過労死、こんな前兆に注意!知っておきたい危険信号から対策まで

更新:2021.12.5

行き過ぎた労働やストレスによって、突然引き起こされる過労死。英語の辞典でもkaroshiと訳されるほどで、諸外国では見られない日本特有の現象といえるでしょう。今回はその前兆や事例、原因、対策、取り組みを整理しました。

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過労死の前兆

JIJICO(2016)によれば、過労死には以下のような前兆があります。

①寝つきが悪い

②以前は簡単にできていたことができない

③すべてにやる気が起きない

④朝起きることができない

⑤顔色が悪い

⑥コミュニケーションのなかで、違和感のある反応をする

以上は、ほんの一部の前兆です。本人も周囲にいる人たちも、過労死の前触れに気づけない場合もあるのです。

長時間にわたる労働や極度のストレスによって、体や心にわずかでも異変を感じている方は無理をせず、身近にいる人や病院、労働組合などに相談することが重要です。

過労死の事例

残念なことに、過労死の事例は数多くあります。

2015年には、大手広告代理店電通の新入社員だった高橋まつりさんが過労自殺しました。高橋さんは、月100時間以上にもわたる長時間労働をしており、SNSではパワハラやセクハラについても訴えていたといいます。

なお同社は91年にも、入社2年目の社員が自殺しています。残業時間は月に140時間を超え、上司からは靴に注がれたビールの飲用を強要されるといったパワハラも受けていたといいます。

1980年代後半以降、社会問題化した過労死・過労自殺ですが、ここ「最近」の問題といえるのでしょうか。

そもそも過労死は「最近」の問題なのか

驚くべきことに「職場での過労自殺は、1990年代以降の新しい現象と受け取られがちだが、20世紀初頭(明治・大正・昭和初期)にすでに、長野県下で多数発生していた」と『過労自殺 第二版』では述べられています。

著者
川人 博
出版日
2014-07-19

本書によれば、明治から昭和初期にかけて、長野県の諏訪湖周辺の製糸工場で働いていた多くの女工たちが諏訪湖に身を投げるなどして自殺したのだといいます。その背景にあったのは《過酷な長時間労働》でした。

蒸気が充満する工場内で、ほぼ休むことなく1日14〜15時間働き、ときとして罰金すら課されていました。また埋葬料の請求を避けるためか、自殺した女工たちが眠る無縁墓地に来る遺族が自分の娘だと申し出るケースは少なかったそうです。

ひるがえって現代の日本でも《過酷な長時間労働》によって自殺に追い込まれる労働者が後を絶ちません。このように過労自殺を歴史から眺めてみると、問題の根深さに驚かされることでしょう。

本書では、1990年代から2000年代にかけての過労死の事例や今後の対策についても記述があります。たとえば対策としては、労働時間の規制やインターバル規制の導入についてはもちろん、人員・予算・納期などにゆとりがあり、命や健康を最優先できる職場環境(義理を欠ける職場)を整備していったり、失業後の精神的・経済的負担を社会全体で軽減していったりする必要があると訴えます。

情報量はありますが、新書ならではの読みやすさがあり、過労自殺を考える際には、まずは手に取りたい1冊といえるでしょう。

次に、過労死の原因について見ていきます。

過労死の原因として、3点を整理しました。

①正社員の削減、人手不足

正社員の削減により、残る正社員の責任や負担が重くなったり、新人でも即戦力として経験や能力以上の仕事やノルマが課され、責任を問われるようになったりしています。なお正社員削減の背景には、企業の経営状況の悪化などによる行き過ぎた人件費の削減などが挙げられます。

また、業務量に対して正社員の人数が少なくなることにより、非正規労働者にも正社員レベルのノルマ達成や残業が求められるようになっています。

②劣悪な職場環境、ワークライフバランスの不徹底

労働時間が短い場合でも、精神疾患をわずらう事例もあります。ハラスメントなどが横行する劣悪な職場環境が問題視されてきているのです。「タイムマネジメントからストレスマネジメントへ」という言葉も一部であげられているように、長時間労働の是正だけではなくストレスのない職場環境作りも求められています。

なお「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)」とは、1980年代頃から欧米で使われるようになった言葉で、日本では2006年頃から政府によって推進されるようになりました。仕事上の時間だけでなく、家庭も含めた人生において、ストレスのない過ごし方ができるかどうかが重要視されてきているのです。

