『妖怪アパートの幽雅な日常』の魅力を全巻ネタバレ紹介!【アニメ化】

更新:2021.12.21

普通の生活を送りたい――。中学1年で両親を亡くし親戚の家に身を寄せていた夕士。高校進学を機に家を出た彼の入居先は、妖怪や幽霊たちの溜まり場「妖怪アパート」でした。わがままを言えないあなたにこそ読んでほしい、非日常な日常物語です。

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ファン待望のアニメ化!『妖怪アパートの幽雅な日常』

青い鳥文庫から出ている『地獄堂霊界通信』など、少し不思議なオバケものを得意とする香月日輪。児童文学作家というイメージがある方もいらっしゃるかもしれません。しかし、香月日輪の作品には、児童文学だけでなく、大人の心にずしりとくる作品もあります。

今回はその中から、アニメ化が決まった『妖怪アパートの幽雅な日常』のご紹介をしようと思います。


香月日輪のおすすめ作品を紹介した<香月日輪のおすすめ文庫小説ランキングベスト5!自分と向き合う物語!>の記事もおすすめです。

妖怪達とひとつ屋根の下『妖怪アパートの幽雅な日常』第1巻!

「出るんだ。コレが」

入学直前に全焼した学生寮。今すぐ入居できる物件を探していた主人公の夕士に、破格の家賃を提示した不動産屋は、にやりとした笑みで両手をダラリと垂らしました。

駅から徒歩10分、部屋は南向き、トイレと風呂は共同だが賄い付き。その家賃がまさかの二万五千円。しかも水道光熱費込みとくれば、ワケありでないはずがない……不審がる夕士に不動産屋はオバケの存在をほのめかします。

著者
香月 日輪
出版日
2008-10-15

中学1年のときに両親を亡くして以来伯父の家に身を寄せていた夕士。しかし夕士の生活は良いものとは言えませんでした。

2学年上の伯父の一人娘には無視や冷たい言葉をかけられ、伯父夫婦には腫れ物に触れるような扱いを受けるなど、家に居場所のない生活。その中で夕士は、早く大人にならなければならないと、心に武装を重ねていきます。

夕士の進学先は商業高校です。この選択は、商業高校が高卒での就職に有利であり、かつ学生寮があることで伯父の家から出られることが理由でした。これでやっと自由になれるという希望を抱いた矢先に、学生寮の全焼。そんな、目の前が真っ暗になるような状況で、なにものかに導かれた先が前述の不動産屋であり、妖怪アパートだったのです。

かくして『妖怪アパートの幽雅な日常』1巻では、妖怪アパートで暮らすうちに、夕士が心をほどいてゆく姿が描かれます。

『妖怪アパートの幽雅な日常』の魅力は何と言っても多種多様な登場人物たち。妖怪アパートの住人は人間だけでなく妖怪や幽霊もいて、たとえ人間であっても、異次元と繋がる品を扱う骨董屋や魔法で封印された本を扱う古本屋、ファンに刺されそうになる詩人に旅する筋肉隆々な画家、除霊師の卵や霊能力者といった個性的な人たちです。

やっと普通のサラリーマンがいたかと思えば、人間になりたがっている妖怪もいるなど、いわゆる普通の人は登場しません。そんな妖怪アパートの住人たちや、妖怪アパートを溜まり場にするオバケたちとの出会いは、夕士の常識や「普通」の概念をことごとく壊していきます。

アパートの住人たちの中でも夕士に年が近いのは高校2年生の秋音です。彼女は入居2年目、除霊師を目指す快活な女の子。両親の位牌を前に「寂しいのはもう慣れた」と笑う夕士に彼女がかけた言葉がこちら。

「あんまり急いで大人にならなくてもいいよ」(『妖怪アパートの幽雅な日常』1巻より引用)

それまでの明るい口調から一転、トーンダウンして優しく発せられた言葉。この言葉は夕士にだけでなく、昔に何かを捨ててきた読者に対しても投げかけられているような気がしてなりません。

秋になり、新しい学生寮の完成と共に妖怪アパートを出た夕士は、昔より周りに優しくなれていることに気が付きます。そして、人間としての自分を、きちんと育てていこうと考えるようになるのです。

今作の最後で、夕士は自らの意思で妖怪アパートに戻ることを選びます。非日常を自分の意思で日常へと変える、その選択に至るまでの夕士の勇姿を、ぜひ見届けていただきたいと思います。

