2017年10月からアニメ化、2018年に木梨憲武、佐藤健出演で映画化されるヒーロー漫画『いぬやしき』。58歳のおじさんがロボットになって平和を守るというストーリーです。今回は本作の魅力を徹底紹介!最終10巻までのネタバレありなのでご注意を。
- 著者
- 奥 浩哉
- 出版日
- 2014-05-23
ある日公園で謎の物体を見たことをきっかけに爆発に巻き込まれたひとりのおっさんと青年。彼らは気がつくとロボットの体になってしまい、最初は戸惑うものの、それぞれ思い思いの行動をするようになります。しかしその行動は善悪正反対のもので……という内容の『いぬやしき』。
木梨憲武、佐藤健映画化され、2017年にはアニメ化もされた人気作品です。同じくアニメ化、映画化もされた『GANTZ』の作者である奥浩哉が作者です。
ロボットとなった超人同士が現代日本で戦う迫力のバトル展開、それぞれ体は変わってしまったものの自分の気質にあった方法でそれを利用することの戸惑いや悲しみなどに引き込まれます。
今回はそんな本作の原作の登場人物の魅力と最終巻までの見所をご紹介!ネタバレを含みますのでご注意ください。
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頑張って働いて念願のマイホームを建てたものの、家族からはほとんど無視され、老けすぎている見た目から娘・麻理の友達にはおじいちゃんと紹介される犬屋敷壱郎。人並みの正義感はあるものの、見て見ぬ振りをしてしまうことの多い普通の男です。
そんなある日、健康診断で再検査になった壱郎に突きつけられたのは胃ガンという検査結果。衝撃を受けて麻理や息子・剛史に電話するものの無視され、妻にも言いだせません。
- 著者
- 奥 浩哉
- 出版日
- 2014-10-23
「ちゃんと……話せば…
みんな……泣くのかな…泣いてくれるのかな…」
そう考えながら最近買い始めた愛犬のはな子を連れて散歩に出て、人知れず公園で泣き叫ぶ壱郎。そんな時、気づくと隣にいた高校生の少年が空を凝視しており、その様子を不思議に思った壱郎も顔をあげます。
すると辺りはいきなり光に包まれ、大きな爆発が起こります。壱郎の遠ざかる意識の中で聞こえたのは「この星の知的生命体を2体破壊してしまいました…」「ではすみやかに表面的にだけでも復元しろ」などという会話。
壱郎が目を覚ますとあたりは朝になっていました。壱郎はガンの宣告を胸に抱えたまま、重い足取りで家に帰ります。しかしその体は以前とは全く異なるもので、全てが機械になっていたのです!
戸惑う壱郎ですが、ロボットになったのは彼だけではなく、その場に居合わせた青年も同じようになっていました。そしてその青年はその力を武器にゲームのように人を殺すようになり……。
公園での爆発のあと、体がロボットになってしまったことを知る壱郎。自分が何者かも分からなくなった彼はこんなことを考えます。
「私が犬屋敷壱郎ではない……なら
家族を養う必要も……ない…」
(『いぬやしき』1巻より引用)
生きる目的を見失った壱郎ははな子を連れ、あの公園へと向かいます。爆発があった原っぱがハリボテのように修復されているのを見て、壱郎は何者かが自分の体を作り変えたと気づきます。
- 著者
- 奥 浩哉
- 出版日
- 2015-02-23
そんな時、良くなりすぎた聴覚のせいで聞こえてきたのはホームレス狩りをしようとしている子供達の声でした。彼らの向かう先には女性とのツーショット写真を見ながら泣いている男がいました。
その男は真面目に働き始めることを決め、写真の女性とともにふたりで歩んでいくことになって幸せの中にいました。しかしそんなことなど知らない子供達はホームレスの男に容赦無く花火を投げつけ、止めに入った壱郎もバットでボコボコにされてしまいます。
しかし気を失った壱郎は彼に内臓されたロボットの能力を使って、子供達に肉体的にも、社会的にも制裁をくらわせるのです。
壱郎の頭から出てきたカメラは瞬時に少年たちの名前と身元を割り出し、先ほどまでのホームレス狩りの映像を実名とともにネット上に公開。更に全てのテレビのチャンネルでその映像が流れるようにします。
そんな壱郎の活躍によってなんとか一命をとりとめたホームレスは、彼を神様だと崇めて感謝します。壱郎はひとりになった後、その場にへたり込んで涙を流します。
「僕が命を救った……僕が……人の命を……
