働くとは、生きることではないでしょうか。美味しいものを食べたい、綺麗な服が着たい、大きな家に住みたい、いや、そのどれもがいっそのこと質素でもいい……。今回はそんな働くことの意味、意義を探せる仕事小説を職業別にご紹介します。
「しがないサラリーマンというトロッコに乗って、ときに急カーブに翻弄されつつ、振り落とされないよう、必死でしがみついてきただけだ」
(『七つの会議』より引用)
上記の引用文を読んで、頷いてしまうサラリーマンの皆様は多いのではないでしょうか。主人公原島は、大手企業傘下の中堅企業勤務の営業職です。学生のころから何をやっても一番になれない原島は、自分の人生とはこういったものだとどこか諦念してしまっている人間でした。
そもそも何かで1位を取る人は圧倒的に少数。社会は1位以外の多数が構成していると言っても過言ではないのです。
- 著者
- 池井戸 潤
- 出版日
- 2012-11-02
しかしそんな万年2位の原島に事件が降りかかります。窓際族の八角という社員が社内制度を活用して上司である坂戸をパワハラで訴えたのです。現実世界でも、大きな問題の一つであるパワハラ。そんなパワハラを問題とした会議から、次第に企業の闇が暴かれていきます。そしてその中で原田は、企業の中で生きる意味や生き甲斐、やり甲斐、この先の生きる道を模索し始めるのです。このように本作の魅力は、主人公の成長物語でありながら企業の闇を扱い、企業内部の実情をリアルに描き出している点でしょう。
勤め人であれば本作に、共感を得られます。しかし生きるための格好良さが描き出される本作は、誰が読んでも楽しめる作品になっていますよ。
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小説『七つの会議』の元ネタ、結末は?作品の見所を最後までネタバレ紹介!
本作は中堅メーカーを舞台にした物語です。パワハラで訴えられた営業課のエリート写真を起点として、物語は思いもよらない結末を迎えます。その結末とはいかに……。 この記事では、『七つの会議』のあらすじから結末まで詳しくご紹介いたします。ぜひ最後までご覧ください。
趣味は読書と答える方の多くが、一度は書店で働く自分を想像したことがあるのではないでしょうか。静かな空気が流れる書店で好きな本を読みつつ、少なくても大事なお客様が来るのを待つ……。そんな夢を叶えてくれる作品が本作『桜風堂ものがたり』となります。
隠れた名作、宝物を見つけるのが得意な主人公月原一整は、店長からの信頼も厚く、書店員という自分の職業に満足しながら日々を過ごしていました。しかし万引き事件に巻き込まれたことから、その責任を取る形で書店を辞めざるを得なくなり、月原は失意のどん底に突き落とされます。そして、その気持ちを立て直そうと以前よりネットで交流のあった桜風堂という書店を訪ね、成り行きからその田舎の書店で働くことになるのです。月原はその空気に次第に癒されていき………。
- 著者
- 村山 早紀
- 出版日
- 2016-09-21
全体的に優しい雰囲気のある物語で、肩肘を張らずに読めるのが本作の魅力の一つです。ただそのギャップで万引き事件に関しては、深い悲しみを覚えてしまうことでしょう。物語のアクセントの一つと捉えられれば良いと思いますが、全体的に優しい雰囲気の作品なので、特に辛く感じる方はいるかもしれません。しかしそれを乗り越える主人公の強さや優しさは読んでいて心温まるものがあります。嫌なことがあって、今少し心が疲れてるなという方に特におすすめしたい作品です。
アラサー女子水沢久美子は、派遣会社勤務の32歳。しかし派遣ギリにあってしまいます。さらにその同じ日には、同棲中の彼氏から振られてしまい、まさに泣きっ面に蜂状態。かくして久美子は、仕事と住まいの両方を一度に失ってしまうのでした。
- 著者
- 垣谷美雨
- 出版日
- 2016-09-13
一見して久美子は、運がないのだなと感想を持ってしまいがちです。しかしこれは運だけの問題ではないのです。正規社員でない派遣ギリの問題に関しては言うに及ばず、親兄弟のいない久美子は天涯孤独の身、保証人も立てられず、住む場所も容易に決めることができません。
