世界で評価されている漫画家、高浜寛。彼女の名前を聞いたことはあれど、作品を読んだことがないというかたは少なくないかもしれません。今回は、高浜が描く画力の高い漫画作品の数々を、ランキング形式でご紹介していきましょう。
高浜寛(たかはまかん)は名前の印象とは異なり、女性の漫画家です。1977年に熊本県で生まれ、筑波大学に進学しました。就活が上手くいかなかった時期に何気なく描いた漫画が友人に好評で、講談社の「モーニング」に送ることになります。その結果、初めての投稿で賞を獲得したのです。
2000年、月間漫画ガロで第一回ガロ大賞の佳作を受賞。2002年には「イエローバックス」が出版され、初の単行本出版となりました。同作では、2004年にアメリカの「The Comics Journal」という雑誌で扱っている「2004年ベスト・オブ・ストーリー」を受賞しています。
海外で評価される理由は、高浜の漫画家としてのスタート地点にあるのでしょう。漫画家になって幾ばくも無いうちに知り合ったフランス人漫画家のフレデリック・ボワレやその他のフランス人作家たちから影響を受けており、高浜自身も日本ではなくフランスの作家から漫画の基盤やスタイルを学んだと認めています。
初期には、壮大なことは描かず、自分の身の周りの日常からストーリーを紡いでいく点が高浜作品の特徴でした。現在でも登場人物たちの台詞から日常のちょっとした一場面が連想されますが、『四谷区花園町』や『蝶のみちゆき』は念入りな下調べのもとに作成されているといいます。
5位でご紹介したい作品は『SADGiRL』。フランス語で出版されて国内未発表だった本作は、トーチwebで邦訳されて発表された後、2016年1月に日本で出版された短篇集です。
アルコール依存症の夫に悩む村上詩織は、冒頭から睡眠薬の過剰摂取で自殺を図ります。けれども失敗し、大学時代の親友Aの家にかくまってもらうことになりました。しかし、作家としていい人生を送るAは、実は非合法薬物を乱用していたのです。のちにAは逮捕、詩織は元カレのSとよりを戻すことになります。
しかし詩織を待っていたのは、Sの先妻が置いていった子供たちと、500万円の借金でした。ほどなく詩織は身体を売って借金を肩代わりすることとなります。売春斡旋の若い男Jや、Sに性的虐待を受けてきた娘の美枝、宗教狂いの詩織の母親など、様々な闇を抱えた人たちが詩織の人生に絡んできます。絶望の中を死んだ目をしながらも前へと進んでいく詩織を待ち受ける結末とは……。
- 著者
- 高浜寛
- 出版日
- 2016-01-29
海外で出版されており、日本の漫画と異なる点がいくつかあります。そのなかで印象的なのは効果音の描き方です。日本では絵柄の上に迫力を出すように描かれますが、本作はコマのなかに必要最低限の効果音が印字されています。派手な効果音がないことによって、淡々と詩織の人生が進んでいく様子がより浮き彫りになっているのです。
ギャグが一切なしのシリアスさと、売春で稼ぐ不幸な人妻という仄かな官能が合わさり、本作はえぐい味わいとなっています。とはいえ、何も考えないようにする無表情な詩織が時折見せる笑顔からは、どことない希望のようなものが伺えます。どんな状況でも生きていかなければならない、そんな強さを目にすることができる作品です。
本作の他に「崖の上の別荘」「My Mellow Christmas」「ロング・グッド・バイ」「山の方」が収録されています。高浜による様々なヒューマンストーリーを味わいたい人におすすめの本です。
4位は『イエローバックス』。本作は2002年に出版され、8作品を収録する短篇集です。ここではいくつかの話を紹介します。
「最後の女たち」では、かつて恋人であった、画商のおばあさんと画家のおじいさんの老いらくの恋が描かれています。
「あなたってモデルを変えるとやる気が出るのよね」「大作家名乗って若い子引っ掛けるのはもうやめたら?」と毒づくやり手のおばあさんのことをずっと好きなままだったおじいさん。お年寄りになっても相手を思いやれる恋って素敵ですよね。
- 著者
- 高浜 寛
- 出版日
「青い絵本」は、先生と呼ばれる30歳前後の男と、彼を慕う女の子2人の話です。学校ではいつも一人、きつい目つきでいる女子中学生が唯一心を許すのは、近所で先生と呼ばれる青年と、同じく先生の弟子である同い年位の女の子スニョンだけです。先生は、二人に体操や説法を教えるのでした。
何かすがるものがあるというのはいいことかもしれません。現実から目をそむけたくなること、異性に依存してしまうこと、どちらも現実ではよくあることでしょう。しかしまだ若いにも関わらず、あたかも信仰宗教のように、先生にだけ目を向ける女の子たちが向かう先は、果たして良いものなのでしょうか。それとも……。
その他の作品もそうですが、登場する男女はみんな派手な主人公体質ではなく、世界や日常の一部分、無名の人々であったりします。そういった、スポットライトに当てて取り上げられないリアルな世界を表現するのが、高浜の得意技といえるかもしれません。
3位にランクインした作品は『ニュクスの角灯』。
舞台は西南戦争後の1878年の長崎。親を亡くし、学もない少女の美世が唯一誇れることは、触れた物の持ち主の過去や未来が分かる能力でした。その能力が買われ、美世はとある道具屋で働くことになります。一風変わった青年の小浦百年がパリ万博から仕入れた最先端の品々が並ぶ、慌ただしくも愉快なこの店で、美世は新しい世界への足を踏みいれていくのでした。
