市民プールは自動車の運転に似ている。
運転では合流や車線変更の際、しっかりと車線の速度を見極めアクセルを調整しなければならない。実はプールも同じで、複数人で1レーンをすれ違いぐるぐる回る市民プールでは、全員が等速で泳がねば事故が起こるのです。
しかし僕は泳ぐのが遅い。泳げない訳では無いが兎に角スピードが遅い。必死に泳いでるつもりが、いつしか後続車のお爺ちゃんから煽られている。しかしそのお爺ちゃんも既に後ろのお婆ちゃんから煽られている為に最早止まれないという状態。人はこれを渋滞と呼びます。
想像して頂きたい。何とか25m泳ぎ切り、振り返ると背後でご老人4、5人が団子になっている光景を。その何とも言えぬ空気も。僕に出来るのは静かに隣の「チャキチャキ水中歩行コース」へと車線変更していくことだけです。
という訳で今日も1時間しっぽり水中歩行してきた僕が、運動不足な現代人へ「スポーツ」を題材に3作、ご紹介。
高橋慶彦選手のスター性
走れ,タカハシ! (講談社文庫)
1989年05月08日
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村上 龍
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講談社
“当たり前のことだが、誰もきれいになんか生きられない。
サッカーボールやソフトボールを追ったあの頃は特別だ”
高橋慶彦という広島カープに75年から89年まで実際に在籍していた選手を題材に書かれた短編集。タカハシという選手の中にストーリーを見出すわけではなく、観客としての普通の人々を主人公に、タカハシヨシヒコの走る姿がそれぞれの抱える悩みにとって一条の光となる――そんなスポーツ小説です。
失業、不倫、売春……世俗的な苦悩を抱える「綺麗に生きられない人達」の目に映るタカハシの姿は神々しく、彼らの運命をほんの少し変えていく。
自身の性的嗜好のため一家を惨殺せんとするストーカー男のような「人生の袋小路に迷い込んだ者」こそタカハシの姿に哲学的な意味を見出します。一方、失業しながらもオカマバーに再就職し、何とか娘の短大への学費を稼ごうとするバツイチの父親といった「奮闘する者」にとっては単なる愛娘との会話の題材、その程度の存在として描かれているのも面白い。
スーパースターとは、道に迷う者に進むべき方角を指し示す、文字通りの「星」であり、一言も発することなく、其処に在るだけで人々の道を照らしていく、高橋慶彦選手のスター性が見事に描かれている傑作です。
野球漫画の金字塔
- 著者
- あだち 充
- 出版日
- 2012-10-12
“男は好きな女のためだと、
自分でもおどろくようなことができちまうもんだよ”
上杉達也と上杉和也は一卵性双生児。スポーツも勉強も万能の弟・和也に対して何事にも本気になれない兄・達也。そして隣に住む同い年の少女、浅倉南を含めた3人が甲子園を目指す野球漫画の金字塔。
もう余りにも有名だと思うので言ってしまうのですが、野球部のエースであった和也が地区予選決勝に向かう途中で交通事故死してしまいます。そこからダメ兄貴であった達也が「南を甲子園に連れていく」という和也の想いを受け継ぐ、バトン「タッチ」する……そういう意味でのタイトルになっています。
裏話として、上杉和也が死ぬということはあだち先生の中では最初から決まっていましたが、ラブコメディが売りの「あだち充作品」としてNGが出る可能性が高いと直感し、編集部には全く知らせず連載をスタートします。後日ストーリーの雲行きから怪しい雰囲気を感じた編集長から案の定「和也を死なせるなら少年サンデーには載せない」と釘を刺されます。それに対して、あだち先生と担当編集は〆切2日前に和也死亡回の原稿を編集部に送りつけ、連絡がつかないよう行方をくらますという強硬手段を取ったという逸話があります。
1980年代に世間をあっと言わせたこの伝説的漫画には、現在2017年に読んでも色褪せぬ黄金の輝きがあります。直撃世代の方にも、年若き漫画好きにも改めてお薦めしたい作品。