2016年時点での待機児童は、4万人超。同じ年には、「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログも注目を集め、流行語大賞まで受賞しました。そもそも待機児童問題って何?原因は?対策は?そんな疑問に答えながら、参考になる本を見ていきます。
待機児童とは、保育が必要であるにも関わらず、保育所等に入ることができない児童のこと。1997年、すなわち、男女雇用機会均等法(1986年施行)の第1期生の女性が30代前半になった年に、全国の待機児童数は4万人を超え、社会問題化しました(「月刊福祉(2013年8月号)」を参考)。
そんな待機児童の問題は、保護者だけの問題ではありません。それでは、具体的にはどのような問題があるのでしょうか。今回は、保護者・社会・自治体という3つの視点から整理してみます(「地方議会人(2014年6月号)」、日本大百科全書を参考)。
①保護者が困る!
保育園に預けられないということは、母親は子供の面倒を見るために自宅にて子育てをしなければいけないということです。つまり、仕事をしたいけれども、仕事に復帰することが出来ません。女性の社会復帰を遅らせると同時に、家計を圧迫することに繋がります。
また保護者は、保育料が安く、施設設備が充実し、園庭も十分の広さがある認可保育所にお子さんを入園させたいですよね。しかし、この認可保育所がいっぱいで諦めざるを得ない際に、利用料が高く、保育環境が不十分であったりする無認可保育所へ入園しなければいけません。無認可保育所は、法の規制が少ないため、時間外保育や英語保育など、認可保育園より優れている点もあります。ですが、月に5〜7万円の保育費は、家計には大きな打撃でしょう。
②社会が困る!
保護者(通常は母親)が働き続けられなかったり、職場復帰が難しくなったりすることは、労働人口の減少に繋がります。働き手が減り、外国人労働者や女性の社会進出を促している日本にとって、待機児童問題は経済的にも打撃を与えているのです。
これは、男女共同参画社会(男女がそれぞれの人権を尊重しながらも責任を分かち合い、性別に関係なく個性や能力を発揮できるような社会)の実現を遠のかせる1要因にもなります。
③自治体が困る!
若い子育て世帯の人口流出が、待機児童が多い自治体で発生する可能性があります。自治体の少子高齢化を加速させ、自治体の経営を困難にさせる可能性があり、自治体にとっては他人事ではない大きな問題でしょう。
このように待機児童問題は、保護者から社会までをも巻き込む社会課題なのです。
続いて待機児童数を見ていきましょう。
厚生労働省「平成28年4月の保育園等の待機児童数とその後(平成28年10 月時点)の状況について」によれば、2016年10月時点での待機児童数は4万7738人。その数は2年連続で増加となりました。最多は東京都の1万1975人。市区町村では、東京の世田谷区が1137人と最も高い数字を示しました。
なお待機児童は、東京・大阪などを含む大都市圏に集中しており、年齢でいえば3歳未満の児童が約80%を占めるという特徴があります(2016年時点、「人間と教育(No. 92)」を参考)。
待機児童問題の原因は大きく5つあります。
①女性の社会進出が進んでいる
厚生労働省によると、25歳〜44歳の就業率は70%を超え、女性の社会進出は進んでいます。男性の年功序列型賃金制度の崩壊や、非正規雇用の増加によって、少しでも家計を助けるため、共働きを選択する女性が増えているのです。また、今まで出産育児でキャリアを開拓していくことを諦めていた女性が、女性の社会進出が進んだことで、キャリアの道を歩むようになりました。これらが、保育施設を望む女性の声が増えた原因でしょう。
②都市部の人口増加に伴う児童の集中増加
人口増加が著しく、労働人口も増加している都市部では、特に待機児童問題は深刻です。総務省によると、0〜4歳までの子供の数は、東京都内では5年間で3万人も増えたそうです。世田谷区や板橋区などは、特に待機児童数が多く、認可保育園の設置を進めていますが、追いついていない状況が続いています。
③核家族化