③法律の不備

2017年3月には、残業時間の上限などを定めた「働き方改革実行計画」が政府によってまとめられました。しかし休日に労働した時間は、その上限から外されているため、残業時間の規制に抜け穴があるのではないか、との声も聞かれます。

このように過労死の背景には、組織そのものの体制や法律などを含めた社会のあり方全体が関わっているようです。では、そもそもなぜ長時間労働が生まれるのでしょうか。

そもそもなぜ「長時間労働」が生まれるのか

「雇用」を切り口として現代社会の多様な問題を論述する雑誌『POSSE vol.34』では、過労死の要因の一つである長時間労働が生まれる背景として、3点まとめます。

①事実上、上限規制がない労働時間

労働基準法32条では、1日8時間・週40時間という労働時間の上限が設けられています。しかし労使間の協定である、通称「36(さぶろく)協定」が締結されれば、法定内時間労働を超えた時間外労働が一定範囲で可能となります。さらに特別条項も締結すれば、「36(さぶろく)協定」の労働時間の上限も「適用除外」できるようになるのです。

なお詳しくは『電通事件: なぜ死ぬまで働かなければならないのか』を読んでもらいたいのですが、2015年に電通女性社員が過労自死した際には、特別条項さえ守られていませんでした。背景には「労働時間の自己申告制」があるとされ、長時間労働を隠すための「労働時間の操作」が行われていたのです。

このようななかで先述した通り、2017年3月には、残業時間の上限などを定めた「働き方改革実行計画」が政府によってまとめられました。とはいえ休日に労働した時間は、その上限からまだ外されているため、残業時間の規制に抜け穴を指摘する声もあります。

②日本型雇用の特徴である終身雇用と年功賃金(属人評価)

終身雇用と年功賃金は、雇用を守る役割を果たす一方で、企業に大きな指揮命令権を与えました。たとえば年功賃金では、仕事内容ではなく、労働者自身の企業への貢献度の高さが賃金額に影響するといいます(=属人評価)。そしてその貢献度は、サービス残業への積極的な取り組みや有給休暇を消化せずに働く働き方によって測られてしまうのです。

このような制度は、戦後の復興期から立ち直り、若い生産者の人口が多く、また企業が国際競争にそれほどさらされていなかった時代に機能していた制度です。その後の人口ピラミッドの変化、企業の競争環境の激化に伴い、補うことのできない負荷が徐々に表面化してきています。そのとき、非正規労働者や若者など、制度に守られることのないより弱者の人々へ、その負荷が押し付けられることになっているのです。


③企業別に組織される労働組合

諸外国の労働組合は、産業別・職種別に組織されています。一方、日本では、労働組合が企業別に組織されているため、企業間の競争を優先する考えが出てきてしまうといいます。その結果として、「賃上げの抑制や長時間労働の容認」などの条件が認められてしまうのです。

このように、日本における長時間労働の背景には、労働時間への法的規制や評価・労組のあり方などが関係しています。

『POSSE』というこの雑誌には「新世代のための雇用問題総合誌」というキャッチコピーがついています。今回参照した2017年3月号では「ポスト電通時代の過労死対策」という特集が組まれ、過労死をなくすために動き出した取り組みや今後の展望などが紹介されています。

「過労問題について知りたいけれど、まとまった本を読むほど時間がない……」という方にぜひ読んでもらいたい1冊です。

著者
["POSSE編集部", "松丸正", "汐街コナ", "小山國正", "田端正幸", "髙橋廣康", "青木正之", "戸舘圭之", "渡辺寛人", "山原克二", "エルサ・バドザウスキー", "セバスチャン・ブロイ", "河南瑠莉"]
出版日
2017-03-30

過労問題についての議論のなかで、「過労死する前に辞めればいいのでは?」という声も時として聞かれます。2016年10月、そのような声に異を唱えるような形で、そもそも辞めることができなくなった人が過労死・過労自殺するのだと訴えた漫画がSNSで話題になりました。

以下の項目で、詳しく見ていきましょう。

そもそも過労死する前になぜ会社を辞められないのか

「昔、その気もないのにうっかり自殺しかけました。」という漫画が、Twitter上で話題を呼びました。作成者はイラストレーターの汐街コナ。かつて100時間もの残業をしていたという自身の経験を元にして描かれた作品です。

