障害者差別解消法が施行されて3か月後の2016年7月、相模原にある知的障害者福祉施設で殺傷事件が起きました。同事件から障害者に向けられた差別について、改めて考えた人も多かったことでしょう。今回は同法と障害者差別について理解を深めてみます。
そもそも障害者差別解消法とはどのような法律で、なぜ定められたのでしょうか。
2016年4月に施行された障害者差別解消法の正式名称は、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」。「差別の解消の推進」のための法律だということがわかります。
その目的は、すべての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重しあいながら共生する社会の実現に繋げることです。障害によって理不尽な対応をされた、普通なら得られたはずのチャンスが損なわれたなど、様々な差別を経験してきた障害を持つ方にとって、この法律は待ち望んだものなのです(もちろん「差別をなくす実質的な取り組みをいかに進めていけるかが課題」といった課題[※1]も指摘されています)。
主な内容としては、①「不当な差別的取扱い」を禁止し、②「合理的配慮の提供」を求める、という2点。また①役所(国、都道府県、市町村など)、②事業者(会社、お店など)に対して禁止や合理的配慮を求めています。
具体例で考えるとわかりやすいでしょう。たとえば不当な差別的取扱いの例としては、(障害を理由に)「窓口での対応を拒否する」、「対応の順序を後回しにする」、「保護者や介助者が一緒にいないとお店に入れない」といった事例が挙げられています。
また合理的配慮の代表例としては、「困っていると思われるときは、まずは声をかけ、手伝いの必要性を確かめてから対応する」や「面接時に、筆談などにより行う/体調に配慮する」などがあります(合理的配慮の事例については、「合理的配慮」を検索することで調べられます)。
ー ー ー ー ー ー
[※1]日本障害フォーラム「障害者差別解消法の施行にあたっての声明」より引用
その他参考HP:内閣府 各種資料/データ
2016年4月に「障害者差別解消法」が施行されました。
しかし施行から3ヶ月後の2016年7月、神奈川県にある知的障害者福祉施設で、大量殺戮事件が起きました(相模原障害者施設殺傷事件)。障害者の肉体的な生命と人間の尊厳とを殺したため、全盲で全ろうの東京大学教授・福島智は、同事件を「二重の殺人」であるといいます。
今回の事件では、容疑者による「重複障害者は安楽死すればいい」という発言や、障害者への殺戮行為を踏まえ、「優生思想」や「ヘイトクライム」が指摘されています。
補足として前者の優生思想とは、劣った遺伝を持つ子孫を淘汰し、優良な遺伝の子孫を残していこうとする思想を指します。後者のヘイトクライム(憎悪犯罪)とは、偏見や差別に基づいて、人種、民族、宗教、性的指向、障害といった属性を持つ者に対して行われる暴力などの犯罪行為のことです。
ヘイトクライムや障害者差別をなくし、人間の尊厳が守られる社会を目指していくためにも、障害者差別の現状や障害者差別解消法について考える必要があるように思われます。ここでは障害者差別解消法の内容や成立経緯に始まり、障害者差別を考える際におさえておきたい知識、無関心でいられなくなる本をご紹介します。
ー ー ー ー ー ー
参考HP:コトバンク
上述した合理的配慮不当な差別的取扱いの例について、インターネット上で一つひとつチェックするのではなく、よりまとまった情報として理解したい方におすすめ1冊が『Q&A障害者差別解消法――わたしたちが活かす解消法 みんなでつくる平等社会』です。
- 著者
- ["野村茂樹", "池原毅和"]
- 出版日
- 2016-04-02
2016年4月から施行された障害者差別解消法についての基本的な知識はもちろんのこと、実際の場面に即したQ&Aコーナーも本書には設けられており、現実的でわかりやすい内容です。
今回は、Q&Aコーナーの中から1例をご紹介。目が見えないことを理由にアパートを貸してもらえないという状況は法律にあてはまるのかという質問に対して、「法により禁止される障害に基づく不当な差別的扱いであり、許されません」(本書より引用)と回答されています。
実際に手に取れば一目瞭然ですが、本書は瞬時に「答え」がわかる構成です。その答えの後に、法などの観点から詳細な説明がなされているため、分かりやすい。まさに障害者差別解消法の活用に役立つマニュアルといえるでしょう。
相模原障害者殺傷事件後に、SNSやニュースなどで話題になった1編の詩がありました。詩は反響を呼び、英語、中国語にも翻訳され、ネット上を巡りました。作者はRKB毎日放送の東京報道部長であり、自閉症の息子・かねやんを持つ神戸金史。彼は息子に向けて綴った詩と、その背景にあった神戸一家の姿を『障害を持つ息子へ ~ 息子よ。そのままで、いい。~』でまとめています。
SNSでも話題になり、本書でも紹介されている詩のごく一部をご紹介しましょう。
「息子よ。
そのままで、いい。
それで、うちの子。
それが、うちの子。」
(本書より引用)
- 著者
- 神戸 金史
- 出版日
- 2016-10-27
本書ではこの詩の後、息子と家族の成長の過程が写真なども交えて綴られていきます。また著者の記者時代の活動などについても触れられていくため、読者は、時として追い詰められていく自閉症児がいる家族への理解が深まることでしょう。
さらに著者だけではなく、かねやんの弟や母親からの思いまで読める点が魅力的です。相模原殺傷事件後に発信された障害児を持つ父親、そしてその家族の言葉から、障害者差別について考えるときが来ているように思われます。
相模原事件で指摘されていたヘイトクライムと優生思想。この切り口から本が『相模原事件とヘイトクライム』です。作者は、ジャーナリストでもあり、世田谷区長(2017年3月現在)でもある保坂展人。本書は4章構成で、巻末には障害者差別解消法についての資料が付けられています。
- 著者
- 保坂 展人
- 出版日
- 2016-11-03
第1章では事件の概要と、ヘイトクライム(=偏見や差別に基づいて、人種、民族、宗教、性的指向、障害といった属性を持つ者に対して行われる暴力などの犯罪行為)の特徴を持つ容疑者の手紙などに触れていきます。
続く第2章では著者と障害当事者が対談し、障害当事者がどのように事件を受け止めたかということが明らかにされます。さらに優生思想が貫かれたナチスによる障害者殺戮と相模原事件の共通点、障害者差別の根絶にまで話が及んでいくのです。
また日本障害フォーラム幹事会議長である藤井克徳さんが述べていた言葉は、読者に強い印象を残すことでしょう。
「実は、いまの社会にあっては、差別の反対は無関心なのです。この無関心が一番曲者で、怪物のようなものです。これこそ、教育がもっとも力を入れるべきところです。そのためには、障害のある人に直に接してもらうことが大事だと考えています」(本書より引用)
差別と無関心について、今一度考えさせられる言葉です。
障害者差別から無関心でいては、現在の社会はいい方向に向かっていきません。一人ひとりが障害者やその家族の姿を知り、障害者差別解消法といった法律などについての理解を深めていく必要があるでしょう。