ひょんなことから魔法使いになる第2巻

「ご主人様!」

ある夜のこと、眠っていた夕士は不思議な声に起こされます。声の主は道化師のような生き物。生き物は、昼間に古本屋が持っていた本を開いて夕士に見せます。そこに自分の名前が書かれているから読めというのです。

「フール」

状況が呑み込めないまま、本に書かれた生き物の名前を読んだ瞬間でした。封印が解かれ、魔道書が目を覚まし――夕士は、魔道書の主となってしまいました。

突然の魔法に、秋音による修行。非日常の中の日常が大きく動き出します。

著者
香月 日輪
出版日
2009-03-13

「おかえりなさい!」

『妖怪アパートの幽雅な日常』2巻は、そんな小鳥たちの声で始まります。窓辺にとまる三羽の小鳥たちが人語を話すのも、このアパートでは普通のこと。

食堂でごはんを作ってくれる賄いさんも、手首から先しかありません。しかしその白く綺麗な手から生み出される料理はどれも絶品、食堂からはいつも美味しいだしの匂いが漂います。

さて、こんな平和な冒頭も、少しページをめくれば、いきなり魔法の世界に大変身。魔道書「プチ・ヒエロゾイコン」により選ばれた夕士が、魔道書の持つ力を自在に操る「魔書使い(ブックマスター)」になってしまうのです。

とはいえ、夕士が夢と冒険の世界に旅立つことはありません。なぜなら、夕士を選んだ魔道書は古の大魔道書のパロディであり、封じられている精霊や妖魔の数も能力も少なく、また、夕士の能力が開発されていないこともあり、ろくに魔法を発動することが出来ないためです。

フールは夕士を「ご主人様」と慕い、夕士に魔道書の使い方を教え、魔道書ごと夕士の鞄やポケットに忍び込むなど、どこかズレつつも夕士の世話を焼くようになります。

そして、魔道書の力を発動するたびに命を削ることになる夕士のため、秋音はトレーナーとして夕士が寿命を縮めずにすむよう修行を手助けするようになります。

未来が見えるという三女神に万能の精霊、英知の梟、そして最後の審判を思わせる無駄に破壊力抜群の神鳴。プチ・ヒエロゾイコンにおさめられているちょっぴり残念な妖魔たちと夕士の奮闘にわくわくが止まりません。

また、夕士の唯一の親友と言える長谷に妖怪アパートの存在を打ち明け、友情を再確認する青春シーンも必見です。
 

本当に怖いものは…?妖怪ものの真骨頂アリ!第3巻

学校のとある小部屋には、何かがいるらしい。

学校の怪談として語られるその噂が現実のものとしてささやかれるようになる頃、新任数学教師の三浦が奇妙な行動を起こすようになります。演劇部の物置となっている小部屋、その壁に書かれた恨み言。禍々しい気配。そして、襲いくるのは――。

形のないものが好む、形のあるものの虚。これまでの明るく元気な展開から一転、ジャパニーズホラーを感じさせるのが『妖怪アパートの幽雅な日常』3巻です。

著者
香月 日輪
出版日
2009-12-15

夕士も気づけば高校2年生。アパートの賄い、るり子の作るお弁当は見た目も栄養バランスも完璧で、夕士は昼休みになるたびにクラスメイトの女子に囲まれています。

ハーレム状態の夕士を面白く思わない同級生も現れるものの、夕士は運送会社でのアルバイトで鍛えられた肉体と妖怪アパートで培われた度胸でやっかみを退けていきます。

しかし、夕士を面白く思わないのは同級生だけではありませんでした。それが新任数学教師の三浦です。

女子高から転任してきたという彼は、夕士が女子生徒に囲まれている姿を見て激昂します。乳繰り合うな、と鬼のような形相で怒鳴る三浦の姿は、普段の、感情や面白さを一切削ぎ落とした授業をしている姿とはまるで別人です。

この状況に初めに警鐘を鳴らしたのはプチ・ヒエロゾイコンのフール。フールは学校の怪談を解き明かすことを夕士に勧め、その調査の中で夕士は恨み言の書き連ねられた壁と、そこを巣窟とする禍々しいものに対峙することになります。

一生懸命やっているのに報われないなんておかしい、と叫ぶ三浦。年をくっただけの人間は大人とはいえない、と語る長谷。本当に尊敬できる大人に、自分はなれるだろうか。なれているだろうか。ふと自らを振り返りたくなる一冊です。

成長が成長を生む第4巻!