僕は人間だ……心がある…人間だ
生きてる感じがする……犬屋敷壱郎だ……」
(『いぬやしき』1巻より引用)
この体を手に入れて、壱郎は再び生きる目的を見つけるのです。
アニメ化作品では小日向文世が声優を、映画化作品では木梨憲武が役を演じます。
本作でもうひとりの主人公となるのが壱郎と一緒に公園で爆発にあった少年・獅子神皓(ししがみひろ)です。顔立ちの整った美少年の彼は家族や友人など、親しい人間には優しいものの、それ以外の者にはまったくの無関心という両極端な面を持っていました。
普通の漫画ではヒーローになってもおかしくないほどのスペックを持ったキャラクターなのですが、本作では壱郎と獅子神、善と悪という対比の悪側を演じます。
壱郎は獅子神が自分と同じように困っているだろうと想像しますが、獅子神は自分の力をすぐに使いこなし始めます。
そして人を殺すことで生きている実感を感じるようになってしまた獅子神は、ある日なんとなく決めた家に入り込んで住人を次々と殺していくのです。
- 著者
- 奥 浩哉
- 出版日
- 2015-07-23
そんな時、変わり果てた家に帰ってきた女子高生と獅子神は面白そうに会話をします。好きな漫画は何、その中で好きなキャラクターは何……。恐る恐るそれに答える女子高生ですが、ついに恐怖に耐えかね、泣きながら逃げ惑います。
そんな彼女の声を仕事終わりの壱郎が聞きつけます。急いで車をとばす壱郎でしたが、現場に向かう途中で彼女が殺されてしまう音を聞くのでした。獅子神はなんの感情も見せずに「もうわかった 面白かった…」と言って彼女を殺すのです。
現場に着くと、壱投は玄関にその少女が倒れているのを見つけます。悔しくて悲しいというのに、涙も出ないとどうしようもない気持ちになっているところに獅子神が現れました。
獅子神はいつも安堂や家族に向けている顔とはまったく異なる恐ろしい表情で壱郎を見つめます。その様子は虚無。獅子神は壱郎を家族の一員だと思い、何のためらいもなく自分の体に搭載された銃で撃ちます。
しかしそこはロボットとなった壱郎。立ち上がり、獅子神を何も言わずに睨みつけます。そこで初めて表情を崩す獅子神。焦る様子を見せるとジェット機のようにその場から逃げていきました。
全く異なる雰囲気の壱郎と獅子神。果たしてふたりはその能力を使ってどう生きていくのでしょうか?
アニメ化作品では村上虹郎が声優を、映画化作品では佐藤健が役を演じます。
- 著者
- 奥 浩哉
- 出版日
- 2014-05-23
ロボットに変わってしまった自分を嫌だと思いながらも、ホームレスを救ったことでこれからひとりでも多くの命を救おうと決意した壱郎。彼はそれこそが変わり果てた自分が人間であることの証拠だと思うのです。
一方獅子神も親友でありイジメで引きこもりになっている安堂直行(なおゆきという読み方ですが、獅子神はチョッコーと呼んでいます)の家に遊びに行った時に、自分はもう獅子神皓ではないのだとつぶやきます。
ちなみに直行は『GANTZ』ファンらしく、部屋にポスターを張っている様子や、獅子神にクソ漫画と言われて信者として怒っているという細かいやりとりも面白いです。自分の作品をこうやってストーリーに入れてくるんですね。
壱郎と獅子神。それぞれが自分のアイデンティティに悩んでいる様子がうかがい知れる1巻です。
それぞれのアイデンティティに悩んでいたふたり。壱郎は早くに自分の能力を人を救うために使おうと思い立ちますが、獅子神は特にこれといった目的もなく、暇つぶしのようにも見える感覚で悪事を働いていきます。
最初は直行に自分の能力を見せるためにカラスを殺したり、電気屋の映像をすべてアダルトビデオに変えたりといういたずらくらいのものだった獅子神の能力を使った行動。
しかしその最後に交差点で事故を起こさせ、直行を震え上がらせるのです。自分を殺さないでくれと言う直行にショックを受けた獅子神でしたが、直行をイジメている相手を殺すということは躊躇なく発言します。
それを聞いた直行は以前、自分と親しい家族や親友には人並みの感情があるものの、それ以外の人間にはまったく無関心な様子を見せた獅子神を思い出します。自分と関係ない人間が死んでもまるでゲームの中の人物が死んだだけというくらいの感慨らしいのです。
- 著者
- 奥 浩哉
- 出版日
- 2014-10-23