- 著者
- 高浜寛
- 出版日
- 2016-01-29
高浜の他の作品と比べると、本作は全体的に明るいストーリーとなっています。明治時代における文明開化に伴い、商売に目を光らせる人々が活気あふれており、同時に、美世と一緒に働く強面の岩次や、美世に嘘をつくことをやめるよう優しく諭す詐欺にあった女性実業家の慶など、金銭的関係を越えた人情も伺えます。
物語の途中、百年のもとで生活するうちに、美世は夢の中で百年を父親に重ねてみてしまったり、それとは違う特別な感情を抱いていることに気付き始めたりします。不安な状況で自分を気遣ってくれる年上の男性に惹かれていく美世の描写に、女性読者なら共感してしまう人も多いでしょう。
しっとりしたトーンがハイカラ・アンティークな品々や街並みの描写をより惹きたてます。まるでこの時代を覗いているかのように、和洋折衷の世界観にドップリ漬かってしまう作品です。
『ニュクスの角灯』については<『ニュクスの角灯』の魅力全巻ネタバレ紹介!レトロで美しい物語!>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
2位にランクインした『蝶のみちゆき』は、2015年に出版された1巻完結の作品です。
一度でも一夜を共にしてしまえば最後、沼にはまって抜け出せなくなる恐ろしい女と言われる絶世の花魁(おいらん)である几帳。本作は異国の言葉も混じる長崎丸山における、几帳とその周りの人々の話です。
花魁は、男に身代金を払ってもらうことで遊郭から脱し、結婚することができます。几帳は一度そうして遊郭を離れたのですが、何故か戻ってきました。太夫という位の高さにも関わらず、偏屈な爺だろうが田舎侍だろうが、誰でも客に取ります。
几帳がお世話になっている医者のトーン先生のもとに、脳に不治の病を患う源一郎とその息子健藏がやってきます。トーン先生は源一郎を几帳の兄と勘違いし手堅く治療を施すのですが、実は源一郎はかつて几帳が遊郭に戻る際に置いてきた夫だったのです。脳腫瘍で喋れなくなった源一郎を捨て花魁として生きる几帳の真意とは……?
- 著者
- 高浜寛
- 出版日
- 2015-01-30
遊郭というとアダルトな場面が想像されがちですが、本作は過剰な露出表現がなく、静かに物語が進む気品あるものとなっています。とはいえ几帳の描写はやはり妖艶なものとなっており、伏目がちなまつ毛の濃い目元やまっすぐな眉毛、表情の一つ一つが丁寧に描かれているため、読者は男女問わず几帳の美しさに目を奪われてしまうことでしょう。
物語の序盤、健藏は大金だけ支払わせて病気の源一郎を置いていった几帳を大変恨んでいます。花魁としても沼や蛇といった表現がされ、一見几帳は悪女のように思えますよね。
しかし、几帳も一人の女性なのです。愛する男のため、彼女が捕らわれた運命は、それは悲しいものです。花魁としてだと心をオープンに接しても、それ以外では心を閉ざしている几帳。仕草や白黒とは思えない丁寧なトーン使いを用いることで、内に秘めている儚い心境を表現しているように思えます。
綿密な下調べによって世界観をリアルに作り込んだ、物語も絵柄も美しい作品です。
堂々の第1位は『トゥー・エスプレッソ』。本作は、2010年に出版された1巻完結の作品です。
フランス人ベンジャミンは、漫画家として成功した後は生きることに希望を見出せなくなっていました。虚無感のなか、彼が心に思い浮かべるのは、まだ売れない漫画家だったころに一夜を共にした日本人女性。彼女が残していったメモを長年捨てることなく持ち続けていたベンジャミンは、この惰性の日々から抜け出すため、日本にやってきます。愛知県の田舎町につき、とある不味いコーヒーを出す喫茶店にたどり着いたベンジャミンは、そこでマスターの孔彦と出会います。
孔彦は頑固者で、妻に愛想をつかされ現在別居中のいわゆるダメ男です。同じく生きることに希望を見出せなくなった男なわけですが、ベンジャミンが美味しいコーヒーの淹れ方を孔彦に教えることで、不思議な絆が生まれてくるのでした。
- 著者
- 高浜 寛
- 出版日
- 2010-04-21
さびれた喫茶店で中年男たちが口論をしたり、町の人々が名古屋弁で会話したり、文字で説明するとパッとしない描写ですよね。ですが、こういったありきたりな日常を切り取り、平凡だけど温かい気持ちにさせてくれる漫画を描き上げるのが高浜寛なのです。
決め込んだ名台詞や、大きな盛り上がりシーンは用意されていません。それゆえに読者はスルリと物語に入り込み、自然な会話運びと構成力の高い物語の進行に驚かされることでしょう。
人生はコーヒーのようにほろ苦い経験の積み重ねです。長年生きてきたベンジャミンと孔彦だからこそ醸せるシリアス、虚無感で生きてきた二人だからこそ表せる滑稽さ。二人は再び希望を見出せるのでしょうか。人々とのふれあいで心温まる、大人向けの作品です。
以上、高浜寛のおすすめ作品ランキングベスト5でした。ストーリーの構成力やコマ割りの仕方やトーンでの色表現を見れば、そのセンスの高さを理解できることでしょう。いつもとはちょっと違った雰囲気の漫画を読みたい方は、是非手に取ってみてくださいね。