立花隆とは、ジャーナリスト、ノンフィクション作家、評論家です。知的好奇心を満たそうとする欲求を人間の本能的な欲望と捉え、それが文明を発展させてきた源だと考えています。他を圧倒する知的欲求から、知の巨人と呼ばれる彼の著書を5冊ご紹介いたしましょう。
1940年、立花隆は長崎県に生まれました。文藝春秋社で記者をしていましたが、嫌いなプロ野球の取材をさせられて2年で退社。その後ルポライターを経て、中東各地や地中海、エーゲ海などを放浪して、ジャーナリストとしての活動を再開しました。
日本に戻ってくると、当時の首相・田中角栄を退陣に追い込んだ発端と言われる『田中角栄研究~その金脈と人脈』を文藝春秋に連載します。
大きなうねりとなった角栄の事件以降も、巨大な権力や組織を解明していく手法は変わらず、随所に明晰な分析力が光っていました。
また、立花隆は精神世界にも興味を持ち、脳科学や人の生死、死後の世界などというオカルト系なものにも豊富な知識を持っています。
広範囲にわたりジャンルを飛び越えた知識は、博識という言葉で片付けられません。まさに「知の巨人」の呼び名に相応しい人だと言えるでしょう。
日本の近現代史を舞台とするならば、天皇は間違いなく一線で活躍する出演者です。天皇を輝かせるために多くの優秀な人材を送り出し続け、自らを舞台と化して国家を支えてきた東大。それは、大日本帝国の政策を推進する役割を担う機関だったのです……。
- 著者
- 立花 隆
- 出版日
- 2012-12-04
立花隆が物心が付いた頃は、日本の敗戦色が強いとき。その後すぐに戦争が終わると、どん底の暮らしが待ってました。その当時から彼が持ち続けた最大の疑問、日本の大失敗はなぜ起きたのかということを、彼自らが調べ、答えを出すために、7年の月日を費やして書いた大作です。
文庫版で4冊というボリューム。引用文もかなりの量で、かなり膨大な資料から情報を収集したことが伺えます。天皇という、日本にという国を語る上で避けては通れない大きな存在を軸に、話が進んでいきます。
近代から現代にかけての日本は、天皇に対する民衆の心が大きく変化していた時代でした。天皇を神格化し、大きな戦争に突入していったのはなぜなのでしょうか。左翼思想と右翼思想の対立が起こっていたけれど、大戦前夜から戦時中にかけて、なぜ日本全体が極右的な思想に支配されてしまったのでしょうか……。
天皇の扱われ方や、時代ごとに変わっていった東大の役割なども浮き彫りになっていきます。全編に詰め込まれた膨大な資料は、対象をより深く掘り下げることに貢献しています。そして無駄のない明晰な文章は、長編にも関わらず決して読者を飽きさせません。
文字通り、青春の中にいる11人の若者へのインタビューがまとめられています。本著に載っている若者たちは皆、過去に挫折を経験しました。そこで奮起し、人一倍の努力をして、一度は落ちた底から這い上がって来るのです。
プロローグは「恥なしの青春、失敗なしの青春など、青春の名に値しない」という一文から始まります。
- 著者
- 立花 隆
- 出版日
- 1988-06-07
軽薄で大勢主義的な風潮、それを体現する若者世代を苦々しく思っていた立花隆は、当初この企画には乗り気ではなかったそうです。しかし、この中に出てくる若者たちに話を聞いているうちに、彼らの意志や一生懸命さに、頼もしささえ感じたと述べています。
この11人に共通していたことは、みな一度は敷かれたレールから外れてしまっているということです。ただその後、自分が夢中になれる物に出会うことができた後、人が変わったように努力を重ねていきます。
「青春とは、やがて来たるべき「船出」へ向けての準備がととのえられる「謎の空白時代」なのだ。そこにおいて最も大切なのは、何ものかを「求めんとする意志」である。それを欠く者は、「謎の空白時代」を無気力と怠惰ですごし、その当然の帰結として、「船出」の日も訪れてこない」(『青春漂流』より引用)
エピローグで書かれている『謎の空白時代』こそが青春で、自分を鍛える時だと捉えています。その時の努力や、やり遂げようとする気持ちが、結局その後の人生をも左右する大きな分岐点だという結論です。
自分にも何か出来る、やってみようと思わせてくれる本です。夢中になれる何かは人によって違いますが、それを見つけたい、極めてみたいと、下手な啓蒙書の類よりも読者を後押ししてくれる本でしょう。ワクワクして、読み始めたらページを繰る手を止められません。
「がん」というものに、立花隆が実体験を通してアプローチした、渾身の作品です。
がんという病気が困難で、対処し難いということが良く分かります。しかし、がんに罹ってもなお腐らず、「なぜ?」という気持ちで好奇心を忘れずに突き進んでゆく、立花隆の姿勢には驚かされます。
