全く私事なのですが、私、今年で30歳になります。多くの人は「30歳」と聞くと、もう若くないと感じるのではと思います。実際に精神がそれに応じているかというと、30歳って結構大人だと思っていたのですが、こんな体たらくで……。ただ、こんな私でも、教授会では最年少で、学者としてはまだまだ「若手」なんです。どこかでは若い人が、また別のどこかでは若くない。そういうことがあるとすれば、「若い」っていったいどういうことを指すのでしょうか? そんなわけで今回は、「若者」をテーマに5つの漫画を選定しました。
いくつから若者なのか、何をしたら若者ではなくなるのかという問いは難しいものですが、この大人と若者の境目を論じるにあたって、「モラトリアム」という言葉を聞いたことがある人は多いかも知れません。実は、もともとは債務支払いの猶予期間を意味する言葉でした。心理学者であるエリクソンは、「モラトリアム概念を、労働や納税といった大人の義務を免除される時期」として、遊びや実験を通じて青年がアイデンティティを形成するための概念として捉えています。この概念は労働と密接に関連していて、学生時代が長ければ長いほどモラトリアムもまた延長されるということになりますし、子どもが働くような社会ではモラトリアムは縮小されるということになります。
- 著者
- 山崎 紗也夏
- 出版日
- 2008-07-23
舞台は千葉県木更津市。お互いに就職も決定し、将来への不安もなく、あとは卒業を待つだけとなった大学4年生のカップル、明夫と芳乃。しかし、明夫の履修ミスが明らかになったことで、二人は「社会人」と「学生」として、遠距離恋愛を余儀なくされます。同じ作者による『げんしけん』や『蜻蛉日記』などもそうですが、どこかで時間をもてあましている大学生たちの生活を描いた漫画として生々しい魅力を持っていて、ネットでは「モラトリアム漫画」といった呼ばれ方をすることもあります。
- 著者
- 木尾 士目
- 出版日
- 1999-01-20
この漫画の主人公、たかこさんは45歳、中学生の子どもあり、バツイチ。高齢の親と二人暮らしで、仕事も真っ当にしています。こう見ていくと、現代社会ではりっぱに「大人」と考えられるでしょうが、一方で彼女は、鬱々とした思春期を抜け切れていないという思いを抱えて毎日を生きています。私生活でも、バンドマンのラジオ番組にときめいたり、中学生に恋したり、バンドマンにラブレター……ではなくメールを、自分のガラケーの中にこっそり書き溜めたりと、ある種「青春まっただ中」。そんなたかこさんの日常を描いた漫画が『たそがれたかこ』です。
- 著者
- 入江 喜和
- 出版日
- 2014-04-11
すこし弱気で心優しいシティ・ポップを愛するはずの青年・根岸崇一が、なぜかデスメタルバンドのボーカル・ヨハネクラウザーⅡ世として音楽活動をし、人気を博してしまう……というギャグ漫画です。根岸くんとクラウザーさんを分かつ一つの要素がシティ・ポップとデスメタルという「音楽ジャンル」ですが、筆者はここに若者文化の転換を見ます。
- 著者
- 若杉 公徳
- 出版日
- 2006-05-29
とりわけ近年は「若者カテゴリーの曖昧化」が主張される時代です。グローバル化によって、同世代におけるキャリアやライフコースの同一性が見込めない以上、若者をある世代や社会的属性によって規定することはできません。年長者でも学生であったり、無職である人もいれば、年少者でも正社員だったり、子どもがいる人は珍しくありません。「年齢」が他の社会的属性を説明することがない現代において、どのような精神を持てば大人なのかということも簡単には論じられなくなっていきます。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
- 2015-03-13
今回の5冊、いかがでしたでしょうか?「若者である」ということは、単に年齢が低いだけでなく、弱者であったり、他者の庇護を必要としていたり、一度年齢を重ねると二度と戻ることができなかったり……と、様々な社会的意味を帯びる属性でもあります。今回紹介した漫画を通じて、そうした多様な意味を読み取っていただければ幸いです。次回もどうぞよろしくお願いいたします。
マンガ社会学
立命館大学産業社会学部准教授富永京子先生による連載。社会学のさまざまなテーマからマンガを見てみると、どのような読み方ができるのか。知っているマンガも、新しいもののように見えてきます。インタビューも。