3月になり大卒の新卒採用が本格的に始まりました。 今年の就活生は経団連によるガイドラインにより企業の採用活動開始が3月になった最初の学年です。 仕事探しとなると自分の希望や都合だけで考えがちですが雇用は対象となる企業、経済や法、さらにはテクノロジーなど「様々な要素」により成立しています。 そこで今回は「はたらく」ことを多方面から考えることができる本を紹介します。一見、難しそうなタイトルが並んでいますが、怖がらずに読んでくだされば一歩踏み込んで「はたらく」を考えられるはずです。
なによりもまず確認しなければならないのは、「普通に働く」とはどういうことか、です。本書の前書きでは「この本の(中略)裏テーマは正しい労働リテラシー、メディアリテラシーを身に付けようということである」と書かれています。
1章ではエッセイ形式、2章ではデータに基づく雇用状況が書かれており、3章では「私たちはメディアに踊らされていないか」という警鐘が鳴らされています。その典型的なものが「100社にエントリーしても内定が得られないかわいそうな若者」などの報道ですが、このような報道には虚実が入り混じっており、それが「普通」を大変にわかりにくくしています。
- 著者
- 常見陽平
- 出版日
- 2013-10-10
では、普通の働き方とはどういうものでしょうか。そもそも、どういうメカニズムによって私たちの働き方や賃金は決まっているのでしょうか。
それを経済的な側面から研究する学問に労働経済学というものがあります。
- 著者
- 太田 聰一 橘木 俊詔
- 出版日
- 2012-02-22
労働経済学によれば、労働市場には「労働供給」と「労働需要」があり、それが交わる点として「均衡賃金」や「均衡雇用量」が決まります。しかし、それだけでは「なぜ人によって賃金は違うのか」という謎が残ります。
この謎を解説しているのが、この本の醍醐味です。
例えば第4章では、賃金格差は生産性の差によるという「生産性格差説」、仕事の魅力度が賃金に影響するという「均等化差異説」、または「技術革新による影響」などが紹介されています。賃金や労働条件は、企業の都合だけで決まるのではなく、そういった様々な要因によって決定されるのです。
さらには「第3部 誰もが安心して働ける社会をめざして」として、高失業率の問題や女性の社会進出、若者・高齢者の労働について、どう捉えどう向き合えばよいのかについても触れており、「はたらく」ということをマクロな視野でみることができるのです。
経済学は、原則として自由な経済活動を前提としています。しかし、企業が経済的利益を出すために労働者を自由(=無制限)に利用すれば、問題が起こることは明らかです。そのため、労働法により「労働者の権利」と「企業側への規制」が定められています。
しかし、実際の労働状況は法的に問題がある場合が少なくありません。そこで、日本の労働の実態と働く人の権利を確認できるのがこの本です。
- 著者
- 今野 晴貴
- 出版日
- 2013-04-26
著者はベストセラーとなった『ブラック企業』(文春新書)の今野晴貴氏です。
『ブラック企業』がそのような企業の「社会的な影響」に重きを置いていた一方、本書は契約や労働法という「働く人と企業との法的な関係」に重きを置いています。
労働とはそもそも企業と個人の合意による「自由契約」である、というのがこの本の出発点です。それがなぜ、働く人が違法な労働に耐えなければならない状況になったのか。その理由が本書で分析され、解決方法へのアドバイスも提案されています。
労働者の権利を守ることは大切ですが、その権利が無制限に拡大すれば、企業は利益を出すことができず他社との競争に敗れてしまいます。自分が働いている企業が倒産し雇用が失われてしまえば元も子もありません。
ですから実際の雇用は、「自由な経済活動」を前提とした経済学的な活動と、「労働者の権利の保障・雇用主への規制」による法学的な公正さとのバランスで成り立っています。それを1冊で理解できるのがこの本です。
- 著者
- 大内 伸哉 川口 大司
- 出版日
- 2014-01-31
本書では、バリバリのキャリアパーソンから、就職に苦労する学生、非正規雇用や主婦・パートまで、様々な形で働く登場人物が織りなすストーリーが(ときには社内恋愛や不倫も)描かれます。そのストーリーを追いながら、労働経済学者と労働法学者が、それぞれの立場から解説をしていきます。
その解説を通じて、「内定取消の法的な意味」「スティグマ効果」「情報の非対称性」「モラルハザード」「労働組合」といった、働くことに関わる法学的・経済学的な知識を得ることができる1冊です。
以上で述べたように、労働者には解雇規制など一定の権利が認められています。しかしその一方で、テクノロジーの発展により「働く機会そのもの」が失われつつあると警鐘を鳴らすのが『機械との競争』です。
- 著者
- エリク・ブリニョルフソン アンドリュー・マカフィー
- 出版日
- 2013-02-07
本書では、リーマンショック後のアメリカで、設備投資が回復したにも関わらず雇用が増えていない現状(2011年時点)を、テクノロジーの発展によるものだと理由付けています。
そしてそのテクノロジーは、「ICの集積は18か月ごとに倍増する」という「ムーアの法則」で私たちが想定する以上に進化し、それは今後も続くであろうという予想をしています。具体例として、2004年には8時間かけて12kmしか走行できなかった完全自動運転車が、2010年にはアメリカの道路1600kmを走破したことなどを挙げています。
人間と違い、機械には残業代も休憩時間も必要ありません。人間の労働は機械に取って代わられるのでしょうか。これについて、本書では悲観的な側面と、楽観的な側面を記述しています。
楽観的な側面の例として、1997年にコンピュータがチェスで世界最強の人間を破ったものの、現在の世界最強のチェスのプレーヤーはコンピュータではなく、「コンピュータを使った人間」であることを挙げています。
このように本書では「機械との競争」でなく、「機械との協同」を提案しています。
最後に紹介するのは哲学者の鷲田清一氏による仕事論です。
- 著者
- 鷲田 清一
- 出版日
- 2011-12-13
本書は1996年に刊行され、それが2011年に文庫化されたものです。時代感覚として現在とは異なる面もありますが、哲学ならではの「時代を超えた価値」のある1冊です。
本書でまず取り上げられるのは、仕事における「pro-」という「前のめり」な 姿勢に対する問題提起です。
プロフェッショナル、プロモーション、プロジェクト、プログレッシブ(進歩)、といった仕事で使われる言葉が、前のめりで余裕のない状態を生んでいるとしています。
本書では冗談混じりに、新幹線の中で見かけたという「車内で『ゆとりプロジェクト企画』を必死に作成している、ゆとりのないサラリーマン」を例に挙げています。今ではタブレットやスマートフォンの登場で、さらにビジネスマンのゆとりはなくなっているのかもしれません。
本書では、このような仕事の姿勢を出発点として、マックス・ウェーバー、ボードリヤール、ジョン・ロック、シモーヌ・ヴェイユ、ハンナ・アレントといった思想家の言葉を引用しつつ、「仕事」について考察していきます。
そして、この本のもう1つの重要な要素は「遊び」です「前のめり=pro-」な姿勢によって仕事から「遊び」が喪失し、「ときめきのない労働」となっていることを著者は懸念しています。
最後に、本書の一部を引用してこの記事を終わらせましょう。
「ヨハン・ホイジンガが『ホモ・ルーデンス』(1983年)のなかで問うたように、労働が文明という価値の基礎をなすのか遊びがそうなのかは、おそらく重要な問題ではない。遊びは人間を虚構の世界にあそばせるものであり、その点でひとを自然必然性の外へと連れだしてくれるものであるが、しかし労働もまた自然を加工し変換することとして、まさにひとを自然必然性の外へ連れだすものであるはずだからである。」(P119)