漫画好きなら誰もが知る『ゴルゴ13』や、時代劇でもお馴染みの『鬼平犯科帳』など、数多くの劇画作品を世に出してきた漫画界の重鎮さいとう・たかを。今回は、さいとうが描いてきた中で特におすすめの5作品を紹介します。
さいとう・たかをは1936年の和歌山県生まれの漫画家。幼い頃は画家を夢見ていましたが、映画や海外の漫画に影響を受けストーリー漫画を志すようになります。手塚治虫の漫画を読んで「紙で映画を作れる!」と衝撃を受けたのもその頃です。
1955年に『空気男爵』でデビュー。当時は手塚の影響を受けた柔らかな絵柄でしたが、次第に子供向けではない青年向けの漫画を描くようになります。主流だった笑いや風刺ではなくドラマをモチーフとしたのです。映画を参考にした作風は劇画と名付けられ上京後の1959年には仲間たちと劇画工房を結成し、劇画の礎(いしずえ)を築きました。
その後、劇画工房は分裂。さいとうは自らの漫画制作会社さいとう・プロダクションを設立します。それまでなかった分業体制や脚本部門を取り入れた画期的な漫画製作会社でした。そして『007』『無用ノ介』などのヒット作や『ゴルゴ13』『鬼平犯科帳』といった長期連載の人気作品を生み出します。
劇画とは、さいとうが描くような重厚で迫力のある作風のことと思われがちです。しかし実は、映画のようなカメラワークを利用したコマ割、三人称視点を取り入れた描写、人物アップによる内面心理描写が特徴として挙げられます。さいとうの漫画=劇画と認識されているのは、彼が劇画の第一人者であり、永く劇画を牽引しているからかもしれません。
舞台は1990年代の日本。主人公はテレビ局に勤める25歳の青年・大友海里。
大友に友人の鳩山から連絡が入ります。天体ショーで話題の小惑星について話があるとの呼び出しでした。上司・内海と共に観測所に到着した大友は「某国が小惑星にミサイルを発射するかもしれない」という予測を聞かされます。心配する大友をよそに特ダネに浮かれる内海。不幸にも鳩山の予測は的中し、最悪の事態が起きてしまいます。
- 著者
- さいとう たかを
- 出版日
『ブレイクダウン』は、災害により文明が崩壊した社会を主人公が生き抜くというストーリーです。本作以前に描かれた『サバイバル』でも同様のテーマが扱われており、さいとう・プロは『サバイバル』の青年版と解説しています。1995年に日本で発生した阪神・淡路大震災を踏まえた内容なので『サバイバル』の都市型災害版とも呼べるでしょう。
本作には主人公の大友が駆使するサバイバル知識が登場します。文明が崩壊した世界や危機的状況において役立つものばかりです。この点だけでも一読する価値はあります。
また多くの登場人物が、災害のために理性を失い利己的な行動に出ます。客観的に見ると腹立たしく感じるかもしれませんが、自分が同じ状況に陥ったらどうなるかなんて分かりません。本作は、災害が発生したときにどうするべきか、人間にとって大切なことは何か、考える機会を与えてくれる作品です。
※劇中で巨大津波が描かれるシーンがあります。ご覧の際はご注意ください。
原作は池波正太郎。時代は江戸幕府第11代将軍・徳川家斉治世下の1800年前後。主人公は鍼(はり)医者の藤枝梅安(ふじえだ ばいあん)。
腕の良い鍼医者である梅安には仕掛人という裏の顔があります。「仕掛け」とは暗殺のこと。仕掛人は「起り(おこり)」と呼ばれる依頼人から「蔓(つる)」と呼ばれる仲介人を経て暗殺の依頼を受けます。報酬は内容によって異なり「蔓」との折半です。
また仕掛人は「起り」の素性や「仕掛け」の背景を知ることもありません。金ずくで殺しを請け負うプロフェッショナル、それが仕掛人です。
- 著者
- さいとう たかを
- 出版日
- 2002-06-18
時代劇ファンには有名な作品ですからご存知の方も多いでしょう。しかし本作は脚色が施されており、さいとう・たかをが描く劇画です。別ジャンルのファンの方でも、新たな作品としても楽しめるのではないでしょうか。
主人公の裏の顔は、言わば暗殺者。しかし表稼業では鍼医として町民から慕われており、名医としても評判です。裏と表の顔はまったく違いますが、仕事の道具はどちらも鍼(針)を使います。まさに、生かすも殺すも自由自在。本作における魅力のひとつです。
人を救う表稼業とは正反対に、生きるために仕掛人となる梅安。そんな葛藤を抱え悩み苦しむ姿は、矛盾やジレンマに苦悩する現代人と変わりありません。本作はそんな人間味にあふれた主人公を中心に繰り広げられる人間ドラマという名の時代劇画です。
『仕掛人 藤枝梅安』と同じく池波正太郎の時代小説シリーズが原作。時代設定は1700年代の後半。主人公は実在の人物である長谷川平蔵宣以(はせがわへいぞうのぶため)。
