教養

空海について学ぶ本5冊。真言宗を開いた祖として有名な人物

更新:2017.4.8 作成:2017.4.8

真言宗を開いた人物で、弘法大師としても有名です。しかし真言密教とはどんな宗教なのか、また実際はどんな人物なのかについては、はっきりと知らない人の方が多いかもしれません。人物を知れるおすすめ本を集めましたので、ぜひ読んでみてください。

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今も生き続ける真言密教の開祖、空海とは

空海は弘法大師という名でも知られ、真言宗の開祖です。高野山や真言宗の僧侶たちの間では、今もなお高野山の奥で禅を続けていると信じられています。人々の間でもお大師さんとして親しまれ、信仰の対象となってきました。

774年、讃岐国多度郡屏風浦(現在の香川県善通寺市)で生まれました。郡司・佐伯直田公の三男でしたが、兄2人が早世したために、佐伯家の跡取りとして大切に育てられています。幼名は真魚。

15歳の時に彼は長岡京へ上京し、叔父で儒学者の阿刀大足から論語や孝経、史伝といった漢籍を学びました。18歳で官吏養成の最高機関だった大学寮の明経科に入学し、ここでも春秋左氏伝などの漢籍を学んだと言われています。しかし大学の勉強で満足できなかった彼は、19歳頃から山林へ修行に出るのでした。

この時期、ある沙門から「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」を授かったそう。修行中には、真言を唱えてきたら口に明星が飛び込んできて、この時に悟りを開いたという話もあります。彼は、興福寺や東大寺などあちこちで経典を学び、修行を続けました。

804年、遣唐使の留学僧として唐に渡ります。長安で梵語や密教について学び、その後、恵果和尚に師事し密教の伝授をされました。そこで胎蔵界・金剛界の灌頂を受けています。さらに伝法阿闍梨位となり、大日如来を意味する遍照金剛という灌頂名を与えられました。真言密教の正当な継承者となったということです。

806年に帰国。上京の許可がおりるまで、大宰府の観世音寺に2年ほど滞在しました。809年に上京が許され、京の高尾山寺を拠点に真言密教の布教に励みます。修行の場として高野山を整備したり、東大寺や東寺、宮中でさまざまな法会を行ったりして真言密教を広げていきました。

835年、大日如来の印を結んだまま7日間座禅し、そのまま入滅しました。これは入定したとも言われ、即身仏となったと信じられているのです。

意外と知らない空海の10の真実

1:能書家である

彼は真言宗の開祖である僧ですが、仏教だけでなく芸術にも長けていました。平安時代に活躍した空海・嵯峨天皇・橘逸勢の3人は「三筆」と呼ばれ、書道の達人として名を残しており、特に空海は三筆の領袖で功績第一とされ、多くの書道家の模範となりました。彼が最澄に書いた書状「風信帖」は特に有名な作品です。

2:天台宗の最澄と仲が悪かった

彼と最澄はともに平安時代初期を代表する僧ですが、最澄は彼と共に唐に留学し、やがて天台宗の開祖となりました。2人は初めこそ頻繁に手紙のやり取りをするなどとても仲が良かったですが、やがて真言宗と天台宗の教義の違いから意見を戦わせ、ついには絶交してしまいます。

この原因は最澄が再三彼に経典を貸してくれるようお願いしたにも関わらず、彼が拒否したこと、最澄の弟子が彼に鞍替えして、天台宗の奥義を彼に教えてしまったことだと言われていますが、はてさて真実はいかがなものでしょうか?

3:讃岐うどんを唐から伝えた

彼は唐への留学の際に仏教だけでなく様々なことを学んできました。その中には彼の故郷・香川県の特産品、讃岐うどんも彼が伝えた料理だといわれています。

元々彼が持ち帰った「唐菓子」と呼ばれる団子汁の団子の中に餡が入ったものでしたが、これを「混沌(こんとん)」と呼びます。それを室町時代頃になって小麦粉をこねて薄くのばし、包丁で細く切って仕上げた麺料理は煮て熱いうちに食べるから「温沌(おんとん)」、そしてのちにうどんと呼ばれるようになったといわれています。

4:満濃池の改修を行った

香川県仲多度郡まんのう町にある満濃池は日本最大の農業用ため池ですが、西暦818年、讃岐国の満濃池で大規模な氾濫が起きました。それ以前から満濃池は度々氾濫しては周囲の民を困らせていましたが、当時の讃岐国の国司は、地元のヒーローである空海を土地の皆が慕っていることを聞いて、彼を京都から呼び寄せ満濃池の改修を命じます。

彼は唐で密教以外にも土木建築について学んでおり、満濃池を現在のダムにも通じるアーチ状に開削したのと水かさが増しすぎるのを防ぐために余分な水を吐き出す調整溝を掘って常に適切な水かさが溜まるようにしました。こうして、僅か4ヶ月で改修を行った彼は地元の人から、さらに慕われることとなりました。

