塩野七生は、『ローマ人の物語』などの代表的な歴史小説を書く一方、エッセイにも定評がある作家です。エッセイに綴られる名言の数々は、人生のためになりそうなものばかり。今回は塩野七生の魅力とおすすめエッセイを5選ご紹介します。
塩野七生は1937年7月7日に現在の東京都北区で生まれました。父親は詩人の塩野筍三。神田神保町で借金をするほど本を読み漁る本好きの父でした。のちにイタリア人の医師と結婚し、塩野七生が誕生。七生(ななみ)という名前は、誕生日の7月に由来します。
東京都立日比谷高等学校を卒業後、学習院大学文学部哲学科に入学。大学卒業後1963年、塩野七生はイタリアに渡ります。1968年に帰国し、執筆を開始。1970年に『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で毎日出版文化賞を受賞。同年にはイタリアへ移り住むようになります。
1981年『海の都の物語』でサントリー学芸賞を受賞し、1988年『わが友マキアヴェッリ』では女流文学賞を受賞します。その他にもイタリアを中心とした多くの歴史小説を執筆し、多数の賞を受賞。また、塩野七生はエッセイや時事批評としても活躍の場を広げ、今もなおその発言が注目されています。
塩野七生のこのエッセイは、古代ローマの政治家、ユリウス・カエサルの言葉から始まります。
「ユリウス・カエサルは、二千年以上も昔に次のように言っている。『人間ならば誰にでも、現実すべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと思う現実しか見えていない』」(『日本人へ リーダー篇』より引用)
イタリアや古代ローマに関心の高い、塩野七生ならではの冒頭です。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
- 2010-05-19
このエッセイの「拝啓 小泉純一郎様」という一節にはこのような言葉があります。
「男の美学に殉ずるとか、潔く身を引くとか、優雅なリタイヤを愉しむとかは、あなたのように高い地位と強大な権力を与えられている人の言うことではなく、それらには恵まれなかった一般の人々のためのものなのです。」(『日本人へ リーダー篇』より引用)
塩野七生はエッセイ『日本人 リーダー篇』の中で、政治家がどうあるべきかを語っています。日本人政治家が、任期を待たずして次々と引退してゆく姿は、皮肉にも日本人が語る男らしさに似たようなものがありますよね。塩野七生ならではの洞察力を感じる一節です。
「危機の打開に妙薬はない。(中略)それをやりつづけるしかないのだ、『やる』ことよりも『やりつづける』ことのほうが重要である」(『日本人へ リーダー篇』より引用)
趣味や小さなことでも、毎日何かをし続けるにはかなりのエネルギーを要します。例えば、経営者の場合も新しく事業を立ち上げるよりも、今の事業を育てる気持ちが大切と言いますね。ミュージシャンでも、周囲が辞めていく中続けることで花開くこともあるのです。これは、どんな人にも心にぐっときそうな一節でしょう。
『想いの軌跡』は2012年に新潮社から出版されました。塩野七生が過去に書き溜めていたエッセイの数々を1冊にまとめた作品です。1975年から2012年の未収録作品には、イタリアと共に過ごした彼女自身の時間の流れも感じます。
地中海で綴られるエッセイは、イタリアの日常や文化も知ることができます。塩野七生の歴史小説の代表作『ローマ人の物語』の秘話や、イタリアで暮らす彼女が日本に向けて送るメッセージはためになること間違いなし。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
イタリア人から見た日本人女性の姿勢の悪さは少々特別、太さ細さよりもまっすぐの脚……。等々、今まで気にも留めないようなことに気がつかされ、目から鱗が落ちっぱなし。日本人が無意識でしていることが、イタリアからの目で見ると、こんなにも不可思議に見えてしまうなんて驚きです。
他にも、イタリア人がサッカー好きな理由もこのエッセイ『想いの軌跡』では語られています。イタリア人がサッカー好きな理由は、非常に少ない点を争う競技であることや、選手たちの役割が明確に決まっていないことなどがあるのだそうです。
イタリアと日本の違いについて多く書かれているので、とても勉強になります。
『人びとのかたち』は塩野七生の映画エッセイです。映画という分かりやすいテーマからも人生や歴史という深い側面に触れています。さすがは歴史小説家、塩野七生と言ったところです。
