「夫婦で、家族で、どちらが、どれだけ悪いか、なんて、今になって思えばだけれど、そんな追及に答えはないんだ」
どこにでもいる家族の、どこにでもある日常を切り取った短編集。
初めて読んだ時、あまりの既視感に駅前の喫茶店でボロボロ泣いたのを覚えている。彼女の小説を読むと安心するのは、弱いところ、ずるいところも全て肯定され、救われる気がするからだ。小さな柔らかい棘が心にいくつも刺さるが、それは意外にも心地良かった。初めて窪美澄を読むなら、本書を薦めたい。
「女のわがままなんて、かわいいもんだって。私を大事にしてくれ、って、あいつらの言いたいことはそれだけなんだから」
祝福された愛に孤独を感じる女。別の恋に堕ちる男。
自分に同じ経験はないのに、忘れかけていたかさぶたを剥がされたような感覚。薄い皮の下に、赤い血が滲み出す。私の知っている、名前のなかった痛みが溶けていった。大人にも複雑な思春期があるのだ。
「いつの間にか皆、慣れてしまったのだ」
妻の妊娠中、逃げるように浮気をする男や、パート先のアルバイト学生に焦がれる中年の主婦。
作品全体にしとしとと降り続ける雨は、次第にどっしりとした重みに変わる。雨の中、水分をたっぷり含んだ靴を引きずって歩くような、あの気だるい重み。不倫、格差婚、介護、いじめ、子育てーーどれも近く、それでいて目を背けがちな問題を、傘をさせずにいる私たちへ投げかけてくれる。