本作は、地下鉄のホームで1歩を踏み出しそうになるシーンからスタート。それだけでも衝撃的ですが、そのあとにはブラックな環境に身を埋めるうちに次第に判断力を失い、転職などの選択肢が見えなくなっていく様子が描かれていきます。

真面目に頑張り続けて働いて、気づけば周りが真っ黒(選択肢が見えない状態)に陥っているーー。過労中には、ここまでの心理状態になるのかと気づくことができる作品です。

また汐街は本作で、体の異変に気づいた場合には、とにかく会社を休むよう訴えます。さらにそれが難しいならば、安全な場所に座り込んでもいいのだということも……。

過労死や過労自殺を考えるときに、ぜひ読んでほしい漫画です。非常に読みやすいうえに、他の選択肢が見えなくなる過酷な状況がひしひしと伝わってくる作品だからです。

なお本作は、2017年4月に書籍化もされました。書籍化『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』には「実録! ブラックな状況を抜け出しました」という描き下ろし作品も収録されていますので、気になる方はぜひチェックしてみください。

著者
汐街コナ
出版日
2017-04-10

以下の項目からは、過労死への「対策」に迫ります。

過労死への対策

過労死を防止する対策として、①本人、②過労をする当事者の周りにいる人、③国や組織という3つの視点からまとめてみます。

①本人
……体や心に異変がある場合には、身近にいる人や病院などに迷わず相談する

②過労をする当事者の周りにいる人
……ストレスの発散が苦手そうな人には、他愛ない話をするなどして異変に気づけるようにし、必要であれば会社を休んでもらう

③国や組織
……過労死対策の法律(例. 残業時間の規制や最終的に勤務が終わった時間から翌日の始業時間までに一定の時間を空ける「インターバル規制」の導入など)を強化する

とりわけ③の過労死に対して法律を整備していくことは必要不可欠であるように思われます。

現状、企業や労働組合は、過労死に対してどのような対策を取っているのでしょうか。

企業と労組の過労死対策

『電通事件: なぜ死ぬまで働かなければならないのか』では、24時間営業を中止した外食産業や営業時間・操業時間の短縮を行った大手企業が紹介されています。これらの取り組みが行われる背景には、深刻化する人手不足があるといいます。一方、働き手のワークライフバランスを整えるために組織内の「働き方改革」を進める企業もあるようです。

さらに前の項目でも触れた、過労死対策の一つとして期待される「インターバル規制」についても、情報産業労働組合連合会(情報労連)による一歩進んだ取り組みが記述されています。

実際に「KDDI労組は、加盟する情報労連と連動し、インターバル規制導入を方針化」したといいます(本書より引用)。そして2015年7月から、「組合員の就業規則に8時間の勤務間インターバルを義務付け、管理職(非組合員)を含む全社員の安全管理規定に11時間の勤務間インターバルを設定」したのです。

ここで補足ですが、本書のタイトルにある「電通事件」とは、電通女性社員の過労自死(2015年)を指しています。本書ではそれを軸にして、日本の働き方の課題や上述した取り組みなどが紹介されているのです。

なおメディアと電通との関係について書かれた第3章では、大手メディアへの批判などが込められていると解釈しましたが、「個人的」にはやや論点が曖昧(※話の流れとして必要だったのだろうと考えましたが……)である印象を受けました。

とはいえ「電通事件」について関心がある方は、多くの知見を得られることでしょう。126ページと分量は少なめですので、まずは手に取ってみてはいかがでしょうか。

著者
北 健一
出版日
2017-01-26

今回の記事で紹介した過労死の前兆は、ほんの一部です。長時間労働やストレスで自分の心や体が「おかしい」と感じている人は無理せずに、身近にいる人や病院、労働組合などに相談してください。 

また日本では残念ながら、大正から昭和にかけて起きていた過酷な労働の末の入水自殺や2015年の電通女性社員の自死などを含め、過労死・過労自殺が撲滅されていません。その背景には、組織そのものの体制や法律などを含めた社会のあり方全体が関わっているといえるでしょう。 

そのようななかで各企業や労組によって過労死・過労自殺への取り組みが進められていますが、政府による法律規制の強化といった抜本的な対策なども求められているように思われます。

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