『名探偵コナン』で一躍人気となり、推理漫画界になくてならない存在となった青山剛昌。実は推理ものを描くのが当初乗り気でなかったと言います。『コナン』以前はどんな作品を描いていたのでしょうか。『コナン』は勿論、ほかの青山作品も一気に大紹介です!
青山剛昌(あおやまごうしょう)は1963年6月21日、鳥取県東伯郡大栄町(現在は北条町と合併して鳥取県東伯郡北栄町)に4人兄弟の次男として生まれました。本名はペンネームと同じ「青山剛昌」と書いて「あおやまよしまさ」です。小学校の卒業文集に既に「私立探偵専門の漫画家になりたい」と書いていて、「私立探偵専門」ではないにせよ、その希望をほぼ叶えています。
日本大学芸術学部在学中は漫画研究部に所属しながらアニメーターを目指していました。この頃に身につけた智識や技術が『名探偵コナン』劇場版で例年発揮されています。原画や絵コンテ、ゲストキャラクターのデザインなど、制作に青山は積極的に参加しており、劇中に数カット入る青山が描く原画は「青山原画」と呼ばれて原作ファンの毎年の楽しみになっています。
1986年『ちょっとまってて』が小学館新人コミック大賞に入選したことでデビュー。『週刊少年サンデー増刊号』で数作の読切を描いたのちに、1988年に『まじっく快斗』で初の連載を手掛けます。その後『YAIBA』、『4番サード』、『名探偵コナン』と作品が続いていきます。
デビューからずっと『週刊少年サンデー増刊号』、『週刊少年サンデー』本誌に作品を発表し続けている青山剛昌ですが、描く作品の基本はちょっと少女漫画タッチの「ラブコメ」。少年と少女の淡い恋がコメディタッチでさわやかに、そしてやさしく描かれます。一般的には推理・探偵漫画の印象が強い『名探偵コナン』にしても、ファンの中には「推理ものの姿をしたラブコメディである」と評する者もあるほどです。
1992年に『YAIBA』で小学館漫画賞児童部門を、2000年に『名探偵コナン』で小学館漫画賞少年部門を受賞。2007年には故郷北栄町に「青山剛昌ふるさと館」がオープン、作品資料や原画などの展示が常時行われています。北栄町には以前から『名探偵コナン』のキャラクタたちのブロンズ像が並ぶ道路「コナン通り」があり、「青山剛昌ふるさと館」とともに故郷を「コナンの町」として盛り上げています。
2014年に『名探偵コナン』連載20周年を迎え、2015年には同作の総発行部数が1億4800万冊を突破した青山剛昌。まだまだ活躍は続きそうです。
ジャングルで育った型破りな少年剣士、鉄刃(くろがねやいば)は天下一のサムライを目指して、父である鉄剣十郎とともにジャングルの中で剣術の修業をしていました。しかし、偶然に偶然が重なって日本に辿り着き、剣十郎の親友である峰雷蔵の家に転がり込み、そこから居候生活がはじまります。峰家の娘さやかやその同級生の鬼丸と出会い、鬼丸が風神剣、刃は雷神剣を手にしたことから刃の死闘の日々がはじまったのでした。
- 著者
- 青山 剛昌
- 出版日
『YAIBA』は1988年から1993年まで『週刊少年サンデー』で連載されていた作品です。単行本は全24巻が刊行されていますが、そのほかにワイド版全12巻、文庫版全10巻も刊行されています。単行本には旧版と新装版があり、ワイド版は表紙画が描き下ろしのイラストとなっています。1993年には小学館漫画賞児童部門を受賞しており、同年『剣勇伝説YAIBA』というタイトルでTVアニメーション化もされています。
『YAIBA』の連載は約5年間で単行本が24冊出るという長いものだったのですが、物語は一本道ではなく、大まかに分けて7篇に分かれています。
連載開始から主人公である刃が鬼丸の手下「八鬼」と戦うまでが描かれた「八鬼編」
刃一行が鬼丸城に攻め込んで鬼丸四天王と戦う「鬼丸城編」
7つの玉を探しはじめて龍神の玉を発見するまでを描く「龍の玉編」
刃が龍神の玉を手に入れたことにより月の女王かぐやが蘇り、月の住人たちとともに地球を支配しようとする「かぐや編」
