「世の中は常に変化するもの」という教えは、古くからあります。しかし、人間はそもそも変化を嫌う生き物なので、頭ではわかっていても、それにうまく対応できないものではないでしょうか。これをわかりやすく説明し、そして変化にどう対処すればよいのかを、いわば本能的に示唆しているのが、『チーズはどこへ消えた』です。 今回は、「1時間で読めて10年間役に立つ永遠のロングセラー」と評されている本作の名言をご紹介。あなたの心に響く名言も、きっと見つかるはずです。
本作は全91ページで、読み切るのに1時間もかかりません。登場人物にネズミや小人が出るため、ジャンルは童話に入るのでしょうが、その内容は実に哲学的で示唆に富んでいます。
そのシンプルさと強いメッセージ性で、1998年の初版から全世界で愛読され、累計2,400万部を越える超ベストセラーとなりました。
日本ではあの大谷翔平選手が「愛読している本」とインタビューで答えたのをきっかけに、2016年に再ブームが起こり、扶桑社が発刊する日本語訳本も400万部以上のベストセラーとなっています。
ここでは、本の名前や評判は聞いたことがあるけれど、まだストーリーをご存知でない方のために、簡単にあらすじをご紹介しましょう。
- 著者
- スペンサー ジョンソン
- 出版日
- 2000-11-27
2匹のネズミと2人の小人は、毎日迷路の中を走り回り、その日の食料を探し求める日々でした。そんななか幸運にもステーションCという場所で、大量のチーズを発見します。
それから、ネズミと小人との間に変化が表われるのです。
ネズミはあまり知恵が回らないので、毎日朝早くに家から走って、チーズに辿り着きます。しかし知恵が回る小人は、チーズの近くに引っ越して、朝はゆっくり過ごし、昼過ぎにチーズの場所に向かうようになりました。チーズがある場所もすでにわかっているので、あくせく動き回ることは、もう必要ないと思ったのです。
そんな日々が続いたある日、ステーションCからチーズが消えてしまいました。実はチーズは消えてしまったのではなくて、彼らが食べ続けた結果なくなってしまっただけなのですが……。
物語はここから更なる変化を迎えます。このなくなったチーズに対して、ネズミと小人の行動がまったく違ったのです。
ネズミはチーズを見つける前の生活にすぐさま戻り、新しいチーズを探すために別の場所へ走り出していきました。しかし小人は、「自分たちはネズミじゃない。賢くて特別な小人なのだ」と思っていたので、チーズがなくなったことに納得がいきません。
「これは何かの間違いだ」「明日になればチーズは戻ってくる」「チーズを誰かが持っていったのだ」「チーズが消えた原因を調べなければならない」と叫び、明日はチーズが戻ってくると思って、ステーションCから離れようとしませんでした。
それでも、チーズが戻ってくる日はきません。ある日、小人の1人は「新しいチーズ」を探しにここから離れる決意をするのです。
はたして4人(2匹と2人)は、新しいチーズを手に入れることが出来たのでしょうか。
さて、この物語のチーズが指す意味とは何でしょうか。幸せ?成功?豊かさ?人それぞれの解釈があるでしょう。ビジネスでいえば、製品の売上や顧客との関係、そして自身の出世や昇進というものかもしれません。
もしチーズを人間関係に置き換えるとしたら、友人との信頼関係や、家族や夫婦間の会話、親子のつながりなどに当てはめることもできるでしょう。恋愛ともなれば、チーズはまさに、消えてほしくない恋人の愛情といえるかもしれません。
本作は、その内容ゆえに子どもむけのアニメにもなっています。本は文庫本もあるので、いつでも手元に置いて、何度でも読み直すのにピッタリなものとなっています。
本作の登場人物は、それぞれに性格やタイプが違っています。一人ひとり「チーズ」との向き合い方が異なるのが印象的です。
■ネズミのスニッフ
変化を敏感に察知するタイプ。物語のなかで彼は、実はチーズが徐々に減っていることに気付いていて、「いつかチーズはなくなってしまう」と予測していたために、次の行動にすぐ移ることができたというタネ明かしがありました。ちなみに「スニッフ」とは、匂いをかぐ、なにかを嗅ぎつけるという意味です。
■ネズミのスカリー
変化に対して素早く動くタイプ。スニッフのような察知力を武器にするよりも、その迅速な行動力で次のチーズを見つけようとします。誰よりも早く行動に移せば、誰よりも早く新しいチーズを見つけることができると信じているのです。「スカリー」とは急いで行く、素早く動くという意味を指します。
■小人のヘム
