漫画『海獣の子供』のあらすじ見所を全巻ネタバレ解説!命を知った、あの長い長い夏休み【完結】

更新:2021.12.10

文化庁メディア芸術祭で優秀賞に選ばれた漫画『海獣の子供』。この記事では心温まる注目作を全巻ネタバレ紹介します。 「海洋冒険譚」として注目されるこの作品。2019年6月にはアニメ映画化され、大きな話題となりました。キャストは、芦田愛菜・稲垣吾郎・蒼井優が声優を務め、主題歌は米津玄師が担当。映画でも毎日映画コンクールアニメーション映画賞、第23回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞するなど、高い評価を得ている作品です。 1人の少女が、不思議な2人の少年と出会うところからはじまる本作。そして彼らは自身の内面と、生命の集合体である海の世界に触れていくこととなるのです。

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『海獣の子供』1巻のあらすじ見所をネタバレ解説!少女と会った少年

ハンドボール部に所属する女子中学生・安海流花(あずみるか)は、チームメイトをケガさせてしまったのをきっかけに、夏休みの間ハンドボール部の出入りを禁止を命じられてしまいます。  

やることがなくなった彼女は、衝動的に東京の海に向かいました。  

彼女が到着したときには、東京はすでに夜。そこで彼女が出会ったのが、東京の海を自由に泳ぎ回る少年・海でした。次の日彼女は、母と離婚した父の働いている水族館に行きます。そこで、水槽で縦横無尽に泳いでいる海と再会するのです。   
 

彼を見ていると、彼の保護者であるジム・キューザックと、彼女の父親が現れました。彼らいわく、海は10年前フィリピンの沖合で、もう1人別の少年とともに、ジュゴンに育てられているのを発見されたそう。2人の体は水中に適合している体質で乾燥に弱いため、水族館に引き取られたのです。  

翌日、彼女が校舎に1人でいると、海が訪ねてきました。彼は人魂が来るから流花と一緒に見ようと思ったと言うのです。そして、強引に彼女を港まで連れ出します。あたりが暗くなると空に彗星のようなものが横切りました。人魂というのは隕石だったのです。  

そんなある日、彼女が海岸を歩いていると、頭から布を被っている少年に出会います。彼は海の兄弟・空でした。 やがて彼ら兄弟と親しくなるのですが、ある日突然、空が行方不明になってしまうのです。 

著者
五十嵐 大介
出版日
2007-07-30

 

物語は、主人公である流花の痛々しい日常から始まります。彼女は運動神経抜群でハンドボール部の名プレイヤーでしたが、同じ部員に足をかけられたことで、お返しに相手の顔に肘を打ちつけてしまいました。 その後彼女は顧問の教師に呼び出されて説教をくらうのです。そして、夏休み中の部活動停止を言い渡されます。

彼女はコミュニケーション能力が低いわけではありませんが、自分の気持ちを伝えるのは苦手なよう。 コミュニケーションと自己主張は同じに見えますが、実は違います。たとえば彼女は、母親から部活について聞かれた時、受け答えはしていますが肝心なことは話しません。 

彼女の父親も同等です。水族館の業務は滞りなくこなしますが、家族と向き合おうとはしないのです。流花や元妻に自分の気持ちをちゃんと伝えようとはせず、逃げてしまいます。海洋生物学者のジムも人当たりはいいのですが、やはり自分の気持ちを話そうとはしないのです。 

しかしジムは、鯨は歌うこと、すなわちエコーロケーションで仲間と会話できると言います。その歌は、とても複雑な情報の波なのだそう。だから鯨は、伝えたいことを伝えあうことができると言いました。そして彼は流花に「思っていることの半分でも、伝えられたためしがあるかい?」と言うのです。

これは本作のテーマの1つですが、人間とはどれだけ自分の気持ちを伝えられるのか、言葉とはすべてを伝えられるほど万能なツールなのか、ということを示唆しているのではないでしょうか。 

流花は不思議な少年・海と、彼の兄・空と出会います、海は天真爛漫な性格ですが、空は生意気で小悪魔的です。

2人はジュゴンによって育てられましたが、作中でも言われているとおり、ジュゴンは人魚のモデルといわれています。 2人は人魚ではありませんが、体は水棲哺乳類のようにあまり水分をださず、乾燥に弱い体質。彼らのモデルは人魚なのではと思う一方、四大精霊の一種で、水の精霊・ウンディーヌをイメージしているとも考えられます。

