ヴァーチャルな恋人ができる時代 社会における「科学と技術」を探る

ヴァーチャルな恋人ができる時代 社会における「科学と技術」を探る

更新:2017.3.30

原子力発電や環境問題など、高度な専門知が必要とされるような社会問題は、新聞やニュースで目にしても「とっつきづらい」と感じる人が多いのではないでしょうか。今回は漫画を通して科学・技術と社会学について考えてみましょう。

富永京子プロフィール画像
立命館大学准教授
富永京子
1986年生まれ。日本学術振興会特別研究員などを経て、現在、立命館大学産業社会学部准教授。社会学的視角から、人々の生活における政治的側面、社会運動・政治活動の文化的側面を捉える。著書として『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)、『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版)。個人ウェブサイトは kyokotominaga.com
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「とっつきづらい」と感じる社会問題の実態

原子力発電や環境問題など、高度な専門知が必要とされるような社会問題は、新聞やニュースで目にしても「とっつきづらい」と感じる人が多いのではないでしょうか。でも、「とっつきづらい」と感じること、報道のあり方、「専門知」に対する姿勢そのものが、社会によって作り出されたと捉えることもできます。そういうわけで、今回は漫画を通して科学・技術と社会学について考えてみましょう。

社会変動を起こす資源としての科学者と専門知

著者
岩本 ナオ
出版日
2016-07-08
『町でうわさの天狗の子』『雨無村役場産業課兼観光係』など、地方ののどかで、少し息苦しい風景なのに、どこか軽いノリで楽しめる岩本ナオの作品。2016年に刊行された『金の国・水の国』は「このマンガがすごい! 」2017年版受賞作品だけあって、引き込まれるダイナミックなストーリー展開と二人の主人公のロマンティックな恋愛がなんとも言えず「王道」な作品です。

水は大量にあるが食べ物がないB国の青年・ナランバヤルは、A国の姫・サーラとの出会いと、A国への婿入り(のフリ)をきっかけに、B国とA国との国交を開き、A国に水路を引こうとします。A国に突然やってきたナヤンバラルだけでは国の上層部に働きかけられないため、イケメン左大臣・ムーンライトの影響力を行使しつつ建築家や科学者(知識階級)の動員を試みますが、保守的な国王側と右大臣からは命を狙われてしまいます。

国王と右大臣、左大臣とナランバヤルの対立構造とともに描かれているのが、「呪術」と「科学」です。祈祷師である右大臣が圧倒的な権力を持つA国の中で、知識階級の人々は、科学的知見に基づき祈祷師と異なる主張をしたために投獄されてしまいました。彼らを解放するために、ナランバヤルは壊れてしまったA国の産業技術を結集させた設備である「動く道」を修復させるための技術者として雇いたい、と提言します。

ナランバヤルは、姫の婿という立場を行使しながら無理矢理知識階級を解放しているように見えますが「設備の修復」(先端産業への従事)という名目のためには、希少な専門知と技能を持つ知識階級が必要だ、と主張しています。政治の重要な局面において、政府や市民、あるいは企業といったアクターが科学者の専門知を梃子として使っていく状況はよく見られることですが、そこには社会を構成する様々なセクターが関わっていることがわかります。

科学社会学者・松本三和夫は著書『科学社会学の理論』で、地球環境問題と原子力研究・開発を題材として取り上げながら、科学と技術が社会をとりまく軍、産、民、官といったアクターと相互に作用し合うさまを描いています。この漫画は、官(国王と右大臣)によって封じられた科学知をいかに民(ナランバヤル)が産業セクターを利用しながら解放していくかを描いた、科学と社会の漫画としても読むことができるでしょう。

「物神化」されるローラースルーゴーゴー

著者
さくら ももこ
出版日
小学3年生の「まるちゃん」が個性的過ぎるクラスメートや家族と過ごす日々の騒動を描いた本作は、言わずと知れた国民的少女マンガであるため、これ以上の説明は不要かと思います。

その中でも、まる子が友蔵と寿司を食べに行き、誕生日に「ローラースルーゴーゴー」を買ってもらうエピソードは知名度の高いお話の一つでしょう(「まる子 おすし屋さんに行く」)。起承転結のスムーズさ、オチの秀逸さ、「誕生日」というレア感、何よりローラースルーゴーゴーというアイテム名は、その実物は知らなくとも頭に残ってしまう名前ということもあり、「ローラースルーゴーゴーのエピソード」として抜群の知名度を誇ると勝手に想定しています。

まる子の誕生日にローラースルーゴーゴーを購入したものの、ある事情からすし屋でお金が足りなくなった友蔵は、おすしの代金を得るためにおもちゃ屋さんにローラースルーゴーゴーを返品しに行きます。「もはや 乗り物なのに乗れない乗り物 乗り物なのに運ばれる乗り物 乗り物なのに足手まといな乗り物」というナレーションの横に、未開封のローラースルーゴーゴーを持って激走する友蔵が描かれているのですが、このナレーションこそがまさにローラースルーゴーゴーの「財」としての性格の変容を強調しています。

