演で映画化もされた『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』。口コミを中心にして人気が広がり、「読書メーター」の「文庫の読みたい本ランキング」では1位に輝きました。
京都の美術大学に通う南山高寿は、通学中の電車内で偶然居合わせた福寿愛美という可愛らしい女性に一目惚れします。勇気を出して告白し、二人は交際することに。しかし彼女には重大な秘密があって……。
この秘密を知ってからの展開は、切ないものです。初めて会った日の別れ際に「また、会える?」と聞かれ、泣いてしまった彼女。その後も彼女はことある毎に涙するのですが、その真意が分かったとき、読者もまた涙することでしょう。一度読み終わった後にもう一度読み返したくなる作品です。
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小松菜奈のその他の出演作が知りたい方は、こちらの記事もおすすめです。
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直木賞受賞作家である白石一文による『翼』。デビュー以来、男女の絆を描き続けてきた作家で、その作品にはいつも哲学的なテーマが込められています。
主人公はキャリアウーマンの里江子。親友である聖子の恋人岳志から、初めて会った翌日にプロポーズされます。
「きみと僕とだったら別れる別れないの喧嘩には絶対にならない。一目見た瞬間にそう感じたんだ」
「結婚してほしい、聖子とは別れる」(『翼』より引用)
それから10年後、二人は運命の再開を果たします。岳志は聖子と結婚して二児の父になっていましたが、あの時の気持ちは全く変わっておらず、むしろ確信したのだと言い……。
あらすじだけ聞くと、なんだか突飛な恋愛小説だなという印象を持たれるかもしれませんが、本作のテーマは「死に様」。なるべく周りの人が不幸にならないようにといい子で生きてきた主人公を通して、読者に、その生き方でいいのかと問いかけてくるのです。作中の人物達によって死生観などが語られ、どう生きるべきかを考えさせられる内容になっています。
哲学的なテーマを盛り込みながらも、すらすらと読み進められます。たまには本を読んで、人生について考えてみては?
芥川賞作家の川上弘美による、ベストセラーの純文学『センセイの鞄』。谷崎潤一郎賞を受賞した本作は、学校を舞台とした先生ものではなく、かつて先生と教え子の関係だった男女の恋愛小説です。
主人公の月子は、37歳の独身女性。ある日行きつけの居酒屋で、高校の時に古典の先生だった「センセイ」こと松本先生と再会します。それから二人はちょくちょく居酒屋で一緒に飲むようになったり、やがて二人で出掛けるようになったりするのですが、はっきりと恋人として関係が進んでいくわけではありません。じれったいような、その距離感が丁度良いような、二人の恋愛(?)関係が描かれていきます。
月子は、どうしてもセンセイの正式な恋人になりたいわけではありません。しかし他の男性といても、どこか居心地の悪さを感じてしまう……。お互いに一定の好意を持っていることが感じられる期間は、恋愛で一番楽しい時期なのかもしれませんね。
激情に駆られたり、衝動で自棄を起こしたりすることのない、大人な二人。そんな二人の最終的な結末を、ぜひご自分の目で確かめてみてください。
中学生、高校生の淡く切ない恋心を、繊細な文章で綴った短編集『ねぇ、委員長』。恋愛小説の旗手と言われる、市川拓司によって描かれたこの作品には、純粋で泣きたくなるような、3つの初恋の物語が収録されています。
表題作「ねぇ、委員長」の主人公「わたし」は、成績優秀で誰からも頼られる学級委員長。ある日、貧血を起こして通学路で座り込んでいたところを、学校一の問題児として噂される鹿山くんに助けられます。