変化に対して、1番臆病なのが彼。何かと理由をつけて「チーズが消えた」ことを認めず、分析をしたり、根拠のない希望で慰めたり、そして時には人に責任を転嫁して(チーズは誰かが持って行って、その犯人を見つけなければならないと叫ぶ)、現状からなかなか脱却できないタイプです。
「ヘム」とは閉じ込める、取り囲むという意味を持ちます。
■小人のホー
慎重に考えて現実を受け止め、勇気を出して次の一歩を踏み出すのが彼。そのなかでは多くの葛藤があり、自問自答をくり返しながらも、一歩一歩先へ進んで、自分を変えていく行動を取ります。
最後はチーズの有無よりも、それを探索する行為そのものを楽しめるように。この物語では、もっとも人間らしいキャラクターとして描かれています。「ホー」とは口ごもる、笑うという意味です。
本作の作者は、アメリカ合衆国の医学博士であり、心理学者である、スペンサー・ジョンソン氏。
南カルフォルニア大学で心理学を学び、病院勤務を経て作者に転身した、異色のキャリアの持ち主です。残念ながら、2017年7月に、すい臓がんにともなう合併症でこの世を去りました。享年78歳でした。
- 著者
- ["K.ブランチャード", "S.ジョンソン"]
- 出版日
彼は本作以外にも「1分間マネージャー」など寓話のビジネス書を数多く書きました。読者からは、「単純な真実に気付かせてくれる」「豊かでストレスの少ない健全な生活を取り戻すことが出来た」といった声が多く挙がっています。
実は『チーズはどこへ消えた?』は、友人であるケネス・ブランチャード博士から「このストーリーは素晴らしい。ぜひ本にするべきだ」という熱心なすすめがあって、実現したものでした。私たちが素晴らしい物語に触れることができたのは、このブランチャード博士のおかげでもあるのですね。
本作が有名になったのには、もう1つ別の理由があります。それは、「ネットワークビジネスの勧誘によく使われている」という噂があるから。そのイメージだけが先行して、なにか悪い本のように扱われているということです。
この本には何の罪もありませんが、なぜそうなったのでしょうか。その理由を考察してみましょう。
人間は、誰しも変化に対して臆病でありながら、どこかで「自分も変わらなきゃいけない」「変化に対応する自分にならなければ」と思っているもの。真面目な人であるほど、その傾向は強いでしょう。ちょうど、小人のホーのようなタイプですね。
たとえば、スニッフやスカリーのような人は、ネットワークビジネスの勧誘を受ける前に、自分で何かを見つけて行動しているはずです。
しかし、ホーのような人にネットワークビジネスへの参加という決断を促し、一歩を踏み出す勇気を持ってもらうために、この本は効果的なのだったのかもしれません。本作では、ホーが主人公のように描かれているので、勧誘される人は自分を重ね合わせてしまうのでしょう。
本作は、IBMやアップル、ベンツなど世界のトップ企業が社員教育に採用したことでも話題になりました。このことからもわかるとおり、まさにビジネス書として良書といえる一冊なのです。
さらに日本では、出版プロデューサーの平田静子氏が「この本はきっと会社トップの訓話や、スピーチのネタ元になるに違いない」と読んで、日本のトップ企業100社に献本したところから火がついたともいわれています。
そんな本作では、小人のホーが新しいチーズを探しに行く途中で、後から追ってくるかもしれないヘムの目印となるように、そして何より自分自身のために、今感じていることを迷路の壁にメッセージとして書き綴っています。
実際にこの言葉がビジネスでどのように有効なのか、どういった意味を持っているのか、どう考えればいいのかを一緒に考えてみましょう。
自分のチーズが大事であればあるほどそれにしがみつきたがる
(『チーズはどこへ消えた』より引用)
ビジネスの世界では、別の言葉で「成功者(イノベーション)のジレンマ」としても有名です。
そのビジネスが成功していればいるほど、その成功体験から人は(企業は)抜け切ることが出来ません。
実は、もうその成功要素が世の中からあまり支持されなくなっていても、そのやり方を否定して次の事業に進むことは、思っているよりもずっと難しいものなのです。
たとえば、独占禁止法などでかなり窮地に追い込まれたマイクロソフト社は、彼らの成功の源であるソフトウェアのライセンスを死守しようとして、世の中のトレンドから置き去りにされそうになりました。
そこからライセンスフィーをフリーにして、クラウドサービスの課金システムに移行するには、経営者の交代を必要としたのです。
