一度は読むべき名作小説おすすめ30選!

更新:2021.12.10

多くの人に読み継がれてきた名作小説。そこにある確かな魅力は、どれだけ時がたっても色あせるものではありません。重厚であれ軽快であれ、確かなエネルギーを持った作品の数々に触れるのは、きっと得難い経験になるはずです。

ブックカルテ リンク

人を人たらしめるものとは何かが描かれた名作小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

第三次世界大戦後、世界は荒れ果て、純粋な生物は減少の一途をたどっていました。生物は厳重な保護を受け、世には機械化されたものが蔓延し、本物の動物のペットを持つことはは一種のステータスとされました。

主人公のリックも本物の動物を手に入れる資金をかせぐため、「アンドロイドを処分する」という仕事を引き受けます。人間とアンドロイドをどう見分ければ良いのか、彼らの違いは何なのか、非現実的なSFの世界観で読者に問いかけてくる作品です。

著者
フィリップ・K・ディック
出版日
1977-03-01

SFだから、というだけでは説明しきれない独特な雰囲気の漂う世界観で語られる、アンドロイド狩りというハードなストーリー。人型のものを、人間なのかアンドロイドなのか、本人に気付かれないように判別するというのは、想像を絶するようなストレスを感じさせるものです。

アンドロイドだと思った相手がもし人間だったら、もし気付かずに殺してしまったら、疑念は常につきまといます。またなかには、自らがアンドロイドだということを自覚していないものもいるのです。

判別法として用いられたのは、人間の感情にまつわるものでした。アンドロイドであるならば感情に対する反射が遅いに違いない、としてひっそりとテストにかけるのです。その問いが、本作のタイトルにも繋がっています。

しかしそれは一方で、アンドロイドの心の存在を信じるのと同じことです。彼らに心があるのなら、アンドロイドと人間を分けるものは何なのでしょうか。深まるばかりの疑念と苦悩は、思わぬ方向へリックを向かわせます。

人間らしさに注目した、SF小説の名作です。アクションもさることながら、その深いテーマが読者を惹きつけるのでしょう。後の多くのSF作家にも影響を与えた作品です。

世界中で読まれている名作小説『カラマーゾフの兄弟』

ひとりの人間の死と、それにまつわる様々な人の思惑が濃厚に語られている作品です。登場人物たちの家族関係や異性との関わり、人の抱える信仰などが余すこと無く描写されていて、この小説のジャンルをひとつに定めることはできません。 どう読むかは、読者にかかっているのです。

著者
ドストエフスキー
出版日
1978-07-20

物欲にまみれた父親と、彼の性格を様々に受け継いだ兄弟達が話の軸を務めます。資産家である父親のフョードルが撲殺されたことで、それまで隠されていた周囲の人の思惑が明らかになっていくのです。

どのような関係が殺人を決心させたのか、人の心の恐ろしさというものを感じさせられるでしょう。

4部構成で登場人物の数が非常に多く、さらに人によっては呼び名が複数あります。また彼らひとりひとりが抱える事情もしっかりと描かれているため、つまづきそうになってしまう方もいるかもしれません。ただ読ませるエネルギーの強い作品なので、引っかかるところは飛ばしつつ、まずは読み進めてみてください。

キリスト教的な思想の部分も多く、一部の台詞はとても新鮮に感じられ、最後にはドキリとするような発言も飛び出てきます。名作として知られ、長い時が経っても衰えない人気を持つ作品に触れるのは、かけがえのない読書体験となるでしょう。

宿敵に取りつかれた男の狂気『白鯨』

屈強なエイハブ船長が伝説の白いクジラと対決するというあらすじりを聞いただけでもワクワクするこの作品。二世紀も前にそのテーマで書かれたのが『白鯨』です。ハーマン・メルヴィルによって1851年に発表された冒険小説は怪物のようなクジラと戦う壮大な物語で、多くの人々を魅了してきました。サイレント時代から何度も映画化されている人気ぶりです。また物語に登場するスターバックという人物が、世界的コーヒー店のスターバックスの由来にもなっていることは有名です。

著者
ハーマン・メルヴィル
出版日
2004-08-19

小説は白鯨退治で唯一生き残った乗組員のイシュメールの手記という形式で綴られています。海に一攫千金を夢にみてやってきたイシュメール。彼を雇ったのは義足の男エイハブ船長率いる捕鯨船でした。

あらくれたちを集めたその船は、世間を騒がせている白鯨退治を宣言したエイハブ船長に驚きますが、報酬の大さにやる気満々です。イシュメールも喜び勇んで白鯨退治に乗り出しますが、常軌を逸したエイハブ船長の言動に彼が白鯨に取りつかれているのではないかと思うようになるのでした。

本作は白鯨を見つけ出すまでの航海がメインです。突然の嵐に見舞われたりと危ない航海が続くのは、冒険物としてとても楽しいです。ですがただそれだけに終わらないのがこの海外文学の名作『白鯨』です。

エイハブ船長は白鯨を見つけるために、嵐の中でも帆を降ろしてはいけないと、乗組員と対立して常識を外れた人間性を見せ始めます。途中出会った白鯨を取り逃したことにより、乗組員のひとりを船から追放するシーンがあったりと、物語が進むにつれてエイハブ船長の狂気が増していくのがみどころ。白鯨に憑かれた男は海でどのように生きるのか、ぜひご覧ください。

地底を旅する大冒険『地底旅行』

冒険といえば、この海外文学。『地底旅行』は文字通り地底を冒険する物語です。ジュール・ヴェルヌが1864年に発表した小説で、地底を探検するという映画のような情景が繰り広げられます。

著者
ジュール ヴェルヌ
出版日

鉱物学者のオットー教授がとある古本屋で買った本に暗号文が書かれていることを発見するところから物語が始まります。その暗号を解読したオットーはアイスランドにある、スネッフェルス山の火口を降りて行けば地球の中心に辿り着くことを知ります。こうして嫌がる甥のアクセルを無理やり引っぱって地底への冒険が始まったのです。

