オードリー・ヘップバーンの写真、名言、レシピ本まで。おすすめ5冊!

更新:2017.4.30

映画『ローマの休日』などの主演女優として有名なオードリー・ヘップバーン。そんな彼女の生涯や、女優としてまた一人の人間としての彼女の横顔について知ることのできる本をまとめてみました。

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オードリー・ヘップバーンとは

オードリー・ヘップバーン(1929~1993)は、20世紀を代表するハリウッド女優の1人です。アメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)が選んだ「もっとも偉大な女優50選」の中でも第3位に選ばれています。

彼女は、1929年にベルギーのブリュッセルで生まれました。父はイギリス人、母はオランダ人であるため、彼女の国籍はイギリス人ということになっています。

5歳のころからバレエを習い始め、何人かのバレリーナに師事したのち、1948年にはイギリスに移って、ロンドンのウエスト・エンドで舞台に立ったり、数本の映画に出演したりして経験を積みました。

最初に主演女優として出演したのは、1951年のブロードウェイ舞台作品『ジジ』です。その後1953年に主演を演じた映画が、有名な『ローマの休日』でした。スペイン広場でのシーンが有名なこの映画において、ヒロインのアン王女役を見事演じきったオードリー・ヘップバーンはアカデミー主演女優賞を受賞。それまで映画界で無名だった彼女の名は世界中に広まりました。

『ローマの休日』での名演を皮切りに、『麗しのサブリナ』(1954年)や『尼僧物語』(1959年)、『ティファニーで朝食を』(1961年)、『マイ・フェア・レディ』(1964年)などの名作でヒロインを演じています。これらの功績からアカデミー賞のほか、グラミー賞とエミー賞も受賞しました。

彼女の女優としての活躍は映画だけでなく、舞台作品でも光ります。1954年の『オンディーヌ』ではトニー賞を受賞しました。その結果オードリー・ヘップバーンはアカデミー賞、グラミー賞、エミー賞、トニー賞の4つの受賞経験を持つ数少ない人の1人に数えられています。

その後の彼女は、年齢とともに女優としての仕事が減っていき、余生を国連のユニセフ(国連児童基金)への貢献活動に捧げました。特に1988年から1992年にかけてアフリカや南米、アジアの恵まれない人々のための活動を積極的に行っています。晩年の1992年にはそれまでのユニセフ親善大使としての活動をたたえられる形で大統領自由勲章(アメリカ合衆国の文民に送られる最高位の勲章)を授与されました。

しかし、1992年秋ごろから虫垂癌に悩まされるようになり、大統領自由勲章を授与されてから1か月後の1993年1月に63歳の生涯を閉じました。

オードリー・ヘップバーンにまつわる逸話4つ!

1:反ナチス運動の参加者だった

幼少の頃からバレエの経験を積んでいたオードリーは、1944年ころにはバレエ公演ができるほどになっていました。そんな彼女は秘密裏に公演を行い、そこで得た資金を反ナチスのレジスタンス活動に提供していたと言われています。 また、当時の悲惨な戦争体験が、後のユニセフへの献身に繋がりました。

2:実は「鼻」にコンプレックスをもっていた?

スッと通った鼻は、彼女にとっては大嫌いでコンプレックスでもありました。 しかしその鼻をあえて隠さず、相手の視線が鼻に集まらないよう、目や眉に特徴を持たせる工夫をしたと言われています。

3:摂食障害だった?

オードリーが10代の頃は、ナチスがヨーロッパを席巻していた時代でした。 その中で、身を隠しながら生きていた彼女は食糧難の中で過ごしており、16歳の時点で40kgを下回っていました。 この経験が摂食障害に近い精神状態を作り上げてしまったと言われています。
 

4:多言語を操る才女だった!

オードリーは、父がイギリス人で母がオランダ人。 さらに幼少期にイギリス・ベルギー・オランダを行き来していた関係で、英語とオランダ語の2カ国語を話す生活は早くから始まっていたようです。

さらに、海外に出る機会に恵まれていたこともあり、スペイン語、イタリア語、フランス語まで話せ、合計5か国語を操っていたと言われています。

オードリー・ヘップバーンの「映画」にまつわる逸話5つ!

1:『ローマの休日』に出演するまでの経緯について 
 

「ローマの休日」はアメリカ人の映画監督ウィリアム・ワイラーによって撮影されたものです。そのヒロインに、なせヨーロッパ人である彼女が選ばれたのでしょうか?

当時ウィリアムはハリウッド女優の中からヒロインを探していましたが、「王族の女性」というイメージに合う女優が見つかりませんでした。アメリカには王室がなかった、ということが影響していると言われています。 ならば王室の多いヨーロッパで探そうということとなり、スカウトマンの一人がオードリーを見つけたのです。

2:映画からファッションが発信した

1954年に公開された映画「麗しのサブリナ」のヒロインとして出演した際、彼女が着用していたパンツが「サブリナパンツ」と呼ばれ、ファッション界に影響を与えました。 1955年には、ゴールデングローブ賞を受賞したことで、その影響はさらに大きくなっています。

3:最後の映画出演について

ローマの休日が代表作であるオードリーの最後の映画出演作品は、1989年公開の「オールウェイズ」で天使役で出演しました。 1970年代から女優業から遠ざかり、ユニセフ等の人道活動へシフトしていった彼女の遺作として有名です。

4:言を担ぐ一面があった

オードリーは、自身のラッキーナンバーとされていた「55」に大変こだわっており、「ローマの休日」「ティファニーで朝食を」「パリで一緒に」などの撮影で用意された楽屋も必ず「55」番を使っていたといわれています。

さらに、「ローマの休日」でアカデミー賞を受賞した際、式典には撮影で使用したドレスを「ラッキードレス」と名付けてて着用していたと言われ、苦労人・努力家といった人生とはギャップのある一面ものぞかせています。

5:ペットに「鹿」を飼っていた?

