30代以上未婚子ナシ女性を指す「負け犬」という言葉、2004年に話題になりましたよね。その発端となったエッセイは、多くの働く未婚女性を勇気づけました。ユーモアあふれる文体で女の本音を語った酒井順子のエッセイ集を5冊、ご紹介します。
数々のエッセイ集を執筆している売れっ子エッセイストの酒井順子は、1966年に東京で生まれました。小学校から立教女学院に入学、そのまま立教大学社会学部観光学科入学卒業と、世間的に見ればお嬢様育ちだといえます。
酒井の執筆人生の始まりは高校時代にまで遡ります。当時お嬢様系女子高生を中心に人気だった『オリーブ』という雑誌があり、酒井自身この雑誌の愛読者であると同時に、高校生のころから『オリーブ』にエッセイを寄稿していました。ペンネームは「マーガレット酒井」だったそうです。
大学卒業後は3年間のOL生活を経て、退社後はフリーランスのエッセイストに。その後数々のエッセイ集を執筆しています。多くの女性が思っているけれど口には出さないことをバシッと言い切ってしまう軽快さと、毒舌を中和するようなユーモアにあふれた作品ばかりです。
「負け犬」という言葉は、2004年度流行語大賞でトップテン入りするほど一時は話題となりましたから、記憶に鮮明に残る方も多いのではないでしょうか。社会に「負け犬」を巡る論争を巻き起こしつつ多くの独身女性を勇気づけた作品として有名です。
本書の「負け犬」とは、30代以上で結婚しておらず、子供もいない女性のことを指しています。その定義と括り方に対し異論を唱える人が多く出るであろうことは承知の上で、敢えてそのスタンスを貫いてエッセイを綴っているのです。
2003年というと、働く女性が多くなってはきたものの、育児休暇を堂々と取れる会社は今ほど多くなかった時代です。結婚も出産もしてママになっても、保育園さえ入れれば仕事に復帰できるという考え方はあまり浸透していませんでした。
そのため多くの女性が、結婚して家庭に尽くし平凡な幸せの中に生きるか、仕事を持ちお金を稼ぎ納税しつつ趣味と自分磨きを楽しむ人生を送るのかという選択に、漠然と迫られていたのです。今は女性が仕事と家庭を両立できるかという事の方に重点が置かれていますし、30半ば過ぎての結婚出産も珍しくなくなってきていますよね。
- 著者
- 酒井 順子
- 出版日
- 2006-10-14
ですから本書が出版された当時と今とでは、少し社会的背景が異なるかもしれません。本書でいう「負け犬」は、結婚に妥協せずバリバリ高学歴のキャリアウーマンを想定して書かれた印象が強いです。彼女らが世間からのアブノーマルな生き物を見る視線を交わすための自虐的世渡り術が、ユーモアたっぷりに書かれています。
「負け犬」の定義に当てはまる方はもちろん、本書で「勝ち犬」の定義に当てはまる方も、十分楽しめると思います。結婚に興味がなさそうな女性たちが、どんな風に感じているのか、「勝ち組」をどう見ているのかという知ることもできます。でも何より、酒井の自虐的分析がとにかく面白い、読み物として楽しく読み進められる1冊ですね。
モテたい、という願望は、程度は違えど多くの方が持っているものでしょう。けれどモテるために自分を着飾るのか、それとも自分らしさを求めてお洒落を追求するのか、それは人によって異なります。
『オリーブ』は、マガジンハウス(当時の平凡出版)から1982年創刊された女性誌です。当時はファッション誌がかなり盛んな時期で、『JJ』や『CanCam』も人気だったのですが、その中でも『オリーブ』は、自分の好きな服を着て、男に媚びない自由な生き方をするというメッセージを発信する雑誌として、多くの女子中高生に読まれていました。
酒井順子は高校生のころから『オリーブ』に寄稿しており、自身も熱心な愛読者でした。そんな酒井が『オリーブ』を読んでいた自分自身と時代を振り返り、それが自分に与えた影響について綴ったのが『オリーブの罠』です。
- 著者
- 酒井 順子
- 出版日
- 2014-11-19
『オリーブ』連載をきっかけに売れっ子エッセイスト酒井順子が生まれたのに、なぜ「罠」なのでしょうか。それは、モテることより個性を追求したコンセプトにとっぷりつかることで、酒井のいう「負け犬」人生を歩むことになってしまった、どうしてくれるのよ、というのが本書の大筋だからなのです。
この本は女性だけでなく男性にも売れているようです。『オリーブ』が人気男性誌『ポパイ』の女性版として発行されたという背景があるからでしょうか。『オリーブ』を読んでいた世代には懐かしく、知らない若い世代には新鮮な印象を与えるエッセイといえるでしょう。