そのことがきっかけで彼と親しくなった「わたし」は、好きな小説を鹿山くんに薦め、2人は本を通して心を通わせるようになるのです。鹿山くんは「わたし」との交流の中で、ある特別な才能を開花させ始めたのですが、育った環境があまりにも違う2人のこの関係は、周囲から猛反対を受けることになり……。
この作品はどの短編でも、周囲から浮いた存在となっている相手に恋をする、主人公の姿が描かれています。学校という空間の中で、偏見や差別を受ける彼らの姿は、とても切なく心が痛みますが、市川拓司の穏やかで優しい文章が、物語を爽やかな明るさのあるものにしてくれているのです。
登場人物たちの、お互いを思いやる気持ちは美しく、様々な障害が立ちはだかる2人の恋を、心から応援したくなってしまいます。自分を認め、分かってくれる人が1人でもいるということが、どんなにその人を勇気づけるか。
そんなことが感じられる彼らの様子に、読んでいて無性に惹きつけられ、その透明感に思わず涙してしまう傑作です。
4つの並行世界を巡る『四畳半神話大系』は、人気作家、森見登美彦によって描かれた作品です。
「薔薇色のキャンパスライフ」を送りたい大学生のドタバタとした日常が、独特の語り口や表現方法で描かれます。さらにパラレルワールドの要素を持っているので、その世界観にどんどん引き込まれてしまうでしょう。
京都の大学に通う主人公の「私」は、下宿する四畳半の部屋で悶々とした日々を送っています。
映画サークル「みそぎ」に入ってしまったが為に、友人の小津には振り回され、仙人とも貧乏神とも取れる風貌の樋口氏や、「みそぎ」の部長である城ヶ崎氏、酒癖の悪い羽貫さんたちに、「私」の大学生活はすっかりかき乱されていました。
しかもひねくれた性格が災いし、想いをよせる1年後輩の黒髪の乙女、明石さんとも一向に仲良くなれません。入るサークルを間違えたと考えた「私」は、もしあの時違うサークルを選んでいたら……とひたすら妄想を繰り返すのです。
愚痴ばかりの主人公ですが、彼らのウダウダとした下宿生活はそれなりに楽しそうで、読んでいて微笑ましくなってきてしまいます。「明石さん」のキャラクターはとても可愛らしく、その他の登場人物も皆個性豊かで刺激的。知らず知らずのうちに、ユーモアたっぷりの作品の世界から、目が離せなくなっていきます。
あの時違う選択をしていたら今の自分はどう変わっていたのか、と考えたことがある方も多いのではないでしょうか。4つの並行世界の展開・結末には思わず納得し、様々なことを考えさせられます。
作品内には巧みな仕掛けが施されていますから、主人公の恋の行方とともに、その仕掛けが明かされる秀悦のラストを堪能してみてくださいね。
在日韓国人の主人公と、日本人の少女の恋を描く、金城一紀のデビュー作『GO』。偏見や差別と戦いながら過ごす主人公の姿を、明るく爽快感のある文章で綴った本作は、第123回直木賞を受賞し、映画化されたことでも話題になった作品です。
主人公の杉原は、私立の男子校に通う在日韓国人。中学までを朝鮮学校で過ごしましたが、高校からは一般の学校へ進む道を選びました。元プロボクサーの父親からボクシングを叩き込まれ、喧嘩では負け知らず。朝鮮学校時代の友達や、同じ学校の同級生でヤクザの息子の加藤と、素行不良な日々を送っていました。
そんなある日、杉原は加藤の主宰するパーティへ招待され、パーティ会場で桜井という少女と出会います。2人はこの出会いをきっかけに徐々に距離を縮めていき、付き合うようになりますが、親密になればなるほど、打ち明けなければいけない事実が、杉原の頭を過ぎるのでした。
ある日杉原は、自分が在日韓国人であることを、彼女に伝えようと決心して……。
差別という重くなりがちなテーマを扱っているにもかかわらず、作品全体には溢れ出すようなエネルギーを感じます。テンポが良く疾走感のあるストーリー展開に、思わずのめり込んでしまうことでしょう。
喧嘩が強く、豊富な知識も持ち合わせている主人公はとても魅力的。その他の登場人物も素敵に作品を彩り、恋や友情、家族、国籍についての問題を、力強く、且つ読みやすく描いてくれている作品です。