地の民のソルジャーたちとピラミッドで戦う「ピラミッド編」
鬼となった鬼丸と、更には鬼丸が復活させたヤマタノオロチと戦う「ヤマタノオロチ編」
剣十郎の謎を解くべく、天下一のサムライを決定する「織田信長御前試合」に参加して戦い抜く「御前試合編」
このように分かれていて、それぞれの物語が簡潔明瞭です。読みやすい組み立ての物語とシンプルな設定と味のあるキャラクターたち。難しい言葉も使わず、王道的バトルを中心に展開する剣と勇気の戦うファンタジー漫画であり、少年の心をガッチリ掴む、古きよきスタイルの「少年漫画」です。日本の少年漫画が持つ特徴がよく顕れた作品でもあります。
「成長」と「和解」。日本の「名作」と呼ばれる少年漫画には古くからそれらがあります。
主人公が巡り合う数々の事件――『YAIBA』では剣での戦いですが、これを乗り越えるたびに主人公・刃は強くなっていきます。剣の腕だけではありません。武道の重要な要素「心」「技」「体」のそれぞれが刃という少年を構成し、それぞれが進歩を遂げていきます。それが読み進めるうちに読者にもよく判ってきます。おそらくはそれが『YAIBA』という漫画を読むときの「わくわくする気持ち」を生み出す要素のひとつなのでしょう。
そして、かつて敵だった者たちと協力して戦うこともあります。連載初期に敵である鬼丸の一味として登場するナマコ男やカエル男、そして最後に戦う強敵でありながら物語半ばには共通の敵と戦うことがある鬼丸などがそうです。戦いが終われば憎しみはそれまで。行いは憎んでも人そのものは憎まないというのも日本的です。
「努力」とそれによる「成長」、「正義」のための「勇気」、かつて敵だった者を許す「和」の精神。それ等が詰まった『YAIBA』は、まさに「日本の少年漫画」です。
バトル漫画は殺伐としがちですが、クモ男やヒトデ男といったユニークなキャラクターが敵役として登場しコメディタッチで描かれることで、そういった雰囲気もありません。「次はどんな敵キャラクターが登場するのだろう」というわくわくにも繋がり、ページをめくる手も速くなろうというものです。
このようにコミカルでありながら、刃が戦う姿はシリアスに描かれます。真っ直ぐな少年が己の技倆を恃みに力の限り戦う姿は、それだけで心躍るものです。刃は傷つくことも敗れることも怖れることなく、戦います。
ヒロインさやかや宮本武蔵、ナマコ男という刃とともに冒険する一行や、鬼丸やかぐや、ルビーやダイヤモンドなどの敵たち、蘇る三好清海入道や風魔小太郎、天草四郎などの歴史上の人物たちなどなど、個性と魅力にあふれるキャラクターたちが次々に登場するのも『YAIBA』の愉しいところです。
これ等の要素は、読者を決して飽きさせません。青山剛昌が『名探偵コナン』以前に描いた「これぞ日本の少年漫画」とも言うべき『YAIBA』。未読の方にはぜひ読んで頂きたい作品です。
手品好きの高校生、黒羽快斗の父は世界的な手品師でしたが、8年前に事故で亡くなりました。偶然、父の隠し部屋を見つけた快斗はそこで8年振りに現れた怪盗キッドの衣装を発見し……。
- 著者
- 青山 剛昌
- 出版日
『まじっく快斗』は1987年から『週刊少年サンデー』で連載がはじまった作品です。連載中に『YAIBA』の連載がはじまったために中断したり、『名探偵コナン』連載のために新作が滞ったりしていますが、連載が終了した訳ではなく、その後もずっと続いていきます。『名探偵コナン』との作品世界の繋がりもあり、不定期ではありますが時折、新作が描かれて物語は進展していきます。
世界的な手品師だった父、黒羽盗一をステージ中の爆発事故で8年前に亡くした黒羽快斗は、父譲りの卓抜した手品技術をもつ高校生です。いたずら好きな性格と手品の技術で幼馴染みの中森青子を時折困らせたりしています。青子の父、中森銀三警部は長年、怪盗キッドを追ってきた刑事ですが、8年前にぷっつり現れなくなったキッドが再び出現したことで張り切っています。
