五十嵐大介と言えば、美しい自然と少女を描いた作品が思い浮かぶ作家です。常に女性読者の目線を気にしているという、彼が描き出す作品はどれも幻想的。そんな自然な色彩にあふれる五十嵐作品の数々をご紹介してみたいと思います。
五十嵐大介は埼玉県出身、岩手県在住の漫画家です。2004年『魔女』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。2009年には『海獣の子供』で日本漫画家協会賞優秀賞と文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞します。
五十嵐大介が初めてペンをとったのは中学生の頃。セリフの無いサイレント漫画を多く描き、落書き程度に漫画を描いていたそう。大学に入った後に徐々に本格的な漫画を描くようになり、少女漫画誌に初投稿。落選はするもののその作品が編集者の目にとまり、その後「月刊アフタヌーン」にて漫画家デビューを果たします。
五十嵐の描く漫画作品は芸術的で、どの作品も自然に溢れています。3年間ほど農家として自給自足の生活をしていたことがあり、そういった経験が作品の中にも形として現れているのです。彼の描く自然の姿はどれもこれもが細かく緻密に描写されています。植物も動物も生き生きと描かれており、アーティスティックな仕上がりです。
彼の作品は女性を主人公にしたものが多く、これは、作品を見るのが常に女性読者であるということを意識しているためなのだそうです。作風も幻想的なものが多く、ファンタジー色を強く感じる世界観が彼の真骨頂。一方で、登場するキャラクターたちはどちらかというと現実的な印象を受けます。幻想的な風景の中に、誇張しすぎない自然体のキャラクターを描き物語をつづっていくのが彼の作品のスタイルです。緻密に描かれた風景に、自然にキャラクターが溶け込むように工夫されています。
また、枠線や建物などの直線的なものも、ほぼすべてフリーハンドで描かれているのも特徴。作品の雰囲気はスーパーリアルのような写実的なものではなく、暖かみのある幻想的な世界観です。しかし、キャラクターにはマンガ的な誇張はされておらず、現実的な生活感や生命力が感じられます。そういった意味では、彼の作品はファンタジーでありながら現実的であるという、不思議な魅力に包まれたものだと言えるのです。
タイトル通り魔女をテーマにした作品集です。一つの舞台だけでなく、熱帯地方、北欧、日本と様々な場所で描かれる4つの物語を収録。登場する「魔女」たちはそれぞれに強い想いを抱いており、彼女たちの心情を中心として、様々な物語が展開していきます。
- 著者
- 五十嵐 大介
- 出版日
- 2004-04-30
世界の様々な地域を舞台にしたこの物語では、近代的な文化とは対照的な、異文化を持つ女性たちの姿を描いています。遊牧民の少女シラルは、ある大切な伝言を伝えるため都市へ……。英国人の女性ニコラは、自らが望むものを手に入れるためバザールの人々を怪死させるなど、様々なストーリーが展開するのです。このように、各作品の主人公たちは様々な立場の「魔女」であり、その女性たちそれぞれが何かに対し強い想いを抱いています。
本作の舞台は南米のジャングルや北欧など、現実に存在している場所です。していますが、それは存在する「はず」の世界で、実際にそういった地域に行ったことのある読者はごくごくわずかなのではないでしょうか。
舞台が学校や町であれば、それはわたしたちにとってはとても身近なものですから「現実的」と言えます。しかしジャングルや北欧と言われるとどうでしょうか?わたしたちにとっては「物語の中の世界」としてしか認識できないのではないでしょうか。現実に存在してはいるが想像でしか認識できないということ。それは、幻想と言っても過言ではないイメージの存在なのです。
そしてこれが本作品の特徴。おそらく作者自身もジャングルや北欧に行ったことはないでしょう。彼の想像力によって舞台となる世界が生み出されています。リアルな異国の文化体系などを描く一方で、魔女などのファンタジックな要素を加え、現実と幻想の入りまじる「現実的な幻想世界」を表現しているのです。
