幕末の動乱期に、封建制度の厳しい土佐藩で尊王攘夷の思想を掲げ、身分を超えて新しい時代を作ろうと「土佐勤王党」を立ち上げた武市半平太。志半ばで死んでいった稀代の人物をご紹介していきます。
武市半平太は、幕末期に土佐藩(現在の高知県)で尊王攘夷思想を説き、藩政を動かそうとした指導者にして勤王の志士です。
土佐藩は藩祖山内一豊時代から身分制度に厳しく、格の高い上士と低い下士(郷士)では雲泥の差がある国でした。武市半平太は上士の末席、白札郷士の家で生まれ、剣術、学問に優れ、道場を開き多くの門弟を育てるようになります。
時代は幕末の動乱期。彼は江戸での剣術修行で、長州藩や諸藩の志士たちと交流し特に久坂玄瑞や高杉晋作らの師である吉田松陰に傾倒していきます。攘夷思想を土佐藩で主流として、長州や薩摩などの諸藩と幕府に対して攘夷を迫ろうと誓います。土佐に帰国後、土佐勤王党を結成し、藩政の掌握に努めることになるのです。尚、この時の土佐勤王党には、坂本龍馬、中岡慎太郎、岡田以蔵なども参加しています。
土佐藩参政吉田東洋の暗殺をはじめ、土佐、京都などで天誅と称し反対勢力を粛清しながら、一時期は藩政の主導権を握りますが、8月18日の政変による長州藩失脚を皮切りに、武市半平太たち勤王攘夷派は衰退していきます。かわりに公武合体派による藩政が主流となり、土佐勤王党も弾圧を受けることになります。
武市半平太は数々の暗殺などの咎を受け、土佐勤王党盟主として切腹させられることになります。彼の死後、世の中は討幕、明治維新へと移り変わりますが、敵味方共にその死を悼み、彼の卓越した先見の明は次世代へ受け継がれていきます。
1:「瑞山」という別名があった。
一般的には武市半平太の名が有名だが、彼には瑞山(ずいざん)という雅号が存在します。ひとりの人が複数の名前を使い分けるのが一般的だった江戸時代には、雅号を用いる風習がありました。
2:坂本龍馬とは遠い親戚関係だった。
幕末を語るうえで欠かせない人物である坂本龍馬。彼の父の実家である山本家と繋がる、島村家当主の孫が半平太の妻でした。
3:剣の腕は一流だった。
江戸に剣術修行に出た武市半平太は、一刀流・千頭伝四郎の道場で学びましだ。土佐に戻ってからは、小野派一刀流の麻田直養(なおもと)の元で剣術を学び、後に自身が教える道場も開いています。
その後も剣の腕を磨くことには余念がなく、江戸の士学館で鏡心明智流の修行を行ったり、他流試合にも積極的に参加したりと、剣術向上に励んでいました。
4:絵画の腕も一流だった。
剣だけでなく絵画においても一流の腕を持っていた彼は、その生涯で多くの作品を描いています。奸臣として捕らえられた後も、獄中で自画像を描くほどでした。
5:もとは農民の家系だけど、金で武士になった。
彼が生まれたころの武市家は、白札郷士という上士の末席でした。しかし武市家はもともとは農民だったのです。半平太から遡ること5代前、土佐の農民であった武市半右衛門は、莫大な財力で武士の株を買い、白札郷士に取り立てられたのでした。
6:あの有名人とも交流していた。
江戸で剣術修行に励んでいた半平太は、のちに尊王攘夷の中心人物となる桂小五郎や久坂玄瑞、高杉晋作らと交流しました。この交流を通じて彼自身も尊王攘夷を遂行していくことになります。
7:ビックリするくらいの大男だった。
彼の身長は180cmほどあったとのことです。江戸時代の日本人男性の平均身長が155cmといわれているので、それよりも25cmほど高いことになります。
8:土佐人なのに、すぐに酔いつぶれる下戸だった。
酒豪が多いことで知られる土佐では珍しく、下戸だったという半平太。猪口2杯で酔ってしまうほどだったそうです。