地球の中心へ行く気満々のオットー教授と、嫌々連れて行かれる甥とのギャップが面白い本作。彼らの旅路には電気を帯びて明るくなった空洞には巨大なキノコが生えていたり、古生代の生物が生きていたりと、想像力豊かでワクワクする設定が多く出てきます。地理、地質学、古生物学など作者の知識が盛り込まれている不思議な地底での冒険が繰り広げられる海外文学の名作です。

幻想的な百年の物語『百年の孤独』

1967年にガブリエル・ガルシア=マルケスによって発表された『百年の孤独』。一族が発展して滅亡するまでの百年を描いた物語です。その間に巻き起こる幻想的なできごとは世界中の人々を魅了しました。

著者
ガブリエル ガルシア=マルケス
出版日

物語の始まりはコロンビアの小さなコミュニティ。血縁同士の婚姻が横行しており、奇形児が生まれていたことがきっかけになっています。そこでホセ・アルカディオは妻とコミュニティを飛び出し、マコンドという村を形成するのでした。そこで近親同士の結婚を禁じる家訓を残しますが、長い年月の内にその家訓が破られることになるのです。

本書は幻想的世界観が魅力となっています。純粋なファンタジーではないのですが、ファンタジー小説のように何が起こっても不思議ではない話になっているからです。たとえばレメディオスという娘は発育障害のようにおつむの弱い存在として書かれていますが、村中の男性を虜にする魔力のようなものを秘めています。その娘がまるで神の意思のように空へと昇天していくファンタジーのように不思議なシーンはその魅力を象徴するシーン。そのようなことがなんの前触れもなく起こってもまったく不思議のない世界観が、小説に独特な魅力を添えた幻想的な物語となっています。

ディストピア小説の最高傑作『1984年』

ジョージ・オーウェルによって書かれた『1984年』では、今でも色褪せない恐怖を味わうことができます。ディストピアという、理想とは真逆の地獄世界を描いた小説で、人間の愚かさが引き起こすであろう未来の破滅を警告してくれます。

著者
ジョージ・オーウェル
出版日
2009-07-18

『1984年』で描かれるのは三国によって分割統制されている世界です。その世界ではすべての言動が屋内外に設けられたテレスクリーンで監視されており、思想を持つことも禁止されています。

そんな中で、歴史の捏造を仕事としていた夢想家のウィンストン・スミスという男がいました。彼はその世界でいうところの「思考犯罪」にあたる日記に手をつけ始めます。やがては支配体制に疑問を持つようになり、禁止されている自由恋愛にも手を出しまいます。そうした反体制的行動は同僚の裏切りにより、彼は政府に密告されることになるのでした。

この物語の恐ろしいところは、なんといっても自由がすべて奪われているということです。自由な恋愛、自由な考え方、自由な旅行。すべてが禁止されています。自分の考え方まで政府に管理されるのは考えただけでもゾッとする話です。さらに怖いのは政府の出した新しい考えを、前の考え方を否定してでも変えないといけない点でしょう。つまり政府が新しい考えや事実とすることを、いままで政府が正しいと言ってきたことさえも否定して受け入れなければならないのです。こうして過去を都合よく捏造していく政府の支配が『1984年』を象徴する恐怖であり、魅力なのです。読めばその怖さのあるストーリーにどんどん惹かれていくことでしょう。

人の性は時代を選ばない永遠のテーマ『ボヴァリー夫人』

1856年にパリで発表された海外文学の『ボヴァリー夫人』は2世紀も前に書かれた小説にも関わらず、そこに書かれているテーマは現代の社会にも通ずるところがあります。

著者
ギュスターヴ フローベール
出版日
2015-05-28

物語は田舎主人公のエマ・ホヴァリーは医者の旦那を持ち、なに不自由ない生活をしているはずでした。しかし田舎での平凡な生活に嫌気がさしたエマは、若い男との不倫に手を染めます。多くの男との不倫を重ね、遊びを覚えるうちに、身なりも豪華に。やがて手持ちのお金では満足いかなくなったエマは借金に溺れていくのでした。

退屈な田舎で刺激を求めて男漁りに走る。まるで昼ドラのような展開に現代人が読んでも非常に面白い作品です。そして借金に手を染めて破滅へと向かうエマの様子は、自業自得ながらも深みにハマっていく人の性を描いたもの。それは恐ろしくもどこか現代の我々にも共感できる気持ちです。自分でも底知れぬ自我の強さをありありと表現しています。

時代を越えて呼び覚まされる初恋の苦み『はつ恋』

初恋の味は甘酸っぱいなどといいますが、ツルゲーネフの描く初恋はかなりビターです。16歳のヴラジーミルは隣に越してきた21歳の公爵令嬢のジナイーダに恋をします。小悪魔的な魅力を持つ彼女は連日取り巻きの男性たちを侍らせており、ヴラジーミルもやがてそこに集うようになるのです。女王のように君臨するジナイーダですが、やがて彼女自身も恋に落ち、様子が変わっていきます。

著者
ツルゲーネフ
出版日
1952-12-29

ジナイーダの恩寵をめぐって繰り広げられるおかしなゲームをあげるまでもなく、彼女の恐ろしいほどのツンデレぶりと、それに翻弄される男たちの姿はまさに「恋は盲目」で現代に通じるものがあります。

ヴラジーミルは思いがけず彼女が愛した男を知ることになります。彼が盗み見る前で、ジナイーダが愛する男から鞭打たれた腕の傷に接吻するシーンなどは、こちらも「恋は盲目」状態です。そしてヴラジーミルは初めて見た支配される側の彼女の姿を「このさき自分がそれほど生きるにせよ、ジナイーダのあの身の動き、あの眼差し、あの微笑を忘れることは、終生とてもできまい」と感じるのです。