ウンディーヌはフリードリッヒ・フーケの小説で有名ですが、大抵は女性であるパターンが多いです。しかし性格は天真爛漫だったり小悪魔的で、しかも悪戯好きというところが、まさに海と空の性格そのままです。 

 

『海獣の子供』2巻のあらすじ見所をネタバレ解説!嵐吹く

 

40年前、ジムはとある南方の島の部族とともに住み、クジラ撃ちに参加していました。そんな時、彼は1人の少年に出会うのです。「海は生みの親、人は乳房」と、部族の長は彼にお祈りを捧げました。 

彼と交流するなという長の忠告を無視し、ジムはその少年と仲良くなります。しかしふとしたきっかけで、少年は命を落とすことに。そして彼の遺体は、砂に浸みて消えてしまいました。それ以降その島は不作となり、ジムは責任を負って島を出ることになったのです。 

もっとも彼自身は責任を取るために島から出たのではなく、その少年の正体を探ろうと思っての行動でした。そして、海と空に出会ったのです。 

1巻で行方をくらました空を、海と流花は探していました。そんなある日、行方をくらませたはずの空が、石のかけらを握って現れました。それは、かつて流花が海と一緒に見た隕石でした。 

突然現れた空を、ジムの相方で天才学者のアングラードが連れ出します。彼は空に、どこへ行ってきたのかと聞きましたが、答えをはぐらかされてしまうのです。しかしアングラードは、彼が隕石を拾いにいったのだと見抜きました。 

一方流花は海に引かれて、空とアングラードの所までたどりつきました。4人はそのまま海岸で過ごすことになります。そこでアングラードは、流花の水中視力が優れていることに気がつきます。なんと彼女も、海に適した人間だったのです。 

そしてその夜、彼女は空から隕石のかけらを受け取ります。そして空は、海へと消えていったのです。 

 

著者
五十嵐 大介
出版日
2007-07-30

 

冒頭ではジムの若かりし頃のエピソードが出てきます。彼は南方の島の部族の人々と知り合いになり、そこの部族の一員である証としてタトゥーを入れたようです。彼は部族の者たちとクジラ漁をしていますが、獲ったクジラは、部族の長がクジラの王に対する祈りを捧げてから解体します。  

これはクジラに限った話ではありません。世界中の狩猟民族にいえることですが、狩をして獲物を手に入れたら山や海の神に祈りを捧げ、獲物を解体し、肉を分け合うという風習ががあるのです。これは古代において、生き物を殺すことは重要な儀式であったということを意味しています。  

ジムはその島で、空や海と同じような少年に出会います。彼は少年と親しくなり、カメラや水中ライトを貸しました。しかしそれが仇となり、少年は海で口の尖った魚に串刺しにされて死んでしまうのです。  

少年を死なせてしまった罪悪感もあるのか、彼はこの少年のこと、もしくはこの少年と同じような存在の正体を調べていくようになりました。  

またこのエピソードでは、海や空のような少年が世界中にいることを示唆しています。  

今回初登場となるアングラードは、見た目は中性的な美男子で、どこか空に似た雰囲気をしています。そんな彼の目的は、一体なんなのでしょうか。

登場の際に彼は、インドネシアの民話を語っています。それは宇宙の支配神が、妃と牛の背に乗って空を飛んでいたとき、妃と体を密着させていたため精液がこぼれて海に落ち、その精液は羅刹という人を食べる鬼になったという話です。 

ギリシャ神話でも、クロノスに去勢されたウラヌスの陰部が海に落ちて、そこから出た泡によってアフロディーテが生まれたといわれています。 

この話は本作の終盤で、大事な要点となります。命、あるいはすべてのものは巨大な何かの一部分であったということを暗示しているようです。 

 

『海獣の子供』3巻のあらすじ見所をネタバレ解説!海魔

目の前で空が消えるのを見てしまった流花は、ショックでふさぎ込むようになってしまいます。そこで海とともに、アングラードのヨットで旅に出ることにしたのです。彼女は時折、夢で海の世界を覗いてきました。そしてアングラードから海底の生態について学び、そこから空や海の正体について探ろうとします。  