そして直行の心配どおり、獅子神は暴走。直行をいじめる相手を次々と殺すのに何の躊躇もせず、彼が自ら犯行を認めている殺人事件は近辺で多発します。直行が悪事をやめてくれと説得しますが、まったくやめようとしない獅子神。
ついに直行はもう自分に近づかないでくれと言いました。それを聞いた獅子神はわかった、学校には行けよ、とだけ言って彼と別れることになります。
そしてそこからの壱郎、獅子神それぞれの行動はまさに正反対。壱郎は今まで何の役にも立っていなかったかのように感じていた人生から一歩踏み出し、人々のために行動し、生きがいを感じます。
それに対して獅子神は見ているのが辛くなるほどに無差別に、何の感情もなく人を殺していくのです。
同じ境遇に遭ったふたりの道がどんどん別の方向へと続いていくことが感じられる2巻です。
3巻では壱郎が人助けのためにさらに危ないことをしていく様子が描かれます。
まず描かれるのは、あるマンションの一室で裸で眼下を見下ろす男・鮫島の姿。彼の背中には禍々しい刺青が背中に太もも、腕にまでいれられています。
鮫島はどこかに電話し、クスリをキメすぎて女が動かなくなったから処分しろ、と言っています。その後彼の部下らしき人物がベッドの上に横たわっている女を裸のままどこかへ連れていきました。彼はめぼしい女を見つけては自分のおもちゃにして遊んでいる人物だったのです。
そのあと鮫島はサウナで我が物顔で居座っている、こちらもヤクザのような男に向かって自分のモノをしゃぶれと言います。相手にしようともしなかった男でしたが、そのすぐあとに頭を掴まれ、しゃぶらされている光景に変わります。鮫島は常識というものが通じない、自分の欲望のままに行動する恐ろしさがあるのです。
- 著者
- 奥 浩哉
- 出版日
- 2015-02-23
そして次に鮫島が目をつけたのは美人ではあるものの、サラリーマンの普通の彼氏と付き合っているふみのという女性。彼女は結婚することが決まっており、これから幸せな日々が始まろうとしている矢先でした。
そんななか、ある日彼女はレンタルビデオ店で鮫島にじっとりと見つめられます。その様子にどこか恐れを感じたふみのはその場を走り去りますが、彼氏である悟に電話したあとで鮫島の部下たちに黒塗りの車に連れ込まれてしまいました。
そして目を覚ました彼女は裸でベッドに横たわっており、腕に注射のあとがあるのを見つけます。
そしてそこに鮫島がやってくるのですが……。
ついに道端で死んだ猫やいじめられていたホームレスだけでなく、恐ろしいヤクザに脅されている一般人まで助けることになった壱郎。しかし相手も当然ながらかなりの腕を持っています。苦戦を強いられる壱郎ですが、ふみのと悟を助けることはできるのでしょうか。
壱郎が善行をしている中で、獅子神はいまだに無差別殺人をやめません。それでも何食わぬ顔で学校にきており、直行はどうにかして彼を止めるすべはないものかと悩みます。
そしてネットで情報を探っているうちに、獅子神と同じような能力で、それでいて彼とは正反対にいいことばかりをしている人物がいることに気づきました。
しかしその正体は知られていないとのこと。そこで直行は、以前に獅子神が遠方まで人々の話声が聞こえると言っていたのを思い出し、試しに部屋で助けて、と何度か叫んでみます。
するとすぐに家のチャイムが鳴ります。そこに壱郎登場。早すぎ(笑)
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- 奥 浩哉
- 出版日
- 2015-07-23
そして自分の家に壱郎を招く直行。そこで自分の幼馴染が同じ状況になったことから、壱郎の事情も理解できると話します。しかし善行を重ねてきた自分をヒーローと呼ぶ直行に、壱郎はこう言います。
「僕は自分を…………
機械の化け物だと認めたくないから……
人を…命を助けてるだけ……で
ヒ……ローなんか……じゃ……
ない……よ……」
それを聞いた直行は人を救いながらも、そんな悩みに打ちのめされている壱郎に今ま出会った誰よりも人間性を感じます。そして当初は獅子神を殺すことになっても悪行を止めたいことを頼んでいた彼ですが、とにかく壱郎の助けになりたい、と申し出るのです。
一方獅子神は何となく殺人を犯したり、母親との生活を守るために不正に金を下ろしたりと独特な善悪の判断で行動していましたが、彼女がニュースで自分のしたことを見て嘆いている様子を見て心が揺らぎます。
そしてもし自分が犯人だったら、という質問を母親にし、彼女が一緒に死ぬと言ったことを聞き、もう殺人はやめようと決心します。