高校2年の夏休み。夕士は今年も運送会社でのバイトに精を出します。しかし、バイト先ではちょっとしたトラブルが。

なんと、新しく雇った若いバイトの半分以上が辞め、かろうじて残った2人も、ろくに挨拶もせず、休み時間もスマホを見ていて周りの会話に入ろうとしないというのです。

押しつけられた新人教育。仕事中に見つけた飛び降り自殺寸前の女性。夕士の熱い夏が始まります。

著者
香月 日輪
出版日
2010-06-15

『妖怪アパートの幽雅な日常』4巻を一言で言えば、「成長し、成長させること」でしょうか。今作では妖怪アパートの住人達に支えられ成長してきた夕士が、他者の成長を手助けすることになります。

最初の成長は夕士。夕士は修行がレベルアップしたことで、一回の修行が終わる頃には意識を失っていたり、立てなくなって霊能力者や画家に抱えられ風呂に入れられるなど、尋常ではない経験をします。この状況から抜け出したいともがく夕士を、秋音含む周囲の大人たちが自分の経験を語ることで励ましていきます。

次の成長はバイト先の新人2人。彼らはやる気がそれほどあるわけでもなく、しかしそれ以上に他者との関わり方のわからない若者です。仕事でわからない言葉が出てきても聞かない、道具を使わない。社員たちには理解できないその行動は、聞いていいかわからない、勝手なことをして良いかわからない、といった葛藤からくるものでした。

少しの言葉で人を不快にしてしまうことを知っているからこそ、ためらってしまう。夕士は会話のきっかけをつくることで、新人たちに一歩踏み込む勇気を与えます。

一方、夕士の奮闘を見守る妖怪アパートの住人達は、新人たちのコミュニケーション不全は情報の性質の変化が原因ではないか、と推測します。

今でこそ情報はインターネットで手軽に得られるようになったものの、本来、情報とは与えられるものではなく、自分から動いて取りに行って初めて得られるものだ――そう語る詩人の言葉は、まるでこちら側を見透かしているようです。

さて、最後の成長は、飛び降り自殺をしようとしていた20歳前後とみられる女性。しかし彼女は化粧や服装が派手なだけで、友人関係や親との関係に悩む普通の小学6年生の女の子でした。見た目ばかり育ってしまって心の成長が追い付かない。周りの「似合うよ」を信じてちぐはぐになってしまった有美に、夕士は心ばかり大人になろうとしてちぐはぐになっていた過去の自分を重ねます。

後日、お礼を言いに来た有美に請わて夕士は、自分の所属する英会話クラブの活動の一つである、外国人クラブ主催のバーベキュー大会へと有美を連れて行きます。夕士に挨拶をきちんとするようを言い含められ、緊張しながらバーベキューに臨んだ有美は、そこで初めて、尊敬できる大人たちに出会うのでした。

それまで周りにいた薄っぺらい話ばかりの友人や大学生たちとは違う、人生に深みを持った大人たちの言葉や経験談。それらは有美に将来の夢を与え、そのために英語を学ぶという目標を定めさせます。

今作で一番成長するのは初登場の有美でしょう。しかし、これまで与えられるばかりだった夕士が与える側になっていたという、見えづらい成長に気づかされるのも、『妖怪アパートの幽雅な日常』4巻の魅力と言えます。

恐怖要素にゾクゾクな第5巻!

「滝が欲しい……」

夕飯の時間、秋音がつぶやいた一言にアパートの住人はにわかにざわめきます。

「今度は滝で修行? 大変だねー」

ラクガキのような顔で笑う詩人。どうせ滝を造るならアパート地下にある洞窟温泉の横に造って一杯やろう、と楽しげな画家。大家さんに頼んでみよう、と和風カレーうどんをおかわりする秋音(三杯目)。かくして、町のど真ん中、おんぼろアパートの地下に、勇壮な滝が出現することになります。

一方、夕士の通う高校には新しい教員が現れます。二人のうち一人は若いイケメン、もう一人は美女。浮き足立つ生徒たちに、迫る文化祭。実りの秋が始まります。

著者
香月 日輪
出版日
2011-01-14

『妖怪アパートの幽雅な日常』5巻では、敵役という表現がぴったりの新任美女教師の青木や、自己中心的な言動ばかりの少女が夕士たちを悩ませます。それを象徴的に表しているのがこの言葉。

「地獄への道は善意で舗装されている」(『妖怪アパートの幽雅な日常』5巻より引用)