仕事のために都市部へ移り住むことが増えたことで、核家族化が進んでいます。厚生労働省によると、児童のいる核家族世帯は7割強にもなるそうです。この核家族化によって、日中祖父母に預けることが難しい家庭が増え、保育施設の需要が増加しました。自宅での日中保育が厳しくなったのに、大きく影響を及ぼしているといえます。
④認可保育園施設の増加には時間がかかる
都市部での認可保育園の増加にはいくつかの障壁があり、時間がかかってしまいます。まず、認可保育園を建設するのに十分な広さの土地が少ないこと。一部の自治体では、使える公有地は使ってしまったと、頭を抱えているそうです。更に、認可保育園を建設する際に、近隣住民との騒音トラブルが問題となります。建設段階の騒音もですが、園庭で遊ぶ子供の声が騒音として問題となるそうです。近隣住民への理解を得るまでにも時間がかかり、建設が遅れているのでしょう。
⑤保育士の減少、労働環境問題
いくら保育園を増設しても、保育士の数が足らなければ意味がありません。厚生労働省によると、保育士の資格を取得しても、保育士として就職しないのが半数を占めるそうです。保育士として就職したとしても、5年未満で早期退職する人が相次いでいます。その原因としては、過酷な労働環境にあるそうです。子供を預かるという重度の責任感の中、保護者との関係の両立や、残業が多く、しかも賃金もかなり安い。休暇も取りづらく、かなり過酷な労働環境といえますよね。政府も保育士の増加を狙い、基本賃金の増加など手を打っていますが、まだまだ厳しい状況が続くでしょう。
以上の5つの原因によって、待機児童数は増え、問題は深刻化しています。
国や自治体では、待機児童問題に対して、以下に4点の対策を実行しました。
①小泉内閣によって、2002年に行われた「待機児童ゼロ作戦」
②2011年から東京都が独自にスタートさせた認証保育所制度
③安倍内閣が2013年からスタートさせた「待機児童解消加速化プラン」
④2016年に厚生労働省が発表した「待機児童解消緊急対策にかかる方針」
①~④に共通していえることは、認可保育所の新増設というよりは、規制緩和(※定員を超えた入所を増やしたり、資格を持つ保育士の配置数の割合を変更したりした)によって、待機児童の問題を解消しようとした点にあるといえるでしょう(季刊「人間と教育(No. 92)」を参考)。
この他にも、認可保育施設の基準の見直しや、無認可保育施設の活用推進、保育士の労働環境改善、待遇の是正など、対策をとるべきことは山積みです。
また国や政府だけではなく、企業の協力も、待機児童問題の解決に大きく貢献することでしょう。企業内保育園の建設や在宅勤務の増加、フレックスタイムでの勤務を可能にするなど対策をとることが可能です。
政府や企業が一丸となって、待機児童問題の対策に努めるべきでしょう。
増加傾向にあるという保育園の数。しかし待機児童問題を解消できるまでには、保育園の数が足りていません。それはなぜでしょうか。『世界一子どもを育てやすい国にしよう』では、保育事業を行う認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎氏が、保育園の供給が間に合っていない背景として「4つの壁」を挙げます。
- 著者
- 出口治明・駒崎弘樹
- 出版日
- 2016-08-05
①予算の壁
・都市部の保育士不足を解消するために必要である、保育士の処遇改善のための予算
②自治体の壁
・過剰インフレを避けようとして行われる、過少なコントロール
・待機児童がいても認められないこともある、保育園の定員の弾力化
・都市部の保育園運営に必要な「上乗せ補助」を根拠にして行われる、過剰規制
③物件の壁
都市部における、大規模認可保育園のための用地や物件の不足
④制度の使い勝手の壁
小規模保育などを含む「地域型保育」を中心とした制度の不備
なるほど、保育園が増えない原因は、マスメディアなどでよく取り上げられる保育士不足だけではないのですね。
なお本書では、認定NPO法人フローレンス代表理事と、ライフネット生命保険の会長による対談形式がとられています。「安心して子どもを育てられる社会にしていくために必要なものは何か」ということを軸に話が進められ、待機児童問題から少子化の問題まで、子どもが関係してくる問題が多岐にわたって語られていきます。
