夫婦のかたち【望月綾乃】

更新:2021.12.3

ようやく! 薄着で外を歩ける季節になりました! ヤッターーーーーー!!

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印象的な「夫婦」が描かれた本

先日最終回を迎えたドラマ、『カルテット』。ドラマの名手、坂元裕二の脂の乗りまくった脚本に、実力のある俳優たち。つまらないはずはなく、私も一話から毎週楽しく視聴しておりました。弦楽四重奏を組んだ4人の、ゆるくて楽しそうで、どこか核心を突いた会話に唸らされ、回を重ねるごとに明らかになっていく真実にハラハラドキドキ。しかし、六話目の放送を境に、私は『カルテット』の視聴をぱったりとやめてしまいます。つまらなかったからではありません。六話の、主人公の一人マキとその夫の過去を描いたエピソードに、完璧に打ちのめされてしまったからです。

家族になりたくて結婚したのに結局片思いになってしまった彼女と、恋愛がしたくて結婚したのに結局家族としか思えなくなってしまった彼。取り返しのつかないところまで行ってしまった夫婦の、あまりにも皮肉なすれ違い。これはフィクション、フィクションなのよ。わかってはいるのに笑い飛ばせない。結婚、こえー!! 夫婦、こえー!! 夫を演じるクドカンの生々しさ、こえー !!

まあ最終回を目前に急いで残りの三話を消化して、最終回はリアルタイムで視聴できましたが(どうしてもドラマへの世間の盛り上がりに同調したかった)、全話通しても、やはり六話の、あの夫婦の崩壊の印象が色濃く残る『カルテット』。

私自身、まだ独身ですけど、いずれ結婚するんだと、思っています。いや、どうなんでしょう。私はきっと一生独身じゃない、って確信めいたものの根拠は一体どこにあるのでしょうか? 大体結婚ってなんなんでしょうか。夫婦ってなんなの? もし私が結婚したら、上記の、彼女か、彼か、どちらかの心情になるんでしょうか。それって悪いことなんでしょうか。

そんなことを考えながら、朝食を食べていたら、うわ!! いたよ、目の前に、夫婦。最近物忘れが異常なまでに増えてきた父親と、ランニングしすぎてふくらはぎの筋肉がポパイの腕みたいに発達しちゃってる母親。この2人も、そうか、「結婚」した「夫婦」なのか……。どう考えてもこのぼーっとした感じで朝ご飯食べてる2人が、松たか子とクドカンみたいな悩みを抱えていたとは思えない。「結婚してからちょっとデートが少なくなったな」とか、思っていたのかしら。身内のそういうの、あんまり想像したくないけど、少なくともゼロではないんだろうなあ。なんて、当たり前すぎるほど当たり前のことを考えてしまうのでした。

今回は、印象的な「夫婦」が描かれた本たちをご紹介します

理想の夫婦の形?

著者
こだま
出版日
2017-01-18

『カルテット』六話、教会で松たか子演じるマキが、義理の母(つまり夫の母)にこんなことを言います。

「夫婦ってなんだろう? ずっと考えていたけどわからなかった。もっと違うのだったら変わってたりしたのかなって思ったり。全然知らない、遠くの小さい島かどっかの幼馴染みたいにして知り合って。すごく仲はいいけど、別に、こうなりたいとかこうしなきゃいけないとかなくて。毎日顔を合わせるけど、男でも女でも家族でもない、そんなんだったら一生ずっと仲良くできたのかな、そのほうがよかったかなって。もうわかんないけど」

この台詞を聞いたとき、私はふと、この『夫のちんぽが入らない』のことを思い出しました。
マキの言う、理想の夫婦の形って、もしかしたら、この『夫の~』に描かれてる夫婦に限りなく近いのではないかしら? いや、むちゃくちゃ辛いんです、辛いんですよ、そんなの百も承知で、それでも、身体の繋がりを諦めた代わりに何か別の得難い繋がりを得た夫婦に見えたのです。

あと、学級崩壊のエピソード、ちんぽが入らないことが霞むくらいにインパクトありました。教室やプールの描写がぞくっとするぐらい生々しくて鳥肌ものです。
同人誌として発行した今作があっという間にベストセラーになったこだまさん。「書く」ことがなかったら、この人が抱えていたこんなにたくさんのものはどこに吐き出されていたんだろう? 「書く」ことがあって良かった。こだまさんのブログもとても面白いです。

適当で自由な「夫婦像」

著者
こうの 史代
出版日
2009-06-16

飲み屋で意気投合したオッサン2人の、互いの子ども同士を結婚させちまおう、なんて悪ノリによって籍を入れることになった浮気性の荘介とド天然の道は、その発端より遥かに適当で自由な2人だけの「夫婦像」を築いていきます。

柔らかい絵のタッチと、前半のダメ男の見本のような荘介にニコニコしながら寄り添う道のまるでお伽噺(=悪夢)のようにのほほんとした描写に、どこか騙されているような気分で読み進めると、途中、プラトニックだった2人の関係ががらりと変化する瞬間にはっとさせられます。梅酒を漬けてる最中に味見をしながら酔っ払ってその勢いで朝チュン、なんてあまりにオーディナリーかつ生活感たっぷりに体を重ねた2人。その後、いつもの調子が続いてく、はずなのに、2人のことをより立体的に感じられるのが不思議。

過去の大事なものや人を諦めながら、今目の前にあるものや人を受け入れながら、偽物から本物へ、ゆっくりと心を通わせていく夫婦の姿が印象的です。
こうの史代さん、とにかくギャグのセンスが素晴らしい。心の隙間にすとん、と落ちて思わずふふふ、となるささやかなものもあれば、嘘でしょ!?と目を疑うような派手な大技もあって、本当に読んでいて飽きません。漫画的な実験にも満ちていて、何度も読み返したくなる作品です。

リアルな夫婦の話

著者
高野文子
出版日
1995-07-20

なんてことないのです。なんてことない、夫婦の話なのです。なのに、何度読んでも心が締め付けられます。

お見合い結婚をして、工場勤めの旦那の帰りを待ち、夕飯を作り、休日には2人で家の周りを歩いてまわり、些細なご近所トラブルに巻き込まれます。簡潔なモノローグと、映画のような淡々としたコマ割りは、まるでドキュメンタリーのようです。

「たとえば三十年たったあとで 今の、こうしたことを思い出したりするのかしら」
主人公である、サナエさんとノブオさんは、三十年後も、変わらず2人で寄り添っていることを当たり前のように信じています。結婚するときもそうでした。自分たちが結婚することに、疑いなんてまったくありませんでした。恋愛感情も、ありませんでした。ただ、2人でいることを決めて、2人でいるだけです。

その揺るぎないシンプルさに、憧れのような、寂しさのような、なんとも言えない感情が浮かび上がってきます。

ただただ、夫婦が登った神社の高台から見た自分たちの住む町は、美しいのです。

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