高い知性をもつ人はどのような事を考えているのか、気になった事はないでしょうか。ここでは、日本有数の知性の持ち主である養老孟司の本を紹介。優れた考え方とはどのようなものか、学んでみましょう。
養老孟司は、東京大学医学部で教授職を務めていた人物であり、2003年のベストセラーである『バカの壁』の著者としても有名です。『バカの壁』という言葉は新語・流行語大賞も受賞しました。その他にも、北里大学教授、代々木ゼミナール顧問などを経て、日本ニュース時事能力検定協会名誉会長、ソニー教育財団理事、などを歴任。
趣味は昆虫採集で、著書の中でも昆虫についての話題は時折みる事ができます。その他にも、漫画好きで知られ、漫画は脳にとって良い作用があると指摘し、独自の理論を展開。京都国際マンガミュージアムの館長も務めました。
「人生でぶつかる問題に、そもそも正解なんてない。とりあえずの答えがあるだけです」というように、人々を悩みから解放するような教師らしい発言が多い点も特徴。その優れたものの考え方は、読んでいて納得させられるものが多く、著作からは、生きるヒントや問題の考え方など、様々な教えを学ぶ事ができます。
養老孟司による人生の生き方を綴ったのがこの本『養老訓』。その中には、面白い考えがたくさんあります。ここでは、いくつかをピックアップ。様々な物の考え方を学んでみましょう。
- 著者
- 養老 孟司
- 出版日
- 2010-06-29
本書では、面白いものの捉え方が多数紹介されています。例えば、二人が竹刀で打ち合った時の力関係。初め、二人が同じように打ち合うと、力が伯仲して止まりました。しかし、次に方法を変えて打ち合うと、片方が打ち勝ちました。これはどういった原理が働いているのでしょうか。
養老孟司による解説では、初めは双方とも力一杯斜めに振り下ろす、という打ち方だったのですが、2回目は片方が、まっすぐ下に振り下ろす動きと水平に身体を回転させる動きをそれぞれがやったのだそうです。本書では、竹刀を斜めに振り下ろすという行為を、下と横に分解して行った結果、このような差が出てきた、と説明。一般人では再現することが難しい、達人の領域と言えるかもしれませんが、なんとなく理屈も分かるような気がしますよね。
養老孟司は、学問の基礎の価値観もこれと同じであると説明。学問において、水平、垂直の方向のベクトルは基礎学問であると指摘します。そして、その基礎が伸びれば、合力や、応用の力は自然に伸びると解説しているのです。たとえば養老孟司は、国語と算数を学んでおけば、小論文を改めて学ぶ必要はない、といいます。
このように、ふたつの力が合わさったとき、大きな力が生まれるのだという考えは、どのような世界にも当てはめることが出来る考えです。たとえばスポーツだと、技術を本や知識として学ぶだけでは上手くなりません。練習した時間が、上手くなるために大きな要素を占めます。つまり、技術と時間のふたつが合わさったとき、優れた成果が発揮される、という事が分かります。
他にも、知識量と発想力なども同じ関係にあるといえるでしょう。いくら発想力や思考力が優れていても、知識がないと、その発想を他の分野と結びつけたり、応用したりする力は生まれません。このように考えると、多くの物事は、水平軸と垂直軸の要素が補い合って発展していくという事が分かります。
そして、その事を理解し、各々の力を伸ばしていくことが出来れば、先ほどの竹刀での打ち合いのように、様々な問題に打ち勝つことが出来るようになるのではないでしょうか。
このように、本書には、面白い考え方が多数紹介されており、一読の価値があります。興味のある人は、ぜひ本書を手に取ってみてください。
養老孟司が様々なテーマを題材に、世の中を独自の解釈で紐解いていくのが『ぼちぼち結論』。幸福論にはじまり、様々な卓見に満ちた一冊です。
- 著者
- 養老 孟司
- 出版日
- 2011-06-23
最近は、様々な所でデータの有用性が説かれていて、養老孟司も大きなデータはそれなりに信用できると述べています。その一方で懐疑的な視点も向けていて、タバコを吸う人と吸わない人はどちらが長生きか、という問題を例示します。
養老孟司は、タバコを吸う人と吸わない人を比べてみると、吸う人の方が長生きだ、と主張。一般的に考えると、タバコは身体に悪いので、吸わない人の方が長生きのような気がしますよね。
実際に、タバコを吸う人と吸わない人の寿命を比べると、タバコを吸わない人の方が長生きするというデータがあります。しかし本書では、老い先短い病人はタバコを禁じられるためタバコを吸わず、健康な人はタバコを吸い、長生きだ、と説明。
