2016年に公開された有村架純主演の映画『夏美のホタル』をはじめ、多くの温かな物語を紡いできた森沢明夫。彼が鮮やかに描き出す情景には読者の心を打つ素敵な言葉が散りばめられています。心が疲れていると感じるあなたに読んでいただきたい5冊です。
1969年、千葉県生まれの森沢明夫は小説から絵本まで幅広く取り組んでいます。緻密にして、読者に寄り添う温かな描写力が魅力。これは、彼の実際の経験や綿密な取材を土台として物語が成り立っているからでしょう。自ら足を運んで人に出会うことを楽しんでいるようです。
題名の響きが美しく爽やかな一冊。海の色をしたビー玉が、古いボンネットバスとともに、様々な人の手に渡ります。「モノ」と「ヒト」とが紡ぐ異色の物語です。ビー玉を手にした人は、ビー玉の映し出す海の色に自分自身の思い起こす海の色を重ねます。
物語の冒頭は、バスの専属運転手とその息子が主役です。親子でバスを大切にしてきましたが、ある日バスとの別れを告げられます。バスに待ち受ける運命とは。
- 著者
- 森沢 明夫
- 出版日
- 2009-02-06
「モノ」に魂を見出して「モノ」を真摯に扱うことのできる「ヒト」がたくさん登場します。これは実際に読んで楽しんでいただくとして、ここでは、題名を反映するような爽やかな描写を少しだけ紹介させてください。例えば、ある登場人物が手にしたときの、ビー玉は次のように描かれています。
「蛍光灯の無機質な光を吸い込んだそのビー玉は、しかし食卓に優しいブルーの光を落としていた。それはまるで、白砂の浅い海岸をたゆたう透明な海水のように、ちょっとした光の角度の変化で消えてしまいそうな淡く儚い色合いだった。」(『海を抱いたビー玉』から引用)
ビー玉は物語の中でさりげなく重要な役どころを果たしています。登場するとその都度、凛としていて優しい風を感じられるような空気感を作り出すのです。
青森で「大森食堂」を営む家族の話です。食堂が持つ百年の歴史に基づき、過去と現代を行ったり来たりしながら物語は進行します。
話の中心を担うのは現代を生きる大森陽一。食堂の四代目にあたりますが、青森ではなく東京で暮らしています。思う通りに行かない現実、そして、強く望んでいるけれど向き合うことのできない夢。その狭間でもがく彼に、ひとつの出会いが訪れるのです。誰もが経験する青春のきらめきと葛藤が青森と東京を舞台に描かれます。
- 著者
- 森沢 明夫
- 出版日
- 2009-02-28
四代目大森陽一の日常が丁寧に描写されていることで、読む人の青春の1ページまでもを呼び起こすような作品となりました。何でもないことが、きらきらと輝く場面が沢山登場します。読んでいて思わず微笑んでしまうかもしれません。ここでは敢えて、そんなきらきら感とは対照的な青春の痛みを表現した部分をご紹介します。
「「みっともねえから、父さんはあんまりしゃべんなよ」
あのとき、僕を少し淋しそうに見ただけで、ひとことの文句すら言わず、僕の言う通り口数を減らして過ごしていた父――。その頼りなげな背中を見たとき僕は、泣き出したいような罪悪感を覚えたのだった。」(『津軽百年食堂』より引用)
四代目が父親と青森から上京したときの一幕です。ぐさりと心を刺す言葉をふいに口にできてしまうのも、また青春。しかし、人は青春を悩み、全力で生き抜き成長していくのです。
保育士の夏美は写真家を目指す大学生と付き合っています。このカップルがたまたま訪れた山奥に「たけ屋」というお店がありました。老いた親子が営む小さなお店です。ホタルを見るために再びお店を訪れた夏美たちは、ひょんなことから「たけ屋」で夏休みを過ごすことになりました。
美しい自然を満喫しながら日々暮らしていくうちに、夏美たちは「たけ屋」の人々とかけがえのない関係を築いていきます。しかし、夏の終わりに突然、悲しい出来事が起きるのです。
- 著者
- 森沢 明夫
- 出版日
題名の柔らかな印象とは少し異なり、物語の中では懸命に生きる人々の熱い思いが交錯しています。読みごたえがあり、息苦しくなるほどの場面もあります。それでも、読み終わった後には、あったかい優しい気持ちで満たされるはずです。