4年後、ヴラジーミルはジナイーダの消息を聞きますが、訪問できなかったわずかの間に彼女はお産のために亡くなってしまいます。もはや彼女とは永遠に会えないと知った時、彼は青春の終わりを悟るのでした。その後ある老婆を看取った際、いまわの際まで苦しみから解放されなかった老婆の姿を見て、亡き父やジナイーダの為に祈ろうと思います。そして自分のためにも。初恋が人生を貫いて、死生観にまで影響した瞬間です。

『はつ恋』は1833年のモスクワを舞台にした小説です。初恋と呼ぶにはいささか濃すぎる体験ですが、根底に流れる「あの人を振り向かせたい」「あの人と近づきになりたい」という思いは国や時代を越えて不滅なのでしょう。愚かしくもある、恋する人々の心情だけでなく、モスクワの美しい自然が色鮮やかに描かれており、今なお読み継がれている作品となっています。

雪山の邪悪なホテルで亡霊と戦う!『シャイニング』

ホラーといえばこの人!と言っても過言ではない、超有名なアメリカの作家スティーブン・キングが書いた、ホラー小説『シャイニング』。スティーブン・キングといえば、『ミザリー』や『グリーン・マイル』など数々の名作があることでも有名ですね。

主人公一家の息子ダニーは“シャイニング”という不思議な力を持った少年です。ダニーと父のジャック、母のウェンディは山の上にある豪華なホテルの「冬の管理人」をすることになります。冬になるとそのホテルは吹雪によって孤立し出入りができなくなってしまうのですが、そのホテルには邪悪な亡霊達が存在し、ダニーたち家族を苦しめ……。

著者
スティーヴン キング
出版日
2008-08-05

ホテルの中のグロテスクな亡霊の描写もどっきりしますが、その邪悪なものに飲み込まれ狂気と化してしまう父親に追いかけられるハラハラ感は、サイコパスに追い詰められるような恐ろしさがあります。

この作品の怖さをもっとも盛り上げている要素は、「閉じ込められた空間」だということです。

山の上で冬の間は雪が積もって出入りが困難なため閉鎖されているホテルの中で亡霊に襲われたり、狂気に満ちた父親に追いかけられることは、逃げ場のない恐怖を感じます。どうやっても打開できそうにない舞台が、主人公や読者を恐怖に陥れていきます。特に、中学生くらいですと主人公のダニーに感情移入してとても怖いはずです。

ヘルマン・ヘッセの自伝的小説『車輪の下』

ドイツ南西部のシュヴァルツヴァルトに暮らす少年ハンスは、近年稀に見る秀才でした。ハンスは猛勉強の末、難関である神学校の入試を2位という好成績で合格し入学。

栄光と希望に満ちていたのも束の間、ハンスは神学校での日々を通して生き方への疑問を抱き始めました。次第に身体は疲弊し、精神的にも崩壊の兆しが……。

著者
ヘルマン ヘッセ
出版日

町一番の秀才と言われるハンスは、勉強熱心でありながらも中身はごく一般的な少年でした。川で泳ぎ、釣りを楽しむ場面の描写が美しく、かけがえのない故郷というものを感じさせます。

入学前の休暇は徐々に勉強に潰されていき、成績争いが始まる様子はまるで、ハンスを待ち受けている神学校での生活を物語っているよう。頭脳明晰でありながらその情操面は非常に脆く、激しやすい一面を持つハンスの姿も印象的です。

神学校で出会う何人かの学友は、皆さまざまな性格や思想の持主。中でもハンスが特に仲良くした詩人ハイルナーの影響で、ハンスは度々物思いに耽るようになりました。勉強一筋でやってきた自分の生き方に疑問を抱き、次第に集中力は欠如し成績を落とし始めるハンス。この状態は単に「ハイルナーという劣等生のせい」なのではなく、後に起こるハンスの精神的崩壊への伏線といえるでしょう。

少年ハンスの不遇とはまさに、彼を気遣う人間が周りに居なかったことにあるといえます。精神を患い故郷に帰ったハンスに手を差し伸べる者はなく、人々は彼を「精神病という厄介なものを持って帰った脱落者」として見捨てるのでした。そこで描かれる人々の様子や、そこから読み取られるハンスの絶望感は、読む者に多くの考えを投げかけることでしょう。当時の差別的な社会背景や偏見というものが、まざまざと見て取れる場面の一つでもあります。

期待という圧力をかけられ、一方的に社会の仕組みに踏みつぶされていくハンス。残酷な現実と哀れな少年の姿を描いた作品であるにも関わらず、物語にはどこか儚い美しさが漂っています。神学校へと進むハンスの姿が物語の中心ではありますが、わくわくする思い出の詰まった故郷こそが、この物語の根底にはあるのかもしれません。

作者のヘルマン・ヘッセ自身、少年時代に神学校へと進み、不眠症とノイローゼに陥った経験があると言います。『車輪の下』は、そんなヘッセの無理解な社会への絶望と怒りが込められた自伝的小説とも言えるでしょう。

読むたびに新しい、人生で大切なことを教えてくれる『星の王子さま』

サハラ砂漠に不時着した「ぼく」が出会ったのは、見聞を広めるためにあらゆる惑星を旅する小さな王子さま。王子さまは、自分の星に残してきた一輪のバラを想い、「ぼく」はそんな王子さまを慈しむのでした。これは、砂漠で出会った2人の、8日間の物語です。

著者
サン=テグジュペリ
出版日

まだ幼かった「ぼく」はある日、ゾウを飲み込んだボアの絵を描きます。それを見た大人たちは一様に、「帽子にしか見えない」「そんな絵を描くより、勉強をしなさい」と言いました。子どもの「ぼく」が大人に失望する姿から、この物語は始まります。

自ら新しい経験を求め、核心をつく質問をする。それこそ独創性のある人間なのだという信念を持ち、またそんな人に会える日を待ち望みながら、「ぼく」は大人になるのでした。

