辰巳芳子の作るお料理は、なぜこんなにやさしいのでしょうか。彼女のレシピや思考にふれながら、料理研究家となった経緯や、先人から伝わる知恵を学べる本5冊をご紹介します。
辰巳芳子は、大正時代に会社員の父親と料理好きな母親という、ごくごくふつうの家庭の長女として生を受けました。カトリック系の高校で洗礼を受け、父の赴任先の名古屋で短期大学へと進学、その後20歳で結婚します。
縁談話が持ちあがったとき、夫となる人は戦地へ行くことがすでに決まっていました。そのため父親が猛反発。戦争で亡くなるかもしれない男になぜ娘を嫁がせなければならないのか、と断りに行くと、男性は一筋の涙を見せ、その時辰巳は傍にいてやらなければと思ったそうです。そしてそのまま周囲の反対を押しきって結婚しました。
まもなく夫は戦争で命を落とし、また父親も脳血栓で倒れてしまいます。辰巳は母親と共に、嚥下能力(食べものを飲み込む力)が弱った父親のためスープを作り、介護をしました。
これが、辰巳芳子の「いのちのスープ」のはじまりだったのです。
料理研究家の辰巳芳子の本といえば、まっさきに出てくるのがこの本でしょう。赤ちゃんから高齢の方まで、滋養があっておいしく食べられるものは、やっぱりスープなのです。
磨かれたスープのレシピと、辰巳自身の介護経験談は、愛する人との健やかな時間を過ごすことにきっと役立ちます。
- 著者
- 辰巳 芳子
- 出版日
基本のお味噌汁からはじまり、ポタージュ、ポトフ、冷製スープ......と様々な種類のスープレシピが載っています。本格的なレシピが多く、簡単に素早く作れる料理は少ないですが、「滋養」というものは手軽に手に入れられるものではないのです。
しかし読み進めていくと、調理の過程にひと手間を加えることで、食材がもつ栄養がいかされ、さらにそれが旨味につながることがわかり、驚くこと間違いなし。そしてそのまま、今すぐ作れるレシピを探してしまうでしょう。
また本作は、レシピだけでなく辰巳自身の介護経験や、家庭料理に対する考え方も感じることができる内容になっています。みなさんの生活にぜひ役立ててください。
本書は、日本人の基本のお味噌汁から、お粥やお鍋料理まで、和の汁物の調理法が載っています。
お料理をはじめて間もない方でも作ることができるレシピ集に加えて、辰巳芳子流の、いのちを支えるお料理の作り方の、勘どころを身につけられるコラムも収められています。
- 著者
- 辰巳 芳子
- 出版日
- 2011-01-19
新書サイズと持ち運びがしやすく、レシピ集としてだけでなく読み物としても十分に満足できるつくりになっています。
また辰巳は、時間がないビジネスパーソンや、料理の得意でない方などでも栄養を摂れる「自己救済術案」というものを提案。豆腐と白菜のあんかけ鍋、ひとり用みそ煮込みうどん、体調の悪いときに自分で作れるぬちぐすい(いのちの薬)などを紹介しています。
彼女が考える、料理をするうえで大切にしていることも惜しみなく書いてあり、辰巳芳子の入門書としておすすめです。
こちらは辰巳芳子の母親である浜子が手がけた『手しおにかけた私の料理』という本を、辰巳が時代にあわせて加筆、再編した家庭料理読本です。
古くから日本人が愛してきた、四季折々でおいしくいただける食材とその調理法が書かれています。
- 著者
- 出版日
- 1992-10-01
家庭料理というと、人によっては古臭い、慣習的で手間がかかるばかり、などと思う方もいるかもしれません。しかし本書に書かれているとおりに作ってみると、野菜ひとつを茹でるにしても、おいしくするために理にかなった調理過程があるということが理解できます。
辰巳の語気が、ときどきぴしりと強くなることがあります。やさしくも厳しい母親を感じさせる彼女の思想に、思わず居住まいを正してしまうでしょう。彼女は真摯に「人間の幸福にどのように貢献できるか」と問いているのです。
辰巳家に代々伝えられてきた料理を、ぜひこの本で再現してみてください。
高級レストランでいただくお料理ももちろんおいしいですが、本書が紹介しているのは、実際に自分の手で「仕込む」ということを大事にした保存食です。
旬の素材を、仕込みもの、つまり保存食にすることによって季節を超えていただくことができる、そんなレシピが載っています。
- 著者
- 辰巳 芳子
- 出版日
- 2013-11-29
もの、人間、風土に時間をかけ合わせることによって作り出される「うまみ」が保存食の醍醐味だと辰巳はいいます。本書では彼女がもっている、漬ける・干す・しめる・発酵させるなどの様々な技術が惜しみなく紹介されているのです。
ひとつのものにじっくり向き合わなければならない保存食を作ることは、物事の本質を見極めることにも通じます。梅干しやジャム、お味噌などのレシピとともに辰巳のエッセイも収められていて、お料理だけでなく、彼女の生き方にもじっくりと向き合える一冊です。
料理をするという行為の中には、生命に向き合い、愛し、慈しむということが含まれていると辰巳はいいます。
本書は、料理をすることと、食べた人がおいしい顔をするのを見るのも大好きだったという、彼女の母、浜子のエピソードから始まります。
- 著者
- 辰巳 芳子
- 出版日
- 2015-02-18
浜子が取り仕切る辰巳家の食卓は、鮨が出てきたり、5種類の漬物が出てきたりと、一介の主婦のレベルを超えたものでした。浜子の料理への探究心は留まるところを知らず、戦時中の食糧難だったときに手に入れた食材でできあがったのは、なんとパン・ド・カンパーニュ!スープによく合うフランスパンだったのです。
「自分のほうから求めて仕事を探したことも、わざわざ仕事を作ったことも、ない。 ただ、私にめぐってきた仕事だけ、神様が「やれ」とおっしゃた仕事だけを、 ひたすら真面目に、自分にできる精一杯にやってきたんですよ。 その積み重ねが現在の私になっている。」 (『食に生きて:私が大切に思うこと』より引用)
辰巳自身がもつ凛とした強さと心意気は、彼女の母から受け継がれたものなのでしょう。
辰巳芳子の何ものにもくじけずに物事を見据える姿勢は、料理研究家でありながら、哲学者や思想家のような印象も受けます。どんなに時代が変わっても、人間の身体は滋養や旨味を欲してやまないものです。彼女のレシピで、健やかな時間を過ごしていきたいですね。