魔女という幻想的なテーマを持ちながら、舞台となる世界は実際にどこかに存在していそうな現実味があります。そんな世界観だからこそ物語に説得力が生まれ、そこに生きる彼女たちの行動に共感し、素直に感動することができるのです。この独特な世界観を持つ本作品を、五十嵐ワールドへ触れるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
五十嵐大介のデビュー作、そして彼の原点として語られる作品。あらゆる幻想世界が詰め込まれた短編集で、それぞれのお話が10ページほどで完結しています。上下巻あわせて全45話が収録されており、この1冊で千変万化のファンタジー世界が楽しめてしまう贅沢な作品集です。
- 著者
- 五十嵐 大介
- 出版日
- 2014-05-22
メルヘッチックな物語から、身の毛のよだつような怖ろしい物語など、さまざまな不思議な物語が描かれています。そこに登場するのは自然と一体となるような幻想的なものばかり。世の中が近代的になっていくことで私達の心から薄れて消えていってしまっている何か大切なものを感じさせてくれるような世界なのです。
わかりやすく言うならば、「お化けが存在すると信じられる心」と表現すればいいのでしょうか。子供のころはお化けがいると思っていたから怖かった。神様がいると思っていたから信じられた、そういった想像力を持った心のことです。そういうものを信じられるからこそ、感動的なお話はより感動的に、怖いお話はさらに怖く感じられたのではないでしょうか。
幻想的な世界に、緻密な情景や背景を描くことでリアリティーを生み出している本作の世界では、薄れてしまったその大切なものが確かに存在しています。作者の高い画力によって、それが確かにあるという説得力を生み出しているのです。五十嵐作品の真骨頂、それは幻想世界に与える現実的な説得力であるとも言えるでしょう。
五十嵐大介の作品には、彼が自給自足の生活を営んだ経験や、作者自身が子供のころに感じた大切な何かが、作品の中に活かされていると感じられるものが多いです。あなたの忘れてしまった何かも、本作品集のどこかに描かれているかもしれません。それを楽しみに読んでみるのはいかがでしょうか。
一人の少女と、ジュゴンに育てられた兄弟の出会いから始まる不思議な物語。とても抽象的でスケールの大きなお話で、どういった作品かを表現するのが実に難しい作品です。
- 著者
- 五十嵐 大介
- 出版日
- 2007-07-30
まず最初にハッキリと言いますが、本作は人を選ぶ作品です。少なくとも万人向けとは言えません。一見すると海を舞台にしたボーイミーツガール作品なのですが、そんな単純な言葉で語れるものではありません。抽象的で精神的な表現で埋め尽くされた物語には、一貫したストーリーというものはありません。起承転結を成していないわけではありませんが、少なくとも一般的な作品と同じように読み始めると、面食らうことは間違いないでしょう。
ですので、まずは作品を読む前に軽い準備をしましょう。あらゆる漫画のセオリーを一旦横に置き、心を自然体に。そしてあらゆる想像力を開放し、どんな表現にも対応できるようにリラックスするのです。そうすればきっと、この抽象的で不思議な物語がすんなり心に染み渡っていくはず。そしてその状態で、作中に描かれる素晴らしい絵を見ていくのです。じっくりと……。
五十嵐らしい繊細な線で描かれた自然の姿は、あらゆる海の姿をありありと表現してくれています。音すら聞こえてきそうなほど躍動感に溢れた自然の有り様は、抽象的な表現と相まって独特の世界を作り出しています。登場するひとりの少女とふたりの少年も生き生きと描かれ、その目には不思議な強さを感じるほどです。
作中ではおそらく命というものがテーマとして描かれています。「おそらく」と表現したのは、明確な描き方がなされていないからです。本作品を読み終わった後も、どんな作品だったかと聞かれると、きっと答えに戸惑うでしょう。そういう感覚でその難解なテーマを読み取る作品なのです。
ひとりの少女とふたりの少年、彼らの生きる姿を通しあなたは何を見、何を感じ取るでしょう。感じるままの印象がその答えなのです。まごうことなき名作、是非お楽しみ下さい。
『海獣の子供』については<『海獣の子供』の見所を全巻ネタバレ考察!命を知った、あの長い長い夏休み>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