サハラ砂漠に不時着するという絶望的な状況に直面した「ぼく」は、孤独と不安の中で「星の王子さま」と出会います。王子さまとの出会いは、大人になった「ぼく」に多くの驚きと感動を与えました。何より王子さまは、「ぼく」が子どもの頃に描いたボアの絵を理解した最初の人間でもあったのです。

物語は、2人のやりとりを中心に進んでいきます。時折繰り返される言い回しには、どこか詩のような心地よいリズムがあり、心をそっと包み込まれるようです。物語中に散りばめられた王子さまの言葉は、子どもの心を失った大人への示唆に富んでいます。

王子さまの心にはいつも、喧嘩別れをした一輪のバラの存在がありました。なぜ一輪のバラがこんなにも自分の心を震わせるのか、旅を通して王子さまは核心に近づいていくのです。物語が進むにつれて、王子さまがとても繊細な気質を持っていることがわかります。その儚げな印象は、別れを予感させるような切なさにも似ています。

王子さまのあらゆる所作や言葉には、「心のままに生きる」という姿勢が見られます。それは決して短絡的な言動などではなく、直感は本能と理性をつなぐ架け橋なのだと教えてくれるのです。

不時着という絶望的な局面をすっかり忘れてしまうほど、「ぼく」は王子さまと過ごす時間に心にある全てを注ぎます。2人が過ごす8日間は、人生で本当に大切にすべき事は何なのかを教えてくれることでしょう。

別れを悲しむ「ぼく」に、王子さまはとっておきの贈り物を残していきます。サン=テグジュペリが伝えようとした、生命と愛の哲学。きっとあなたの心にも、優しい明りを灯してくれるはずです。

生きるとは何か。命の尊厳を描いた泣ける小説『わたしを離さないで』

主人公はキャシー・H。31歳の彼女はもう11年以上介護人をしています。介護人といっても相手は施設の「提供者」である子供達。キャシー自身もまた、ヘールシャムという施設で育った提供者です。大人になったキャシーはヘールシャムでの生活を回想します。

著者
カズオ・イシグロ
出版日
2008-08-22

ヘールシャムには保護官と呼ばれる先生たちがいます。彼らから教わるのは主に創作活動。この施設では創造性が重要視されているのです。そして優秀な作品を作れば展覧会で、学校外部からくる女性、マダムによって持ち帰られます。また、毎週健康診断が行われており、煙草に対しては厳しすぎるほどの指導をしていました。そしてある日15歳になったキャシーたちに先生から告げられた事実。

「あなた方の人生はもう決まっています。これから大人になっていきますが、あなた方に老年はありません。いえ、中年もあるかどうか……。いずれ臓器提供が始まります。あなた方はそのため作られた存在で、提供が使命です。」(『わたしを離さないで』から引用)

長くは生きられないと生まれながらにして決められている、臓器提供者として生まれた若者たちを描いたこの作品。読めば読むほどに命の大切さが伝わってくる作品です。恋愛をし、幸せな家庭を作ることができないと決められた運命の中で、彼らは何を感じ、どう生きていくのか……。短い人生の中で必死に生きた彼らの物語、ぜひ読んでみてください。

優等生だからこそ悩む人々。不器用な日々の物語『宮殿泥棒』

「会計士」「バートルシャーグとセレレム」「傷心の街」そして表題作である「宮殿泥棒」の4篇からなっている短編集です。

「会計士」では、アバ・ロスという会計士が登場します。就職先の会計事務所では共同経営者にならないかとオファーを受けるほどの地位を確立している人物です。しかし、高校時代の友人ユージーンに会うところから、アバの中の気持ちが狂いはじめます。

著者
イーサン ケイニン
出版日

かつての親友ユージーンにベースボール・キャンプに誘われたアバは、このキャンプに商談の場として参加することに。そこでユージーンの話を聞くと、なんと会社を設立し大成功を収めているらしいのです。アバはカリフォルニアに邸宅もあり、少しすれ違っているものの家族もいてなんの不満もありませんでした。ですがユージーンの成功を聞いて、自分にも別の人生があったのではないか、とふと思ってしまうのです。そんなキャンプでアバは、ある過ちを犯してしまって……?

本作は真面目であり、優等生である人々に焦点を合わせた作品集です。コツコツと物事を積み上げて努力していく彼らならではの不器用さが描かれています。そして、彼らはこれでよかったのだろうかと人生を振り返るのです。思わず自分のことだろうかと共感する方もいらっしゃるのではないでしょうか。その他に収録されている3作品も魅力的な内容なのでぜひ読んでみてください。

友人、周りの人たちの支えのありがたみを感じる『十二番目の天使』

本作は絶望から、周りの支えにより自分を取り戻していく感動の作品です。

ジョン・ハーディングは人生で最高潮のときを迎えていました。愛する妻と息子。そして仕事でも成功を納め、幸せな生活を送っていたのです。しかある日事件が起きます。高速道路を走っていたジョンの車は、反対車線から突っ込んできたトラックと正面衝突。妻と息子は即死でした。

著者
オグ マンディーノ
出版日

ジョンは葬式が終わった後、自殺をしようとしていました。そんな彼の元に親友のビルから依頼が舞い込みます。リトルリーグでの監督をしてくれないか、と。そこで出会った少年ティモシーは何をさせてもプレーが下手でした。しかしそれでも諦めない少年を見て、ジョン自身も勇気づけられていきます。ジョンはこの後どのような人生を送ることになるのでしょうか。

ジョンのようにすべてを失って、また生きていける自信があなたにはありますか?彼も周りの助けがなければ、絶望のどん底で自殺をしてしまっていたかもしれません。この物語で考えさせられることは、自分も誰かに希望を与えられる存在だということです。ジョンにとって、親友のビルや、少年ティモシーのように私たちも誰かを支えられる存在でありたいと、人の存在の意義について考えさせられる作品です。