ビジネスにおいては、自分達の成功した要素(例の場合ならライセンスフィーの売上)を一度ゼロベースにして、「今自分達の周りでは何が求められているのか?」という社会的ニーズやトレンド(例の場合のクラウドサービスへのニーズ)とどのように向き合っていくかが重要になります。
変わらなければ破滅することになる
(『チーズはどこへ消えた』より引用)
非常に強いメッセージですね。破滅という言葉が強いゆえに、そう思いたくないという反発心も芽生えてしまいそうですが、学ぶところの多い名言です。
このメッセージは、ホーが「このままずっとチーズのない場所で考えていても何も始まらない。餓死するだけだ」という強い危機感を持ったときに出てきた言葉。人は恐怖心から次の行動に移ることも少なくありません。ビジネスにおいても危機感(恐怖心)が行動の原動力になるのですね。
例として2000年代の前半に、FUJIフィルムが会社存続の危機を迎えていた時のことをお話しましょう。売上の60%を占めていたフィルム事業の業績が急激に悪化した同社。
そこで彼らは自らのコアビジネスを、フィルム事業ではなく、そこで得られた「化学技術」だと再定義。化粧品や健康食品、飲料などの分野に進出し、自らの姿を大きく変容させました。それ以来、従来よりも大きな利益を得ています。
彼らが徐々に売上を落としていたのなら、ここまで大きく変わろうという意識は生まれなかったのではないでしょうか?社の存続が懸かる業績の悪化が、彼らを変える原動力になったことは間違いないでしょう。まさに、新しいチーズステーションを発見した事例といえます。
つねにチーズの匂いをかいでみること、そうすれば古くなったことに気がつく
(『チーズはどこへ消えた』より引用)
ホーが自分の考えを整理し、「なぜチーズが消えてしまったのか?」を思い返すと、実はチーズは徐々に減っていたのだということに、ようやく気がつきました。
そして、思うのです。「ネズミのスニッフは、すでにそのことに気がついていたのかもしれない。それだから事態に驚いたり慌てたりせずに、次の行動に移れたのだ」と。
おそらく、ビジネスでも同じでしょう。売上が落ちてきたことも、顧客が離れてきたことも、今までのやり方が通用しなくなったことも、その片鱗は徐々に姿を現していたはずで、そのことに気づいていなかっただけなのです。
このことから、チーズの匂いを常にかいでいれば(小さな変化を常にチェックしていれば)、事態の変化に慌てなくて済むということがわかるでしょう。
新しい方向に進めば新しいチーズがみつかる
(『チーズはどこへ消えた』より引用)
企業はややもすると、今の変化を解決する方法を、従来のやり方のマイナーチェンジの中に見つけようとしがちです。いままでの方向と場所が正しいと思い込んでいるので、そこから脱却できないのですね。
従来の顧客に売る、従来の市場で売る、従来のチャネルで、従来の製品で……ほとんどを従来のままにして、一部で別の何かを変えれば事態はうまくいくと錯覚しがちです。しかし新規市場、新規顧客、新規商品など本当の新しいチーズは、まったく新しい方向に進まないと手に入りません。
先述のFUJIフィルムが、もしフィルムという市場にこだわっていたらどうだったでしょうか?その場合は、化粧品や健康飲料といった新たなビジネスモデルや、その商品を買い求める顧客を見つけることはできなかったでしょう。
新しい方向に進まなければ、新しい顧客や市場には出会えないという典型例を、ここに見る事ができるのです。
恐怖を乗り越えれば楽な気持ちになる
(『チーズはどこへ消えた』より引用)
ホーがステーションCを出る決意をしたとき、彼の中は恐怖でいっぱいでした。先の迷路は暗闇で、何かいるかもしれないし、新しいチーズがあるかどうかもわらなかったからです。ですが勇気を出して一歩踏み出したとき、彼は笑みを浮かべていました。
自分でも気付いていませんでしたが、彼は心を満たすものを見出したのです。
私たちが恐怖に感じているものは、実は見えないものがほとんどで、それは自分自身の気持ちが作っているのです。たとえば、転職における不安や新しい仕事に対する恐怖などもそれにあたります。
ビジネスの世界では、誰でもクレームを受けた失敗を経験しているはずです。その時の相手の怒りや、今後の取引の行方を想像するだけで、足が竦むような思いがするでしょう。
しかし、一つひとつ、そのクレームに対応する作業を全力でおこなううちに、その作業目標の達成だけに意識が集中して、クレーム相手の顔や、明日の修羅場の場面が頭に過ぎることもなくなるのではないでしょうか。目の前の仕事に全力で取り組むことで、先の恐怖が薄らぐときがあるのです。
まずは最初の一歩を踏み出して、恐怖と対峙する。ホーの行動は、まさにそんな私たちへの教訓となっています。