切腹という形で人生を終えた半平太。罪状は、藩主の意に反した主君不敬というものでした。正装で刑場に着座し、腹を3度横に割いて介錯人の突きによって絶命したといいます。
それまで誰も成功していないといわれた三文字切りを成し得た彼の精神力は、最後まですさまじいものがありました。
辞世の句は、
ふたゝひと 返らぬ歳を はかなくも 今は惜しまぬ 身となりにけり
もう二度と戻ることのない歳月をはかないと思ったこともあったけれど、切腹をすることになってそんなことは惜しまない身となったなあ、という意味です。
彼が亡くなったことで武市家は断絶。土佐勤王党も事実上解散しました。
『新装普及版 武市半平太伝』は、土佐勤王党の盟主として、幕末の勤王攘夷思想の指導者的立場だった武市半平太の生涯を綴った物語。時代に翻弄された37年の生涯を描き、彼の目指した勤王の志を読み解きます。
- 著者
- 松岡 司
- 出版日
- 2010-04-10
「日本を代表する志士たちが武市半平太を評したとき、西郷吉之助(隆盛)のような人だと言うにとどまらず、ときに『その上にあり』とのべた。比較したものには決断力、鋭い眼光もあっただろうが、なによりも大義へむかう至誠の信念に共通項をみたのではないか」(『新装普及版 武市半平太伝』367Pより引用)
武市半平太のもつ大義とその言動を本書で読むことで、後の明治維新へと向かう時代の流れに大きな影響を与えたのだとわかります。
作品は彼の生い立ちから最期までが克明に綴られています。自身の思想を貫くために暗殺などの強硬的手段に出た心情は、時代の過酷さを痛感するでしょう。また捕縛後、獄中にあっても自らの信念を貫きます。彼の壮絶な生き様と時代の政治的背景により犠牲になった最期は幕末を語るうえで重要なポイントの一つではないかと思います。
時代小説の巨匠司馬遼太郎の短編小説『人斬り以蔵』。幕末の動乱期に京都の街を天誅と呼ぶ人斬りで震え上がらせた岡田以蔵を主人公にした小説です。
人斬り以蔵こと岡田以蔵は、土佐藩(現在の高知県)の身分の低い足軽の家に生まれます。土佐藩は特に身分制度に厳しく、以蔵は虐げられた身分から逃れるべく剣術の稽古に奮励。武市半平太が開いた道場に出入りが許され、そこで彼に剣の才能を見出されます。以蔵は半平太に影のように付き従い、暗殺者としての道を進んで行くのです。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 1969-12-17
流儀もなく自己流の剣を使う以蔵は、身分制度に対するコンプレックスを払拭するように殺人剣を磨いていきます。そんな殺人マシーンを作ったのが武市半平太だったのでしょう。以蔵も彼に忠義を示しますが、その恩に報いる手段が殺人だったいう、歪な主従関係を読み取ることができます。正義は時代と見る側にとっては悪にもなるという、悲壮感を感じる作品ともいえます。
足軽として生まれた以蔵は、剣の腕を磨いても学問には弱く、次第に半平太からも疎んじられるようになります。義のための殺人が徐々に快楽のための殺人へと狂いだす以蔵の心情の変化を描いた描写は、さすが司馬遼太郎作品と感嘆する物語です。
なお本作は、短編で他に大村益次郎を題材にした「鬼謀の人」、塙直之を主人公にした「言い触らし団右衛門」など、全8作を収録した短編集です。様々な時代を取り扱っていますが、いずれもしばしば脇役に描かれる人物に焦点を当て、それぞれが歴史に残した役割を読み取れる作品になっています。
『武市半平太―ある草莽の実像』は、幕末の土佐藩(現在の高知県)で、尊王攘夷論を掲げ発足した土佐勤王党とその盟主であり、指導者の武市半平太の生涯を研究した本です。
