個性的な画風と、淡々と進むストーリーの中に人間の内情を詰め込む作風が印象的な青野春秋。実写映画化もされた『俺はまだ本気出してないだけ』の作者として有名ですが、ほかにも名作がたくさんあるんです。そんな青野春秋のおすすめ5作品をご紹介します。
茨城県生まれの青野春秋は、2005年に『走馬灯』でデビューの後、2007年より連載をスタートした『俺はまだ本気出してないだけ』が大ヒット。
冴えないおじさんの悲喜こもごもの物語は人気となり、2013年には実写映画化されたことでも話題を集めました。
その後も精力的に活動し、『俺はまだ本気出してないだけ』のスピンオフ『俺はもっと本気出してないだけ』や、短編集の『五反田物語』、アラサ―女子を主人公にした『夢子ちゃん』など幅広いジャンルの作品を生み出しています。
また、2017年には『100万円の女たち』が実写ドラマ化されたことでも知られる若手漫画家の1人です。
40歳で会社を辞めた大黒シズオを主人公に、シズオの周囲の人間たちとの心の交流を描きだしているのが『俺はまだ本気出してないだけ』です。
会社を辞めたシズオは、バイトへ行ってゲームをして、それ以外はほぼ毎日ぐうたらした日々を過ごしているのですが、一念発起「マンガ家」になることを決意します。
- 著者
- 青野 春秋
- 出版日
- 2007-10-30
基本的に、シズオはダメ人間です。父親には毎日小言を言われるし、親友には心配されるし、娘には温い目で見守られています。しかし、ダメだからといって卑屈になるのではなく、「ダメなのはわかってる」けれど「なるようになる」と、決して悲観していないところにシズオの魅力があります。
また、ダメ人間なシズオですが、自転車の両手離しができるから近所の子供たちには人気があったり、娘の鈴子が危ないアルバイトをしていることに対してたしなめたりと、人間味ある様子が描かれている部分が絶妙にリアルで、心に突き刺さります。
人間はそれぞれ、つまづいたり転んだりしながら懸命に生きているんだと気づかされる展開に励まされ、ダメ人間シズオを応援したくなり、シズオを取り巻く人間関係に笑ったり涙したりと、目の前に本当にシズオがいるかのような臨場感を感じることができる作品です。
心がささくれ立っている時や、ちょっと疲れている時に読むと「明日からまた頑張ろう」と思えるはずですよ。
『100万円の女たち』は、売れない男性小説家・道間慎と、彼のもとに現れた5人の女たちとの奇妙な同居生活を描いた物語です。
- 著者
- 青野 春秋
- 出版日
- 2016-03-30
毎月100万円を支払うこと、自分の素性を明かさないこと、さらに命を落とすかもしれないことなどの条件を引き受け、シェアハウスに参加している女たちは、生活リズムも性格も年齢もバラバラです。
主人公である道間は彼女たちに住む場所を提供し、身の回りの世話をしながら小説を書いているのですが、個性豊かな女たちと道間の関係、女同士の関係が複雑に絡み合いながら進む物語は、先を知りたくなって次々とページを捲ってしまいます。
一体なぜ、女たちはこの謎の同居に参加しようと思ったのか?ミステリアスな展開から目が離せません。
『五反田物語』には、表題作の他、『俺はまだ本気出してないだけ』に登場する人気キャラクター・市野沢くんのお話やホラーテイストのお話など3作品が収録されています。
五反田での日常生活を描いた作品や、市野沢くんの恋物語、自分が増えていくお話など盛りだくさんの内容です。
- 著者
- 青野 春秋
- 出版日
- 2013-05-30
「東京に住めば毎日が刺激的で、ドキドキワクワクがあって、楽しいことがたくさんあるんだと思ってた…」という冒頭からも分かるように、「五反田物語」では、何か大きな物語が起きるわけではありません。