10年前、ジムとアングラードは海のなんでも屋・デデから、空と海を紹介されました。2人は育ての親であるジュゴンとともに、漁師の網に引っかかってしまったのです。ジムたちとデデは、海の子供たちやクジラの知能、そして海というものについて話し合います。

そしてデデは、ジムに、あの子たちだけ見てもだめだ、全体を見なくては、と言うのです。

一方流花は、飲み込んだ隕石に導かれるように海を泳いでいました。その様子を見てアングラードは、神話の怪物・セイレーンを思い出します。セイレーンは美貌と歌声で船乗りを海に引きずりこむ怪物です。そして彼は、そこに海の子供たちとの共通点を見出しました。そのうちに、彼らは隕石の落下ポイントに近づいていきます。  

その頃、流花の母親・加奈子は、夫とともにジムに会っていました。彼女は海女の一族の出身で、流花が海中で優れた視力を持っていたのは、母方の血筋によるものだったのです。ジムは彼女に、古いアジアの人物画を見せました。それを見た彼女は、これは世界地図だと言いました。

著者
五十嵐 大介
出版日
2008-07-30

 

流花は空からもらった体内の隕石に導かれるように、沖へ向かいます。その時、彼女は首だけになって、海中をさまよう夢を見ました。これはアングラードも言っているように、魂の抜けた状態、すなわち離魂病のような状態であることを意味しています。もっと言えば彼女はトリップ状態になったといえるでしょう。  

シャーマン達は自身の魂を肉体から離し、死後の世界や霊の世界へと旅に出るといいます。海底を死後の世界になぞらえることがあります。柳田國男の『海上の道』によると、沖縄では海は根の国、すなわち冥界ともいわれているのです。  

沖縄にある亀甲墓という女性の子宮をイメージした墓は、死人の魂が生まれ変わるための装置として造られています。すなわち、海とは巨大な墓であり、そして子宮であるといえるのです。  

ジムは10年前、デデという老婆から幼い海と空を紹介されます。そこへ子供時代のアングラードが、彼に会いに来ます。  

ジムとアングラードは、海と空を鯨のように、特別な存在と考えました。しかしデデは「それはたまたま鯨の能力がたまたま人間に理解しやすい形で、人間と比べやすいだけだろう。」と言い「しょせん人間が特別な存在だって考え方の上に立っているのさ。」と切って捨てるのです。  

さらに「人間の知の限界は数学的に証明されているだろう?」とジムに言います。それは彼が以前、流花に言った「思っていることの半分でも、伝えられたためしがあるかい?」という言葉に繋がるものなのです。 

 

『海獣の子供』4巻のあらすじ見所をネタバレ解説!宇宙の子宮

加奈子は、元は海女でした。彼女は昔、海中にある穴の中である約束をしました。しかし、それがどんな約束で、誰としたのか、今はわかりません。やがて彼女は、他所から来た男と駆け落ちするように故郷を離れ、そして子供を身ごもります。その子供は流花と名付けました。 

加奈子はデデに頼み込んで、流花を探しにいきます。

アングラードは天文観測所で、宇宙や星に思いをはせていました。なぜ地球にだけ海があるのか。地球に似た星には、なぜ海がないのか。たとえば、火星には水があることが証明されています。しかし重力が少なく、水や大気をとどめておく力がないのです。

そして火星より地球に近い形状をしている金星は、太陽が大きくなったために水が蒸発してしまったのだろうといわれています。  

では宇宙には、地球のような海のある星はないのでしょうか。アングラードはそれを否定し、条件さえそろえば物事は似通ってくるから、地球に似た星もあるはずと考えました。一方、流花は海岸沿いをさまよっていました。そして海に背負われて、洞窟のような場所までだとりついたのです。  

6年前、アングラードとジムは、空と海を連れて南極海を調査していました。そこにいたのは、ペルム紀に生息したといわれるサメ・ヘリコプリオン。もっと観測しようと思ったアングラードでしたが、シャチが集まってきたために、ジムに断念させられてしまいます。  