ユーモラスに語られながら、社会の問題を明確に描き出す本作ではさらに、進退窮まった久美子が偶然目にしたTV番組の宣伝を鵜吞みにして、安易に農業を志していきます。農学校出身でもなく、農家の娘でもない久美子は、当初の安易な気持ちと相まって、当然のように様々な壁に当たり続けるのです。
しかしここにも、社会的な問題が隠されています。農業は、個人の新規参入が難しいということを訴えているのです。たとえば、久美子が農業を行うために土地を借りなければならない場面。見ず知らずの農業の素人に、地主もなかなか土地を貸してくれません。安易に地主を批判するのが目的ではないように感じますが、一例をとってみてもその難しさは伝わるかと思います。
辛いことばかりの久美子に見えますが、不思議とそこに悲壮感はあまり感じられないでしょう。先述した境遇は不遇なものですが、重たい作品ではありません。どこか淡々とした久美子の鈍感さに読者は救われる気持ちにすらなるのです。社会問題と考え込み過ぎなくても、久美子の成長した姿に最後どこかほっとした気持ちになる作品です。
幸せの形は、人それぞれです。激務の会社を退職し、地方公務員として家族と共に平穏な毎日を手に入れていた遠野啓一は、ある日突然、万年赤字のテーマパークへと出向を命じられます。出向先での業務内容は、赤字テーマパークを再建させることで………。
- 著者
- 荻原 浩
- 出版日
- 2006-12-01
ひとえに公務員と言っても、体が資本の自衛隊や消防から、各省庁の事務次官まで様々あり、一概には語れません。しかしやはり一般通念上では、「安定感」が第一に来るように感じます。本作においては、その安定が停滞や腐敗を呼んでしまっているという解釈になるのでしょう。
テーマパーク再建を目指す遠野は、嫌々ながらも家族や同僚の力を借りつつ、前向きな取り組みを行うようになっていきます。しかし建設的ではない人物達が遠野の行く手を阻むのです。責任問題であったり、前例を踏襲するあまり新しいことにチャレンジする気概を見せない上司達……。若干偏った描き方をされているようにも感じられますが、現代社会の腐敗の象徴としてはわかり易い表現がされています。
ラストシーンに関しては賛否両論あるようです。ネタバレになるので詳細を語ることは控えますが、ある意味、ヒロイズムを否定してリアリズムを追求した結果のようにも受け取れます。賛否あるにせよ、心には間違いなく残るラストです。是非読んで、確かめてみてくださいね。
題名にもなっている「なあなあ」とは、「ゆっくり行こう」「落ち着け」などの意味を持つ、神去村の人々の口癖です。作中にも多く登場しますが、この台詞を聞くと、読んでいる側もどこか癒される気持ちになりますよ。
平野勇気は、高校卒業後の進路を担任と母親から強制的に決定されてしまい、半ば追い出されるように三重県の神去村という山奥の田舎村にやってくることになります。本作『神去なあなあ日常』では、そこで様々な出会いと葛藤を経て成長していく、勇気の林業青春物語が描き出されていきます。
- 著者
- 三浦 しをん
- 出版日
- 2012-09-07
そもそも林業とは何なのか。知っていそうで説明のできないような職業と言えば失礼かもしれませんが、本作においてその林業にメインスポットを当てて語られています。
林業とは、木に関する業務の総称。たとえば、木材一つとってみても非常に手間暇が掛かっていて、使われる木はただそこに生えている木を伐採するだけではありません。その木の成長段階から剪定を行い、病気などにも気を遣っています。このような幅広い仕事内容に加えて山特有の職場環境の辛さもあります。実際、勇気は作中において花粉症を発症したり、害虫に痛い目を見たり、山の洗礼を受けるのです。
何度も逃げ出す勇気を周囲の人間が、厳しくも優しく見守ります。当初辛いばかりだった山の辛い職場環境も、見方を変えれば雄大な自然環境。仕事を覚えると共に山と林業に魅せられていく勇気の成長は、読んでいて心地よいものでしょう。
テンポよく読むことができる良作で、林業の奥深さを紹介する面と、勇気の青春を描く両面が魅力的となっています。そのどちらに比重を置いて読んでみても、満足のいく読後感を得られるでしょう。