文明開化を迎える日本・長崎を舞台に、ひとりの少女とパリのアンティークを巡る物語を描いた歴史ロマン漫画『ニュクスの角灯』。この記事では、作品の魅力と見どころについてご紹介いたします。
文明開化を迎える明治の日本と、芸術と文化の進化に活気づくパリの交流、そして「神通力」を持つ1人の少女の成長を描いた歴史ロマン漫画『ニュクスの角灯』。
作品の雰囲気にマッチした柔らかいタッチの絵、そして史実とフィクションを複雑に融合させた独特の世界観が特徴であり、最大の魅力です。そのクオリティの高さは日本だけでなく海外からも高く評価され、多方から絶賛されています。
この記事では作品の見どころと魅力を、全巻の流れに沿ってご紹介いたしましょう。
- 著者
- 高浜寛
- 出版日
- 2016-01-29
高浜寛(たかはまかん)は筑波大学卒の女性漫画家。代表作は、ある人々の日常を切り取った短編漫画『イエローバックス』です。デビュー当時は日本よりも先に海外で評価され、手がけた作品の多くは仏訳されています。
大学当時に見よう見まねで漫画を描き始めたという高浜には、国内で漫画の書き方を教わったことや、漫画家の元でアシスタントをした経験はなく、「最初に漫画の描き方、生き方を教えてくれたのはフランス人作家の方々だった」といいます。
そんな高浜が描く作品は、日常的でありながら深みを含んだものばかり。親しみやすい世界観の中で時々描かれる、核心を突くような内容で、読む人を虜にしています。
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戦争で両親を失い、引き取られた親戚の家では肩身の狭い思いをしながら生活していた少女美世(みよ)は、ある日仕事を探して訪れた「蛮」という道具屋の店主に見込まれ、働くことになります。
蛮が扱うのは、フランス・パリから仕入れられた珍しい道具の数々。機械に服に食べ物まで、見たこともないような新しい品物に囲まれて、暗かった美世の生活は一変していくのでした。
「ニュクス」とはギリシャ語で「夜」を意味し、ギリシャ神話では「夜の女神」の名前となっています。本作が意味する「夜」とは何か、そして「角灯(ランタン)」が照らすものとは何なのか。アンティークを巡る、重厚な歴史ロマン漫画の始まりです。
舞台は1878年の長崎。戦争で両親を亡くした美世は、引き取られた先で給仕も裁縫もできない「タダ飯ぐらい」と言われ、外に働きに出ることとなりました。そんな彼女が訪れた「蛮(ばん)」は、パリから仕入れられた最先端の品々を扱う道具屋です。
読み書きはできない、帳簿も書けない、外国語も力仕事もできない。おまけに「神通力」が使えるせいで気味悪がられていた美世でしたが、その不思議な力に目をつけた店主の小浦百年(こうらももとし)によって採用されます。
新しい文化や芸術に栄えたパリで生まれた、見たことも聞いたこともない「夢の品々」に出会うこととなる美世。彼女が送ってきた厄介者扱いばかりされる暗い日々は、この日を境に一変したのです。
美世が持つ神通力とは、触った物の過去や未来の持ち主がわかる、というもの。興味を示した百年から渡された時計や、貼り紙の持ち主について見事に言い当てました。しかし美世が世話になっている家の人間からはあまり口外しないように釘を刺されています。
ただ本作のメインは、激動の時代を迎えた長崎とパリを舞台に描かれる人間ドラマです。美世の神通力で明かされる品物の過去や未来のエピソードは、物語に深みを与えるエッセンスに過ぎません。神通力という摩訶不思議な力に頼りすぎない物語になっているために、難なく作品の世界観に浸ることができるのです。
チョコやブーツ、セーラー服など、今となっては日本でも当たり前に普及している品々に関する興味深い歴史について書かれたコラムも見どころ。フランスの歴史に詳しい著者だからこそ書けるたくさんの豆知識は、どれも教科書からでは学べない内容のものとなっています。
これから始まる、少女と世界の品々を巡る深いドラマを予感させる第1巻です。
はじめは働くことに自信のなかった美世でしたが、百年の巧みな指導と、強面だけど案外優しい従業員の岩爺(がんじい)に支えられながらたくさんの仕事をこなし、やりがいと居心地のよさを感じ始めていました。
さらに美世は、蛮での仕事や些細なやりとりを通し、自分の世界を広げるきっかけになってくれた百年に恋していることを自覚します。
しかしその頃百年は、日本茶の輸出で巨万の富を得た実業家の大浦慶(おおうらけい)と「新事業」の商談をしていました。しかしその新事業の発足は百年の渡仏、つまりは美世との別れを意味していたのです。
- 著者
- 高浜寛
- 出版日
- 2016-07-29
大浦慶は1828年から1884年の長崎に実在した女商人で、国内ではじめて日本茶の輸出貿易を行い、大成功を収めた「長崎三女傑」のひとりです。いつもムスッとした顔をしている気難しそうな雰囲気ですが、本当は他人をよく思いやる心優しい女性として描かれています。
「最盛期には海援隊の援助をしていて、大隈重信や松方正義を家に住まわせてあげていた」「偽の煙草貿易に騙され、築いた財産を一気に失った」など、史実として言い伝えられている通りの設定が用いられたまま物語に組み込まれているあたり、非常に作り込まれた作品であることが伺えます。
注目しなければならないのは、美世から百年への恋の行方です。気づくと百年のことばかり考えてしまうほど彼に夢中になっていた美世でしたが、百年が抱えていたある事情から失恋してしまいます。その事情とは、百年の「目」に隠されていました……。