古いチーズに早く見切りをつければ、それだけ新しいチーズがみつかる
(『チーズはどこへ消えた』より引用)
ホーが新しいチーズを探して迷路を彷徨っていたとき、新しいステーションの入り口で、遂にチーズの欠片を見つけました!しかし、胸を躍らせて部屋に入ってみると、そこはすでに誰かがチーズを食べ切った後だったのでした。
彼は後悔しました。「なぜもっと早くこうしなかったんだろう?」と。彼は、変化は悪いものをもたらすと決めつけていたのです。本当は、変化はもっとよいものをもたらすかもしれないのに。
どの組織も、変化は悪いものと捉えがちです。私たちは、何かを変えることは、何かを壊すことに繋がると思ってしまっています。しかし、変化こそ新しい何かを発見できるチャンスであるということに、もっと意識を向けるべきなのです。
新しいチーズをみつけることができ、
それを楽しむことができるとわかれば人は進路を変える
(『チーズはどこへ消えた』より引用)
この名言を体現した実話が存在します。それはNBCテレビの人気ニュースキャスター、チャーリー・ジョーンズの話です。彼自身、この「チーズはどこへ消えた?」の物語を耳にしたお陰で、職を失わずにすんだと告白しています。
彼は仕事熱心で、オリンピックで陸上競技の放送をするという重要な仕事もこなしたことがある実力者。しかし上司から、次のオリンピックでは陸上競技から、水泳と飛び込み競技の担当に替えると告げられたのです。彼はひどく驚き、そして動揺してしまいます。
自分が評価されていないと感じて苛立ち、その怒りをやることなすことすべてに当たり散らしたそうです。『チーズはどこへ消えた』の物語を彼が聞いたのは、まさにそんな時でした。
本作のストーリーを知ってからの彼は、怒り悩んでいたことがばかばかしくなったそうです。まさに自分は、「上司にチーズをもっていかれた」と悟ったのでした。
それからは未知の水泳や飛び込みについて勉強し、そのうちに、新しいことに打ち込むこと自体が好きになった彼。自分が、前よりも若々しい気分になっていることに気付いたと言います。
その変身ぶりと精力的な仕事ぶりが評価されて、陸上競技よりももっといい仕事を次々と任され、花形であるプロフットボール界の栄誉殿堂入りを果たしたのでした。
ホーは新しい考えになり、それが新しい行動へと自分を駆り立てていることに気づきます。このことについて作者は、次のように語っています。
人は考えが変わると、行動が変わるのだ。
変化は害を与えるものだと考え、それに抗う人もいる。
だが、新しいチーズをみつけられれば
変化を受け入れられるようになる、と考えることもできる。
すべて、どう考えるかにかかっているのだ。
(『チーズはどこへ消えた』より引用)
この心の変化が、物事を新しい方向に向ける原動力となることを伝えたかったようです。
この本を読む人は、それぞれ違う人生を生きていますし、置かれている立場や状況も違うはずです。それでも本作は、すべての人にとって大事なことを伝えているように感じます。そのポイントを、ここで解説としてまとめてみました!
私たちは明日からも、またチーズを探す生活を送り続けます。このストーリーが頭の片隅にあるのとないのとでは、これからの行動や決断に、きっと大きな違いがあることでしょう。そして何より、その行動の基本となる「心の持ちよう」が、まったく変わってくるはずです。
- 著者
- スペンサー ジョンソン
- 出版日
- 2000-11-27
頭では解っていても、人間はそれほど強い存在ではありません。いざ変化しなければならない状況に陥れば、恐れ、おののき、不安になり、臆病に身をすくめます。誰でもそんな経験があるはずです。
やりたいことがあるけど、一歩を踏み出せない。頭ではわかっているけれど、いざとなったら行動に移せない。それが人間の弱さであり、逆に人間の強さの源でもあるのでしょう。
あなたにとっての、チーズとは何ですか?今、あなたのチーズはどうなっていますか?どんな変化が目の前に現れても、新しいチーズを探す勇気を持っていたいですね。
その勇気がちょっと足りないと感じたら、もう一度この『チーズはどこへ消えた』を読んでみてください。また、2019年には続編である『迷路の外には何がある? ――『チーズはどこへ消えた?』その後の物語』も発売されているので、こちらもあわせて読んでみるのがおすすめです。
上記でまとめたこと以外にも何か新しい発見があるかもしれません。
ひらめきを生む本
書店員をはじめ、さまざまな本好きのコンシェルジュに、「ひらめき」というお題で本を紹介していただきます。