しかしそのあとすぐに警察が彼のもとへやってきてしまうのです。
絶体絶命の彼ですが、そこにクラスメイトで密かに彼に思いを寄せていた渡辺しおんという女子生徒が近づいてきて……。
壱郎に獅子神、それぞれの正反対な道がやっとどちらも正の方向へ来るかと思いきや、タイミング悪く警察が介入してしまいました。
しかし展開として同じなのは、ふたりともに協力者が現れること。ふたりの対立という構図は協力者を得て、今後どのような変化を起こすのでしょうか。
5巻では獅子神にスポットが当てられます。
ついに警察に悪事がバレ、顔写真も公表されて指名手配となった獅子神。しおんの家に身を隠しますが、母親が泣きながら報道陣の前で謝っているのを見て、どうしようもない気持ちになります。
しかも追い討ちをかけるかのように、母親が自殺。彼はネットの掲示板でそれをネタにしている奴らを片っ端から殺していきます。
- 著者
- 奥 浩哉
- 出版日
- 2015-11-20
ついにその虐殺が終わった頃、しおんに自分が一連の殺人事件の犯人だと明かすのです。そしてもはや自分が人間ではないということも。
彼女への告白に、今までほぼ描かれることのなかった獅子神の闇が垣間見えます。
「あの夜……俺は……違うモノになってしまった……
その頃から…………ある考えが頭から離れなくなった……
自分は機械……金属……
心がない 生きていない……
底なしの深い暗闇…………
怖かった……………ひたすら……………
怖かった……………
なんとか人間であった時の感覚を……
とり戻そうと思った………(中略)
俺は…………
光を感じた……人の命が消えたことに……
自分は生きている!! そんな感じがした……」
機械の体になったあとに、たまたま駅で見かけた飛び降り自殺。そこに光を感じてしまった獅子神は、そこから相手の抵抗する表情や、家族の死を悲しむ様子に自分の生を感じていたというのです。
まったく許されることではありませんし、それで味方になろうとも思えませんが、彼にも深い悩みがあったことが伺えます。
そしてそれを聞いても信じられないしおんを、獅子神は抱き上げて空を飛ぶことで証明するのですが……。
獅子神はやはりそれまでの悪事があるので、どうしても再起しようとしたときにタイミング悪く警察の介入が入ってしまいますね。だからこそこのあと描かれる獅子神としおんの心の交流はとても尊いです。
ここまで追い詰められて自首しようとしないことにも疑問が残りますが、そもそも彼の思考回路に「普通」を通用させようとすること自体難しいのでしょう。本当に犯罪者の心の動きを見ているようで、見慣れない恐ろしさを感じさせれます。
またしても改心しようとした矢先に警察の介入があり、かくまってくれていたしおんと、彼女の祖母を巻き込んでしまったことに罪悪感を感じる獅子神。
ふたりの家から離れ、やはり獅子神は悪の道へと進んでいってしまいます。彼の行動はどんどん大胆になり、警察すらも叶わないほどに。そしてそれを確認した獅子神は、ついにこの国自体を滅ぼそうと思うようになってしまい……。
- 著者
- 奥 浩哉
- 出版日
- 2016-04-22
その頃、アメリカのNASAが発表したニュースで小惑星が地球に近づいていることが発表されます。このまま地球に衝突すれば、その規模は6500万年前にユカタン半島に衝突したものの5倍もの大きさになるそうです。
いよいよ終わりに向けての展開や伏線が張られてきた印象ですね。ここからは物語に一郎の娘であり、直行や獅子神のクラスメイトでもある麻理が加わってきて、より引き込まれる内容になってきます。
別々のところでそれぞれの行動を起こしてきた壱郎と獅子神ですが、ついに7巻でふたりが出会います。
獅子神は日本という国家がある限り自分は追われ続けるのだと思い、国自体を滅ぼそうとしていました。そこで電波ジャックをして新宿の交差点にある大型画面から、とりあえず今日は100人殺すと宣言し、その画面を見たいた人々を次々と殺していくのです。
テレビ番組のコメンテーターをも殺し、目の前に彼がいなくても殺される可能性があるということが周知となります。
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そして明日からは1日1000人に殺す数を増やすと宣言し、獅子神は電波ジャックを終えるのでした。