バトルアクションを意識したハードSF作品。人によって生み出された、人と動物とを融合させた異形の生物たちの物語です。倫理観などを排し、かなりダークな雰囲気が漂っています。
- 著者
- 五十嵐 大介
- 出版日
- 2016-02-23
近未来ダークファンタジーと言うこともできる世界観ですが、本作は幻想よりも現実の方に近い作品でもあります。人と動物のハイブリッド生命体である、HA(ヒューマナイズド・アニマル)。彼女たちはみな女性の顔、姿をしているキメラ(合成生物)です。設定だけ聞くと、ケモミミ少女などに代表される亞人や獣人を想像してしまいがちですが、そこには可愛らしさはなく、リアルな設定がなされています。
遺伝子操作はSF作品の中だけのものではなく、植物や動物などに現実に行われているものです。本作で描かれているのは、倫理観を捨て去った果ての遺伝子操作の未来の姿であり、そこには一切の感傷などはありません。現実で実際に起こり得ることなのです。彼女たちも、人ではなく「人に近い動物」として描かれており、無感情に人を殺戮する姿は恐怖以外の何ものでもありません。
本作品は五十嵐大介による『ウム・ヴェルト』という読み切り作品が原型となっており、そのお話は本編の前日譚のようになっています。テーマとなっている遺伝子操作について本格的で専門的な解説がなされており、エンターテイメントを重視した本作品に比べると設定部分が重視され、解説書のような構成になっているのです。彼女たちがなぜその姿なのかを現実的な観点から解説してありますので、本作品とあわせて読むことで作中の設定などがより深く理解できるでしょう。
五十嵐作品には珍しく、登場する女性キャラクターが艶かしく色っぽいのも特徴で、世界観も含め作者の新境地を感じさせる良作です。高い画力によって表現された超現実的なSFファンタジーの世界を、是非堪能してみてください。他の彼の作品とは一風変わった世界を味わえるはずです。
4部作として映画化もされた名作。作者自身の自給自足生活をもとにしたお話で、大自然の中、小さな集落で生活する少女の姿を描いています。タイトルからもわかる通り、作中には色鮮やかな自然が溢れかえっており、これぞ五十嵐作品といった自然の息吹に満ちた作品です。
- 著者
- 五十嵐 大介
- 出版日
- 2004-08-23
「食」「料理」などを扱った漫画作品は数多く存在しますが、本作品に描かれているのは「人が食ベ生きていく姿」。いわゆる料理漫画などに代表される、食べ物を主役にしたものではなく、あくまで人が主役であるということをまず念頭に置いておいてもらいたいのです。
主人公はなんの変哲もない普通の女性。大自然の中、自分で食べ物を作り、採取し、調理し、食べるのです。生物として当たり前のことを行っているだけですが、その姿には妙な新鮮さを感じさせられます。それは現代において、自分で食べものを得るという行為がすでに希薄になってしまっているからなのではないでしょうか。用意されたものを食べるわけではなく、時間をかけ自らの力で作り、糧を得ていく。だからこそ彼女の姿は、読者の目に眩しく映るのです。
舞台となっている田舎は、日本の良き風景といった情景で描かれており、絵をみるだけでも一見の価値があります。そんな風景に囲まれた彼女の食生活は非常に細かい所まで描かれており、ネイチャーライフの教本とも言えるほどの完成度です。五十嵐大介自身が同じように自給自足を行っていたからこそ描けたリアルさがあります。
作中一面に描かれる大自然と、その中で生きるひとりの女性の姿。本作品を読むと、彼の作品の原点はやはり自然との共存や共栄にあるのだろうなと感じさせられます。彼を知らない方には入門編として非常に読みやすい本作品。最高の絵とともにどうぞご賞味ください。
この紹介記事では、あえて作品のストーリーにはあまり触れないようにしてきました。それは、五十嵐作品の根幹が「絵」にあるからに他なりません。時にイラストは、言葉よりも多くのものを語ってくれるものです。彼の絵を見ると、大自然の姿の中に確かに息づく「命」を感じ取ることができます。活字ではなく、まず絵を見て五十嵐作品の世界を感じてください。そこがこの世界の入り口なのです。