寺田寅彦のおすすめ本5選!物理学者が綴るエッセイなど

更新:2017.7.29 作成:2017.7.29

寺田寅彦は1878年生まれの、物理学者であり、随筆家であり、俳人です。夏目漱石の門下生にもなっていた彼の文章は平明で分かりやすく、対象物に注ぐ愛情が滲み出ています。そんな寺田のおすすめの作品を5つご紹介します。

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寺田寅彦とは

寺田寅彦は1878年に東京都千代田区で生まれ、高知県で育ちます。熊本県の高校で英語教師をしていた夏目漱石と、物理教師をしていた田丸卓郎に出会い、知遇を得て東京帝国大学理科大学に進学。文学と物理学の道を志しました。

その後、大学、大学院と卒業すると、そのまま教授職に就きます。理化学研究所や東京帝国大学地震研究所などでも研究をしています。その一方で文学や音楽にも造詣が深く、それらを融合させた多くの随筆を発表しました。

また夏目漱石の元に集まる弟子の中でも最古参の1人で、漱石の『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルだといわれています。

1935年の大晦日、57歳で転移性骨腫瘍のため、永眠しました。

随筆の名手、寺田寅彦による名作の数々

寺田寅彦の随筆は文学と科学の枠を超えて、それぞれの持ち味を生かした結びつきをしています。主題が専門分野である科学的なものであっても、はたまた対極にある文学的なものであっても、そこには彼の慈愛に満ちた視線が注がれているのです。

本作には、寺田が20代から亡くなる間際の50代後半までに書いた随筆から、特に優れたものが収められています。

著者
寺田 寅彦
出版日
1963-01-01

「科学者と芸術家」という随筆では、一見まったく正反対のことをしているように見える2つの職業も、実は目標に向かって創造するところは一緒だという旨のことが書いてあります。物理学者であり、文学や芸術にも通じている彼だからこそ、説得力のある言葉といえるでしょう。
 

「どんぐり」では、若くして亡くなった妻のことが書き綴られていて、忘れ形見の娘が、亡くなった妻と同じように嬉しそうにどんぐりを拾っている姿が描かれています。短い文章ですが、寺田の人間味や余韻を感じられる一冊です。

自然科学と文学の融合

日常生活のちょっとしたことに、科学者らしい着眼点で疑問を持ち、観察して考察をすることの楽しさが書き表されています。

寺田の文章は文学的な面と科学的な面を持っていますが、それがどちらかに傾くことなく、調和のとれた融合をしているのです。

著者
寺田 寅彦
出版日
2000-06-16

「たとい一本の草、一塊の石でも細かに観察し研究すれば数限りもない知識の泉になる」(『科学と科学者のはなし』より引用)

電車の混雑の考察、金平糖の考察、線香花火の考察など、日常の不思議に着目し観察することの大切さを科学者の視点で教えてくれます。

少年文庫シリーズですが、子供向けと侮っていてはいけません。一流の科学者の鋭い着眼点や洞察力は、敬意を払いたくなるものばかりです。文章は簡潔で分かりやすく、年少者にも分かるように書かれています。

寺田寅彦の随筆を読んだことがない方は、ぜひ本作を入門編として読んでください。

理系文系の区別を無意味に感じる

「なるべく心の忙(せわ)しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」(『柿の種』より引用)
 

と寺田自身がはじめに断りを入れているように、少しずつ噛みしめて読みたい珠玉の176篇の随筆集です。日常での観察眼は鋭く、対象物に対して注がれる眼差しは温かく、人間味に溢れています。

著者
寺田 寅彦
出版日
1996-04-16

書かれたのは1920年から晩年の1935年の間に書かれた文章が収められていますが、その大半は最晩年のものです。亡くなる2か月前まで書いていたというのだから、驚くべき精神力といえるでしょう。
 

科学者や文学者としても一流でしたが、漢学にも精通していて、ヴァイオリンやチェロなども演奏し、さらに作詞作曲までしてしまうという、マルチな才能を持つ人でした。様々なものに興味をもっていて、本書の記述を読むと、戦前の文化風俗も知ることができます。

寺田寅彦の科学者視点のエッセイ集

実績のある科学者であり、文学や音楽、絵画にも精通していた寺田寅彦は、まさにジャンルを超越した知の巨人。本書では、科学者としての視点で物事を捉え、それでいて難しい専門用語を使わずに綴られた文章が14篇収められています。

著者
寺田 寅彦
出版日
2015-12-14

表題作となっている「科学者とあたま」では、筋の通った考え方や、研究、予測する力はあるべきだが、皆が常識だと考えているものを「なぜ」と調べ続ける「あたまの悪さ」が科学者には必要だと述べています。
 

すでに一流の科学者である寺田であっても、日常の「当たり前」に対して疑問を持てるその感性の鋭さが、文章にも表れています。

亡き妻の思い出を綴った「団栗」は、当時不治の病とされていた結核に侵されて亡くなった彼女を偲ぶ追悼文です。短く、情緒的には書かれていませんが、1度読んだら忘れられない切なさがあります。

寺田寅彦の遺した教訓

本書が発表されたのは1938年ですが、時を経ても全く古く感じません。大地震や豪雨災害など、天災と共存していかなければならない日本人に読んでもらいたい一冊です。

表題作「天災と国防」のほか、寺田自身が体験した関東大震災について書いた「震災日記より」や、災害時のデマに対する解説「流言蜚語」など、自然災害についての考えや随筆が収められています。

著者
寺田 寅彦
出版日
2011-06-10

東京帝国大学地震研究所にも努めていた寺田が書く、災害関連の随筆を集めたものです。日本のことを災害列島と呼ぶこともありますが、地震、津波、台風、火災など幅広くピックアップされています。

大規模な自然災害は予測不能ですが、備えることはできるはずです。歴史に学んで、災害が起きてない時に十分な対策をしないと、同じことがくり返され、それは人災であると述べられています。

「天災と国防」が書かれたのは寺田が亡くなる1ヵ月前ですが、この結びの部分で、愛国心や大和魂について触れられています。時代背景上そのような言葉を使っていますが、敵国に向き合うときだけでなく、自然災害に対しても一致団結して科学的な対策を講じるべきだと断じているのです。

本作は、時代が変わっても読むべき寺田の教訓だと言えるでしょう。

寺田寅彦の著作を読んでいると、理系と文系という分け方はあまり意味がないのだということを痛感します。枠組みにとらわれずに柔軟な考え方ができる人が、結果として、何かを成し遂げられるのかもしれません。