壱郎と直行はどうにかそれを止めようとしますが、翌日、東京には飛行機の雨が降り注ぎ……。
未曾有の事態にひとりで立ち向かう壱郎。獅子神を止めようとして壱郎が行動することで、ついに彼がその存在に気づきます。
おそらく獅子神はもう自分でもどうしていいのか分からなくなってしまっているのでしょう。しおんに会いに行き、もうやめてくれと泣きながら言われて少し心を動かされていた様子があるものの、やはり毎日殺人を犯すということをやめられないでいたのでした。
このまま壱郎でも太刀打ちできなければ、救いのない結末しか思い浮かびません。果たしてふたりの出会いはこの悲しい展開に一石を投じることができるのでしょうか。
ついに出会ったふたり。
獅子神は自分が悪役になっており、こんな冴えないじじいがヒーローかよ、と自虐的に笑います。そして自分の邪魔をする彼を殺そうとしてくるのです。
壱郎もそれに応戦しますが、彼の頭の中は飛行機の落下事故によって燃え盛るビルに閉じ込められている我が娘・麻理のことだけでした。
どうにか獅子神を抑えて現場に向かおうとするのですが、やはりその戦いは互角。今までの相手とはまったく異なるのです。
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- 奥 浩哉
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今まで一方的に殺戮を犯してきた獅子神ですが、彼もかなりの苦戦をしいられます。果たしてふたりの戦いの決着はどうなるのでしょうか。
8巻の見所はやはり迫力満点の戦闘シーン。スピード感抜群の描写で空を飛び、ハリウッド映画を彷彿とさせる爆発シーンがあり、至近距離の肉弾戦もあり、と見応え抜群。
冴えないおじさんとイケメン青年が互角で戦うシーンには普通の作品にはないような面白さがあります。
7、8巻では壱郎と獅子神迫力の迫力のバトルが繰り広げられてきましたが、9巻はストーリーの展開が最大の見所と言えるのではないでしょうか。
瀕死の状態になった獅子神。それに対して壱郎はふたりの戦いの途中で怪我を負った様々な人の救護にあたります。亡くなった人までを生き返らせるその様子は「神」のようだとネット上で話題になりました。
その途中で様々な人がは散々な状況になった東京の様子を空から見下ろしながら、自分の生まれてきた意味がやっと分かってきたと、過去を回想します。
「なんとなく……僕がこの世に生まれた理由……わかったような気がする……
この58年生きてきて何故この性格になって……
何故人の命を大事に感じるのか 何故曲がったことが許せないのか
今まで経験してきたことは全て 無駄じゃなかった……
今 このときのため……僕は生まれてきた……
このときのために僕は機械になった………」
そして涙ながらに今までの自分の苦労が報われたことを感じるのです。壱郎の、不幸と呼ぶには大げさだけれど、決して良いものとは言えなかった状況を知っているだけに、読者としても涙が出そうになります。
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そのあと自宅に帰った壱郎はニュースや動画サイトで話題になってしまったことで家族に変わってしまった自分の肉体を知られてしまいます。そして悲しげに自分はもとの犬屋敷壱郎ではないかもしれない、と打ち明けるのです。
しかし新婚旅行の時の記憶を妻に答えさせられ、号泣しながら「お願い……うちに居て……」と抱きとめられ、麻理にも「お父さんだよ!!どう見たってお父さんじゃん!!」と泣きながら駆け寄られ、そのままの自分を受け入れられました。
唯一この状況を受け入れきれない剛史ですが、読者としても家族のあまりの手のひら返しの様子に少しついていけない部分があります。壱郎自身が幸せならばそれでいいんですけどね……。
一方その頃、獅子神は「チョッコー」というあだ名でほとんど唯一親しくしていた友人であり、幼馴染の直行の家に潜伏していました。真っ暗な直行の部屋にフードを被って立っているその姿には息を呑みます。警察に通報し、壱郎の助けを求めた直行は殺されるのではないかという状況で、いつものようにこう言うのです。
「ジャンプ!!今週の買ってあるよ!!読む?」
そしてその間にトイレに立ち、壱郎に電話をかけ、助けを求めるのです。そしていつも通りのように話しかけてくる獅子神に対して壱郎を呼んだことを明かし、こう言います。
