高学歴、はたまた官製ワーキングプア……。2015年の調査では、1000万人を超える人々が、懸命に働いても所得水準が低い労働者層という結果が出ました。原因、実態、解決策を整理しながら、参考になる本を見ていきます。
ワーキングプアとは、正社員並みか正社員としてフルタイムで働いても、生活の維持が難しい、あるいは生活保護の水準にも到達しないほどの収入しか得られない労働者層のことです。
英語で「プア(poor)」とは「貧困層」といった意味を持ち、「働く貧困層」や「働く貧者」と訳されます。日本では、2000年代半ばから社会問題化しました。
ワーキングプアの年収基準は200万円以下とされることが多く、2015年分の民間給与実態統計調査では1130万人がそれに当たりました。なお非正規雇用者の7割が年収200万円以下とされています(2016年時点)。
ワーキングプアの主な原因を、2点挙げます。
①企業による人件費削減(→非正規雇用者の拡大、賃金の抑制に繋がった)
②最低賃金の低さ
ここで、②の最低賃金について、毎日新聞「論点 働き方改革と最低賃金(2017年2月22日)」を参考に補足していきましょう。
2017年2月時点では、最低賃金の全国平均は時給823円。これではフルタイム(週40時間・年52週間、祝日含む)で働いたとしても、年収は171万円で、ワーキングプアの基準とされる200万円に到達しません。
なお、1人でワンルームに暮らすためには、最低でも1400〜1700円の時給が必要とする試算も出ています。この試算を根拠にして、2015年からは「AEQUITAS(エキタス)」という若者中心のグループが、最低賃金の時給を1500円に引き上げることを求めるデモを行っているのです。
ワーキングプアの実態は様々です。たとえば、以下のような状況が想定されます。
①非正規雇用によって生み出されるワーキングプア
②大学院の卒業者など高学歴とされる人たちが陥る「高学歴ワーキングプア」
③公務員の非正規雇用化によって生まれる「官製ワーキングプア」
問題は複雑化しているといえますが、いずれにせよ、懸命な働きに関わらず低収入であることは共通しているのです。以下の項目では、②の高学歴ワーキングプアと、③の官製ワーキングプアについて、より詳しく見ていきます。
高学歴である大学院博士課程修了者たちは、なぜワーキングプアに陥るのでしょうか。『高学歴ワーキングプア』では、その背景として1991年に文部省によって打ち出された大学院重点化政策があるとします。
大学院の拡充などが目指されたその政策は、大学にとっては、若者の人口が減少していく中で、大学院生からも授業料収入を得られるという利点がありました。
さらに文部省が重点化政策に合致していると考えた大学の予算は、25%アップします。かくして、大学院重点化政策は、文部省と大学の両方によって推し進められ、増産された大学院生たちは行き場を失ったのです。
本書を読むと、高学歴ワーキングプアの現状は「必然的」につくられたものであると感じることでしょう。大学院へ進学した人の責任なのではないのかーーそのような見方を、180度変えてしまうであろう1冊です。
- 著者
- 水月 昭道
- 出版日
- 2007-10-16
公務員は、安定しているーー漠然と共有されているこの常識は、もはや幻想かもしれません。
2012年の自治労調査によれば、非正規雇用の公務員は3人に1人。全国の自治体で進むこの非正規雇用化によって「官製ワーキングプア」が生まれているのです。
しかしなぜ、非正規労働は増えたのでしょうか。『なくそう!官製ワーキングプア』ではその背景として、財政が危機的な自治体による「人件費の削減」を挙げます。そしてその背後にあったものが、新自由主義や小さな政府論が掲げた民営化と規制緩和というイデオロギーだったのです。
ワーキングプアというと、公務員は無関係であるかのような印象を受ける人も多いかもしれません。しかし雇用は不安定化しており、やがてはそれが、市民一人ひとりのための公務公共サービスの劣化へと繋がっていくことが予想されているのです。
公務員が直面している過酷な「リアル」を知るきっかけとして、読んでみてはいかがでしょうか。
- 著者
- 出版日
- 2010-05-06
それでは、ここまで見てきたワーキングプアを解消するためには、どのような対策が考えられるのでしょうか。以下に4点、整理してみます。
①非正規雇用者の削減
②同一労働同一賃金(雇用形態に関わらず、同じ内容の仕事には同じ賃金)の実現
※2017年3月に政府がまとめた「働き方改革の実行計画」では、同一労働同一賃金の導入などが盛り込まれました。
③最低賃金の時給1500円以上への引き上げ
④ベーシックインカム(=全ての個人に必要最低限の生活費が給付される)の導入
①の非正規雇用削減については、繰り返し主張されてきたことでしょう。②の同一労働同一賃金や③の最低賃金引き上げについても、徐々にではありますが変化が見られます。
それでは、あまり聞きなれないかもしれない④の「ベーシックインカム」とは、そもそも何なのでしょうか。より詳しく見ていきましょう。
まず、「ベーシックインカム」という社会政策のもとでは、個人が働いていても求職中であっても、政府によって必要最低限の所得が無条件に与えられます。この政策が導入されれば、誰も働かなくなるのではないかという反論も当然あります。
しかし2011年には、「カナダの州で1970年代に行われたベーシックインカムの実験は、貧困を減らすために有効であった」との報告が、経済学者によってなされました(ハフィントンポストを参考)。なおその報告によれば、ワーキングプア層にも経済的な安定が生み出されたといいます。
また2017年からは、フィンランドがベーシックインカムの試験的な導入を開始。国家レベルではヨーロッパ初の試みで、ベーシックインカムと失業率の関係性を調査していくといいます(ニューズウィークを参考)。
ワーキングプア対策の一つに、ベーシックインカムの導入があると上段で述べました。
しかし「働かざる者食うべからず」という言葉があるように、抵抗を感じる人もいるかもしれません。そんな人にこそ読んでもらいたい本が『ワーキングプアは自己責任か』です。
著者は、「『ベーシックインカム』を支持する論者は、たとえ、働く意志のない人にまで所得を保障することになっても、いくら働いても報われない人たち、あるいは働きたくても働けない人たちが救われるほうがずっとましであると考えている(本書より引用)」と主張します。
私たちは、働いても報われないワーキングプア問題といった現代の貧困背景を踏まえながら、「働かざる者食うべからず」や「自己責任」といった考え方を乗り超えていく必要があるように思われます。そのうえで、ベーシックインカムの導入など、根本的な解決策を導くときが来ているのではないでしょうか。
また本書ではベーシックインカムの他にも、ワーキングプア解消のための対策がいくつか紹介されています。出版された年は2008年ではありますが、ワーキングプアについて基本的な知識を得るには便利な1冊です。また重要な部分は太字となっており、速読しやすい点も魅力的といえるでしょう。
ただし「働きすぎでセックスレスになる若手正社員」、「外国人労働者の脅威」、「自分の子供がワーキングプアにならないようにするためには」などの項目については、論理が雑である印象を受けましたので、関連情報などを探しつつ、批判的に読み進めていくことをおすすめします。
- 著者
- 門倉 貴史
- 出版日
- 2008-03-11
非正規雇用の拡大や賃金の低さなどによって生まれた、ワーキングプア。その実態は、高学歴者から公務員まで様々でした。最低賃金の引き上げや、同一労働同一賃金などの改善は見られていますが、ワーキングプア対策はまだまだ道半ばといえます。
この記事が、自己責任では片付けられないワーキングプアを知るきっかけとして役に立ったならば、嬉しい限りです。