妹を思い、家族を支える兄の健気さ『あの空をおぼえてる』

家族がまた元通りになってほしい。愛する両親のために、心の傷を隠して接するウィルの葛藤を描いた作品です。

11歳のウェルはある日妹のウェニーと買い物に出かけたときに事故に遭います。奇跡的に命を取り留めたウィルでしたが、妹のウェニーは亡くなっていました。最愛の娘の死に、両親は悲しみに暮れる日々。

著者
出版日
2008-04-01

そんな絶望の中でウィルは妹へ向けて手紙を書くことにします。妹の死による罪悪感を感じつつ、両親を元気づけようと、もがくウィルの健気さ。家族は以前のように再生することができるのでしょうか。そして妹へ綴った手紙の内容とは……。

一生懸命に家族の穴を埋めようとするウィルの優しさに涙が止まりません。愛犬のブルウィンクルや、相談員ジェームズにウィル自身も支えられていく様子にもまた涙。そして最後に明かされるウィルの心の傷とは?彼らはまた笑顔で過ごせる日々は来るのでしょうか。大号泣間違いなしの切ない物語です。

ただ利口になりたい。ひたむきな想いと切ない結末に泣ける『アルジャーノンに花束を』

誰もが知る名作であるこの作品は2002年にユースケ・サンタマリア、2015年に山下智久が主演をつとめ話題になりました。今回はその原作をご紹介します。

著者
ダニエル・キイス
出版日
2015-03-13

主人公のチャーリーは32歳。しかし知的障害者の彼は6歳くらいの知能しか持っていませんでした。ドナーという店主のパン屋で働きつつ精神遅延成人センターに通う日々。そんなある日、ストラウス博士に知能向上の実験体にならないかと誘われます。実はストラウス博士は、人工的に知能をあげる手術実験をネズミで成功させていました。その動物第一号の実験体になったのは、ネズミのアルジャーノンでした。

そうして実験体となったチャーリーは少しずつIQをあげていきます。ですがIQが上がることに、忘れていた過去の記憶や、周りの今までの言動の意味を理解し憤怒します。そして利口になることは間違っていたのかと悩むように。そんな中、天才となったチャーリーに更なる悲劇が起こります。天才チャーリーの結末とは……。

この作品は、チャーリーの経過報告が日記として綴られています。知的障害者として生きてきた中で、彼が知らずのうちに罵られてきた事実や、トラウマ。さらに、精神遅延成人センターのアリスに恋心を持つ彼ですが、IQが上がったからこそすれ違いが生じたりと、なかなかうまくいきません。そしてラストは怒涛の展開。利口になりたいと願ったチャーリーの切ない人生の物語です。

圧倒的情報量と中毒性の北欧ミステリー『ミレニアム』

スウェーデンを舞台に、40年前に起きた少女の失踪事件と、あるお家騒動を絡めて描かれるシリーズ3部作の第1弾。作者のスティーグ・ラーソンの処女作にして、全世界で800万部以上を売り上げた超ベストセラーです。作者が急逝してしまったため、完結には至っていません。

著者
スティーグ・ラーソン
出版日
2011-09-08

主人公のミカエル・ブルムクヴィストは、スクープ雑誌「ミレニアム」の記者。しかし、彼の発表した実業家ハンス=エリック・ヴェンネルストレムの不正を暴いたスクープ記事が名誉棄損であるとされ、ミカエルは「ミレニアム」を離れることになってしまいました。

しかしそんなミカエルに、ある大企業の元会長ヘンリックより、40年前に兄の孫娘であるハリエットが失踪した事件を調査して欲しいとの依頼がきます。見事解決すればヴェンネルストレムを破滅に追い込むある重大な情報を渡すと言われ、ミカエルは調査に乗り出すことに。

今回の依頼にあたり、ヘンリックがミカエルの身元調査をさせていた人物が、肩から背中にかけてドラゴンのタトゥーを入れた女性、リスベット・サランデルでした。彼女は新しい手掛かりを得たミカエルに同行し、協力して事件の真相に挑むことになります。

タイトルにもなっているとおり、このリスベットの強烈な個性が本作の一番の魅力と言っても過言ではないほどです。インパクトの強い外見もさることながら、情報収集やコンピューターの知識に長け、腕利きの調査員である彼女のキャラクターにハマる人は多いと思います。

複雑で登場人物が多いですが、それを感じさせないほどの中毒性があり、特にクライマックスは圧巻。北欧5か国で最も優秀なミステリー作品に授与される「ガラスの鍵賞」も受賞しています。

想像力よりも説得力?!奇想天外な風刺小説『ガリバー旅行記』

物語は、船が難破し浜へ打ち上げられた主人公ガリバーが、目を覚ます場面から始まります。小人の国へと流れつき体は縛り付けられている、あの有名な場面ですね。そこから巨人の国、変わり者の国、馬の国へと続くガリバーの冒険譚。奇想天外な場面展開が示唆するものとは一体……。

著者
ジョナサン・スウィフト
出版日
2011-03-25

『ガリバー旅行記』は1726年に初版が出版されましたが、スウィフトがいつから執筆していたのかは明らかになっていません。この作品で驚くべき点は、不死の追及や弱者の権利、法的な判例の対立等、今日における多くの議題を当時の時点で既に予見している所だと言えます。

空想旅行記の方向性を持っているため、童話向きの冒険譚とみなされる事が多いこの作品。しかし本作は、偉大な風刺文学として確固たる地位を築いているだけでなく、政治の入門書としても重宝されているのです。スウィフトの思想と理想が強く織り込まれた物語構成は、「大人向けの小説」であると言ってもさしつかえないでしょう。

スウィフトの筆致で特に目を引くのは、その描写の細かさ。空想の国を描いている場面でさえ、そこに蔓延る不正、国民の気質など細部に至るまで描き出されているのです。見事なまでの説得力によって、読者は想像力ではなく思考力を刺激され、気づけばスウィフトの世界観に惹き込まれていた、なんて事に。