5:文を書くのが異常に早かった

彼は密教を学ぶ過程で多くのレベルの高い中国の文章を読んできました。幼少期から古典を読破してきましたが、長じては後進が教えを乞うほどになっていました。後に彼は詩作創作のバイブルである『文鏡秘府論』を記し、それは広西まで重宝されました。

それに弟子が書いた『性霊集』によると、彼は詩・上表文・碑銘文・願文とあらゆる文章を書き上げることができ、しかもその場で即興で書いてもまるで遜色ない出来だというほどの筆持ちだったのです。

6:「弘法筆を選ばす」と「弘法筆を選ぶ」

「弘法筆を選ばず」というと、書の達人であり、弘法大師という別名をもつ空海はどんな筆を使っても素晴らしい文章が書けるという意味、転じて技量がある程度まで達していれば周囲の環境等に左右されずいい結果を残せるという意味です。 

しかし、実際の彼は『性霊集』においていい文章が書けなかったときに、「よい筆を選ばなかったからうまく書けなかった。筆はしっかり選ぶべきだよ。」と言っています。これを「弘法筆を選ぶ」ともいい、どちらかというと後者の方が彼の本当の意見のように思えるでしょう。

7:実は温泉を掘り当てていない

彼の伝説で有名なのは、全国各地を行脚した際に温泉を掘り当てて人々に施しを与えたというものです。いわゆる開湯伝説というものですが、これはほとんどが高名な彼の名にあやかって作られたに過ぎない伝説です。では、なぜこんな伝説がまことしやかに広まったのかというと、温泉は現代でもそうですが健康を意識したものが多いはずです。

当時の僧は単に教えを説くばかりではなく、医学にも精通し実際に建設的に人々に薬を処方するという仕事もありました。彼は唐へ留学した際に薬学も学んでおり、実際に処方したこともあるのでしょう。温泉への健康志向は空海らの仏教僧から由来しているものです。

8:ネギ畑に隠れて蛇から逃げた

真言宗の総本山である京都・東寺付近では九条ネギと呼ばれるネギが古くから栽培されています。伝承によると、かつて彼は道中蛇に追われた時に九条ネギの畑に入って蛇から逃れることができました。そのため、東寺の五重塔にはネギの花のつぼみがつけられたといわれています。

東寺付近の住民の中では、今でも東寺の縁日である21日には不幸を避けるためにネギ畑に入らないようにという風習が残っています。

9:法要のために国を動かした

空海の入滅後、50年おきに御遠忌法要が行われるようになりました。しかし、明治時代以降廃仏毀釈の影響で彼の人気は著しく落ちます。そのため、高野山側は昭和9年(1934年)の1100年御遠忌では大阪朝日新聞や東京日日新聞などの新聞社の協力も得て、彼が日本文化の形成に貢献した偉大な人物であると喧伝されました。

当時は第二次世界大戦の影響で国民の一致団結のために国も空海をプロバガンダとすることを容認したため、こうした行いが広まったのです。

戦後の昭和59年(1984年)の御遠忌までには高野山道路が整備されました。この時行われた1150年御遠忌は過去最高の参拝客数だったといわれ、同時位北尾氏欣也氏主演で映画が製作されています。

10:台湾でも祀られている

彼は正真正銘の日本人ですが、日本占領時代の台湾でも祀られていました。現在、台北市の台北天后宮には空海の廟があります。元々台北天后宮は日本時代に弘法寺という真言宗のお寺がありましたが、日本撤退後に住職も揃っていなくなってしまいました。

天后宮は元々別の場所にある新興宮という媽祖廟でしたが、日本占領時代に壊されてしまいます。終戦後に元の新興宮信徒が弘法寺に空海像を移して新しく建て直し、現在の台北天后宮となりました。他にも像があったり毎年法要の際に高野山と連絡を取っていたりと台湾の弘法寺は日本との交流も盛んです。

密教の本質、空海の心に迫る本

本書では、彼がどんな人物で、真言密教がどんな宗教なのかということが分かりやすく述べられています。前半部分では、真言密教の思想はキリスト教や浄土真宗に匹敵するものがあるとして、その素晴らしさや本質を解説。後半は、彼の残した言葉を50個集め、現代語訳しています。難しいものもありますが、どれも時代を越えて私たちの心に染み入る言葉ばかりです。
著者
苫米地 英人
出版日
2014-02-13
著者苫米地英人は脳科学者ですが、仏教の伝統派で得度もしているそうです。そんな著者が語る真言密教はどんなものでしょうか。日本の仏教がなかなか世界に広まらず認められないのはなぜなのか、密教はキリスト教と同じくらい最強である、といったことが論理的に説明されていて納得してしまいます。密教というと一般人にはなかなかどんなものなのかが分かりにくいですが、この本を読めば少しは理解することができるでしょう。

「空海は、この世のすべてのものは『六大』によってできていると説きました。六大とは、宇宙の構成要素である地・水・火・風の四大に、空・識という二要素を加えたものです」
「縁起を簡単に言い換えるならば、『この世に完全なものはない』ということです」(『空海は、すごい』より引用)

このように物事の本質を捉えていました。科学が発達した今でこそ分かるようなことも、思想として理解していたのです。タイトルの通り彼はすごいと思わずにはいられない1冊です。

