「少し不思議」以上の魅力を持った入門のための和製SF3選

更新:2015.2.19 作成:2015.2.19

SFは敷居が高い。という先入観。わかります。 読んでみても頭が疲れるだけ。わかります。 でも、SF作品のすべてがそういう残念な代物かと思ったら大間違い。 読みやすくて刺激的、小説ってこんなに楽しかったのか!と驚ける、傑作を3つ選んでご案内します。

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オニキス

著者
下永 聖高
出版日
2014-02-07

たった数年、いや数日のあいだに、あるいは一瞬のあいだに、それまでと世界が違って感じられるという経験をしたことはありませんか。ちょっとした出来事の影響で、ものの見え方が変わってしまう。

遠く離れたどこかで蝶が羽ばたいたことで、別のどこかで竜巻が起こるかも知れない。そんな「もし」と、その帰結の関係は、考え始めたらキリがありません。『オニキス』は、その「キリがない」無数の可能性がすべて実現していたら?という表題作を含む短篇集です。

無数の可能性がすべて実現する、と書いたらちょっと難しすぎますね。たとえば、もしこの世にiPhoneがなかったら、現在の通勤電車の光景は違ったものになっていたことでしょう。iPhoneのある現実と、iPhoneのない現実は別のものです。このふたつが同時に実現することはありません。同時に実現するとしたら、別の世界、別の宇宙が、同時に存在しないといけない。普通、別の宇宙、別の世界に、同じ人間が存在することはできませんね。

あ、わかりませんよね。わからないでいいんです。現実には起こりえないことなので、理解しようとしても理解できないのは当然です。『オニキス』は、この理解できない状況を、登場人物の脳にとある機械を埋め込むことで実現させます。さきほどのiPhoneの例で言えば、iPhoneがある現実の世界から、iPhoneがない別の「現実」へと移動したことを経験させる機械。この機械はおそらく小説というものそのもののメタファなんですがそれはややこしいので立ち入りません。

ともあれ、「もし◯◯が◯◯だったら」という無数の可能性が実現し、別の現実世界が現れる度に「移動」を経験してしまうようになった主人公は、世界を改変する技術をめぐる壮大な事件に飲み込まれていきます。しまった、ちょっと紹介するだけにとどめようと思ったのに字数をだいぶ書いてしまいました。でもまだまだ書ききれません。これでもかなり端折ってるんですよ。難しいことを書こうと思えばいくらでも書けます。でも、ぜんぜんわからなくても楽しいはずだと思います。

なにより、本作は文章が美しい。さきほどからiPhoneと電車の例を出していますが、ちょっと電車で車窓の外を眺めるような爽やかさと、そこはかとない切なさとを、文体に込めることのできる稀有な書き手だと思います。読み応えのある作品ですが、短編なので気楽に手にとってみてください。
 

know

著者
野崎 まど
出版日
2013-07-24

野崎まど作品はどれもオススメなのですが、何もかもお見通しの超あたまいい登場人物が出てくるというウルトラわかりやすい設定の本作をご紹介しましょう。

タイトルの「know」はいろんな意味を込められているのですが、ひとつには音的に「脳」を意味しています。コンピュータを脳に埋め込むことが当たり前になった世界で、超ウルトラ高性能なコンピュータを脳に埋め込まれて育った少女が登場します。

『攻殻機動隊』の草薙素子みたいな少女が、哲学的な世界の謎に取り組むと言ったらやっぱりまたマニア向けに思われるかもしれません。でも難しくないです!そこが大事なんです!

超ウルトラ高性能な「脳」によって記憶と計算がほぼ神様なみに強化され、その結果、ネットワークに接続されたあらゆる機器のセキュリティを突破できるようになった少女がいったい何を「知ろう」とするのか、そして何を「知る」ことになるのか。

グラン・ヴァカンス

著者
飛 浩隆
出版日

ここまで、脳に何かしらの機械を埋め込まれた人間が登場することでSF的になる世界をご紹介してきましたが、今度は機械の中の人間、すなわち人工知能が登場するお話です。というか、人工知能しかほぼ登場しない世界です。

人工知能なんか人間じゃないですよね、と思うのはご自由です。それなら本書に描かれている「登場人物」たちを普通の人間だと思って読んでみてください。舞台がコンピュータのなかにある仮想世界に設定されているというだけで、「登場人物」たちはみな、作者の卓越した筆の力によって、きわめて自然な世界に生きているかのように描き出されています。

読者は普通に「登場人物」たちに感情移入することができるでしょう。「登場人物」たちと同様に、仮想世界のなかの爽やかな陽の光や海辺の風を頬に感じるかのような気持ちになることができると思います。そしてやがて浮き上がってくるのは、なぜそんなリアルな仮想世界が求められ、実現したのか、という謎です。

「登場人物」たちが活き活きと描かれれば描かれるほどに、その「謎」は不気味に読者の背後に忍び寄ります。まるで自分の友人のように親しく思えていた「登場人物」たちが晒されている過酷な状況、そしてその状況が過酷であればあるほど、彼らが生き延びようとする痛ましい姿は感動的に見えてくるはずです。

という感じで、独断と偏見によって和製SFを入門用に3冊オススメしてみました。どれも口当たりは爽やかで飲みやすいのに、飲み下すと驚くほど濃厚で、場合によっては胸やけをして一生忘れられなくなるような劇薬…ですので、騙されたと思って読んでみてください。