或る日、快斗はふとしたきっかけで父がつくった隠し部屋を見つけます。そこにはさまざまな道具に混じって怪盗キッドの衣装がありました。8年振りに現れた怪盗キッドと、父が隠した怪盗キッドの衣装。二つを繋ぎ合わせれば何か判るかもしれないと、快斗はキッドの衣装を身に着けて、怪盗キッドが予告状に記した場所へと向かいます。
現れた怪盗キッドの正体は、手品師の父の付き人だった寺井でした。寺井はステージで落命した盗一は殺害されたのだと言います。だからその犯人をおびき出すために怪盗キッドを装っているのだと。つまり、怪盗キッドのほんとうの正体は盗一だったのです。そして、盗一は何者かによって殺害された――その事実を知った快斗は父を殺害した犯人を突き止めるべく、自らが怪盗キッドとなるのです。
犯人の手掛かりを追っていくうちに、快斗は或る組織の末端に辿り着きます。父の生命を奪ったのはその組織であり、組織のボスは不老不死を実現するというビッグジュエル「パンドラ」を探しているのだと知った快斗は、その野望を阻止するべく「パンドラ」を追い続けるのです。
犯行前には予告状を送りつけ、警察が待ち構えても狙ったものは華麗に盗み出す怪盗キッド。白いスーツに白いシルクハット、白いマントとモノクルという装いの小粋な怪盗紳士です。闇夜に浮かぶ白い影は神出鬼没。ときには「快盗」と呼ばれることもあります。犯行予告があるとテレビ中継車が出ることもあったりで、容貌も世間の知るところです。女性のファンも多く、『名探偵コナン』の世界では鈴木財閥の令嬢、園子も怪盗キッドのファンです。但し、青子は父の中森警部を困らせる存在として、キッドを嫌っています。
初期は警察の厳なる警戒を掻い潜って狙いの品を盗み出す怪盗キッドのあざやかさと、警察とキッドのやり取りのドタバタが愉しいコメディタッチの作品だったのですが、3巻の後半でビッグジュエルが主たる目的になってからは、ややシリアス路線に入っています。
ちょうどこの頃というのは『名探偵コナン』のアニメーションがはじまって暫くの頃です。アニメーションというものは漫画よりも物語の消化が早く、放送中にも原作のエピソードが尽きてしまうことがよくあります。そのためオリジナルストーリーをつくることも多々あるのですが、その際に「直接原作の展開に絡まないから怪盗キッドを使ってもいい」と『名探偵コナン』『まじっく快斗』両作の原作者である青山がアニメ『コナン』の制作スタッフに言ったのです。
それをきっかけとして怪盗キッドが『名探偵コナン』に登場するようになったのですが、物語が進むにつれ怪盗キッド自身も『名探偵コナン』の展開に深く関わるキャラクターとなり、やがては『コナン』のキャラクターとしては原作と劇場版にしか登場しない重要なキャラクターとなってしまいました。
一方、『まじっく快斗』の世界では勿論、快斗=怪盗キッドが主人公なのですが、物語とその展開には『名探偵コナン』の主人公である江戸川コナンとその真の姿、工藤新一が大きく関わってきています。互いに敵手でありながら、ときに協力して同じ敵と相対し、かと思えば、まったくの敵同士として対峙したり、お互いが切り離せない存在となっています。
「月下の奇術師」「平成のルパン」と呼ばれる現代最高の怪盗たる怪盗キッドは流美壮麗な活躍の末に「パンドラ」に、また父を殺害した犯人に辿り着けるのでしょうか。そして江戸川コナン/工藤新一との因縁は果たして――その後が気掛かりな作品です。ぜひお手に取って物語を追いかけてください。
『まじっく快斗』については<漫画『まじっく快斗』をネタバレ考察!コナンのライバル怪盗キッドが主人公!>の記事で紹介しています。
長「島」茂雄という名のために、問答無用で「4番」で「サード」にされてしまった野球少年は、遂に連続50打席ノーヒットといううれしくない記録を達成。練習試合の相手にも小馬鹿にされる始末。地道に素振りを続けるも、「あの長嶋」のように大ホームランを打ちたいという気持ちは募るばかり。そんなときに長島少年は怪しげな運動具店に巡り会い……。