1982年に書かれた本ですが、未だに武市半平太を題材にしたものでは一級品の研究書です。図解や、年表を用いてわかりやすく史料を解説していて、彼の生涯と土佐勤王党の果たした役割が理解できると思います。
- 著者
- 入交 好脩
- 出版日
本作は武市半平太の生い立ちから書かれていますが、重きをおいているのは勤王の志士として土佐藩内外で活躍した時期。わずか5年ほどの期間ですが、その激しく輝いて散っていった生き様は伝説になっています。特にそれまで誰も出来なかったという三文字に掻き切った切腹法は、彼の生涯の凄まじさを思い起こさせます。
武市半平太が行った、早急すぎた改革。しかしその思想や生き様は、残された者たちが引き継ぎ、明治維新へと近代化していく原動力になったと信じられることでしょう。武市半平太を知るために、また他の作品の時代考証のためにも必読な作品です。
幕末の土佐藩(現在の高知県)で尊王攘夷を志した土佐勤王党の盟主武市半平太と、それに影のように付き従った門弟岡田以蔵の師弟関係にスポットを当てた時代小説『雨に添う鬼 武市と以蔵』。
物語は武市半平太と岡田以蔵の出会いから、二人の最期までを描いています。土佐で道場を開き、すでに未来を期待されている半平太と、身分も低く無流で不格好なれど、才能ある以蔵の剣。半平太は以蔵を育てたいと思うようになります。二人の出会いが史実とは違いドラマチックに書かれているのが、本作の特徴といえます。
- 著者
- 秋山 香乃
- 出版日
- 2010-04-21
土佐勤王党を結成し、吉田東洋を暗殺。次第に政治の表舞台に出ていく半平太と、その偉業を陰となって暗殺剣を振るい支える以蔵。時代の進行と共に、二人の師弟関係が少しずつずれていく描写は、著者の心情を描く作風の真骨頂と思われます。
ふたりの互いに思いやる心とは裏腹に、分かり合えなくなっていく様子は、恋愛ものを読んでいるかのようです。最期は二人とも捕縛され、以蔵は斬首、半平太は切腹して果てます。同日に死を迎える切なさが、物語全体の雰囲気を醸し出している作品です。
黒江S介原作の漫画『サムライせんせい』。武市半平太が現代にタイムスリップしたという架空の設定で、先にタイムスリップしてきていた坂本龍馬と、現代に起きる様々な問題を解決していく痛快SFコミックです。
幕末の時代、土佐勤王党の盟主で尊王攘夷論を説いていた武市半平太は、藩内で失脚し捕縛されます。牢内で行く末を案じ毎日を過ごしていたある日、朝起きると見慣れない光景が。平成の世にタイムスリップしていました。奇想天外の発想ですが、歴史ものにタイムスリップを題材にした作品は多く、歴史好きからマンガ好きまで人気のシリーズとなっています。この漫画から幕末の歴史を好きになる人もいるでしょう。
- 著者
- 黒江S介 (著)
- 出版日
- 2014-11-10
平成の世の中で、着物を着て髷を結っている半平太。便宜を図ってくれた佐伯という老人の世話で教鞭をとることになり、子どもたちからサムライ先生と呼ばれます。テレビやエアコンなど現代の文明に触れた彼の反応は必見です。
戦国武将や、坂本龍馬などの有名な人物が多いタイムスリップものの中で、武市半平太を主人公にした漫画は珍しいのではないでしょうか。半平太の真面目で実直な性格と、正義を重んじる精神は、現代の世の中で忘れかけていたものを思い出させる風刺的な作品でもあります。普段漫画を読まない方でも歴史が好きなら読んでほしい作品です。
武市半平太はその死後も、様々な志士たちから尊敬された傑物でした。時代の寵児として現れ、時代の波に飲み込まれ死んでいった半平太。その早すぎた死と刹那的な生涯を読み解くことで動乱の幕末を、もっと知ることができることでしょう。