正義や正論を振りかざし、自覚なく悪意を振りまく人たち。こちらが何を言っても傷つくことなく、一切の言葉が届かないような人たち。そういった人たちと対峙するべく、生徒会長の神谷や英会話クラブの江上部長といった、男前でまっすぐな女子生徒が登場します。

一面的にしか物事を見ず善意や正義で相手を支配しようとする人たちと、いかにして共存してゆくのか、夕士たちの奮闘に思わず応援したくなること間違いなし。

中盤までは軽快なテンポでテンションの高いストーリーが展開されますが、終盤ではイケメンの千晶先生が女子生徒に刺されるなど、ホラーとはまた別の、ぞくりとするストーリーに。中盤との落差がずしりとくる構成となっています。

それらのお口直しともいえる巻末付録は「スペシャル・ヴァレンタイン・デー」。

成仏するために妖怪アパートで暮らす幼い幽霊クリと、夕士と長谷による心温まるストーリーです。母親に殺されてしまったクリが妖怪アパートで幸せを受け取ってゆく姿は、クリの愛らしさも相まって幸せな気分にさせてくれます。

ありのままに生きることの価値、そして、生きやすく生きること。アパートの住人たちや悩みながら進む夕士たちが、前へ一歩進む勇気をくれる一冊です。

夕士、修行の成果を発揮『妖怪アパートの幽雅な日常』第6巻!

妖怪アパートの年越しは、宴会によって始まります。本物のナマハゲたちとの忘年会は、年が明ければ新年会へと名前を変え、大人たちは酒を、未成年者はお屠蘇を飲んで呑まれて、そして。

「ご来光を拝みながらの初風呂! 最高!!」

岩風呂横の滝場に開く空に黄金色の光が射し、妖怪アパートに新しい年がやってきます。

夕士はもうすぐ高校3年生。今回は修学旅行で雪山へ行き、学校メンバーで楽しく大暴れ……と、言いたいところですが、どうやら雲行きが怪しくなってきたようで……?

著者
香月 日輪
出版日
2011-07-15

修学旅行、おまけに雪山とくれば、枕投げにスキー、雪合戦。これまで妖怪アパートやアルバイト先など、大人たちとの会話が多かった夕士が、ここにきてやっと高校生らしい姿を見せます。長谷以外にもちゃんと男友達がいたんだな、と安心したり、馬鹿をやっている姿にちょっと羨ましくなったり。しかしそんな楽しい時間も長くは続きません。

まず、貧血担当の千晶先生が予想通りというべきか倒れます。しかしそれはただの貧血ではなく、別の原因によるもののよう。それだけでなく、体調を崩す生徒の頻出。美女教師青木の信奉者たちの落とす暗い影。

何とかしようと動き出した夕士を悪霊が羽交い絞めにします。そう、なんと今作、これまで悪霊らしい悪霊が出てこなかった『妖怪アパートの幽雅な日常』において、初めてまっとうに怖いオバケが出てくるのです。

見所は夕士の魔書使いとしての成長です。以前はブロンディーズの神鳴の力を無制限広範囲に発動していた夕士。今作では、人を傷つけないように、悪霊だけに集中して魔道書の力を使えるようになります。

『妖怪アパートの幽雅な日常』6巻は修学旅行編ということで妖怪アパートの住人達の出番は少なめですが、詩人と画家の雪見酒や、幼い男の子幽霊クリの成長がみられるなど、美味しいシーンが詰まっています。

また、巻末付録の「ハッピーバースディ」では漫画版のイラストや漫画の一部を見ることが出来ます。

迷う心に、勇気を与えてくれる第7巻

神谷たちの卒業。そして、新たな修行場へ向かうために妖怪アパートを出る秋音。

別れがあれば出会いもあり。まり子が預かってきた卵が孵化し、赤ん坊が夕士に懐いたり、夕士のトレーナーの後任として猫娘の桔梗が現れたりと、別れがあっても夕士の周りの騒々しさは変わりません。

その中で明かされるのは、まり子の過去。バカなことをしているおっさん美女、そんなイメージを覆す、まり子の生きざま。胸を打たれるシーン満載なのが『妖怪アパートの幽雅な日常』7巻です。

著者
香月 日輪
出版日
2012-02-15

別れといえば卒業式。卒業式前日に行われる3年生を送り出す予餞会で、千晶先生オンステージライブが行われます。貧血で儚いイメージの千晶先生がこんなにも歌うとは、と驚く内容になっています。また、イケメンな先生による3年生へのメッセージも必見です。