かっこよくて胸に残る、素敵なセリフが随所に散りばめられているので、本が苦手な方でも、飽きることなく、わくわくしながら読めるのではないでしょうか。最後には晴れやかな気持ちで本を閉じることができる、至高の青春恋愛物語です。
恋愛小説の名手とも呼ばれる著者の、傑作短篇集。男女間の恋愛だけではなく、女同士の間に渦巻く様々な感情の動きにも焦点を当てたその迫力に、思わず圧倒されてしまいます。
全8つの短篇のうち、最初に収録されているのは「無邪気な悪魔」。妻子持ちの男性と不倫を続ける主人公が、付き合い始めた別の男性との結婚を決め、不倫を終わらせる決意をします。しかしその最後のデートを後輩に目撃されてしまい、物語は深みへとはまっていきます。
まるで人生という計画通りにいかないものを嘆くように、他の短篇も厳しい現実を突きつけられるかのような物語が展開。
「女友達」では田舎の友人の価値観に翻弄され、結婚を決められないまま歳を重ねていってしまう主人公、「残月」では不毛だと分かってはいながらもつい年下の男性に淡い期待をかけてしまう女性、「一夜まで」では一年に一度の昔の恋人との逢い引きを糧に、平凡な日常を乗り切っていく主婦が描かれます。
女性なら読んでいるうちに自然と、自分の中にうごめく感情を登場人物たちの心情に投影しているのに気づくはず。登場人物たちの気持ちがよく分かるからこそ、切なさで胸が締めつけられるよう。タイトルの『息がとまるほど』はまさに最適な表現だと感心してしまいます。逆に男性が読んでも、女性という男性にとっては未知の生き物を深く知るきっかけになるでしょう。
江國香織好きなら誰もが同感する、著者の美しく細やかな表現力。本書『きらきらひかる』は、そんな著者の魅力を存分に感じられる、まさにきらきらひかる宝石のような作品。20年以上前に出版されたとは思えない、瑞々しさで溢れています。
主人公の笑子は、アルコール中毒で情緒不安定。結婚した夫の睦月は同性愛者で、彼には男子大学生の恋人がいます。二人がお互いの事情を知ったのは、初めて会ったお見合いの席。お互いを理解しあって結婚したふたりですが、ふたりと睦月の恋人との奇妙な三角関係はやがて形を変えていきます。
笑子曰く、
「ごっこみたいに楽しくて、気ままで都合のいい結婚」(『きらきらひかる』より引用)
だったはずのふたり。笑子の両親や友人、睦月の母は子供を持てと急かされても、笑子は睦月との結婚生活を維持したいならばと、睦月の母親がすすめてくる人工授精で子供を持つことも考え始めます。しかし、ふたりの結婚生活を微妙に変えていったのは、周囲からの圧力ではなく、笑子自身の気持ちの変化でした。
睦月への恋愛感情の高まりが次第に抑えられなくなってくる笑子。睦月の恋人として存在を認めていたはずの紺にも、嫉妬の感情が湧き始めます。人を好きになった時に自然と湧いてくる、相手を求める気持ち。しかし笑子の場合はその気持ちの行きどころがなく、それが余計に彼女を情緒不安定にさせます。
睦月はいつも笑子のそばにいる。手を伸ばせば届きそうなところにいるのに、その睦月の気持ちを手に入れることは、どうしてもできない……。全て理解しながらも睦月を求める気持ちが止められない笑子の気持ちを想像すると、切なさで胸が張り裂けそうになってしまいます。
あるとき突然紺が姿を消し、それをきっかけに睦月との関係を受け入れることができた笑子。愛する人を完全に自分のものにはできないという悲しい事実を受け入れた時、自分を苦しめていた様々な思いから解放されたのです。その後紺も戻ってきて、形としては初めと変わらない、3人の生活がまた重ねられていきます。
「薄めのコーヒーは熱く、レーズンはやわらかに甘い。油とお砂糖の味がして、私はまた泣きたくなった。」(『きらきらひかる』より引用)
本書に収められたこの一文のように、江國香織はその美しい言葉使いでも有名な作家。『きらきらひかる』は彼女の作品の中でもその魅力が特に生きている、珠玉の作品と言っていいでしょう。