ガリバー旅行記で風刺されるものの中には特に、イギリス人の社会や風習に批判的な視点を与えるものが多いです。アイルランド人であるスウィフト自身、イギリス製品のボイコット運動の呼びかけを行うなど、イギリス人及びイギリス社会への批判を行動に移していました。登場する国民の気質やその地域の政治など、慎重に設定された事が窺える巧みな構成にも注目して読んでみてはいかがでしょう。ガリバー旅行記は言わば、アイルランドが極度の貧困にあえいでいた時代の、スウィフトの叫びでもあるのでしょう。

作者が等身大の主人公となり教えてくれる、人間として社会で生きていく価値。またその社会に蔓延している無秩序や不条理の描写は、読者の心を鋭く貫くに違いありません。不朽の風刺文学と称されるガリバー旅行記を、ぜひ一度読んでみてはいかがでしょうか。

アンデルセンの愛と哀しみが詰まった、人間の真価を問う短編集『絵のない絵本』

屋根裏部屋で暮らす貧しい画家は、夜になると訪れる月に哀しみを癒されていました。月は自らが目にしてきた光景を画家に語り掛け、画家はそれを書き留めます。33夜にわたる物語には、読む人の心の琴線に優しく触れる、哀しくも美しい調べが……。

著者
["アンデルセン", "川崎 芳隆"]
出版日

物語は、遠い故郷を想い、哀しみを募らせる、貧しい画家の姿から始まります。暮らす町並みは故郷と違えど、窓から見える月はいつだって同じ。そんな月を画家は屋根裏部屋から眺め、哀しみを癒していました。

ある日、月は画家に「私が語る風景を絵にお描きなさい」と言い、自分が見てきた風景を語り聞かせます。世界のいたる所、様々な出来事を静かに見守ってきた月の視点からは、なんとも言えない優しいまなざしが感じられます。

月が語る物語は喜劇あり、悲劇あり。どの物語にも、切なくなるような純朴さが漂い、時には胸を締め付ける哀しみがあります。しかしそこには決して悲愴感は無く、嘆きと希望を描く作風ならではといったところでしょう。喜劇と悲哀は本来相反するものですが、繊細な筆致で描かれる喜劇には、心を揺さぶるような深い感情が潜在しています。

読み進めていくほどに情景が心に浮かび、なぜこの作品に挿絵が無いのかが自ずと明らかになってくるはず。絵本を読んでいる時のような、心にそっと火を灯す優しさがこの作品にはあります。非常に感情的で、人間の情操面を見事に表しているこの世界観は、豊かな想像力を持ったアンデルセンだからこそ生み出せたと言わざるを得ません。絵のない絵本というこの短編集は、「旅こそ我が学び舎」との信念から多くの旅行記を残した、アンデルセンの生き様でもあるのではないでしょうか。

月と画家のやりとりしかり、物語全体に散りばめられているのは、誰かを想い慕う心の脆さ。そして愛というもののつながりの強さ。秀逸な心象描写は、読む人の心を震わせます。

生きるということの素晴らしさと苦しさ、誰にもわかってもらえない孤独と愛される歓び。脆くも確かに生きている情景の全てを、月は今までもこれからも優しく見守ってくれているのです。哀しみの中に真実と希望を見出す、アンデルセンの愛情の短編集。あなたの心に響く物語を、探してみてはいかがですか。

尾崎紅葉が描く激情と絶望の物語『金色夜叉』

貫一の許婚である美しいお宮は、結婚を間近に金持ちの富山の元へと嫁いでしまいます。全く違う道を歩み始めた貫一とお宮。2人の心に去来するものとは一体何なのでしょうか。そして、絶望のどん底にいる貫一の行く末は果たして……。

著者
尾崎 紅葉
出版日
1969-11-12

許婚として育った貫一とお宮は幼い頃から仲が良く、結婚も間近という所でした。ところが、美しいお宮は金持ちの富山の目に留まり、あれよあれよという間に縁談話がまとまってしまいます。貫一の怒りは突然現れた富山ではなくお宮に向かい、蹴り飛ばしてしまうほどに激昂。これが有名な、「熱海、貫一とお宮の像」の場面です。

尾崎紅葉の華麗な文体で描き出される、2人の若者の別れはまるで痛々しい門出。愛と金の間で心を揺らすお宮の心情はおろか、人生にとことん絶望する貫一の嘆きと怒りは、読む者の心を締め付けます。文体も内容も古風なこの作品には、現代の小説にはあまり見られない「大袈裟なようで生々しい」人間模様が見事に表れています。激情のままに発せられる台詞の一つ一つには圧倒的な迫力があり、それがまた『金色夜叉』の場面展開を魅力的にするのでしょう。

信じていたものを失い、絶望に身を任せて自ら人生を滅茶苦茶にしていく貫一。ひたすら心を閉ざす貫一の姿は物語が進むにつれて顕著になり、その失速したストーリーラインは、彼の絶望を見事なまでに表現しています。

一方、なかなか本心をさらけ出さないお宮。金に目がくらんだわけでもないのに金持ちを選び、結婚をしておきながら後悔し続けるお宮の姿が、尾崎紅葉の巧みな筆致によって描かれています。口数の少ないお宮に見え隠れする感情の揺れは、読めば読むほどに味わい深くなっていくことでしょう。

自分を痛め続ける貫一と、自尊心と後悔の狭間で揺れるお宮。人間の感情という感情が入り乱れ、それでも時は非情にも流れ続けます。果たして、2人の人生が再び交わり合う事はあるのでしょうか。そして、貫一の絶望の先にあるものとは一体何なのでしょうか。雅俗折衷の文体が美しい『金色夜叉』を、ぜひ一度読んでみてはいかがですか?

