旅の空気をまとう西加奈子の小説3冊【KUSHIDA】

更新:2021.12.3

西加奈子さんの小説の行間には旅の匂いがします。プロレスラーという仕事も日本全国・世界各国、コスチュームを入れたスーツケースひとつで旅する職業でして、旅の匂いをプンプン醸し出してるレスラーの佇まいには昔から憧れていました。

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人の佇まいは小説における行間。男性なら男性、女性なら女性のその外堀を丁寧に丁寧に彫刻刀で削るように文章が繋がれていき、ゆっくり人が浮き彫りになってくるイメージ。行間に旅の空気をまとう西加奈子さんの小説をご紹介します。

顔面へのサミング攻撃のような小説

著者
西 加奈子
出版日
2016-11-30

日本人は日本を中心とした世界地図に見慣れていますが、海外に行くと、その土地がど真ん中にくる世界地図に出会います。それが世界地図だと理解するのに、一瞬戸惑い「そういう地球の見方があるのか?」と膝を打つ経験。例えばニュージーランドが中心の世界地図など、日本列島が見たことがないような角度で申し訳ない程度に用紙ギリギリの世界に存在しています。多様な価値観に触れ、己の未熟さを知る。得てして、旅とはそういうものです。

西加奈子さんの最新刊『i』。この小説に、ボクは地球を感じました。自分が小学生の頃、隣に座る帰国子女の生徒が、転校してきて早々にいきなり学級委員に立候補して教室がザワついたことを思い出します。

クライマックスに訪れる親友ユウから、主人公アイに送られた手紙には涙が溢れてしまいました。この小説はまるで顔面へのサミング攻撃、心が搔きむしられます。

日本人としてのアイデンティティを問われる一冊

著者
西 加奈子
出版日
2017-01-13

ROHというアメリカのプロレス団体に参戦するため、頻繁にニューヨークで試合をしています。この小説にはニューヨークの街並みの臨場感が満載。“海外一人旅あるある”が散りばめられています。

大学生の頃、航空会社の懸賞で往復チケットが当たり、ニューヨークを2泊だけして帰国する弾丸ひとり旅をしたことがありまして……「舞台」はまさにそれとドンピシャな設定だったもので、たまりませんでした。ボクも旅で物をなくしがち。

【レストランで乱暴にスキあらばコーヒーを並々注いでくるウェイター(本文より)】……ちょうどよい薄さのアメリカンコーヒーだからガブガブ飲めちゃうんですよね、あれって。パンケーキなんかと一緒に。で、お昼を過ぎても全然お腹が空かないという(笑)。いろんな人種が入り乱れるニューヨークで、自らの日本人としてのアイデンティティについて考えてみろ! ガツンと目が覚める思いに駆られます。

プロレスラーという生態の本質に触れた小説

著者
西 加奈子
出版日
2015-09-07

武藤敬司(むとうけいじ)とグレート・ムタ。マルキ・ド・サドと主人公の鳴木戸 定(なるきど さだ)。プロレス者としては言葉遊びに思わずニヤリ。

この小説には「江口」というプロレスラーが出てきます。人間臭~く紹介されていて、プロレスラーという生態の本質に触れています。見た目と内面の乖離。本当の自分ってどんな自分?描かれる個性的な登場人物たちの自分自身との答えなき闘いは、社会を生き抜く誰しもが経験するものではないでしょうか。

【定は、文章が好きだった。文字は文字なのに、無限の組み合わせで、無限の「言葉」になり、やがて「文章」になる、その仕組みが好きだった。】

本が好きな人は、みんなきっとそうですよね。

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