その後も南極にザトウクジラが集まり、水面に垂直に浮くという不思議な行動をおこします。そしてクジラの鳴き声に共鳴するかのように、海は海中に飛び込んだのです。  

海中で自由に戯れる姿は、まさに海の精霊そのもののようでした。 

 

著者
五十嵐 大介
出版日
2009-07-30

 

加奈子は海女をしていたころ、海の底から不思議な声を聴いていました。そして、その声に何かを約束していたようですが、それが何なのかわからなくなってしまいます。そして流花を身ごもったときには、その声は聞こえなくなってしまうのです。  

彼女はデデに会ったとき、流花は自分の身代わりになってしまったのではと打ち明けました。それに対しデデは「それはあなたの物語だろう、子供には子供の物語がある」と言ったのでした。  

デデは「海のことは女が専門家」と言っていました。彼女は呪術師としての一面を持っています。古来から呪術師もしくは巫女やシャーマンというのは女性であることが多く、日本ではノロや巫女にその例が見られます。

かの有名な水木しげるは「のんのん婆」という老婆に育てられてたそうですが、「のんのん」というのは呪い師を意味する言葉であり、のんのん婆さんというのは、つまり呪い師のことを指すのです。  

アングラードは天文観測所で、生物でも星でも、ある条件さえ整えば似通ってくるという話をしています。さらに海底生物には人間の臓器に酷似した生物がたくさんいることから、海は人間に似ているのではと思いを巡らせました。これは4巻の最後の場面に出てくる、人体に見立てた世界地図に繋がっていくのです。  

北欧神話では、ユミルという巨人の死骸から世界は創生されたとされています。日本の古事記でも、日本の国土はイザナギとイザナミが生み出したとされています。これは人間を生命としてなぞらえると、海とは世界とは巨大な生物の集合体であり、それ自体が1つの生命であるいうことを意味しているようです。 

6年前の南極では、アングラードは2億5千万年まえに絶滅したサメ・ヘリコプリオンを発見しました。その体は死骸になりかかっていましたが、なんと生きていたのです。2016年に400歳生きたニシオンデンザメが発見されたように、海にはまだ途方もない謎が隠されていることを感じさせてくれます。  

もっともこの作品風にいえば、それは人間が認識できないだけで、世界にはそのくらい膨大な種類の知識が眠っているということでしょう。 

 

『海獣の子供』5巻のあらすじ見所をネタバレ解説!衝撃の結末は!?

 

流花は洞窟で、体を海水で満たしながら、少しずつ眠りについていました。その時、傍らには空の影が。彼女の役割は、隕石をここまで運ぶことだったのです。 

 

著者
五十嵐 大介
出版日
2012-07-30

第2巻でアングラードが語った、インドネシアの民話。宇宙支配神が妃とともに空を飛んでいた時、精液が零れ落ちて海と交わり、巨大な羅刹となるという話ですが、ここですべての伏線が回収されます。  

海が第1巻で人魂と呼んでいたものは、隕石のことでした。そのかけらを、空が回収。空は隕石のかけらを流花に託し、己は海の中へと消えていきました。  

隕石のかけらとは膨大な記憶、もしくは魂の集合体。流花はそれの宿主として選ばれ、そのかけらを洞窟まで運びました。そして彼女は、隕石を体内に宿して眠りにつこうとします。しかし、そこに海が現れ……。
 

最後に彼らが迎える結末とは?ぜひ、手に取ってお確かめください。

 

私はこの物語にこのような考察をしましたが、第5巻でデデはこう言います。「皆がいろんな根拠を元にいろんな意味をつけたがる。 でもその中に正解なんてあるのかねェ……」

もしかしたら私の考察も、この壮大な物語の表面だけをなぞらえただけなのかもしれません。この世のすべてを言葉や論理で説くのは難しいもの。私が書いたのはあくまでも、本作を理解するための手がかりのようなものだけです。本当の面白さは、手に取って読んでみなければわかりません。

 

 

本作の作者・五十嵐大介の世界観に魅了された方にお勧めなのがこちらの記事です。気になる方はぜひご覧ください。

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五十嵐大介と言えば、美しい自然と少女を描いた作品が思い浮かぶ作家です。常に女性読者の目線を気にしているという、彼が描き出す作品はどれも幻想的。そんな自然な色彩にあふれる五十嵐作品の数々をご紹介してみたいと思います。

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