- 著者
- 青山 剛昌
- 出版日
『4番サード』は1991年から1993年の間に『少年サンデー増刊号』に不定期で6回連載された、野球ファンタジー漫画。野球好きの青山剛昌の野球愛が詰まった作品です。登場するキャラクターたちは1970~1980年代に活躍したプロ野球選手の名から名付けられていて、実際の人物からヒントを得て性格づけされているキャラクターもいます。
「ミスタージャイアンツ」長嶋茂雄と一字違いの同姓同名である長「島」茂雄少年は、その名のために4番打者でサードを守ることになってしまった高校球児です。ミスターのようなバッティングを期待されますが、どこにでもいる野球好きの高校生に天才のバッティングは再現し得ません。長島は自分の名前と周囲の期待の重さを感じながらも、日々素振りをして何とか打てるようになろうと努力します。
そんな或る日、長島は「名園運動具店」という怪しげな運動具店をたまたま覗くことになります。そこで、どんな球でも打てる「神様のバット」があると店主から聞き、深夜0時にもう一度来なさいという店主の言葉に従います。深夜の運動具店の店先ではジャイアンツのユニフォームを着てはいますが見覚えのない野球選手と出会い、長島は彼から「神様のバット」を譲り受けました。野球選手の背番号は14番、沢村栄治投手で、バットは沢村がかつて対戦した「野球の神様」ベーブ・ルースから貰ったものだったのです。
ユニフォームのポケットにお金を入れておけば、金額に応じて力を発揮するという神様のバット。試しに使ってみたら大変な威力だったけれど、お金がかかってしまう……長島はバットに使うお金を稼ぐためにアルバイトをしながら、野球部の練習と試合に励みます。アルバイトと野球の両立でくたくたになりながらも甲子園大会の予選を戦い、長島はアルバイトで稼いだお金を全額つぎ込んで甲子園に出場を果たし、強豪校と戦っていきます。
「野球とは筋書きのないドラマである」という言葉はよく聞かれますし、作中にも出てきます。『4番サード』はまさにこのドラマを描いた作品です。ひとつひとつの試合が違ったストーリーを持ち、グラウンドに立つ選手たちによって紡ぎ出されていくのです。
数々の窮地を、長島は神様のバットとアルバイトで懸命に貯めたお金と野球に対する真っ直ぐな情熱で切り抜けていきます。野球が好きでたまらなくて野球をやっているんだという長島のストレートな気持ちが、画面から、ストーリーから、台詞から、溢れ出してきます。おそらくこの長島の気持ちは、作者である青山剛昌の野球が好きだという気持ちとリンクしているのでしょう。
判りやすい漫画を描くことで定評のある青山作品にあって『4番サード』も例外ではありません。野球をよく知らなくても愉しめるように描かれています。しかし、プロ野球の知識があればもっともっと愉しめるようにも描かれているのです。
たとえば、キャラクターの名前は先に述べましたように往年のプロ野球選手から付けられています。主人公・長島茂雄に対して、甲子園の決勝で対戦する豪腕投手は稲尾一久です。決勝戦では鉄腕稲尾と天才長島の往年の名勝負が(名前だけでも)再現されるという、プロ野球ファンには胸躍る仕掛けがあります。更には、長島が持つのは「野球の神様」ベーブ・ルースのバットですが、稲尾はベーブ・ルースを三振に打ち取った沢村栄治投手のグローブを持っています。往年の名勝負が二重に再現されるのです。
どんなバッターをも封じ込める沢村のグローブと、どんな球でも打てるベーブ・ルースのバットの対決で、長島はからくもヒットで出塁します。パーフェクトゲームを達成するかと思われた稲尾がはじめて許してしまった出塁です。しかし長島のバットはこの一打を放ったために折れてしまいます。次の打順で試合最後の打者となった長島はベーブ・ルースのバットなしにどのように立ち向かうのか。それはご自身で確かめてください。
