エンターテイメントの一形態として認知される漫画。その漫画に史実を反映した歴史ジャンルがあることをご存知ですか? 今回はそんな歴史漫画の中から、世界史にスポットを当てた5作の世界史漫画をご紹介します。
紀元前343年。蛮人と思われる青年がギリシア人都市カルディアを目指していました。しかし、その城塞都市はフィリッポス2世率いるマケドニア王国軍に包囲されており、近付けそうにありません。青年は統率されたマケドニア軍が街の周囲を行進する様を見て、力を誇示する示威的行動だと見抜きます。
青年は行進の合間を上手くすり抜けましたが、軍に攻められているカルディアが門を開くはずもありません。そこで彼は、街に入れず立ち往生していた老婦人、隻眼の商人アンティゴノスを利用して、言葉巧みに都市の門を開かせてしまいます。
その青年の名はエウメネス。彼は後に征服王、アレクサンドロス大王の書記官となる男なのです。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2004-10-22
本作は『寄生獣』で有名な岩明均の漫画で、2003年から「月刊アフタヌーン」誌上にて連載されています。知略に富んだエウメネスの活躍を中心に、古代オリエント世界の出来事を描いた世界史漫画です。2010年に文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、2012年には手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しました。
主人公エウメネスは、古代ギリシアの実在の人物。「アレキサンダー大王」として知られるアレクサンドロス3世や、その父フィリッポス2世に仕えた傑物です。ところが書物にエウメネスの名前が出てくるのは、彼がカルディアを去ってからのことで、その前半生は謎に包まれています。
岩明均はこの部分に着目。エウメネスの出自を遊牧民であるスキタイ人に求めることで、文武両道の文官という、史実に基づいた設定に説得力を持たせました。それと同時に、エウメネスの波瀾万丈の人生をより苛烈に演出することにも成功します。
物語中、幼少時のエウメネスはカルディアの富豪の息子として育てられます。彼が養子で、しかもスキタイ人であることはエウメネス本人も含めてほとんどの人間が知りませんでした。富豪の子という立場で膨大な知識に触れ、エウメネスは利発に育ちますが、その生活は突然終わりを告げます。
養父ヒエロニュモスが謀殺され、後ろ盾を失ったエウメネス。そして彼がスキタイ人であることが発覚し、奴隷として売られてしまいます。一転してどん底の生活。
エウメネスが如何にして奴隷身分を脱し、故郷カルディアに戻ってきたのか。そしてどのような経緯でフィリッポス2世と出会い、再びカルディアを去ることになるのか。一介の奴隷から国王付き文官への転身。壮大な歴史ロマンの行く末を、この世界史漫画からご自身の目でお確かめください。
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紀元前245年。中国西方の国、秦。その田舎に信という少年がいました。幼馴染みの漂と共に武芸修行に明け暮れる信。長く続く戦乱に巻き込まれ戦争孤児となった2人には、ある大望がありました。戦乱の世の中を利用し、武功を挙げて、天下に轟く大将軍になるという夢。
ある日、漂は昌文君という大臣に見出され、王宮に仕官することになりました。下働きの下僕から王宮付きの官職という大出世。信は漂に追いつこうと一層奮起します。1ヶ月後、そんな信の前に大怪我を負った漂が現れました。漂は息絶える前に信へと地図を託します。
地図に示された場所には、漂に瓜二つの少年がいました。彼の名前は嬴政(えいせい)と言って、秦国の若き王でした。彼もまた、中国を統一し、戦乱を収めるという大望を持った少年です。それが後に始皇帝となる政と、皇帝に仕える将軍となる信の出会いでした。
- 著者
- 原 泰久
- 出版日
- 2006-05-19
本作は2006年から「週刊ヤングジャンプ」で連載されている原泰久の作品です。春秋戦国時代の激しい動乱期を、野望に燃える少年の目を通して描く世界史漫画。2013年には手塚治虫文化賞でマンガ大賞を受賞しました。
日本で有名な中国史と言えば『三国志演義』で有名な三国時代ですが、物語の舞台となる春秋戦国時代末期は三国時代から遡ることおよそ300年前のこと。史実では秦が戦いを制して群雄割拠の世界を終焉させました。
武によって戦乱で成功しようとする信と、法によって戦乱を治めることを目指す政。この対称的な2人が主人公です。2人は水と油のように相反するように思われますが、胸に抱いた情熱と目指すところは同じ。信が激しく燃え盛る炎なら、政は耐えて燃え上がる時期を待つ熾火のよう。