子どもを持つママさんたちの会話だと、妊娠中はつらいし産むのは痛い、産まれた子供は手がかかるしうるさいし、お金だってやたらかかるし、自分の時間は全然もてない、という声が飛び交います。でも多くの方は、大変だけどやっぱり子供が一番かわいいし何より大切、と感じているでしょう。
そういう子供を育てている・育ててきた方たちは、結婚しない・子供を持たない選択をした人たちを、知らずのうちに「どうして産まないの?」という奇異の目で見てしまっているのかもしれません。でも良く考えると、単に人生において違う選択をしただけの話です。
『少子』は、子供を産みたくないと内心思いながらも、それを口にすると反社会的にとられたり人格を疑われたりしそうだと思い、言えなかった女性たちの心の声を代弁した内容となっています。この本の中で酒井が産まない理由を率直に書いたことは、密かに罪悪感を抱えてきた女性たちの心を軽くしてくれました。
- 著者
- 酒井 順子
- 出版日
興味深いのは、第三者の視点から子供を持つことのデメリットを的確に指摘しているところです。男性政治家による少子化対策が的外れに思えるのは、こうした産みたくない女性の本音に気づこうとしないせいではないでしょうか。
妊娠・出産を感動的で神聖なものとし、子供の無邪気さや愛らしさをかけがえのないものとし、母性や親子の絆を美しく表現するメディアがあふれる中で、こんなエッセイを出すのはすごいなあと感心します。さすがプロエッセイストですね。
皆が来たがる人気の場所は、それ相応のエンターテイメント性やサービスが充実していて、もちろんそれはそれなりに楽しいでしょう。でも、時にはマイナーでローカルな、一風変わった旅をしてみるのもいいかも。そう思わせてくれるのが『来ちゃった』です。
酒井順子はいわゆる鉄道女子。中学生のころから紀行作家宮脇俊三のファンだったらしく、鉄道関係のエッセイも数多く残しています。そんな著者が40歳になったとき、自分の今の気分を旅で表現するとしたら中央に出向くよりも「端っこ」が適している、そう感じたことから選ばれた行先の数々には、観光地では得られない独特な体験がありました。
旅先に降り立つと、タイトルどおり「来ちゃった」という言葉がぴったりな、都会の喧騒からはかけ離れた世界が広がっています。『きょうの猫村さん』で有名なほしよりこの脱力感ある挿絵が、旅風情にぴったり合っています。
- 著者
- ["酒井 順子", "ほし よりこ"]
- 出版日
- 2016-03-08
このエッセイが連載されたのは実は『プレシャス』という大人向けの高級女性誌なのです。海外ブランド品が紹介されるページをめくると、北海道のひたすら長いローカル線で旅をしながら途中で駅そばをススる記事に出会うというのは、随分ギャップがあったでしょうね。
『プレシャス』愛読者にみられるような、上品で大人の女性が自分を再発見できる旅というのは、案外こういう個性的な旅なのかもしれません。一見ゆるそうに見えますが、意外とハードな体験記も満載です。日本って思ったより広いんだなあと感じました。
日常で誰もが目にしたことある事象について、酒井順子独特の切り口でユーモアたっぷりに語られています。扱うテーマは「昭和のヨーグルト」から「ゆとり矯正世代の登場」「キャーキャーする才能」など幅広いです。連載が『週刊現代』だったとあって時事ネタもちらほらあります。統一されているのは、ああこれはこういう事だったのか、と後になってから気づく構成になっているというところですね。
- 著者
- 酒井 順子
- 出版日
- 2015-08-26
そこに目をとめたか!というようなところから、その事象の裏に見える社会背景や、そういえばこんなこともあったというような回顧録も交えて、読みやすい語り口調で綴られています。語っていることは毒と言えば毒とも取れる部分もあるんですが、辛辣に批判する感じにならないところが酒井節といえるのでしょうか。
思わずくすっと笑ってしまう、そうそうと共感してしまう、よくぞ言ってくれた!と嬉しくなってしまう、一方でそれをそういう風にとるの?と着眼点の面白さに惹かれるという、読み手によって各テーマ味わい方は様々でしょう。でもそれがエッセイのいいところでもあります。酒井エッセイの魅力が詰まった一冊です。
酒井順子は高校時代から執筆活動をしていましたから、エッセイストとしてはかなり洗練された印象があります。文章が安定していて、軽すぎることも重すぎることもないニュートラルさがあり、さくさくと読み進められるものが多いです。そして読み手によって受け取り方は異なるでしょうが、どこかしら女子らしい、でも媚びない可愛らしさが見え隠れしています。モテたい女性向けではないかもしれませんが、多くの、特に30代以上の女子におすすめですよ。