天明七年(1787年)春。江戸では盗賊団が悪事の限りを尽くしていました。そこで火付盗賊改方(放火・強盗・賭博を取り締まる役職)に新しい御頭が任命されます。ケンカ好きの無頼共が鬼と恐れるその男の名は長谷川平蔵。人呼んで鬼の平蔵。鬼と呼ばれる厳しさと仏のような情の深さを併せ持つ平蔵が、江戸にはびこる悪に立ち向かう捕物長が『鬼平犯科帳』です。
- 著者
- ["さいとう たかを", "池波 正太郎"]
- 出版日
- 2007-01-30
こちらの『鬼平犯科帳』も『仕掛人 藤枝梅安』と同様に池波正太郎原作ですが、主人公の長谷川平蔵は実在の人物だったという点が大きく異なります。自伝や供養碑も残されており、間違いなく鬼平は存在していたのです。しかし本作は史実を忠実に再現しているというわけではありません。身も蓋もない言い方ですがあくまでフィクションですので、時代劇画として楽しめる点は同じです。
本作でもっとも魅力的なのは、やはり主人公・鬼平の人間性でしょう。悪人たちからは鬼と呼ばれるような存在ですが、ただ法に準ずるのではなく、時に情深い仏のような裁きを見せます。そんな鬼平が部下や町民から慕われるのは当然です。読者からも人気を得て長期連載に至ったのもうなずけます。
『鬼平犯科帳』は、いわゆる時代劇然とした勧善懲悪という面がありますが、ただ正義が悪党を退治するというシンプルな物語ではありません。当時の時代背景や世相を反映したストーリーや、鬼平をはじめとする人間たちの生き様は現代にも通じるものがあります。また、基本的には1話完結なので何巻から読んでも楽しめるのも魅力です。
主人公はゴルゴ13と呼ばれる謎の男です。本作には特定の時代設定がありません。これは本作が長期連載作品であり、執筆時の世界情勢が反映されたストーリーが多いことが理由と言えます。
世界屈指の超A級スナイパー・ゴルゴ13。その名はデューク東郷とされていますが本名・国籍・年齢・経歴等、不明なことばかり。それでも依頼人たちはその男が依頼を必ず遂行するプロフェッショナルだと知っているので、今日に至っても彼は世界中で暗躍します。『ゴルゴ13』は、あらゆる困難な状況下においても仕事をこなす男の物語です。
- 著者
- さいとう たかを
- 出版日
太い眉毛に鋭い眼光。本作の主人公・ゴルゴ13について、その顔と名前を知らない漫画ファンは数少ないのではないでしょうか。しかし劇中においては彼のことを知る者は限られていますし、とにかく謎が多い人物として描かれます。
謎が多いにも関わらず、確実に仕事をこなすことから世界中の要人からは信頼されています。いかに困難であっても望んだ依頼を遂行をしてくれるのであれば、依頼人たちは高い報酬を支払うことに躊躇しません。
本作の物語は実際に起きた事件や事故、事象をモチーフとして描かれることが多く、またそれぞれの話は2~3回で完結するため、最新刊から抵抗無く読めるのも魅力です。多くの理髪店や飲食店に置かれていることでも有名な本作なので、機会があれば1度手に取ってみてはいかがでしょうか。
『ゴルゴ13』については<漫画『ゴルゴ13』の名言を徹底紹介!Gは昼も夜も超かっこいい!>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
舞台は1970年代後半の日本。主人公は鈴木サトル。切手集めが趣味の、どこにでもいる中学生です。
物語は暗闇に包まれた洞窟内で、主人公のサトルが意識を取り戻すところから始まります。巨大地震が発生し、洞窟に閉じ込められていたのです。突如、過酷な状況に陥ったサトルでしたが、知識を振り絞りどうにか洞窟を脱出します。しかしそこは四方を海に囲まれた孤島でした。そして、ここから本当の「サバイバル」が始まります。
- 著者
- さいとう たかを
- 出版日
同様のテーマであると先に紹介した『ブレイクダウン』の主人公が青年だったのに対し、本作『サバイバル』の主人公は中学生。未熟な面も多く描かれます。そんな主人公が困難に立ち向かい、少しずつ成長していく姿がこの作品における一番の魅力かもしれません。
物語はタイトルそのままに、まさに『サバイバル』と呼べる内容で、数多くのサバイバル知識が登場します。『ブレイクダウン』と同様に、知っておいて損はないような情報ばかりです。実際に東日本大震災で被災した男性が『サバイバル』を読んで得た知識を参考にして生き延びることができた、という話があるほどです。
物語には多種多様な人間や動物が登場し、ドラマを築きます。さらに、病気や飢え、野生生物や狂気に満ちた人間、そして孤独……サトルに襲いかかる敵は少なくありません。その困難に、主人公がいかに立ち向かい成長していくか。サトルの「サバイバル」を是非とも最後までご覧ください。1度読み始めたら最後まで止まらない傑作です。
知っていたけど読んだことがない。そういう漫画って結構あります。かつての私にとって、さいとう・たかをの劇画もそういう存在でした。今回の記事でどれかひとつでも読んでみたいと思ってもらえたなら幸いです。