ローラースルーゴーゴーは乗り物だけど、友蔵がそれに乗らないのはなぜなのか。友蔵の中では、ローラースルーゴーゴーは未開封であるがゆえに換金可能であり、結果として「すし」の代金になり得る財であるためです。これは、マルクスの提唱した「物象化」のもたらすひとつの過程です。さらに、友蔵がローラースルーゴーゴーの乗り物としての性格を認識することを放棄し、交換可能な財としての側面を強調して認識したとき(この場面では、未開封でなければ他の財と交換不可能になるので、乗り物としての性格と交換可能な財としての性格はトレードオフになります)、ローラースルーゴーゴーが「物神化」されたと解釈できるでしょう。

友蔵とローラースルーゴーゴーに限らず、我々にとっても労働(資本)を投下した結果としての物事だけを見てしまい、その本質を忘れてしまうことはしばしばありますが、それを如実にあらわすエピソードです。

よほど作者はローラースルーゴーゴーに「神」を見ていたのか、ローラースルーゴーゴーをめぐるエピソードはさらに続きます(「まる子 ローラースルーゴーゴーがどうしてもほしいっ!! 」の巻)。このエピソードの中で、ローラースルーゴーゴーはまた新たな財としての側面を見せます。これについても機会があればいつか書こうと思います。

人工知能との触れ合いと成長を描く

著者
赤松 健
出版日
とりたてて女性に好かれそうなタイプではなく、取り柄のない主人公のもとに、人間ではない女の子がやってきて好意を示す、いわゆる「落ちモノ」ジャンルはラブコメ漫画の王道です。その中でも『A・Iが止まらない』は、「落ち」てくる女の子がなんと人工知能という変わり種。

プログラミングだけは天才的な高校生・神戸ひとしの元にやってくる人工知能はバリエーション豊かで、「姉」タイプのトゥエニー、「妹」「弟」両方の側面を併せ持つフォーティ、そして正統派タイプのサーティと、「落ちモノ」の王道を外さないキャラクター設定はさすが。後の赤松作品に登場する鳴瀬川なる(『ラブひな』)や神楽坂明日菜(『魔法少年ネギま!』)に引き継がれるような「ツンデレ」キャラのシンディも印象深いキャラクターです。

「モテるやつがどんどんモテる」という設定が落ちモノ漫画には付き物ですが、実はこうした効果を「マタイ効果」といいます。なぜマタイ効果が「科学」と関係あるのかというと、はじめにマタイ効果を提唱した社会学者のロバート・マートンは、研究者コミュニティの分析からこのような知見を生み出したのです。彼が見出したのは、研究が活発な人々に対してはより研究費や素晴らしい環境が与えられ、さらに研究を促進させられる。しかし、そうでない人々は研究費に困り、いい環境に身をおくこともできず、さらに研究ができなくなっていく……という過程です。

例えば、最初は女子とろくに話すこともできないひとしは、サーティやトゥエニーとのコミュニケーションを通じて、いつの間にか新装版6巻ではパソコンを探している初対面の女子(シンディ)に声をかけ、さらに彼女のやりたいことをヒアリングし、用途に合ったパソコンをおすすめするという非常に高度な対話を繰り広げています。その後、シンディは同じクラスに通いながら、ひとしに自信を付けさせようとさまざまに画策しています。多くの人のサポートを得て、自信やコミュニケーション能力を得ることでさらに成長していくひとしの物語は、まさに「マタイ効果」を発揮した結果と考えられます。

もちろん、こうした特徴は他の落ちモノ漫画も兼ね備えていますが、『A・Iが止まらない!』のもう一つの特徴は、この漫画自体が活きた情報通信史となっている点です。シンディ登場前後は、情報通信の主役がパソコン通信からインターネットに移り変わる時期でもあり、エピソードにもその性格が如実に反映されています。そうした点でも、おすすめの科学技術「落ちモノ」ラブコメです。

「研究室」という場所を観察してみよう

著者
柳原 望
出版日
2010-01-23
中学校の非常勤講師として働きつつ、地理学のオーバードクターとして地道に研究を続ける高杉温巳のもとに従妹の中学生・久留里が訪れ、ともに共同生活を行う――という、こちらも広義の「落ちモノ」漫画と言えるかもしれません。もっとも、久留里は人並み外れた美少女とは言え、きちんと人間なのですが……。

基本的には、無口な久留里とコミュニケーション能力が決して高くない温巳の間における、お弁当を介したコミュニケーションを描く料理漫画なのですが、名古屋にある「N大学地理学教室」を舞台として、地理学の各分野に従事する研究者たちのライフスタイルやキャリアパスを描いたという点でも特徴的な作品です(実は「日本地理学会賞」を受賞しています)。

例えば、温巳に思いを寄せる養蜂研究者「小坂さん」は、有給で研究活動をするものの大学との雇用関係にはない日本学術振興会特別研究員(PD)という立場ですが、このように研究者以外からするとややこしい立場についてもかなり細かく説明が加えられており、地理学のみならず社会科学系の研究生活がイメージしやすいのではと感じます。