長島の実直な野球への気持ちが、それとシンクロする青山剛昌の野球への気持ちと少年漫画家としての心が、結末のまとめ方に大きく反映されています。『4番サード』は野球少年の姿を通して野球好きの漫画家が高らかに奏でる野球賛歌であり、がんばる少年たちへの応援歌でもあります。
1987年~1988年に雑誌発表された読切短編が8本収録されています。デビュー作「ちょっとまってて」をはじめとする初期の作品が集められた、ファン必携の1冊です。
- 著者
- 青山 剛昌
- 出版日
1994年に刊行された『青山剛昌短編集』にはデビュー間もなくの読切短編が収められています。天才科学少年とその2年先輩の少女とのアンバランスな恋を描いたデビュー作「ちょっとまってて」、手のひらサイズの探偵ジョージの活躍を描く「探偵ジョージのミニミニ大作戦」が3本、老剣士が桜の魔力で若者になる「プレイ イット アゲイン」、伝説のバットと出会った野球少女の物語「えくすかりばあ」、超短編ハードボイルド「サンデー19show さまよえる赤い蝶」の6作8本です。
ほかに新装版、短期連載作「4番サード」を中心に短編を揃えた少年サンデーブックス版及び文庫版の短編集『4番サード』も刊行されています。新装版には新作短編「Tell Me A Lie ~私にウソをついて~」が、少年サンデーブックス版及び文庫版には「4番サード」と『まじっく快斗』の原型となった「さりげなくルパン」が収録されています。いずれも一読してまったく損のない作品です。
特に2007年に「13年振りの新作」として描かれた「Tell Me A Lie ~私にウソをついて~」は『ヤングサンデー』掲載後に新装版にだけ収録されたもので、ほかでは読めません。目が合った相手の心の声が聞こえるという特殊な能力を持った少女の物語で、たった6ページの小品ですが、見事なまでのストーリーテリングの技が効いた秀作です。主人公の少女の名が「新井輝海」(あらいてるみ)というのも、タイトルに絡んで気が効いています。
主に初期の短編が収録されている短編集ですが、やはり青山剛昌という漫画家の原点がここに見られます。ほんわかとやさしい雰囲気、善なる主人公の善なる行いで願いが叶ったり悪が滅する爽快感、少年と少女の初々しくも甘ずっぱい恋が飽くまでコメディタッチで描かれる作風が、いまと変わらずそこにあります。
読んでやさしい気持ちに、そして少しだけせつなくなる小品が幾つも詰まった宝箱のような1冊。青山ファンには勿論、「青山剛昌の漫画は『名探偵コナン』しか知らない」という人にもぜひ手に取って頂きたい本です。
高校生探偵の工藤新一は謎の組織の暗躍現場を目撃してしまい、口封じのために毒薬を飲まされました。一命はとりとめたものの、組織の者も知らなかった薬の副作用で身体が縮んで、小学生の姿になってしまいます。毒殺したと思っている組織の者に生きていることを悟られては危険です。新一は「江戸川コナン」というまったく別の人物として生活し、組織の実態ともとの身体に戻る方法を探して数々の事件に関わっていきます。
- 著者
- 青山 剛昌
- 出版日
『名探偵コナン』は1994年に『週刊少年サンデー』で連載が始まった推理漫画です。20年以上も連載が続き、TVアニメーションもほぼ同じほど続いています。劇場用アニメーションも毎年1作制作されて、本数を重ねています。コンピュータゲームや関連書籍も数多く発売されており、実写ドラマも数本制作されていて、幅広い展開はメディアミックスの成功例と言えるでしょう。2001年には小学館漫画賞少年部門を受賞しています。
大人も及ばぬ推理力と洞察力を兼ね備え、高校生ながら既に幾つもの事件を解決に導き、その名を全国に知られた工藤新一。彼は或る日、幼馴染みの毛利蘭と一緒に遊園地に出掛けます。そこで黒ずくめの男たちの怪しげな取引現場を目撃して様子を窺っていたところ、別方向からやってきた黒ずくめの男に頭部を殴打され、その場に倒れてしまいます。気を失っている間に口封じのために毒薬を飲まされましたが、新一はやがて警察官に発見されて目を覚まします。その身体は小学1年生の状態にまで縮んでしまっていました。