本書では恋愛の奥深さと同時に、その恐ろしさとも言える面も巧妙に描かれています。主人公の人生を追いながら嫌でも我が身を振り返り、自分にとって愛とは何なのかを真剣に考えさせられるでしょう。
「ただひたすら歩きながら、いつしか私は祈っていた。どうか、神様。いや、神様なんかにお願いするのはやめよう。どうか、どうか、私。これから先の人生。他人を愛しすぎないように。愛しすぎて、相手も自分もがんじがらめにしないように。私は好きな人の手を強く握りすぎる。相手が痛がっていることにすら気がつかない。だからもう二度と誰の手も握らないように。」(『恋愛中毒』より引用)
「諦めると決めたことを、ちゃんときれいに諦めるように。二度と会わないと決めた人とは、本当に二度と会わないでいるように。私が私を裏切ることがないように。他人を愛するぐらいなら、自分自身を愛するように。」(『恋愛中毒』より引用)
これは本書の主人公、水無月が以前離婚届を出した帰り道で密かに自分の心に決めたこと。そう決めたはずだったのに、突然現れた作家創路との出会いが、彼女の人生をまた狂わせていきます。
創路への愛情は、前夫との結婚で思い知ったはずの恋愛中毒とも言える気持ちまで呼び起こし、彼女を翻弄するのです。創路を失うことを恐れるあまり、水無月は極端な行動に出てしまい……。
水無月は自分は人を愛しすぎるからいけないのだと思っていますが、客観的に水無月の言動や心の動きを見ていると、必ずしもそうでないのでは……という印象を受けます。最初は若い男性の語り口から始まり、徐々に水無月の語り口に移行していくのですが、それと同じ自然さで、水無月の言動も物語が進むにつれ常軌を逸してくるのです。
水無月の言動に、最初は驚き、また恐れ、彼女のことを理解できないと感じるかもしれません。しかし、自分の気持ちの動きを注意深く観察すると、その恐れはこの自分自身にも向いたものだと気づくでしょう。自分の中にも潜んでいるかもしれない、恋愛中毒のかけら。その繊細な人間の心理を見事に表した本作は、やはり最高の恋愛小説と呼ばれるに値する、見事な作品です。
作者は、恋愛小説に定評のある石田衣良。傑作と名高い純愛小説です。
幼稚園の頃から仲良しであるカイとミノリは、約束を二つ交わします。一つ目は、お互い好きだけれど恋人になることも、共にいることも、恋愛も結婚もしないこと。二つ目は、どんな秘密も作らないこと。肉体関係のない、プラトニックな関係とも言えるかもしれません。
カイは、ミノリ以外の女性と結婚し、ミノリもカイ以外の男性と体を重ねますが、心のスキマを本当に埋めることは、互いにしかできない。少し歪で、どこまでの誠実な二人が描かれています。
本書で巧みなのは、心理描写。特に女性視点の描写は、リアリティがあり、思わず引き込まれてしまいます。
心と身体という二つの側面から、恋愛をどうとらえるか。性に関しては貪欲であるのに、肉体的には決してカイを求めようとはしないミノリの姿は、読者の価値観を揺さぶりにかかってくることでしょう。独特な恋愛観の中に浸れる作品です。
主人公かもめが「男らしい人」と「優しい人」との過去2つの恋愛を振り返るお話です。どちらの男性も男の弱さやずるさを抱えながら、純粋にかもめを愛し、かもめも応えるように恋に溺れていきます。
ただあなただけがほしいと望んだ「男らしい人」との恋。妻子ある「優しい人」をただひたすら待つ恋。強すぎる想いは恐ろしいほどに猟奇的で、他人からみたら異常ともいえるでしょう。
自分自身が生きた証と思えるほどの2つの恋を振り返り、かもめの心には何が残ったのか……。
激しく想うかもめの気持ちは時に怖さも感じますが、本来女ならだれでも持っている欲望ではないでしょうか。それを理性で抑え込むのか、欲望のままに行動するのか、という些細な差でしかありません。この2つの恋愛は決して素敵とは言えませんが、一途に激しい想いを持てるかもめを少しうらやましくも思えるでしょう。
読み終わったとき、タイトルの意味が深く心に刺さるのです。主人公かもめの心理が苦しいほどに切なく描写されており、一度でも恋に溺れた人ならだれでも共感できる作品になっています。