彼女が主演を務めていた映画『緑の館』では、ピピンという名の小鹿が登場します。 撮影用として用意された鹿でしたが、撮影中も哺乳瓶を使ってミルクを上げるなどのピピンとの関係構築を頑張っていたようですが、ピピンにメロメロになったヘップバーンは撮影後にそのまま引き取って飼いだしてしまったそうです。

20世紀を生きた一人の女性としてのオードリー・ヘップバーンに出会える

オードリー・ヘップバーンの生涯をつづった伝記『オードリー・ヘップバーン物語』。「一人の女性」としての彼女の生涯を伝記作家のバリー・パリスがつづったものです。

上巻と下巻から構成されている書籍で、上巻ではオードリー・ヘップバーンの幼少期から戦争を経て、ハリウッド女優としての地位を確立していくところまでを描き、下巻ではハリウッド女優としての華やかな時代から、後半生にユニセフの親善大使を務めた時代、そして病没するまでの、一人の女性としての心の内をつづっています。
 

著者
バリー パリス
出版日

実際にはあまり自分の生涯について語ることがなかったオードリー・ヘップバーンの生涯について書かれているものです。特徴的なのは、描くにあたって、彼女の家族や友人などへの丁寧な聞き取りや細かいリサーチ、そして豊富な未公開の写真資料によって、これまであまり知られることのなかったオードリー・ヘップバーンの生涯を生き生きと描写している点です。

伝聞や推量といったものが極力排除された客観的な文章で書かれていて、ハリウッドの歴史に残る名女優としてだけでなく、20世紀を生きた一人の女性としての彼女の生涯を知ることができます。

映画女優としてのオードリー・ヘップバーンのレアな姿や横顔まで楽しめる

オードリーの生涯を、写真を中心に追っていくことができる『オードリー・ヘプバーン パーフェクトスタイルオブオードリー』。写真がふんだんに使われており、往時のオードリーの活躍や横顔について写真資料を通じて生き生きと知ることができます。

大人気の映画女優として活躍していたころの、見たことのある写真もあれば、プライベートな姿やマタニティ姿を写したレアな写真がふんだんに載せられた本です。白黒写真のイメージが強い彼女ですが、本書ではカラー写真でもオードリーの姿を見ていくことができます。

著者
出版日

写真がふんだんに使われている本書ですが、写真の解説やオードリーに関する詳細な情報データからは、様々な角度から彼女の生涯や活躍について知ることができます。

ただ、魅力的な写真ばかりで見始めたら止まらないので、仕事や勉強の合間に読むのは注意です。

オードリー・ヘップバーンの生きざまに迫る

基本的な本の構成としては、右側に彼女が残した言葉を、左側にその言葉にまつわるエピソードが書かれています。等身大の彼女の言葉を、見開きで知ることができます。

著者
山口路子
出版日
2016-08-10

世界的に有名で、かつ多くの人々から愛されたオードリー・ヘップバーン。しかし、それでもなお彼女はその立場に甘えたり傲慢になることなく、むしろ謙虚で控えめで、芯の強い一人の女性であり続けました。本書に掲載されているオードリー・ヘップバーンの言葉からは、そんな彼女の人柄がにじみ出てくることでしょう。

その言葉の中には、驚かされるものもあるかもしれません。例えば、「私は自分を美人だと思ったことがありません」という言葉が出てきます。あの美貌で人気を集めた彼女にしては意外と思える言葉も散りばめられており、オードリー・ヘップバーンについて新しい発見が期待できます。

60年代のオードリーがここに!

オードリーの没後20周年に当たる2013年に、彼女を追悼する意味合いで出版されたのが、『Audrey: オードリー・ヘップバーン 60年代の映画とファッション』です。オードリーが出演した代表的な映画作品の名シーンをとりあげて、当時の彼女の装いにスポットを当てている本です。

著者
デイヴィッド ウィルズ
出版日
2013-07-25

この本は、オードリーのオリジナルの写真を世界で最も所有しているオーストラリアのライター、デイヴィット・ウィルズにより執筆されています。彼女にゆかりのあった映画監督やファッションデザイナー、映画の共演者らによる賛辞や、エピソードを紹介するほかオードリー自身の回想も交えています。

そして、262点にも及ぶ写真にも注目。リチャード・アヴェドンやバート・スターン、セシル・ビートンといった60年代を代表する名写真家が撮影したものが中心となっています。あらためて60年代の彼女の活躍ぶりがどれだけのものであったか、感じることができます。

家庭人としてのオードリー・ヘップバーン

オードリーの実の息子であるルカ・ドッティが執筆した『オードリーat Home―母の台所の思い出 レシピ、写真、家族のものがたり』は、息子から見た母親オードリーの家庭人としての横顔を描いたものです。

家庭の中で生きる一人の女性としてのオードリーを描いていることから、オードリーが一人の女性として積み重ねてきた経験や恋、家庭の中で考えていたこと、妊娠や流産のことなど、個人としてのオードリーについて深く書かれています。

著者
["ルカ ドッティ", "ルイージ スピノーラ"]
出版日

そして、気になるのがタイトルにもあるオードリーが作ったレシピです。彼女が家庭に生きる女性としてもたくましく生きていたことがうかがえます。レシピ集というと淡白な印象がありますが、そこに込められたオードリーの思いに耳を傾けてみると、面白いものです。

家庭人としてのオードリー、そして一人の女性・母親としてのオードリーに出会いたいのならば、この本は読む価値があります。

 

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