田舎暮らし、はじめました。サラリーマンを辞めて一念発起、家族でこちらへ移ってきたんですよー、隣で微笑む妻、最初は反対したんですけどね、やっぱり空気が違いますよね、子どもたちにものびのび育ってほしくって。ほらこれ、有機で育てたうちの野菜です、ではちょっと失礼して、生でがぶり、わああ甘~~い、これが本当のお野菜の味なんですねえ~~。お住まいは丸太のシャレオツなログハウス、入り口に『WELCOME』なんて手作りの札つけちゃったり。年がら年中みんなにこにこ、いいですわねえ、スローライフ、うふふふふ。ほんとかよ。
なんやかんやで信州の田舎に嫁ぎましたが、まずもって、うちは丸太作りではなかった。雰囲気ある重厚な古民家でもなかった。はい、スローライフ計画やめやめ~~。なんたって隣はコンビニだ。そんなロハスがあるものか。
とはいえ、ロハス改めアーバン&コンビニエンスな我が家にも、白壁の蔵がある。というか、近隣の家々はたいてい蔵を持っている。ちょっと奥さま、蔵ですって。はい、江戸川乱歩入りました~。神棚には大量の謎のおふだ、その辺歩きゃ謎の石碑、謎の小さい祠はなぜか時々戸が半開きだ。そういった、何だかよくわからん土着の民俗的なあれやこれや、なんと言いますか、大変貧弱な言語表現で恐縮ですが、リアル横溝正史の世界が、日常のすぐ隣に口を開けており、よそからきた嫁にとって、毎日がそういうのいちいち面白がる「横溝プレイ」なのであった。そもそも犬神家のスケキヨ(仮)がびょーんと両足突き出してたのは諏訪湖じゃん。ご近所!
東京で仕事を終え、新宿発の最終バスで帰ってくると、最寄りのバス停につくのが午前一時。そこから家までほんの一キロちょいの道のりではあるが、だいたい、うちの周りは夜八時を過ぎるとすでに深夜の雰囲気なのだった。あたりはしんと寝静まり、街灯の数もまばら、今夜はずいぶん足元が見えるなあ、と思えば満月だったり。ねえねえ今どきありますか、月の満ち欠けを実感することってさ。辻々にはいわくありげな石塔や庚申塚が。在所の入り組んだ小径は生垣で見通しがきかず、途中、武田信玄が処刑した地侍八人の首をさらしたという場所があって、真ん中に苔むした石塔、両脇にお地蔵様、そして首のない石像がいくつも並ぶ。ひぃぃ~~~。まさかこんな身近にリアル八つ墓村が。昼間でさえ空気がおかしなところなのに、真夜中そこ歩くとかほんとマジむりなんで! あああ、たかが千円ぽっちのタクシー代をケチるんじゃあなかったああ!
さあ、今こそ横溝プレイの真骨頂! 逆に盛り上がっちゃう、気分アゲアゲ~~~(やけくそ)
『悪魔の手毬唄』
- 著者
- 横溝 正史
- 出版日
- 1971-07-14
四方を山に囲まれた鬼首村で、手毬唄の歌詞通りに人が死んでゆく。日本的情緒世界と、英米的本格トリックの見事な融合。そこで起こる惨劇は、怖いのについ指と指の間からじっと覗いてしまうような、毒々しい無残絵さながらの美しさ。大横溝ワールド万歳。
うちにも屋号があります。あれですよ、明治の御一新以前、名字帯刀を許されなかった一般庶民が名乗っていた、名字みたいなやつ。やったー、憧れの屋号もち~~。枡屋、秤屋、錠前屋ですよ。うーちのうーらのせんざいにィ~、ですよ。あれ、どうした、へいちゃんの金田一耕助、観てない?
うちは「飴屋(あめや)」で、明治だか大正だか、まあざっくりその辺に飴を作っていたらしい。まんまやがな。なので私は嫁いだ当初、挨拶に回った近所の人々から、飴屋の嫁さま、と呼ばれていた。ヘイヘイヘイ、あめやのよめさまて。これ、手毬唄あったら完全に殺されるやつやん。おっけー、目には目を歯には歯を、恐怖には恐怖を倍返し。尻切れ草履をぴたぴた鳴らし、もぐもぐ呟いてやりましょう。おりんでござりやす、お庄屋さんのところへもどってまいりました、なにぶんかわいがってやってつかあさい。ひぃぃぃ、ぼっけえ、きょうてええ!!
『山魔の如き嗤うもの』
- 著者
- 三津田 信三
- 出版日
- 2011-05-13
忌み山で続発する不気味な謎の現象、山村の風習「成人参り」での怪異と恐怖の体験、凄惨な連続見立て殺人の謎。放浪の怪奇作家・刀城言耶シリーズ第四長編。
このひとが書く本はね、全部怖いんすよ。地名やら人名やらまで、禍々しいにもほどがある。作りとしてはホラーと本格ミステリの融合なんですけど、なんだかんだ殺人があって、探偵役がいて、怪異や謎を論理的に解く、説明してくれる、んですけど、ああよかった~やっぱ生きてる人間の仕業じゃん~と思えば、どーんと全てをひっくり返したり。読み手を全然安心させてくれないのです。読んでる間も読み終わった後もずっと怖い。もう、持ってるだけで縁起悪そうで、本買えないんすよ。買うけど。
あ、ついでに謎の風習をひとつ。春になると、スピーカーから甲高い木曽節を流しながら、謎の軽トラが集落中を回ります。
木曽のナア~~ 中乗りさァ~ん~~~~
木曽のおんたけさんはァ ナンジャラホーイ
頭に鉢巻、手に白木の杖、祭り装束に身を固めた屈強な男たちが十人余り、軽トラの荷台に載せられた長持ちを支えながら、ぞろぞろ庭に入ってくる。
どうやら、長持ち(ながもち)、とかいう行事らしいんですけど。こええよ。
長持ち、昔、衣服とか入れてた箪笥代わりの木箱ね、あれが神社の紙垂(しで)やらおかめの面飾りやら笹の葉やらで飾り立てられて、なおかつ五メートル余りの竿にぶらさげられて、それを担ぎ手が担ぐ。
リーダーがマイクで唄う長持ち唄に合わせ、担ぎ手二人がギシギシ長持ちを揺すって練る、というものなんですけど、ギシギシ、というかもう、ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅんえらい騒ぎで、しかもそれは想像以上に長くて、ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅん何だかこっちも軽くトランス状態、一体この長持ち何が入ってんの? なんでぎゅんぎゅん言わせんの? そもそもこれ何のお祭り? つーか、いつまでやってんだ! ハアどっこいどっこい、どっこいしょおォッ。
いい加減腹立ってきたころ唄が終わり、口上。では、弥栄を祈念してェ~、手締めを行いますゥ~、よお~お! 三本締め。おめでとうございました~~~! ぞろぞろぞろ、次のお宅へ。きそォのナア~~~なかのりィさ~ん~~~~。
夫や義父に、えっと、で、あれはどういうあれですか、と尋ねてみても、さあなんだろなあ長持ちだなあと首をひねるばかり。いやいや、そんなアバウトな。まったく頓着していないところが逆に怪しい。え、そうやってとぼけてるけど、まさか、もしかして、よそ者には教えられない、何やら怪しいあれだったりなんだったりして、ひぃぃぃ~~~!
と、よそからきた嫁は、疑心暗鬼の眼で、きゃつらをじっと見るのであった。つづく。