さらに、ヨーロッパでの日本文化の流行と、国内政府の動きに目をつけた新規事業に着手するため、百年は美世を長崎に残してフランスへ向かう船に乗ってしまいます。初めての恋と別れを、美世はどのように受け止めるのでしょうか。切なさを予感させる第2巻です。
百年がフランスに渡る船に乗るのを見送りに来た蛮の人々。恋した人を見送る美世の胸には切なさが込み上げてしましたが、ぐっと堪えながらその背中を見上げていました。
しかしここで不測の事態が。なんと岩爺が預かっていたパスポートを百年に渡すのを忘れていたのです。届けるよう頼まれた美世は大慌てで百年の後を追い、船に乗り込みます。
やっと見つけた百年は港からは見えない船の裏側にいました。そんな百年と、最後になるかもしれないたわいない話をしていると、ついに美世は堪えていた涙が止まらなくなってしまい……。
- 著者
- 高浜寛
- 出版日
- 2017-04-06
「今 僕は 君の目には素敵に映っているかもしれん
でもいつか 君がもう少し大人になったら
きっと僕では足りんようになる」(『ニュクスの角灯』3巻から引用)
これは、思いを打ち明けた美世に百年が返した言葉。「自分は社会的な条件を満たさない」と彼は言うのです。美世は彼が背負っているものの正体に気づいていましたが、そのことを彼には言い出せないまま、出発した船を見送ったのでした。
さて、第3巻からは百年が訪れたパリの様子が描かれます。見どころとなるのは、見事に描き出された街の雰囲気と人々の様子。繁栄を迎えたパリは活気に満ちており、珍しい品を扱う店が乱立している様子はまるで宝石箱を覗いているいかのようです。そしてこのパリで明らかになる、百年の恋に関する過去。彼が抱えていた複雑な事情は、今後の物語に大きな動きをもたらすこととなるでしょう。
一方蛮では新たな従業員の登場や、岩爺と大浦の過去、美世の「神通力」の正体など、目の離せないエピソードが盛りだくさんとなっています。気になる方はぜひ手にとってみてください。
4巻では百年の初恋であり、今でも思いを寄せるジュディットとの物語が描かれます。現在彼女は高級娼婦として名高い女性です。
ふたりの出会いは幼い頃でした。密航でパリにやってきた百年の上に、いきなりジュディットが落ちてきたことが始まりでした。彼女はパンを盗み、その店主たちに追われていたようなのです。
百年はお気に入りの服を破かれたことから、そのまま彼女を追いかけます。最初こそ口喧嘩のようになってしまいましたが、徐々にお互い貧乏人だということで意気投合。
そのままふたりは友達になるのでした。
- 著者
- 高浜寛
- 出版日
- 2018-02-16
しかし彼女との交流が深くなればなるほど、住む国が違うということから別れが惜しくなるのも事実。百年はそれに気づいているのかいないのか、ある約束をします。
それはある宝石店でニュクスという女神をモチーフにしたブローチを見かけたときのこと。ジュディットはその女神が夜を司る者であり、すべての戦いを終わらせる力を持つと説明します。
「手にしてるこの角灯で暗い世界を照らそうとしているのね」
少し寂しげにつぶやく彼女に、百年はこう言います。
「待っててねジュディット
僕 金持ちになってきっとこれ買ってあげるから」
それに対して彼女は私たちが大人になった時には売れているわよ、と返しながらも「モモは優しいね」とお礼を言います。
それに百年は「君が好きだからね」と返すのです……。
しかしそんな時、ふたりの小さな恋に亀裂が走ります。ジュディットの家が営む工場が破産し、彼女が娼婦として売りに出されるという展開になり……。
現代でもう一度ジュディットに会うものの、彼女につれなくされる百年。しかしジュディットにも彼女なりの葛藤があるようです。しかも彼女は今までの荒れた生活から体を壊してしまうのです。
子供の頃の約束を、百年は大人になったジュディットのためにどう果たすのでしょうか。ドラマチックな展開、そして日本にいる美世に訪れる恋の予感にも注目です。
- 著者
- 高浜寛
- 出版日
- 2016-01-29
神通力を持った少女が時代に翻弄されながらも、恋をし、悩み、成長する様子が描かれた本作。実在の人物の逸話を誠実に扱うなど、歴史ロマン漫画として秀逸な内容となっています。
そんな本作最大の魅力は、考察したくなる深い世界観にあるのではないでしょうか。一見すると不思議な能力を持った少女の時代を駆け抜ける成長譚というだけに思えるかもしれませんが、画風の書き込みの細かさ同様、ストーリーにも数多くの考察したくなる仕掛けがあるのです。
美世が老婆となってから始まる不穏な時代を感じさせる始まり、ストーリーの背景として考慮にいれるべき歴史描写のリアルさ、ストーリー全体の展開に感じられる作者の趣向など、どれも高浜寛のこだわり、力の入れようが伝わってくる仕上がりなのです。
彼女のそんな職人技を読めば、そこにどんなメッセージが込められているのか考えずにはいられません。ぜひ、そんな丁寧に、真摯につくられた物語の魅力を作品で体感してみてください。
パリと長崎、見事に描き分けられたそれぞれの街で紡がれ始めた物語。美世から百年への恋の行方や、百年が抱える過去、そして岩爺や大浦が辿ってきた物語など、注目ポイントが盛りだくさんの作品となっています。気になる方はぜひ、手にとってみてください。