あえて非日常的な例を挙げるなら風俗嬢に本気になってしまうというくらいで、主人公・椎名の、目の前にある日常を切り取って見せた、という普通の生活が淡々と続いていく……だからこそリアリティのある作品です。
同時収録の「ふえる男」については、自分が増え続けていくという不可解な出来事が起き、それに甘んじているうちに不慮の事故で自分自身がだめになってしまう……けれどオリジナルすらも実は……というダークホラーな要素が含まれた秀作です。他の作品とは少し外れた世界観ですが、また違った読み応えで楽しませてくれますよ。
青野春秋という作者の色々な側面を見ることができる短編集、おすすめです。
昭和の終わりごろの田舎町を舞台に、9歳の春人を主人公に展開する『スラップスティック』は、貧乏だけど生きていくしかない家族たちの物語です。
春人の兄、秋介はいわゆる「不良」で、春人に対しても恫喝したり暴力したりなど荒れています。そんな兄がいることが不幸だという春人の独白からお話が展開していきます。
- 著者
- 青野 春秋
- 出版日
- 2015-09-11
プレハブ小屋のような「家」で母子3人で暮らす春人とその母・とし子、兄の秋介の複雑に絡み合った家庭環境や心模様が切ないほど心をえぐるのです。
実は春人はとし子の再婚相手の連れ子だったため、とし子とも秋介とも血の繋がりはありません。複雑ではありますが「家族」として共に暮らし、何とか機能している「家族」の姿が痛いほどのリアリティを持って描き出されているのです。
春人は、複雑な家庭のもとで、家の壁に箸が刺さったり、友だちの母親に「子どもと仲良くしないで」と言われてしまったりと、理不尽な仕打ちを受けながら懸命に生きていきます。
しかし、懸命に生きていても存在する「不利」な状況。秋介も「なんで俺らはこんなに『不利』なんだ?なんで日常生活に『不利』があんだよ…」と語るように、確かに存在する「不利」と戦いながら生きる春人の幼少期を追体験するように物語は進んでいきます。
ヒリヒリと焼けつくような痛みや苦みをともなうけれど、読み進めずにいられない魔力を持った作品です。ぜひ一度、手に取ってみてください。
『スラップスティック』について紹介した<『スラップスティック』が無料!退廃的な日常漫画の見所を全巻ネタバレ紹介!>の記事もおすすめです。気になる方はぜひご覧ください。
『夢子ちゃん』は、14年間引きこもりだった28歳の夢子ちゃんが、両親にも内緒で1人旅に出るところから物語がスタートします。
ちょっと外に出れば「何かが変わるかもしれない」という漠然とした不安と希望を持ち、旅に出る決意をした夢子ちゃんの決断はどのように決着するのか、目が離せません。
- 著者
- 青野 春秋
- 出版日
- 2014-08-27
夢子ちゃんは精神を安定させる薬と小銭を持って町から町へ渡り歩くのですが、14年も引きこもっていたためファミレスも初めて、カラオケも初めて、出会う人はやさしくしてくれるけれど、無事に目的地までたどり着けるのか?と、夢子ちゃんの旅の行く末が気になって次から次へとページを捲ってしまうことでしょう。
また、1日の終わりに、公衆電話から誰かに電話をして旅の報告をしている夢子ちゃんですが、その相手が誰なのかは最後まで分かりません。しかし、その相手が分かった時に、切なさに心がギュッと掴まれるような衝撃の結末が待っているのです。
1人で旅を続ける夢子ちゃんの旅は、果たしてどこへとたどり着くのでしょうか?自分の居場所を探すように漂い歩く夢子ちゃんの行方を見守ってあげてください。
サラリと描いているようで、ぐりぐりと内面を抉りだすリアリティある青野春秋作品、いかがでしたか?身近にあるリアルな日常の中に、クスリと笑える要素をプラスして展開する珠玉のストーリーの数々を、ぜひ楽しんでみてください。