そして、今作のメインはなんといってもまり子の過去。美女なのに裸でアパート内をうろついたり、男風呂に平気で入ったりしてしまうような彼女の生前の話が、まり子の涙と共に語られます。異性との愛情関係より先に性関係を知ってしまった彼女が、それでも、本当に好きになった人から本当のことを学ぼうと足掻く姿に胸が締め付けられます。

「一つのことは、一つだけじゃないって考えられる頭を作ること。目の前に見えることが、最初はどうだったのかとか、最後はどうなるかとか、そういう考えができるようになること。これが大切なの」
(『妖怪アパートの幽雅な日常』7巻より引用)

自らの後悔をさらけ出すことで夕士たちに進むべき道を示そうとするまり子は、言動がおっさんなだけでなく、心意気が男前です。ナイスバディな美女幽霊、というだけではない、強さを秘める彼女にまり子ファンがまた増えそうな内容です。

そして、毎回恒例の夕士の成長。今作での夕士の選択に、彼自身の心の変化を見ることができます。過去には「早く一人前になりたい」と突き進んできた夕士。しかし、ここにきて初めて、寄り道や回り道をしても良いんじゃないか、と考えられるようになったのでした。

死んだ両親を安心させるために就職したい、という誰かのための意思決定ではなく、自分のための、自分が生きていくための意思決定。

もしも今、進学や転職で悩んでいる人がいるなら、是非『妖怪アパートの幽雅な日常』7巻を読んでいただきたいです。生きることは選択することである――そんな住人達の言葉に、勇気をもらえるはずです。

ジュエリー展で強盗に遭遇!?手に汗握る第8巻

大学へ行きたい――。

夕士の言葉に、長谷は夕士の顔をしばらく見つめ、「そうか」と微笑みます。両親の死から五年。死んだ両親への親孝行だけを考えて進路を決めてきた夕士が初めて、もう少し「子ども」でいたいと考えるようになります。

自分のために生きる一つとして、心を豊かにすることに焦点を当て始めた夕士。よそ見をする余裕が出来た彼は、これまで深い会話をすることのなかった伯父がずっと心配していてくれたことを知ります。

進路決定と親戚との和解――そんな穏やかな空気は突如一転。夕士は千晶先生とクラスメイトたちとで訪れたジュエリー展で宝石強盗に巻き込まれてしまいます。そこで夕士のした決断とは?

著者
香月 日輪
出版日
2012-12-14

今回の舞台はジュエリー展。長谷から招待特別券を貰った夕士は、街で偶然出会った学校の教師や女友達と一緒にジュエリー展へ行くことにします。そこで鉢合わせたのが、なんと銃を持った強盗犯。彼らのすきをついて脱出を図る夕士たちでしたが、夕士と千晶先生が取り残されてしまいます。

負傷した千晶先生に、絶体絶命の状況。その中で夕士は一つの選択を迫られます。

それは夕士が頑張って力を身に着けてきたことによる苦悩であるがゆえに、読んでいて胸が苦しくなります。これまでにアパートの住人たちが夕士に伝えてきた、生きることは選択に覚悟を持つことである、という言葉。その言葉がここにきて、夕士の決断に強い意味を持たせることになります。

もし夕士が今日外に出なかったら。もしこの道を通らなかったら。もし特別券を貰っていなかったら。もし、もし、もし――。

何度も自問自答し、運命について考える夕士。もしも「運命」というものがあるとするならば、プチ・ヒエロゾイコンの力を持つ夕士が今後、「普通」の人とどう関わっていくかを決断することも、定められていたものだったのかもしれません。

人生にはたくさんの壁があるし、乗り越えられない壁もある。しかしそれを「乗り越えようともしないものに、私は手を貸さない」という霊能力者龍の言葉を糧にしてきた夕士の、壁を乗り越えようとする姿をお見逃しなく。

千晶先生の名台詞はココ。第9巻

高校3年の秋。大学で民俗学を学ぼうと決めた夕士は大学進学のために講習漬けの夏を送り、学生生活最後の文化祭が始まります。

男子学生服喫茶をする夕士たちのクラスでは、イケメン担任千晶先生の白色の学ラン姿がお目見えするとあって女子生徒が黄色い声を上げるなど、にぎやかな様子。しかしそんな中、夕士のノートに、夕士への悪口が書かれていることを発見します。

とうとう夕士がいじめの対象に?! と思いきや、どうやらクラスのほぼ全員に対しての悪口が、ノートやメール、学校裏サイトで書かれている模様。犯人は誰なのか。その目的は――。