2017年1月にフジテレビでドラマ化された本作は、女性が抱える悩みや、揺れる感情を繊細に描き、多くの共感を生みました。タイトルは環状八号線とかけてあって、舞台もそれぞれ荻窪、八幡山、千歳船橋、二子玉川、上野毛、田園調布に設定されています。
6人の女性が織りなす6編の連作短編小説なので、まとまった読書の時間をとれない方でも、少しずつ読むことができます。
どこにでもいるような女性たちの悩みとして、嫉妬や不倫、DVというものを描いています。友人の幸せを素直に喜べなかったり、心の奥で他人を格付けしたりという人間の暗い部分が、重すぎない文体で描かれています。
どの作品にも共通して出てくるのが、公太という女癖が悪い男。畑野智美の作品にはたびたびこのような男性が登場するのですが、本作は主人公が女性たちなので、そのサイテーさがさらに前面に押し出されています。女性の読者にとっては、切実に共感出来る部分があるでしょう。
女性のリアルな感情を知ることができる作品になっています。
ヒロインの和実は偶然出会ったエゴン・シーレの「哀しみの女」というタイトルの絵画に目を奪われます。この絵のモデル、ヴァリーという女性はシーレの恋人でもありました。師のクリムトより譲られたこの女性と出会ってからシーレの名声は高まります。しかし、画家として成功したとたんシーレはヴァリーを捨て、別の女性と結婚してしまうのです。
このエピソードは、年下の恋人章司を持つ和実にとって共感できるものでした。不遇な時代の章司を支えてきた和実。しかし仕事が軌道に乗ってきた頃、章司はホステスとして生活してきた和実とは別の、良家の娘との結婚話に乗り気になっていました。
彼の不遇の時代を支えながら、成功が見えてきたとたん、捨てられる…一見惨めに見える境遇ですが、章司の結婚相手に対する和実の態度など、徹底した自己犠牲を貫く彼女の姿は「誇り高い」ヒロインそのものです。女性の悲しい立場に対する悲しみと同時に男より何倍も強い女性の精神に撃たれる、そんな作品です。
本書は元々毎日新聞に掲載されていた連載を単行本化したもの。連載当時から人気が高く、単行本は好調な売れ行きを見せています。
人気の秘密は登場人物とストーリー設定・展開のリアルさ。自分の人生と照らし合わせながら読む読者も多いことでしょう。
この小説の主人公、薪野聡史と小峰洋子にはそれぞれ現実のモデルがいるそうです。現実の人間を参考にしながら書くことについて、著者は序文でこう記しています。
「彼らの生を暴露することが目的ではない。物語があまねく事実でないことが、読者の興を殺ぐという可能性はあるだろう。しかし、人間には、虚構のおかげで書かずに済ませられる秘密がある一方で、虚構をまとわせることでしか書けない秘密もある。私は現実の二人を守りつつ、その感情生活については、むしろ架空の人物として、憚りなく筆を進めたかった。」(『マチネの終わりに』より引用)
物語の冒頭では、薪野聡史は38歳の天才ギタリスト、小峰洋子は40歳の国際ジャーナリストとして活躍しています。聡史のコンサートの打ち上げで二人は出会い、互いに強い印象を残します。しかし洋子にはすでに婚約者がいて、二人の関係は最初から苦難の雲行きを見せます。
本書では2006年から2012年までの、バクダッド、東京、パリ、ニューヨークと国を超えて展開される二人の愛の歩みが描かれています。その間に世界で起こった数々の出来事(イラク攻撃、東日本大震災、バグダッド自爆テロなど)も同時に描かれ、私たちはまさにこの世界を生きているのだと読者にも実感させます。
そんな臨場感あふれるストーリー展開の中、登場人物たちの繊細な心の動きが読者の心の琴線に触れます。
「未来は常に過去を変えているんです」(『マチネの終わりに』より引用)
物語中何度も登場するこの言葉が、登場人物だけでなく読者の心をも支えるきっかけとなるでしょう。
いかがでしたか? 家事や仕事に疲れた時は、甘く切ない恋愛小説を読んで一息入れみてくださいね。