他の映画評論に類を見ないこのエッセイは一見の価値アリ。ハリウッド作品からクロサワ映画まで、映画分野も多岐に渡ります。映画好きにも手に取りやすい作品であることから、ぜひともおすすめしたい1冊です。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
- 1997-10-29
「アメリカの大衆は、気の強い女は許すのである。才能に恵まれた女も許すのだ。しかし、その女が人並みな幸せまで手中にすることは許さない。『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラが、この典型ではないかと思う。」(『人びとのかたち』より引用)
気の強い女性は許す、けれども人並みな幸せは許せないアメリカ人の気質の根底。やはりそれは、女性差別にあるのでしょうか。様々なことを深く考えさせられる1文です。
また、塩野七生は『ローマの休日』のオードリー・ヘプバーンを、「シンデレラ症候群」だと発言し、オードリーの役柄に全く共感できなかったそう。ですが、「シンデレラ症候群」を演じている女優、としてならば共感出来るとも言っています。
作品の主人公としてではなく、女優オードリー・ヘプバーンとして観ていたからこそ『ローマの休日』が名画になりえた。多くの女性があの映画を観た理由は塩野七生の言う通り、「シンデレラ症候群」を演じている女性として観ていたからなのかもしれません。この本は、彼女の映画に対する視点が、自らの映画の楽しみ方にも参考にできるエッセイといえるでしょう。
2010年に朝日出版社で発売された『生き方の演習 ー若者たちへー』は、10代から30代までの若者に向けたエッセイ。塩野七生の講演をまとめた本作ですが、10代から30代でない年齢の大人でも充分に楽しむことができます。
「選択肢を多く持つこと」や「冷静に現実を知ること」、「好奇心を持つこと」など。日本で暮らす若者が社会で生きていくために必要な論点も多いのが本作の魅力。受験勉強や就職活動に向けてスタートを切る若者のエールとも言えるエッセイです。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
- 2010-09-22
「勉強とか仕事というのは一種のリズムで、自分の体や頭をそれに慣らしていくことが大切なんです。」(『生き方の演習 ー若者たちへー』より引用)
なかなか実行するのは難しいですが、やる気にさせられる一言。大人であればもう少し早くこの本に出会っておきたかったと思う人もいるでしょう。仕事が一種のリズムであるというのにも、ついつい納得してしまいます。
「言うは易し行うは難し」とはよく言いますが、逃げてばかりでは仕方がないのも、これまた事実です。塩野七生の『生き方の演習 ー若者たちへー』は、そのような甘んじる心に、待ったをかけてくれるエッセイです。
1989年に書籍化された塩野七生のエッセイです。1991年には『再び男たちへ』も出版。塩野七生のエッセイは経済界の著名人にも広く愛されてきました。『男たちへ』はそのきっかけとなった作品と言えます。彼女が「男はこうあるべき!」という気持ちを綴っています。
日本の男達を励ます塩野七生の、女性らしい皮肉めいた語りも見事です。とにかく、ウマい!と感じる彼女の言葉選びのセンスがこの作品で感じることができます。壮大な歴史小説を執筆する中、数々の男性に出会ってきた塩野七生の真骨頂です。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
「こんなに完璧な人って何人いる?なんて聞かれそうだから、あらかじめ予防線を張っておきます。なに、四六時中そうでなければ成功しないと言っているのではないのです。まあ、一日に十時間この調子でいられる人なら、ということにしましょう。八時間でも無理、なんていう私のような者もいるけれど、私は男ではありませんから。」(『男たちへ』から引用)
かっこいいの一言。こんな台詞を一度でいいから言ってみたい!と思わせます。塩野七生の余裕ある笑みがこちらにまで伝わってきそうです。
塩野七生は『ローマ人の物語』を1年に1度出すと宣言し、欠かさずそれを実行するストイックな性格でもあります。そんな塩野だからこそ言えることがエッセイでは多く語られています。洞察力に優れ、読む者を離さない塩野七生のエッセイの数々……。長い人生の中で1度は読んでおきたいものです。