知がどのように生産されるのか、という過程を見ることを問題意識とした研究分野として、「科学人類学」や「ラボラトリ・スタディーズ」があります。これは読んで字のごとく、研究室や実験室で行われる科学者集団の相互行為を観察するものですが、「高杉さん家のお弁当」でも、お弁当のみならず知の生産過程を描いている部分は数多く見られます。

二巻では、小坂さんの出身校である北海道の大学で彼女の博士論文公開審査会が行われます。小坂さんはこの中で、温巳とのディスカッションの末、自身の研究の新たな意義に自覚的になっていきます。ただ、こうした議論は、そもそも彼女の出身大学が「公開審査会」という形式を取っていたため、また彼女の受入教官である風谷先生が、温巳を北海道まで行かせたために可能になったものでもあります。

温巳はおそらく研究費を持っていないこともあり、風谷先生から「ヤツメウナギ漁の追加調査」という出張名目が与えられていますが、このように遠方での調査を可能にする研究室であることも、巡り巡って小坂さんが新しい知識を生み出す糧になっているのです。研究室の中のやりとりが緻密に描かれた本作品は、いかなる条件が揃えばどのような知見が生み出されるのか、を検討する好例であるでしょう。

科学的なことを分かりやすく伝えるということ

著者
鈴木 みそ
出版日
2001-06-20
「◯◯のしくみ」や「××のしかけ」といった身近な主題から化学や物理の知識を伝えるような本はよくありますが、こうした漫画もよく見られます。多くの人は古典的名作『まんがサイエンス』(あさりよしとお)を思い浮かべるかと思いますが、実は自然科学系の入門用新書を扱っている「講談社ブルーバックス」にもいくつか漫画があるのです。

このような漫画の試み自体が、専門性の高い科学的な専門知をわかりやすく伝えるという意味で、科学技術コミュニケーションの役割を果たしているといえますが、一方でキャラクターの属性によって役割が固定されがちになってしまうのが気になるところでもあります。

例えばジェンダーなどは特に顕著なところで、「教える」人は男性であるのに対し、「教えられる」側の人々は女性、ということがよくあります。例えば『決して真似しないで下さい』(講談社)などは比較的最近の作品ですが、「教える側」は男性の教員や学生であり、「教えられる側」は大学食堂で働く女性調理師という設定です。こうした科学技術における属性の表象やステレオタイプ化自体もまた、科学・技術と社会を語る上で問題視されており、問い直す試みは数多くあります。

話を戻して、鈴木みそ『マンガ 化学式に強くなる』も、小悪魔系策士(でもドジっ子)女子高生の幸ちゃんが、奥手で理系な「つくばの人」と呼ばれる、友達・由子ちゃんのお兄ちゃんに化学を教わる、という、どちらかといえば受験勉強や高等教育のための漫画という性格が強いものの、広義の「科学技術コミュニケーション」ストーリーと言えるでしょう。

理系大学生と化学アレルギーの女子高生、という字面だけ見ると典型的で固定的なジェンダー関係に見えますが、そうは見えないのは、ひとえに鈴木みその人間観察眼の鋭さが光るキャラクター造形あってこそ。主人公の幸ちゃんは、この手のストーリーにありがちな、物分りがよく、見た目が良くて素直ないい子というわけでもなければ、男性の賢さを引き立てるようなおバカキャラというわけでもない、絶妙な立ち位置でお話を引っ張っていきます。

この漫画は終始幸ちゃんの目線で描かれており、彼女は基本的に(だいたい勉強には関係ないことですが)お兄さんを籠絡しようと自発的に策略を巡らせ、目的を持って行動しています。そのため、幸ちゃんが単に物語や教える側にとって都合のいい存在にならずに済み、かつ、漫画で提示される情報も、過度に豊富なわけでもなければ不要なウンチクに走ることもなく、読み手(=幸ちゃん)の目線で必要最低限に絞られたものになっています。

あとがき

今回は、科学・技術と社会の関係ということで5冊紹介してみましたが、いかがでしたでしょうか? 戦隊モノや軍事モノに限らず、実は「科学」はストーリーのいたるところに潜んでいます。漫画にあふれる「知」を求めて、今一度本棚にある漫画を読み返してみましょう。

そして本日、拙著『社会運動と若者――日常と出来事を往還する政治』(ナカニシヤ出版)がリリースされます! この本でもまた、社会を変えようとする中で「科学」や「知識」と付き合っていく人々の姿が見られます。ぜひ、色々な人々に手にとっていただければ、とても嬉しいです!

https://goo.gl/dU0xmj

この記事が含まれる特集

  • マンガ社会学

    立命館大学産業社会学部准教授富永京子先生による連載。社会学のさまざまなテーマからマンガを見てみると、どのような読み方ができるのか。知っているマンガも、新しいもののように見えてきます。インタビューも。