人物について知りたければ、まずこの1冊

生涯や思想、真言密教について史実だけを基に語られているのが本書です。彼は、その偉大さからか、伝説や伝承がとても多い人物だと言えます。本書ではそういった伝承は排除し、著作などの正確な史料だけを参考に解説。人物像が正しく伝わってくる本で、高校生にも分かりやすく書かれていますので、入門におすすめです。
著者
加藤 精一
出版日
2012-04-25
第1章で書かれる生涯では、若い頃は実は苦悩しながら進んでいったことが分かります。天才で家族に期待されていましたが、大学の教えには満足行かず、中退し僧の道へ足を踏み入れました。恐らく初めは迷いながらだったのでしょう。しかし著者が言うように「引きずられない人」である空海は、まっすぐに自分の信じる道を突き進んでいきます。そんな様子に感銘を受けること間違いありません。

また著作から感じ取れる、今にも通じるような普遍的な思想や超人的な考え方には驚くばかりです。宗教のことになりますので、人物を知る一歩にぴったりとは言え理解が難しい部分があります。しかし本書を読んで、さらに空海や真言密教に興味がわき、別の本も読んでみようという気持ちになればいいと思います。

空海の実像を見つめ、生涯を描く

歴史小説の巨匠・司馬遼太郎が空海の生涯を描いた本作は、小説ですが伝記のようでもあり、そのタイトル通り周りの歴史風景から空海を浮かび上がらせる物語です。空海に関しては、若い頃についての史料がほとんどなく、想像で書くしかありません。かもしれない、であろうという筆遣いで慎重に話は進んでいきます。しかしながら司馬遼太郎の作り上げた空海像は魅力的で、その生涯に引き込まれることでしょう。
著者
司馬 遼太郎
出版日
1994-03-10
本作での彼は、神でも仏でもない普通の少し嫌味で執念深く、強かな人物として描かれますので、身近に感じられることでしょう。特に最澄との確執は読みごたえがあり、空海が嫌な人物に見えることもあります。しかし自分の思想に自信を持ち揺るがない部分には、尊敬の念を覚えるはずです。

唐から帰国してからは、天才的な能力を発揮し真言密教を広めていきます。行動力あり、政治的手腕あり、知識も才能も備えた人物が本当にいたんだと感心するばかり。彼の人となりに触れることができる小説です。

儒教、道教、仏教の教えを学ぶ

彼が24歳のときに書き上げた『三教指帰』を、分かりやすい現代語で訳しているのが本書です。儒教、道教、仏教を比較しながら仏教の素晴らしさを述べており、自身がこれから仏教を学んでいくことについての決意表明を行っています。

兎角公という貴族が、放蕩三昧の甥について儒学者、導師、仏教者に相談を持ちかけます。「忠孝」を唱える儒者、世俗の喜びは捨てて天上の楽しみを追求させようとする導師。それに対して仏教修行僧は、儒教の教えも道教の教えも仏教の一面であり、この儚い世の中では仏教の戒律を守り、涅槃の境地に達することが大切だと述べます。そして全員が仏教に帰依することを決意するのでした。
著者
出版日
2007-09-22
彼の原点である三教指帰を、とても平易に読めるということで貴重な本だと言えます。儒教・道教の思想についても、しっかりと理解できますし、それを上回るものだとして書かれる仏教に関しても気付きを与えられることでしょう。24歳の時どのような考えであったかということが、よく分かります。

『三教指帰』はまだ唐へ行く前に書かれていますので、真言密教にも触れていない状態でした。そんな中、真理をついた物語を書いているということに、その天才ぶりを感じさせます。儒教・道教・仏教、それぞれの考え方の違いと、良さを知ることができる彼の処女作をぜひ読んでください。

空海の若い頃の姿に触れることができる漫画

本書は、幼少期から青年期を描いた漫画で、上中下の3巻からなります。史料がほとんどなく、よく分かっていない空海の若かりし頃を書いた画期的な作品です。ジョージ秋山独特の絵の雰囲気が、生と死について考えを巡らせ悩む姿にマッチしており、迫力満点。今まで知らなかった姿を見ることができることでしょう。
著者
ジョージ秋山
出版日
2015-01-15
この作品は、高野山開創1200年記念で文庫化されました。そんな昔の人物なのに、本書を読んでいるうちに目の前にいるかのように感じられます。天才も幼い頃は悩むことが多かったんだなということがよく分かります。性に関する描写も多いので、好みは分かれるかもしれません。

彼の話はやはり宗教に関することなので難しくなりがちです。それがこの本では漫画なので、読み進めるうちに生と死の話もすっと身に入ってきます。若い頃にどのように考え、唐へ渡るところまで行きつくのか。彼の思想が出来上がるまでを読み取ることができる作品です。

やはり凄かった……、という感想になるかもしれませんね。こんな天才が存在したということ自体奇跡のようです。まだまだ謎の多い人物ですが、さまざまな本から空海と真言密教の本質を見つめてみてください。