キャラクターの魅力で一気に読める名作小説『斜陽』

もう社会の中では通用しないと感じながらも、頑ななまでに自分のルールを守り通す選択。または生き抜くために、新しいルールを受け入れ適応を目指す選択。太宰治が描いた『斜陽』は、この二つのあいだで揺れ動く人々の葛藤を表した作品です。

著者
太宰 治
出版日

本作が書かれたのは敗戦後、物語と同じくそれまでの価値観が変化していく時代です。身をもって経験した太宰治が書いた小説には、作品の内容にリアリティと深みがあります。

物語の舞台は、第二次世界大戦を敗戦で迎えた日本。華族という身分制度がなくなり、没落していく上流階級が多く現れた頃の話で、主人公かず子の手記形式でつづられていきます。

身分制度の崩壊により、それまでの生活水準が保てなくなった、かず子と母の二人は、伊豆の山荘へ引っ越し、生活を始めます。

そして物語に登場する二人の男性。一人は戦地から帰還した弟の直治、もう一人は、かず子が恋心を抱く無頼の小説家上原、この人間関係の描写も本作の見どころです。

手記としてつづられていく文章や情景の表現は美しく、三島由紀夫などから貴族の女性の言葉遣いとは異なるという指摘をうけますが、「最後の貴族」として生きるかず子の母の表現は見事です。

太宰小説の中では長編にはいりますが、美しくときに艶っぽい文章と描かれた各キャラクターの魅力で一気に読み切ることができる一冊です。

厳しくも美しい自然に育まれる健やかな愛『潮騒』

三島由紀夫といえば壮絶な割腹自殺やボディビルなどが有名なので、マッチョな印象を持つ方が多いかもしれませんが、実はとても美しい文章を書く人でした。華族出身の祖母からは受け継いだ歌舞伎などの貴族的な趣味嗜好と、東京大学法学部で学んだ論理性も併せ持つ文章です。中でもひときわ豊かな世界を持つ『潮騒』をご紹介しましょう。

著者
三島 由紀夫
出版日

舞台は周囲が4キロにも満たない小さな島、歌島。主人公は日焼けした肌と澄んだ瞳を持つ18歳の漁師新治です。父親を亡くしている新治の夢は一人前の漁師になって船を持ち、弟と沿岸輸送に従事すること。そんな新治は作品冒頭で見慣れない少女に出会います。それは金持ちの船主である照爺が養家から呼び戻した娘、初江でした。

心が通じ合った新治と初江には、いくつもの難関が立ちはだかります。新治の家の貧しさ、妬みから流された悪い噂、照爺の反対、初江に横恋慕する安夫、新治の乗る船を襲う台風など。それらをひとつずつ乗り越えながら2人が古風に関係を育んでいくさまは、ともすると緩慢に感じられるかもしれません。しかし、ゆっくりと育まれた二人の愛は瑞々しく堅固なものなのです。

パチンコ屋も酒場も一軒もない村ですが、自然は豊かです。島を洗う波、彩る草花、虫や鳥たち。三島は快活で鮮やかな筆でそれらを描きます。しかし、自然は獰猛でもあります。台風が海上の新治を襲う場面では、畳みかけるような筆致で海と新治の闘いが描かれ、読者は自分も船の上にいるような気持ちになってハラハラすることでしょう。どんな場面も、読んでいると映像が浮かぶように描いてしまえるのが三島です。

貧しく学もない新治ですが、海で鍛えられた逞しい体と母や弟を守ろうとする責任感や優しさ、若者らしい純朴さを備えており、とても魅力的です。いくつもの苦難を乗り越えた先のハッピーエンドは本当に清々しく、灯台のもとで自信に満ちた微笑みを交わし合う若い二人を心から祝福したくなることでしょう。

松本清張が開いたミステリーの新境地『砂の器』

東京・国電蒲田操車場で、男性の扼殺死体が発見されるところからストーリーが始まります。手がかりは、事件前夜、蒲田駅近くのバーで見られていた、被害者の東北鈍りと、カメダという言葉だけ。捜査にあたるベテラン刑事の今西は、若手部下の吉村と共に、調査に乗り出します。

やがて浮かび上がる容疑者や、決定打となってくれない手がかり、そして続く第二の殺人事件、第三の殺人事件。ハンセン氏病を物語の重要なテーマとして取り入れたこともあり、発表当時から、世間からの注目度は非常に高い作品でした。方言を謎解きの重要キーに設定するなど、当時のミステリー作品として、とても斬新な試みがされていたのも、本作の特徴です。

著者
松本 清張
出版日

殺人事件を取り巻く、刑事や犯人の動静を、丹念に描いた長編作品です。松本清張作品の中でも、非常に高い知名度を持っているもののひとつであり、代表作と言っても過言ではないでしょう。

また、映画化はもちろん、過去何度もテレビドラマ化された作品でもあります。毎回様々な解釈や演出がされるという、時代を超えて支持されている一冊でもあります。初めて松本清張の作品を手に取る人にも、おすすめの作品のひとつですね。

旅こそが人生『旅のラゴス』

主人公のラゴスは、突如文明を失った世界を旅する男。本作は、彼が様々な土地を訪ね、そこで暮らす人々と出会い、去って行く物語です。

旅は生涯をかけたものです。幼少期での苦労、青年期での成功、そして老年期……成長こそが旅なのだと、静かな描写で描かれていきます。ラゴスの旅を追ううちに、きっと読者はこれまでの人生を穏やかに思い返すことでしょう。

SFの要素はありますが強くはないので、そのようなジャンルに触れてこなかった人も親しめる作品です。

著者
筒井 康隆
出版日
1994-03-01

物語の舞台は地球では無い、とある惑星です。文明を失った代償として人々が獲得した超能力により、ラゴスは多くの超常的な現象に遭遇しながら旅を続けます。

ここでの超能力は、魔法のようにあっという間に望みをかなえるようなものではありません。その生々しい描写はどこかユーモラスでもあります。

長い旅の途中で、ラゴスは何度も旅をやめるタイミングと出会うのですが、それでも彼が足を止めなかったのには、彼の旅の目的が強く影響していました。

過酷な境遇も淡々とした論調で静かに語られています。章の区切りが物語の節目になっているので、短編集のように気軽に名作を読むことができますよ。

数学の美しさとは関係性の美しさ『博士の愛した数式』

「私」は、事故によって長時間記憶を維持することができない数学博士のもとへ派遣された家政婦で、本作は彼女の視点で描かれていきます。記憶ができなくても博士の数学への愛は深く、数字を見ればすぐにそれに関わる数式を連想するほどです。