分からない物を自分自身で調べたい、どういうものか確かめたい、という気持ちが病気や死の恐怖を上回っているのでしょう。これはNHKスペシャルでドキュメンタリー番組として放送されましたが、巻末にその時の完成台本が載っています。実際に映像を見なくても、その時の臨場感が伝わってくるようです。
- 著者
- ["立花 隆", "NHKスペシャル取材班"]
- 出版日
- 2013-08-06
著者が局所麻酔で手術をしてもらっている際、なんとモニターに映る自分の患部を見ながら医師に質問をしていたそうです。ところが、はじめは色々と答えてくれていた医師も、次々と質問してくる立花に色んな気持ちがあったのでしょう。
「もう何もしゃべらないで下さい。危ないですから。黙っててください。しゃべるとお腹が動くんです」 ビシっという感じだった。それはもう反論も質問も許さないというほど強い口調だった。(『がん 生と死の謎に挑む』より引用)
まるでコントのような話ですが、映像に映し出される患部の姿を実際に目にして、気づいたことや感じたことなどを聞かずにはいられなかったのでしょう。
立花は、自分が疑問に思ったことは必ず文献にあたって調べ、それでも分からないことや調べて改めて疑問に思ったことを後日専門家に聞くという、徹底ぶりででした。
近親者や尊敬する先輩たちが次々とがんに倒れていき、自分自身もがんにかかった立花隆でしたが、知りたいというその気持は失せるどころか、ますます強くなったようです。自身のがんの治療法についても、主治医から詳細に聞いており、「死」に関することも、飽くなき探究心で淡々と聞いていたことに驚きでした。
脳科学者の茂木健一郎のおすすめ本でもあり、野口聡一がこの本を読んで宇宙飛行士を志した、という一冊です。実際に宇宙に行った宇宙飛行士にインタビューをして、まとめた内容となっています。
立花隆はインタビューで、表層的なものをなぞるのではなく、彼らの内面に切り込んでいくスタイルをとりました。もちろん自分の興味があることを聞きたい、ということでインタビューを行ったのでしょうが、今まで宇宙飛行士に対して、ここまで精神的なところに触れたものはなかったように思います。
- 著者
- 立花 隆
- 出版日
- 1985-07-10
宇宙体験という限られた人のみが経験する事象で、宇宙飛行士たちはそれぞれ内面の変化により、詩人になったり、画家になったり、宗教に目覚めたり、政治家になったりしています。
個々の人格によって違いがあり、何の影響をもなかったと断言する者もいれば、精神病院に入院してしまった者もいました。強く神を意識した者もおり、帰還後の人生を変える原因になったといえます。
人生のターニングポイントを迎える「宇宙体験」を、この本を読むことで、追体験することができます。そしてやはり、実際に強烈な宇宙体験をしてみたいと思う、そんな1冊です。
巻末には、作者立花隆と宇宙飛行士の野口聡一との対談も掲載されています。
本書は立花の読書の記録ですが、守備範囲の広さに驚きを隠せません。ノンフィクションから政治、文化、科学や学術書に至るまで、ありとあらゆる本を読んでいます。ただし小説の類はあまり読まないようで、唯一『カラマーゾフの兄弟』があるぐらいです。
しかし、多忙の立花隆がどうしてここまで本を読んでいるのか、不思議になるのと同時に、自分の浅さにも気付かされます。深い洞察と文章を的確に捉えることの出来る能力は、さすがとしか言いようがありません。
- 著者
- 立花 隆
- 出版日
- 2016-07-08
本好きの方なら似たような体験があると思いますが、自分の興味があるものだけの読書を続けると、似たような本にばかり目がいってしまい、知識も偏りがちになってしまいます。
冒険しようと違うジャンルから本を読もうとしても、本選びで失敗することを恐れ、世間で評判の良い物を意識的に選んでしまいがちです。そこにはもう冒険はありません。
そんな時に、知的好奇心に溢れ、興味対象が幅広い立花隆の視点で選ばれた本を教えてもらえるというのは、とてもありがたいです。
ただし時折、驚くようなトンデモ本が紹介されていて、オカルトや神秘主義に寄っていたことを思い出します。人間らしくて、こういうところも良いかもしれませんね。
いかがでしたでしょうか。5冊とも全く方向性が異なりますが、それぞれの根底には「知りたい」という欲求があります。この「知りたい」という欲求を根源的な欲求だと立花隆は考えているのです。そんな立花がこれからも大量の本を読み、書き、発信し続けていくのかと思うと、とてもワクワクしませんか?