すると、先ほどのデータの信憑性に疑問が出てきます。タバコを吸う人は長生きできないという一般的なデータがある一方、タバコを吸う人は長生きであるというデータがある事になるのです。我々は、これをどのように解釈したらいいのでしょうか。
この点を詳細に見ていくと、まず、長生きする健康な人(a)は、タバコを吸う(a-1)、吸わない(a-2)の両方の領域に含まれていることが分かります。それに対して、病人(b)は、タバコを吸わない方の領域にしか含まれていません。つまりこの問題は、a-1とa-2を比較すべき所を、a-1とbを比較している点がポイント。論理の前提、広さの捉え方の違いに着目し、aとbを混同させ翻弄するような捉え方をしているということが分かります。
このように、データの前提条件を疑い、時には信用ならないものになる事がある、という事を覚えておくと、データが圧倒的に正しいという誤謬に陥る事が減り、健全な考え方ができるようになるのではないでしょうか。
また、養老孟司は、幸せというものの考え方についても考察しています。
「幸せに関する私の考えは単純である。幸不幸はまったく個人的なもので、他人は本来無関係だ、と。一般的な幸せとか、一般的な不幸というものは、おそらくない。総理大臣になることを目指していた政治家が、総理になれば幸せかもしれない。でも私がそうなったら不幸である。むろん国民の不幸でもあるが、私にとっても不幸である。そんなものに私はなりたくないからである。」(『ぼちぼち結論』から引用)
このように考えると、何か絶対的な幸せや価値基準があるのではなく、自分の思う幸せを追求する事が、本当の幸せである事が分かります。自分の好きな事をすること、社会の役に立つこと、家庭を持つ事など、求めるべき幸せは、人それぞれ。しかし、これこそが幸せだ、と思う事が、なかなか見つからない事もあるかもしれません。
そのような時は、幸せとは何かと難しく考えずに、欲しかった洋服を買った、レストランの食事が美味しかった、夫がサプライズでプレゼントをくれたなど、小さな幸せ、目の前の幸せを大切にしていくことから始めてみるといいのではないでしょうか。
養老孟司は、優れた人生を歩む上で、大切な教えを多く説いています。少しでも気になる考えがあったら、ぜひ本書を手に取ってみてください。
人生においては、人は多くの壁に突き当たります。そして、多くの人が陥りやすい問題について、養老孟司なりの考えを提示し、壁を乗り越える方法を示すのが、この本『バカの壁』。2003年にベストセラーとなり、社会現象を巻き起こした事でも有名な書籍です。
- 著者
- 養老 孟司
- 出版日
- 2003-04-10
思考の癖や捉え方の違いは、人によって様々です。養老孟司は、このような人の考え方を方程式で表わし、分かりやすく説明しています。
人の考え方において、入力をx、出力をyとすると、y=axという一次方程式ができます。入力情報xに、脳内でaという係数をかけてyという反応、結果が出てきたという構図が、このモデル。aは、人によって異なり、それゆえ同じ入力xがあってもyは様々です。
何かに関心がないときの場合、a=0となり、yも0になるので反応もありません。また養老孟司は、自分にとって好きな事はaが+で、嫌いな事はaが-になる、と述べます。世の中で求められている社会性とは、様々な方面に対していかに適切なaをもっているか、という事をと説明しています。
本書では、そのaに加えて、人生の意味についても解説。フランクルの教えを紐解くと、人生の意味は自分だけで完結するものでなく、周囲の人、社会との関係から生まれる、と説明されています。そして、養老孟司は、現代人が人生にもつべき意味とは、自分がまわりのために何ができるか、ということだと主張しているのです。
教師なら、学生を教え導くという意味があり、研究者なら、役立つ商品を開発するという意味があります。絵描きなら、人を感動させたり、作品を通して世の中に問題や価値観を問うことができますし、ゴミ収集人にも、料理人にも、新聞記者にも、社会で役立つ意義がある点がポイントなのです。
周囲との関わりや、社会で役立つという点に生きる意味を見出せば、社会で役立つための選択肢というものは多く存在していて、若い人が陥りがちな、難しい自分探しという迷いから抜け出すことができるのではないか、と考える事ができます。
このように、本書には、先生と呼ぶにふさわしい卓越した考えが満載。その教えを学びたければ、ぜひこの本を開いてみてください。
長年大学人として生きてきた養老孟司による、人生の極意ともいうべき考えがつまったのが、この本『まともな人』。子供の育て方、学問とは何か、といった問題をテーマに、卓越した考えを論じていきます。
- 著者
- 養老 孟司
- 出版日