主人公はどちらも古代中国に実在した人物。主人公の1人、嬴政は後に始皇帝になる少年。秦の始皇帝と言えば歴史でもトップクラスの有名人。秦国の王にして、歴史上初めて中国大陸統一王朝を成し遂げた最初の皇帝です。ちなみに「王」とは一国の君主のことで、「皇帝」とは複数の異なる国家を併呑した君主のこと。
信のモデルとなった李信は、王翦列伝などにその名前が見られ、実際に始皇帝に仕えた武将だったようです。しかし、彼自身の列伝(国に貢献した官僚などの一生を記した歴史書)が存在しないため、現在のところ間接的にしか活躍を窺い知ることが出来ません。よって、この世界史漫画における彼の前半生の活躍は原泰久の創作です。
物語は基本的に史実をなぞって進行しますが、いくつかの出来事は時期的に前後していたり、演出のために脚色されたり、付け加えられた話もあります。自ら戦場に身を投じて軍を率いる信、政治を舞台に高度な視点から戦略的に動く政。身分や現場は違っても、志のために熱く戦う男達の姿がそこにはあります。
紀元前231年。約20年に渉ったローマとカルタゴの戦争(第1次ポエニ戦争)は、カルタゴの敗北で幕を閉じました。戦後処理もままならないカルタゴに対して、ローマを代表する執政官は恫喝外交でさらに追い打ちをかけます。
カルタゴの誇りを打ち砕く無茶な要求に、1人の少年だけが従いませんでした。カルタゴの兵士達も彼に感化され、次々に賛同していきます。遂にはその狂的な態度に、執政官も要求を撤回せざるを得なくなりました。
後にローマ最大の敵と呼ばれる、その少年の名はハンニバル。ハンニバルとローマが初めて相対してから1年後、彼らの運命を左右する天才、スキピオが生まれます。
- 著者
- カガノ ミハチ
- 出版日
- 2011-10-19
ローマの哲学者セネカが語ったとされる「Per aspera ad astra(ペル・アスペラ・アド・アストラ)」。ラテン語で「困難を克服して栄光を獲得する」という意味のこの言葉がタイトルの由来だそう。
本作は2011年から「ウルトラジャンプ」誌上で連載されているカガノミハチの世界史漫画です。今なお戦史に語り継がれる、2大戦術家が行った第2次ポエニ戦争の顛末をダイナミックに描いています。
主人公たるスキピオとハンニバル。両者は実在した人物で、一部のキャラに創作や演出はありますが、物語は史実に忠実に進行していきます。
まずハンニバル・バルカ。カルタゴの勇将ハミルカル・バルカの長子で、わずか9歳にして父の遠征に同行し、バール神殿にて生涯ローマと敵対することを誓ったという逸話があります。ハンニバルとは「バール神の恵み」、バルカは「雷光」を意味する名前です。その名の示す通り、雷神の如き強さでローマ軍を圧倒しました。
もう1人の主人公、プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ハンニバルに劣らない天才で、敵将ハンニバルを正しく評価し、その用兵術を積極的に取り入れました。そして遂にはハンニバルを破り、ローマを救った英雄的人物です。孫に第3次ポエニ戦争でカルタゴを滅ぼしたスキピオ・アエミリアヌスがおり、区別するため大スキピオとも呼ばれます。
強大な共和制ローマに比べて、カルタゴは小国。しかも敗戦で疲弊していました。本来、ローマにとって取るに足らない存在のはずでした。ところが若きハンニバルが頭角を現して、急速にカルタゴ軍を掌握することで事態は一変します。共和制を敷くローマは、何をするにも議会の決議を必要として、一将に率いられた素早いカルタゴ軍に対処出来ません。
この世界史漫画の前半は史実通り、ハンニバルの快進撃が続きます。アルプス越え、トレビアの戦い、トラシメヌス湖畔の戦い、カンナエの戦い……。それを如何にしてスキピオは目にし、吸収していったのか。万を越える軍勢同士の衝突、近代戦術の模範にもされるという天才戦術家の用兵術が見事に描かれ、圧巻の一言です。
1936年8月。世界が熱狂するベルリンオリンピックの裏側で、ひっそりと事件は起こっていました。協合通信ドイツ特派記者の峠草平はオリンピックの取材中に、ドイツに留学中の弟、勲から連絡を受けます。ヒトラーについて重大な話があると。峠が弟の下宿先に向かうと、何者かに殺された勲を発見しました。
勲が残した「R.W」のメモ書きを頼りに独自調査に乗り出す峠。しかし目撃者は見付からず、それどころか弟の遺体も、住んでいた痕跡もいつの間にか消えてなくなっていました。峠はいつのまにか巨大な陰謀に立ち入ってしまっていたのです。
「これは、アドルフと呼ばれた3人の男達の物語である」(『アドルフに告ぐ』より引用)
- 著者
- 手塚 治虫
- 出版日
- 2010-06-11