「俺を……殺しても……
あの人が……お前を破壊するから」
それを聞いた獅子神は深くうなだれ、フードの中の表情は見られず、不穏な雰囲気が漂います。そして直行にこう返すのです。
「いや……そーゆうんじゃなくて……
俺………普通に………漫画…………読みたいなーーって……
ただ……チョッコーに会いに来ただけで……
前みたいに漫画読んでダラダラしたいなーって……」
しかし獅子神のしてきたことを考えればいくら仲が良く、イジメられていた直行を助けていたとはいえ、そんなこと信じられるはずがありません。直行は彼にこう突きつけるのです。
「ウソつけ………
お前はもう皓じゃない 殺人機械だ……
心がない……ニセモノの機械だ……
お前今まで何人殺した?何人殺したんだ!!」
それを聞いた獅子神は表情が見えないほど深く俯いたまま、ゆっくりと立ち上がります。壱郎の到着が待たれます。直行に顔を向けたその時……。
獅子神は泣いていました。
そして壱郎が到着した時には部屋は直行ひとりで、開け放たれた窓を呆然と見つめていました。機械になっても幼馴染として変わらなかった獅子神の思いでしたが、状況はかつてとはまったく異なるものになってしまっていたのです。
自業自得とも言えますが、その涙からは関心のない人の気持ちが分からないという問題を抱えているものの、やはり身近な人間には私たちを同じような喜怒哀楽を感じるのだと実感させられます。
家族と幸せな時を過ごし、自分の生きる意味を見つけた壱郎。大切な友人からも見捨てられ、街をぶらつくことすらままならない獅子神。
それぞれの状況が描かれ、いよいよエンディングの雰囲気を感じさせる展開ですが、最後にまたひとつどんでん返しが残っていました。それはトランプ大統領のある発表で明かされるのですが……。続きは作品でご覧ください。まさかの展開に驚くこと間違いなし!先の展開がまったく読めず、ワクワクしてしまいます。
地球に隕石が落ちてきて、全人類が滅亡の危機にあることが分かった9巻。壱郎は自ら隕石を止めに行く覚悟をします。電話でそれを聞いた安堂はひっしに止めますが、それに対してこう返すのです。
そして帰ってくるよ、と約束して電話を切ります。そして唯一その場でそれを聞いていた愛犬のはな子に別れを告げ、家族が寝静まった我が家に一言だけ「みんな…………行って来るよ…………………」とつぶやき、家を後にしようとするのです。
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しかし、壱郎のいつもとは違う雰囲気に気づいた麻理が玄関で彼を待ち伏せしていました。そしてどこへ行くのかと聞かれます。散歩だとごまかす壱郎ですが、一緒に行くと言われて何も返せず、隕石のところへ行くのだと明かします。
しかしそのあとにどうにか「どうしてもダメだったら帰って来てみんなといるよ」とごまかし、彼女の横を抜けようとする壱郎。お互いにこれが最後になるかもしれないと分かっている沈黙。
麻理は子供のように壱郎に抱きつき、泣いて彼を止めます。壱郎はこう言います。
「帰って来る 約束する」(『いぬやしき』10巻より引用)
嘘だと分かりながら、壱郎を見送る麻理。壱郎のあとを走って追いかけるはな子。
壱郎は彼らの手の届かない宇宙まで飛んでいきます。
そしてどうにかそれを破壊しようとするのですが、まったく敵いません。自分がロボットになったことに何か意味があるはずだ、今こそその瞬間なのではないかと思う壱郎。しかしひとりでは隕石のパワーに圧倒されたままです。
そこへやってきたのが、獅子神でした。
彼は数少ない友人の安堂としおんに死んでほしくないというそれだけの理由で同じく隕石を止めに来たと言います。そしてふたりは隕石を止めるある方法を思いつくのですが……。
結末はぜひ作品でお楽しみください。最終話はいじめられっ子だった息子の剛史が一歩踏み出したり、麻理が小説で賞をとったりするのですが、全体的にビターな雰囲気が流れています。
すべてお伝えしたいのですが、やはり作品をご自分の目で見ていただくのが一番かと思います。10巻、連載3年半の歴史が、ここに収束します。
頼り甲斐のない58歳の男とイケメン高校生がロボットに改造されて戦うという斬新な設定の『いぬやしき』。
ぜひ作品でバトルと心理描写、両方で激アツな展開をご覧ください。壱郎がどんどんかっこよく見えてくること間違いなしです。