著者
香月 日輪
出版日
2013-11-15

『妖怪アパートの幽雅な日常』9巻では、千晶先生の担任らしい姿が前面に出てきます。

高校3年の秋。この時期はそれぞれの進路もかたまり、それぞれが自分の目標に向かって邁進する時期です。しかし、周りに流されたり、みんながそうしているから、と特に目標もなく進路を決めてしまった場合、どこかでつまずくことがあります。

各々の壁にぶつかってしまった生徒たちへ、千晶先生は自身が高校生だったときの話をします。それは、闘病の末に亡くなった友人の話でした。

闘病中でも夢を語り、泣き言を一切言わなかった友人の日記。そこに書かれていた苦しみと諦観をとつとつと語った千晶先生は最後にこう言います。

「お前たちにはまだ時間がある。あせらなくていい。まだ悩んでいてもいい。ただ、諦めるとか、投げ出すとか、それだけはしないでくれ」
(『妖怪アパートの幽雅な日常』9巻より引用)

これまでの『妖怪アパートの幽雅な日常』で、大人たちは、成長することや乗り越えることを夕士たちに伝えてきました。しかしここにきて、進むことが苦しいときは無理に進まなくてもいいという別の解決策が示されることになります。

一方、プチ・ヒエロゾイコンでは、呪歌を歌う小鳥シレネーが新曲を仕入れるなど、夕士のみならず魔道書の中の妖魔たちも成長している様子。

出番は少ないながらも強烈に主張する、神谷元生徒会長の男気溢れる名言もお見逃しなく。

夕士にとって、このアパートは……。堂々のラスト、第10巻

妖怪アパートですごす二度目の正月。そこにはすっかり妖怪アパートに馴染んでいる長谷の姿がありました。しかし、そこに飛び込んできたのは長谷の祖父の訃報。その数日後、今度は長谷の姉、汀が腹痛で倒れてしまいます。

汀を蝕む祖父の怨念。汀を治すため、夕士と長谷は夕士の力で汀の中に飛び込みます。長谷は祖父の説得を試みるものの、むしろ逆効果に。激怒した祖父の攻撃が夕士たちを襲います。『妖怪アパートの幽雅な日常』、怒涛の最終巻です!

著者
香月 日輪
出版日
2014-04-15

小学生のときから友達だった夕士と長谷。夕士が両親を亡くし、周りに刃を向けるようにして自分を守っていたときも、長谷は夕士の側にいました。夕士の唯一の親友である長谷の頼みだからこそ、夕士は危険を冒して長谷の姉にダイブします。

長谷の祖父に攻撃されて瀕死になった長谷。止まらない攻撃に、夕士は自分の身をかえりみず長谷をかばいます。このシーンはまさに『妖怪アパートの幽雅な日常』の最大の山場であると言って良いでしょう。

そしてなにより、フールの存在。これまで「ご主人様、ご主人様」と夕士に懐いていたフールがここにきて本当の力を発揮するのです。すべてが終わったあとに知るフールの頑張りは、文中からフールの声が失われることでより一層寂しさを掻き立て、胸を打ちます。

夕士が妖怪アパートに足を踏み入れてから3年。最後に、夕士がこの3年でどのように成長したのかを夕士の言葉から見てみようと思います。

まず、第1巻で学生寮が全焼したことを知り、夜の街をあてどなく歩いているときの夕士の言葉から。

「俺は『思いもかけない突然の不運』というものに、激しい拒絶感を抱いていた。……(中略)……自分の力ではどうしようもない出来事に、なすすべもなく立ち尽くすしかない。」(『妖怪アパートの幽雅な日常』1巻より引用)

突然起こる出来事に思考停止し、逃げようとしていた夕士。そんな彼は妖怪アパートに入居し、フールや住人達に支えられ、最後にはこう言うのです。

「運命は、いつだって、ある日突然だ。俺は、それを受け入れよう。」(『妖怪アパートの幽雅な日常』10巻より引用)

最終章で10年後の夕士がどう生きているか。ぜひご自身の目で確かめてください。

人生に迷ったときに読みたい名言が盛りだくさんの『妖怪アパートの幽雅な日常』。アニメも楽しみですね!


漫画版『妖怪アパートの幽雅な日常』について紹介した<漫画『妖怪アパートの幽雅な日常』の魅力を16巻までネタバレ紹介!>の記事もおすすめです。

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