課題も多い今の社会の未来について、一人ひとりが「前向き」に考えられるきっかけとなるような1冊です。
ここまで紹介した待機児童対策のほかに、幼稚園と保育園の一体化を目指す政策である「幼保一体化」が挙げられます。『母の友(2016年8月号)』では、保育問題について長年取材を重ねてきた猪熊弘子が、幼保一体化について、数ページでコンパクトに解説していきます。
母の友 2016年8月号 特集「子どもも大人もなぜ惹かれる? やっぱり妖怪が好き」
2016年07月02日
「認定こども園」という言葉を、ニュースなどで聞いたことがあるという方も多いかもしれません。認定こども園とは、幼稚園と保育園が一体化た施設のこと。その普及は、2015年より開始した「子ども・子育て支援新制度」の大きな目的の一つとして掲げられていました。
しかしなぜ、認定こども園が待機児童の解消に繋がるのでしょう。本書を参考に、段階を追って見ていきましょう。
①都市部では、保育園に使える土地が不足している
↓一方で、
②幼稚園では、園庭が認可の必須条件で、園によっては広大な敷地がある
↓だから、
③広大な敷地に、こども園や小規模保育所を建てれば「幼稚園の預かり保育と連携して0歳〜2歳の子どもを預かること」ができる(「」内は本書より引用)
↓結果的に、
④待機児童問題の対策の一つとして期待されている
しかし現場の職員や保護者の立場に立つと、いくつか課題も見えてくるようです。詳しくは、ぜひ本書で確認してみてくださいね。
ちなみに月刊雑誌「母の友」の発行元は、絵本で有名な福音館書店。薄めで(今回紹介している号は84ページ)、サイズも21×17cmと大きくはありませんが、内容は充実しつつもわかりやすく、保育に関わる全ての人にぴったりの1冊といえるでしょう。
さらに待機児童問題への対策を考える際には、認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎氏が前掲書『世界一子どもを育てやすい国にしよう』でも指摘したように、保育士不足を解消することも重要となってきます。
この点について、さらに詳しく見ていくと、資格は持っているものの保育士としては働いていない「潜在保育士」の数は、なんと全国に約70万人とも推計されているのです(2017年4月時点)。
現場に立たない理由の一つは、厳しい労働環境に見合わない低賃金。このようなことから、潜在保育士が活躍するために、保育士の処遇改善が求められているのです(※2017年度からは、保育士の給与が約6000円(ベテラン保育士については最高4万円)アップしましたが、この改善では十分ではないとの声も聞かれます)。
- 著者
- 猪熊 弘子
- 出版日
- 2014-07-10
それでは、厳しい労働環境とは具体的にはどのようなものなのでしょうか。『「子育て」という政治 少子化なのになぜ待機児童が生まれるのか?』からは、その過酷さが垣間見えます。
短大卒業後に企業の保育所で働いていたDさん。残業は日常的で、残業手当のつかないことが大半だったといいます。日誌や保育の計画といった記録作成は、保育士の仕事の多くを占めるといいますが、それらを勤務時間外に行う必要があったのです。結果的にDさんは、子育てとの両立は難しいと考え、結婚を機に退職。このように、保育所という働く女性を支える場で、働けない女性が生まれているのです。
本書は、待機児童問題の大枠を捉える際には、2017年2月現在で最も役立つ1冊といえます。理由は、待機児童の定義、歴史、原因、対策及びその問題性などを全て網羅しているからです。とはいえ新書であるため、難易度が非常に高い本でもありません。
なお著者は、幼保一体化を解説した前掲書と同じく猪熊弘子。待機児童の問題に興味がある人は、ぜひ手に取ってみてください。
保護者から社会までを巻き込む、待機児童の問題。その背景には、共働き世帯が増え、子どもを預けたい保護者が増加する一方で、保育所の整備が間に合っていないことがありました。国や自治体などによって講じられる対策は様々ですが、十分な保育環境が整った保育施設や保育士の待遇など、抜本的な改善が、今後より一層求められているように思われます。ぜひ1度ご紹介した本を手にとって、待機児童問題について考えてみてください。