子育てについて、養老孟司は楽観視した展望を持っており、子供を育てるには、水と餌とねぐらを自分で探させるようにすると子供はすぐに成長する、と主張。たしかに、衣食住を自分の問題として考えた時、ものの考え方は大きく変貌を遂げます。
また、養老孟司は、「今の人は、子育ての環境が悪いと思うかもしれません」と説明。しかし著者が生きてきた、戦中から戦後も酷かったといいます。食べるものに困り、家事も今より大変だった状況で、子供がたくさん生まれたのが当時の状況でした。このように考えた時、いつの時代も、子育ては大変ではあるけれど、何とかなっていくものだ、といえるのではないでしょうか。
子育てをしていると、夜中に起こされたり、いたずらをされたり、泣き止まなかったり、とても大変です。そして、養老孟司は、そのような行為と向き合う親にしてみれば、子育てには、子供を育てるという働きの他にも、親が成長するという働きもあるのではないか、と説明しています。
また、本書では、学問についての考えも示されています。養老孟司は、学問で習うのは方法論である、と説明。知識を学ぶ事も大切だけれど、方法論は様々な分野に応用が利く、だからそれを学ぶ事が大切だ、と著者は述べています。
勉強をしていて、ふとした疑問に出会ったらどうするでしょうか。そのままにしておくか、それについて調べるか、のどちらかでしょう。そして、その疑問を解決するか、放っておくかという点に、その人の勉強に対する人間性が表れます。
このように、勉強に対する姿勢、方法論という考え方は、全ての物事に応用できる卓見であるといえるでしょう。
ここで紹介した、知識と方法論の関係、子育てでは親も育つ、という考えは面白いですよね。この本は、優れた教えが多く詰まった良書ですので、気になった人は手に取ってみてください。
様々な問題を様々な角度から考察して、面白い考えを展開していく養老孟司が、心についての考えを中心に論じていくのが、本書『考えるヒト』。脳に興味のある人も、優れた考え方に興味のある人も楽しめる一冊となっています。
- 著者
- 養老 孟司
- 出版日
- 2015-10-07
例えば、猫が屋根から飛び降りる動作は、重力などのような古典力学で説明できます。養老孟司は、猫がそのような動作をする時、猫は古典力学を理解して行動していると指摘。これは、猫の頭の中に、古典力学が何かの形で入っているという事になるのです。著者は、猫はこの古典力学を意識的に取り出せないだけである、と説明していて、それを意識的に取り出せる人が、物理学者や数学者になる、といいます。
この他にも、人は誰もが物事に対して重みづけをしている、という指摘もしています。誰かにとってサッカーをする事は人生の大きな楽しみである一方、他の誰かにとってはそれほど重要ではないですよね。
このように、養老孟司は、人によって同じ状況、同じ入力でも、重みづけは異なってくる、と説明。『バカの壁』でのy=axの方程式でaにあたるものが、重みづけだと捉える事も出来るのではないでしょうか。
そして、これが最も顕著に表れているのが、ギリシャの哲学者タレスの話です。タレスは、考える事に重きを置いて、視覚や聴覚などの五感に重きを置きませんでした。その結果、歩きながら考え事をしていて、井戸に落下してしまいます。そこに、近所の知り合いの女の子がやってきて「先生もたまには自分の足下を見て歩きなさい」と言うのが、この話の要点です。
タレスは、物事の真理をよく見ようとして、五感よりも考える事に重みづけをし過ぎた結果、かえって周りが見えなくなってしまった、と言えます。このように考えた時、極端な重みづけをして、頭を使いすぎるのも考えものだ、という事が分かるのではないでしょうか。
養老孟司は、日夜、真理の探究をしているお坊さんが、庭の掃き掃除をして、木々を駆け抜ける風を感じたり、木漏れ日を楽しんだり、夏の暑い陽気を肌で感じながら、身体を動かす事がいいのである、と説明しています。お坊さんの行動は、寺をきれいに掃除しているのではなく、自分をきれいに掃除していると言えるのかもしれません。
本書の解説を執筆した僧侶である玄侑宗久は、箒で掃除をすることで、きれい、きたない、という概念を払拭し、無常の風光に溶け込んでいく事ができる、と指摘しています。
このように、考え過ぎて井戸に落ちたギリシャの哲学者の話から、お坊さんが庭掃除をする話まで考えを巡らせていくのが、本書の特徴です。どのページを開いても、面白い考えが載っていますので、上記のような考えに興味を持った人は、ぜひ本書を紐解いてみてください。
こうして、養老孟司の本を読んでいくと、そこにある優れた見解の数々に驚かされますよね。著者は、考えるという行為において、他者を圧倒する優れた知性を持っており、その考えに触れる事は、静かな読書という行為をエキサイティングなものに変えてくれます。