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桜の木の下は「魔界」への入り口?春の始まりに読みたい少し不思議な3作品

更新:2020.11.30 作成:2016.3.29

春といえば桜。私はいつからか桜を見ると「畏れの念」を抱くようになりました。散り際などは特に。幻想的、と言ったら聞こえはいいですが、それ以上に自分の意識が圧倒されるような「恐ろしいもの」に見えてしまうのです。もしかしたら同じような感覚をお持ちの方もいるかもしれません。「美しいものには棘がある」というような言い方もあるように、美しいものには何か「魔性」で「外道」なところがあるような気がします。今回は、桜を切り口に「魔性」や「外道」が垣間見える3作品を紹介します。

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桜の森の満開の下の秘密は誰にも今にも分かりません。

梶井基次郎は『櫻の樹の下には』という短編の冒頭で「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」と書き記しました。美しさの裏にはそれとは相反するような何かが潜んでいる、という感覚は先人にもあったようです。今回紹介する坂口安吾の『桜の森の満開の下』では、そのえも言われぬ感覚を説話形式の文体で書き記した作品です。
著者
坂口 安吾
出版日
1989-04-03
ある峠の山賊の男は、通りがかった旅人を身ぐるみ剥がし、気に入った連れは自分の女房にしていました。この峠にあるものはすべて自分のものだと豪語する彼ですが、唯一桜の森を異様に怖がります。なぜならば、「花の下は涯(はて)がない」という漠然とした不安に駆られ、満開の桜の下では「怖ろしくなって気が変に」なってしまうからです。そんなある日、妖しくも美しい女と出会い、彼の生活が一変します。ここから先は読んでのお楽しみですが、桜の森の満開の下においては、美醜、生死といったものが清濁併せ呑まれてしまう大きな力があることに気付かされます。

安吾の作品に共通する「堕ちるを堕ちきる」べきという主題がこの作品にも描かれており、とりわけこの作品は人間の本質にある悲哀や孤独さに焦点を当てています。それにもかかわらず不思議と透明感を保った稀有な幻想怪奇物語です。

「どこかへ行こう。二人で遠くへ逃げよう。さびしいみずうみの岸へ、どう。」

子どもの頃、何かにひどく目(や心)を奪われて知らず知らずのうちにその後を追ってしまう癖があった…という方は少なからずいるのではないでしょうか。そんな癖のある人はなぜそのような行動に至ってしまうのでしょうか?
著者
川端 康成
出版日
1960-12-25
気に入った美しい女を見かけると、何かに憑かれたようにその後を追ってしまう奇行癖のある男・銀平が、女からの告発を恐れて季節はずれの軽井沢に逃げてくる場面から物語は始まり、銀平の行動を追った「現在」を軸に、適時銀平の「回想」と女の物語が語られていきます。

銀平の「回想」の中では二人の女が、そして「現在」の中では一人の女が登場しますが、「回想」に登場する二人の女は、それぞれ(自覚の有無を問わず)「魔性」を兼ね備えています。一種のオーラとも言い換えることができますが、この「魔性」は容姿の良し悪しは関係なく、目を惹きつけてしまう天性のようなものなのだそうです。

俗っぽく言ってしまえば「ストーカー物語」と言われかねないこの作品ですが、銀平には生々しい肉体への情念というよりも、純粋に美しいものへの憧憬が原動力となっているところがこの作品の美しさに繋がっています。また、作中の「魔性」が追う者/追われる者の関係にどう作用しているのかにも注目です。

―わたしは樹液となって櫻の幹の中を流れている。

いけないと思いながらもついついしてしまう行為ってありますか。あるという方はきっと、それを「いけないこと」と自覚するととたんに自分がとてつもない「外道」に思えてしまうことが大なり小なりあるのではないでしょうか。
著者
皆川 博子
出版日
2013-12-04
『少女外道』は、戦中戦後の少年少女の歪んだ想い、芽吹いていく性への関心など、いわゆる思春期特有の無垢の残酷さが描かれた皆川博子の短篇集のうちの一つです。

裕福な家庭で育ったものの、戦前から戦後をひとりで生きてきた画家の久緒。彼女は少女の頃、彼女の家に通っていた植木職人の息子・葉次が傷付き苦しむ姿に「決して他人に悟られてはならない感情」を覚えます。そんな歪んだ感情を秘めたまま、美術学校に進んだ彼女はやがて画家に。そしてある日、「外道」を覚えたきっかけである葉次と再会するのですが…。

久緒が小学校に入る年に植えられた「樹齢五十年に近い」櫻が作中の時の流れを現しており、36ページほどしかないにもかかわらず過ぎゆく年月の厚みと「外道」を覚えた少女が女性になっていく過程をまざまざと見させられる一作です。

今年の花見は今回紹介したような本を携えて物思いに耽ってみてはいかがでしょうか?もしかしたら今まで過ごしてきた春とは少し違った不思議な経験ができるかもしれませんよ。