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小説で読む久坂玄瑞。早世の俊才を知る4冊

更新:2020.12.2 作成:2017.3.14

久坂玄瑞は2015年大河ドラマ『花燃ゆ』の主人公杉文の最初の夫でした。今回は名前は知っていても、なかなか実像は知られていない、玄瑞にまつわる書籍をご紹介します。

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早世した尊攘派のリーダー、久坂玄瑞とは?

久坂玄瑞は長州藩士で、高杉晋作と並び松下村塾の双璧と呼ばれた人物です。吉田松陰からも高く評価されていました。長身でイケメン、美声であったと伝えられています。その才能と行動力は、坂本龍馬をはじめ多くの志士に影響を与えました。

1840年、萩藩医・久坂良迪と富子の三男として生まれました。しかし次男は早世していた上に、14歳に母、翌年には兄と父が相次いで亡くなってしまいます。15歳で当主となった玄瑞は、萩藩医を引き継ぐことになりました。

1856年に玄瑞は九州へ遊学し、その時に訪ねた宮部鼎蔵から吉田松陰に師事することを勧められました。玄瑞は松陰に手紙を書き、国防に関する意見を述べています。それに対して松陰は玄瑞を試すような返事を送り、玄瑞と松陰は幾度か書簡を取り交わしました。その後1857年、玄瑞は松下村塾へ入塾。松陰は玄瑞の才能の開花に大いに力を添えています。そしてその才能は長州一だと高く評価し、自身の妹を玄瑞に嫁がせました。

1859年に松陰が安政の大獄で処刑された後は、尊攘派の中心人物として活動していきます。長州藩の意見が公武合体に傾きそうになったときには、攘夷への説得に奔走しました。1862年に高杉晋作らと御楯組を結成、イギリス公使館の焼き討ちを行いました。さらに1863年には光明寺党を結成し、外国艦船砲撃も行っています。

しかし1863年の八月十八日の政変により長州藩は朝廷から追い払われてしまいます。玄瑞は長州藩の失地回復を目指していましたが、池田屋事件の話が届くと、来島又兵衛や真木和泉らが東上しました。結局禁門の変と呼ばれる戦いで敗れ、玄瑞は自害。享年25歳という若さでした。

久坂玄瑞にまつわる逸話7選!

1:長州藩きっての医者家族

久坂は長州藩(山口県)の生まれです。彼の父は藩医、兄も医者であり蘭学者というインテリ家系でした。彼も(特に兄の)影響を受け、医者を志すことになります。

2:「三千世界~」の作者説

「三千世界の烏を殺し」で知られるかの有名な俗曲の作者は高杉晋作であると言われていますが、実は久坂玄瑞が書いたという説もあります。しかし、公には作者不詳とされているので、結局どちらが作ったかははっきりとわかっていません。

3:松田松蔭が持ちかけた縁談を一度断っている

久坂は後に松下村塾に入り、吉田松陰に従事することになります。松蔭は久坂をとても高く評価し、自分の妹である文(ふみ)と結婚させようとしました。しかし彼は、一度その縁談を断ります。その理由は「器量がよくない」からだそうで……。久坂は仲介人に「器量で妻を選ぶとは何事か」と詰め寄られてしまったそうです。

4:久坂玄瑞と文の夫婦生活は、事実上半年程度だった

久坂は結婚当時、攘夷志士たちの中心人物として活躍していました。それゆえ、文と同じ屋根の下で生活していた時期はとても短かったそうです。実質、同棲生活を送っていたのはたったの半年だったと言われています。

しかし久坂は妻を想い、度々手紙を送っていたそうです。文との手紙は結婚した翌年から久坂が自害するひと月半前まで続いていました。ただ、中には宛名のない手紙もあり、愛人がいたという話もあります。

5: 久坂玄瑞の子孫はどこで生まれたのか

久坂は、妻・文との間は子供を作っていません。ですが、彼が京都に赴いたときに親しくなった芸鼓と子供を作っていました。そして生まれた子供・秀次郎が久坂家を継いでゆくことになりました。

6:久坂玄瑞は自分の死期を悟っていた

久坂が没する前年、彼は新年に知己であった医者を尋ねています。その際に出されたお雑煮をものすごい勢いで食べたそうです。医者の娘が理由を尋ねたところ彼は、「近いうちに死ぬと思うから、今一生分の餅を食べておくのだ」と言ったそうです。彼はなんと30個ものお餅を完食しました。

7:久坂玄瑞の死因は?亡骸はどこに?

彼は25歳で禁門の変(蛤御門の変)で自害。その方法は、共に最後まで残った攘夷志士と刺しあったと言われています。さらに、久坂の遺体は実際に確認されていません。自害したときにいた鷹司邸宅が炎上したため、焼け跡から遺体を見つけられなかったのでしょう。

短くも熱い人生を送った久坂玄瑞

久坂玄瑞の生涯を描いた『花冠の志士』。吉田松陰、高杉晋作、桂小五郎といった有名な長州藩士の影に置かれ、なかなかスポットライトを浴びることのなかった玄瑞を主役とした物語です。松下村塾の双璧と言われながらも、短い人生を閉じた玄瑞の実像がここに浮かび上がってきます。
著者
古川 薫
出版日
2014-09-02
20代で亡くなった玄瑞ですから、話としては青春物語という印象を受けるでしょう。若くして家族を失ってしまった悲しみや、年の離れた兄へのコンプレックスが玄瑞の根底に流れています。医師にならざるを得ないことへの反発も読み取れ、大人になる手前の屈折した感情に人間味を感じます。