ずっしりと厚みがある物語なので、登場人物が口にする「名言」の存在感が際立っています。例えば次のような言葉です。
「他人と比べちゃうとさ、自分に足りないものばかりに目がいっちゃって、満ち足りているもののことを忘れちゃうんだってさ。俺さ、それって、すごくわかる気がするんだよな」(『夏美のホタル』から引用)
この部分だけを抜き出すと、軽い響きに聞こえてしまうかもしれません。作品の中では、「忘れられない夏」をともに過ごした夏美と彼氏の会話の中にでてきます。そこには美しい季節感とささやかな幸せがあり、この「名言」は読者の心に静かに確かに染み渡るはずです。
夏美を演じた有村架純のその他の実写化作品が知りたい方は、こちらの記事もおすすめです。
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小さな岬にたたずむコーヒーが美味しい小さな喫茶店。訪れるお客は悩みを抱えた人ばかりです。そんなお客のために、初老の上品な女主人は音楽を選んで流してくれます。どのお客もおおらかに受け入れてくれる女主人の優しく頼もしいこと。お客は安らぎの時間とともに何かを手にして喫茶店を後にします。
- 著者
- 森沢 明夫
- 出版日
おしゃれで読みやすい小説です。「喫茶店」というだけあり、本からコーヒーの香ばしい香りが漂ってくるような気さえします。音楽を頭の中で流しながら物語を読み進めるというスタイルも楽しいです。くたびれた心を休める理想の場所を体現したかのような物語なので、心が弱っている方にも安心して読んでいただけます。
喫茶店と言えば、コーヒーは勿論ですが、美味しい軽食も魅力的ですよね。このお店でもいくつか提供されています。そして、なんだか美味しそうに描写された「風景」もでてくるのです。
「そもそも夏をこよなく愛するぼくが、コバルトブルーの空に沸騰するバター色の太陽を見上げて、それを「残酷だ」なんて思ったのは、生まれてはじめてのことだった。」(『虹の岬の喫茶店』から引用)
「青黒い宇宙の広がりに音もなく浮かぶ満月は、まるでバニラアイスみたいに冷たく白く光っていて、その清光を浴びた冬枯れの岬は、ぼんやりと幻想的なブルーに浮かび上がっていた。」(『虹の岬の喫茶店』から引用)
色鮮やかな風景が映像のようにリアルに表現されています。それと同時に、「バター」や「バニラアイス」といった身近な食べ物が顔をのぞかせるので、親しみを覚えるのではないでしょうか。この喫茶店は人の心を惹きつける景色も定評があります。本を開いて訪れてみてください。
言わずと知れた高倉健の遺作『あなたへ』を小説に仕立てた一冊です。主人公は刑務作業をする受刑者に木工を教える「堅物」の指導員。定年後も嘱託として働き続けていましたが、愛する妻を病気で亡くしたことをきっかけに、妻の遺言にあった望みを叶えるために、主人公は旅に出るのです。住まいのある富山から長崎をめざしキャンピングカーを走らせる日々。道中に出会う人々との交流の中で主人公は妻との思い出を振り返っていきます。
- 著者
- 森沢 明夫
- 出版日
- 2012-02-24
最も印象的なのは、主人公の妻とのやり取りが丁寧に描かれていることです。熟年夫婦のお互いを思いやる柔らかな言葉遣いが、嫌味なく読む人の心に届きます。例えば、病気の妻と散歩に行ってきて帰ってきたときには、このような会話がありました。
「夜風が、本当に気持ちよかった。土と水の匂いがして、月が光ってて――」「うん・・・・・・」「なんだかね、ああ、あたしはこんなに素敵な世界に生きていたんだなって、病気になってからよく思うの。もっと早く気づけばよかった」(中略)「ええと、明日は・・・・・・、洋子の好きな、しめ鯖でも買ってこようかな。駅前に、美味い店ができたんだ」(『あなたへ』より引用)
この夫婦を見ていると、結婚において、人生において大切なことは、日常に根差したものにあるのだと気づかされます。誠実に妻を愛してきた主人公の中に、主人公を一途に思ってきた妻の中に、旅で出会う人々は救いを見出していきます。
森沢明夫のおすすめベスト5、いかがでしたか。5冊それぞれ雰囲気が違うので、気分に合わせて選んでいただけると思います。あなたの「今」に寄り添う一冊が見つかればとても嬉しいです。