本作は1983年から「週刊文春」に連載された手塚治虫の世界史漫画です。アドルフの名前を持った3人の男達の物語で、ヒトラーがユダヤ人の血筋であることを記した機密文書が鍵となるサスペンス。これは1986年に講談社漫画賞一般部門を受賞しました。
まずこの世界史漫画で大きく取り上げられている題材「ヒトラーユダヤ人説」について。これはナチ党の法律家だったハンス・フランクが、ヒトラーの家系を調べて発覚したという秘密事項です。本当ならば相当にセンセーショナルな話題ですが、現在では否定されています。本作はこの「ヒトラーユダヤ人説」を前提に創作されているので、その点だけご注意ください。
物語は峠を進行視点にして、3人のアドルフについて語られます。1人は日独ハーフのアドルフ・カウフマン。もう1人は日本に亡命したユダヤ人のアドルフ・カミル。最後ナチスドイツ総統、アドルフ・ヒトラー。このうちのカウフマンとカミルは実在の人物ではありません。
日本在住の少年カウフマンとカミルは、ひょんなことからヒトラーの秘密を知ってしまいます。時勢に飲まれて、ドイツ本国に帰国したカウフマンは秘密を知ったままナチスに傾倒。一方のカミルは、秘密を知っていることで事件に巻き込まれていきます。日本とドイツ、同じアドルフの名を持った親友同士が、ヒトラーの秘密を抱えたまま決裂していく悲劇。
1936年というと、もう間近に迫った第2次世界大戦開戦前夜。峠が事件を追う間も、時々刻々と歴史は動いていきます。実際に同じ手塚治虫作品の『奇子』にも見られた手法ですが、フィクションとノンフィクションが入り乱れて、物語に重厚な厚みが感じられます。
「R.W」のメモは作中では完全には明かされません。ヒトラーが心酔したという作曲家、リヒャルド・ワーグナーのイニシャルがちょうど「R.W」なので、そこから間接的にヒトラーを示唆したものだろうと考えることもできるでしょう。
遂に勃発する第2次世界大戦。ナチスドイツを根底から揺るがすヒトラーの秘密。アドルフという名前の男達の運命は?
西暦1002年、アイスランドの小村。「幸運者」レイフによって語られる、夢のような冒険譚に子供達が目を輝かせていました。西方の海を越えた先に広がる新天地、ヴィンランドの話。幼いトルフィンはその話に夢中でした。
10年後。ヨーロッパ諸国を荒らし回る北人(ノルマンニ)と呼ばれる蛮族がいました。別名ヴァイキング。成長したトルフィンは、そんなヴァイキング集団の1つ、頭目アシェラッド率いる私兵団の一員となっていました。争いに明け暮れ、荒んだ目をしたトルフィンの顔には、冒険に心躍らせた子供の面影はありません。
父トールズを謀殺されたトルフィンは、仇を討つために復讐の戦士と化していました。
- 著者
- 幸村 誠
- 出版日
- 2006-08-23
本作は2005年から「月刊アフタヌーン」で連載されている幸村誠の世界史漫画です。開始当初は「週刊少年マガジン」での週刊連載でしたが、執筆が追いつかないためアフタヌーンに移籍したという経緯があります。
ノルマン(北方)人、あるいはデーン(デンマーク)人。どちらも今日ヴァイキングとして知られる人々の呼称です。ヴァイキングと言えば荒くれ者の海賊といったイメージですが、本作はそんな彼らの生きた時代を写した世界史漫画。主人公トルフィンの成長を描くビルドゥングスロマンでもあります。
父親を殺され、復讐を誓う少年トルフィン。彼にはモデルとなった実在の人物がいます。その名はソルフィン・ソルザルソン。赤毛のエイリークの子、レイフの発見した新大陸ヴィンランドへの移住を計画したアイスランドの探検家です。
実はこのヴィンランドとはアメリカ大陸のこと。コロンブスから遡ること約500年前、すでにレイフ・エイリクソンらアイスランド人がアメリカ大陸に到達していたのです。
トルフィンは復讐の過程で「真の戦士」とは何かを学んでいきます。ヴァイキングの生活は「生きること」とは「戦うこと」、「殺すこと」と同義でした。父の死という劇的な出来事から、闘争の世界に飛び込んだトルフィンにはそれが日常でした。
それがアシェラッドの生き様、デンマークの王子クヌートとの邂逅、別離、再会を経て少しずつ変化していきます。争いのない、戦う必要のない平和な世界がどこかにあるのだろうかと。
このクヌートも実在した人物。イングランド、デンマーク、ノルウェーの3国を支配下に置いたクヌート1世です。クヌート1世とソルフィンの人生が交わったという史実はありませんが、物語上ではトルフィンに多大な影響を与える重要人物。
物語はトルフィンの成長譚の一方で、歴史にも登場するデンマークのイングランド攻略なども描かれます。独特な形状の船を用いた海戦、迫力の戦闘シーンも本作の見所。
いかがでしたか? 歴史漫画の良いところは、文字では煩雑な事実関係が、ビジュアル化されることで非常にわかりやすくなるところ。今回ご紹介した作品は是非、歴史書を紐解きながらお楽しみください。