本書ではやはり、吉田松陰との関りが最も面白いといえるでしょう。初めから攘夷派であった玄瑞とは少し違う考えであった松陰。一歩引いて松陰について語る玄瑞によって松陰の人となりも分かりやすく見えてきます。二人が出会う前の書簡のやり取りは読みごたえたっぷりです。

松陰と出会って幕末という激動の時代へと巻き込まれていく玄瑞の姿に心打たれること間違いありません。玄瑞は詩にも長けていましたので、本書の途中にも多くの漢詩や歌が紹介されています。そこからも彼の人柄が見えてくるのではないでしょうか。桜の花を好んで詠んでいたという玄瑞。その桜のように激しく咲いて散っていった彼の人生を見つめることができる1冊です。

久坂玄瑞を中心に見た、幕末の激動

『風の如く 久坂玄瑞篇』は吉田松陰篇から続くシリーズ2作目で、続いて高杉晋作篇が出版されています。架空の人物、風倉平九郎が久坂玄瑞について語っていくという形の物語です。安政の大獄で松陰が処刑されてから、蛤御門の変で玄瑞が自害するまでを描きます。
著者
富樫 倫太郎
出版日
2015-06-18
吉田松陰死後、残された弟子たちは彼の思想を引き継ごうと熱く決心します。その熱さから、すでに幕末という激動を感じることでしょう。ますます激しさを増していく時代の変動に翻弄される玄瑞。自分の意志だけではどうにもならなくなっていくのです。高杉晋作など時代の主要人物も多く登場してきて、面白く読み進められます。

特に最後の蛤御門の変へと流れ込んでいく場面からは、涙なしでは読めなくなってきます。本当は戦へと持ち込みたくはなかった玄瑞でしたが、時代の流れは止められません。志半ばで散っていった玄瑞の覚悟は、どれほどのことであったでしょうか。時代を担うはずだった人物の早すぎる死に、心が痛みます。

尊攘派として幕末を駆け抜けた男の人生

大河ドラマで初めて玄瑞を知ったという人におすすめの、玄瑞の生涯を追った作品『久坂玄瑞』。吉田松陰と出会って影響を受け、松陰の死後は彼の思想を引き継いだ玄瑞の波乱の人生を感じることができます。
著者
立石 優
出版日
2015-01-07
本書からは、玄瑞の魅力が伝わってきます。時代を見つめ判断する能力、そしてそれを行動に移すことができる実行力など、松陰も認めたその素晴らしい才能がしっかりと描かれます。幕末志士の一人として、国を愛し国のために生きました。

結局明治維新という大きな成果までは見ることのできなかった玄瑞ですが、維新への流れを形作ったのは確かに彼でした。周りの人物よりは冷静さもあり、全体的な図を見渡すことができたであろう玄瑞。しかし時代の流れには逆らえず命を落としてしまいます。

もし玄瑞が明治維新後も生き続けていたら、違う日本が出来上がっていたのでしょうか。あまりにも才能あふれる人物だったので、そういったことにも思いを馳せてしまいます。玄瑞を知る初めの一歩にぴったりの本です。

松陰の思想を引き継いだ晋作と久坂玄瑞

『世に棲む日日』は司馬遼太郎作の全4冊からなる幕末の長州藩を描く歴史小説です。主役は前半は吉田松陰、後半は高杉晋作となりますが、もちろん久坂玄瑞も多く登場してきます。松陰が最も目をかけていた人物ですし、彼の妹を嫁がせているので当然のことでしょう。ですから主役の2人だけではなく、高杉晋作と並び称されていた玄瑞についても、良く知ることができる作品なのです。
著者
司馬 遼太郎
出版日
2003-03-10
2巻の途中までは松陰が主人公であり、彼の思想が書かれます。松陰と出会う前に書簡のやり取りを行い、そこですでに松陰に才能を見抜かれていた玄瑞は、晋作と切磋琢磨しながら才能を磨いていました。しかし安政の大獄で松陰は処刑され、その思想を引き継ぐ玄瑞と晋作へと話は移っていくのです。二人は共に尊攘派を引っ張っていきますが、3巻で蛤御門の変が起き、ここで玄瑞は自害してしまいます。

「思想が思想になるにはそれを神体のようにかつぎあげてわめきまわる物狂いの徒が必要なのであり、松蔭の弟子では久坂玄瑞がそういう体質を持っていた。要は体質なのである。松蔭が『久坂こそ自分の後継者』とおもっていたのはその体質を見ぬいたからであろう。思想を受容する者は、狂信しなければ思想をうけとめることはできない」(『世に棲む日日』より引用)

この言葉から分かるのは、松陰は自分の思想を受け継いでいくのは玄瑞だと思っていたということです。しかし実際は現実派の晋作の方が、松陰の狂気を心に持ちながら活躍しました。ライバルでもあり、心の友でもあった晋作と玄瑞の関係はどのようなものだったのでしょうか。玄瑞が死んだ後を引き継ぐように、晋作は奔走していきます。松陰、玄瑞、晋作の3人は、それぞれ少しずつ考えは違いながらも激動の波に飲まれるように若くして亡くなりました。そんな長州藩の幕末の様子が、心に迫ってくる作品です。

久坂玄瑞について、少しでも興味が湧いてきたり好きになってくれたりすると嬉しいです。実はとても重要人物だった玄瑞。歴史を動かした人物はやはりすごかったのだと思わせてくれる作品ばかりなので、ぜひ読んでみてくださいね。