自宅の隣家に住む阿笠博士に相談すると、黒ずくめの男たちに生きていることを知られてしまったら再び命を狙われることになり、周囲の者をも巻き添えにする可能性があると、新一は指摘を受けます。蘭に問われたときにとっさに答えた「江戸川コナン」の名を持つ、工藤新一とはまったく別の人物として新一は、蘭と、もと刑事で現在は私立探偵をしている蘭の父小五郎が住む毛利家で生活をはじめます。そうしながら私立探偵である小五郎のもとに集まる情報を探り、黒ずくめの男たちの組織や彼等が持つはずのもとの身体に戻る方法を求めて、新一=コナンは珍事件難事件に取り組んでいきます。
基本的な物語は上記の通りなのですが、黒ずくめの男たちの組織、通称「黒の組織」の謎や、新一の身体を幼児化した毒薬「APTX4869」の開発者であり、新一と同様に幼児化した灰原哀の素性、物語中盤以降に登場するFBIやCIAの面々や黒の組織に関係ありそうななさそうな人たちの関係性などなど、明らかにならないと物語の全貌が判らないのになかなか明らかにならない要素が、『名探偵コナン』には沢山あります。また、キャラクター数は次第に増えて、しかも一人の人物が幾つもの名前を持っていることがあったり、人物同士で複雑に関係し合っていたりで、気をつけて読んでいないと把握できない部分に多く行き当たるかもしれません。
そういった複雑な物語、複雑な人物関係、複雑な事件が好きな人にはまさに「御馳走」と言える作品です。同じ青山作品でも、本作以前に描かれた『YAIBA』などのように、細部も単純で明瞭な物語の方がいいという人、特にこれから1巻から読みはじめたいという人には些か難しい作品かもしれません。
しかし、そういった人のために「スーパーダイジェストブック 名探偵コナン」シリーズが発売されています。これは単行本10巻ごとにストーリーのまとめや人物紹介、事件の解説などが掲載されたガイド本です。ファンブックという位置付けですが、これから『名探偵コナン』に触れる人の副読本とするのもおもしろい使い方ではないでしょうか。こういったものを利用して、これからの人にもぜひ『名探偵コナン』の世界に踏み込んで頂きたいと思います。
作中で起きる事件や解き明かす謎とは別に、『名探偵コナン』ならではの関係性を持つキャラクターたちもいます。それは恋人たちです。主人公のコナンこと新一と蘭。西の高校生探偵と呼ばれる服部平次とその幼馴染みの遠山和葉。蘭の親友鈴木園子と蹴撃の貴公子京極真。警視庁の高木刑事と佐藤刑事。新一の両親である優作と有希子。蘭の両親の小五郎と英理。平次の両親の平蔵と静華……さまざまなカップルのさまざまな想いが物語の各所で交錯します。
作者紹介の項でも述べましたように、青山剛昌は基本的にラブコメ漫画家であり、『名探偵コナン』は推理漫画であると同時にラブコメ漫画でもあるのです。幾つもの淡い恋の、胸にしみたりもどかしかったりのエピソードが数多く、物語に挟み込まれます。特に、いつまでも辛抱強く新一を待ち続ける蘭のせつなさは、本作を彩る一本のやわらかなリボンです。その裏側には、待ち続ける蘭の姿を常に見ながら「ここにいる」と言えないコナンの姿をした新一の狂おしさがあるのです。
大勢の思惑と願いと信念が入り乱れる『名探偵コナン』という物語が収束する先は、いったいどこなのでしょうか。収束した先には何があるのでしょうか。それを知らないままではいられない21世紀という時代が「現在」です。
SFやファンタジーやスポーツやミステリー……さまざまなジャンルを手掛ける青山剛昌ですが、ベースになるのはいつもコメディです。軽妙な笑いを忘れない作風は軽快な気分にさせてくれます。各作品の主人公に共通する一途さも物語に一本、筋を通しています。それ等の要素が作品に触れたときの安心感を醸成しています。はじめての人もどうか安心して青山作品を手に取ってください。