コミュニケーションを取ることが困難な博士と家政婦を結んだのは、数式を思い起こさせる家政婦の息子の存在でした。彼を通して、博士と「私」が穏やかな仲を築いていきます。

著者
小川 洋子
出版日
2005-11-26

博士の記憶は80分しか持ちませんが、彼がこれまでに築いてきた人格は変わりません。靴のサイズひとつをとっても思い起こすのに使うのは数式で、その姿はまるでとりつかれているように見えるかもしれません。彼は数式の美しさを感じているのです。

「私」の息子はルートと呼ばれました。博士曰く、頭の形が平らでルート記号のように見えるからだ、とのこと。どんなに彼のことを忘れても、またすぐに覚えられる名前なのでしょう。彼と深く結びついたことで、博士は多くの安らぎと痛みを得るようになりました。

数式の美しさ、と言っても、ピンと来ない読者が大半かもしれません。本作には様々な数式が出てきますが、その内容を理解する必要はなく、人と人とを結ぶひとつの形としてとらえれば良いのだとわかるはずです。

星新一のベスト盤!『ボッコちゃん』

星新一作品の中から、本人が気に入って選んだ50編のベスト盤のような作品集。

表題作「ボッコちゃん」はとても怖いですが、途中では絶対に引き返せません。怖いもの見たさ?いいえ、面白過ぎるからです。

バーのマスターである主人公が作った美人ロボット「ボッコちゃん」に、男性客が恋をしてしますのですが……。

このどんでん返し、映像で見るよりずっとリアルだし、奥が深いですよ!

著者
星 新一
出版日
1971-05-25

また収録作品の中の「殺し屋ですのよ」という作品もおすすめです。

この一編は、観月ありさ主演で「世にも奇妙な物語」という題名で実写ドラマ化されましたが、いわゆるあり得ない完全犯罪を肯定させた話です。

自称「殺しや」と名乗る女が、看護師という自分の職業を利用して、ある男と「殺人契約」をし、架空の殺人事件を展開して見せるというストーリー。騙された方も騙した方も、共に傷つかず満足な結果で終わっているこの話、真似できそうで出来ないのは、模倣犯が出現しない事で証明されていると言えます。

『ボッコちゃん』には、こう言ったホラー風でありながら質の高い話が満載です。まずはご一読を。

宮沢賢治の代表作!『銀河鉄道の夜』

賢治の作品のなかでも特に有名なのが『銀河鉄道の夜』でしょう。国語の教科書などで目にした経験もあるのではないでしょうか。

主人公・ジョバンニは銀河祭りに行くと言って家を出ますが、途中で同級生のザネリたちにからかわれ、銀河祭りとは反対方向の町はずれの丘に向かいます。そこで一人星空に思いをはせるジョバンニでしたが、突然「銀河ステーション」というアナウンスが響きます。突然目の前が光に包まれ、気が付くとジョバンニは銀河鉄道の中にいたのでした。そこにはカムパネルラも一緒に乗っていました……。

著者
宮沢賢治
出版日
2011-04-15

童話として位置付けられている作品ですが、大人が読んでもそのテーマ性の深さに引き込まれる宮沢賢治の名作です。特に有名な一節「けれどもほんたうのさいはひは一體何だらう」は現代語訳で、「本当の幸せとは」と問う部分ですが、読み手の想像を大いに掻き立てます。

また『銀河鉄道の夜』は賢治の信仰していた法華経の宗教観や思想が強く反映されているとも言われています。しかしジョバンニの名前はキリスト教の洗礼名から、カムパネルラの名前は神学者の名前から取られたのではないかと推測されており、キリスト教の要素をふくんでいるとも考えられているようです。2つの異なる宗教観の調和が、この物語の面白さの要因と言えるのかもしれませんね。

ジョバンニの銀河鉄道の旅がいったい何を意味するのか、読む人によって意見が分かれるでしょう。しかしそれもまた、宮沢賢治の作品の魅力なのかもしれません。

大人になったからこそ、改めてきちんと読みたい作品です。

過去の分岐点に気づけば、スタートできる『流星ワゴン』

主人公の永田一雄は、会社をリストラされ、妻はテレクラで男と不倫、息子は家庭内暴力……という悲惨な状態です。死を覚悟した一雄の前に、一台のワゴン車が停まったことからこの物語は始まります。その車には五年前一雄が偶然見た新聞で交通事故により死亡が書かれていた橋本親子が乗っていました。

橋本は、こう言います。自分たちは死者で、一雄を大切な場所に連れて行くと。一雄を人生上の分岐点に連れ戻そうとするのです。

著者
重松 清
出版日
2005-02-15

自分の人生の分岐点に気づけるか?というのが大きなテーマです。今まで自分が積み重ねてきた「選択」が今という結果になっています。過去の、何ともないと思っていた出来事の中に、人生の分岐点は含まれていたのです。でも、その分岐点に気づくのは、ほとんどが分岐点を通り過ぎた後なのです。ではどうしたらいいのでしょうか。

過去の分岐点に戻った一雄は悩みます。そして、ある考えに至るのです。自分の人生には、いろいろな後悔がある。でも、大事なのは、その一つ一つを自分の中で、受け止めていくことなのではないかと。どんなに辛い現状でも受け止めて、諦めず、自分のできることを精一杯やろうと。

2015年にはドラマ化された本作は、重松清の小説の中でも代表作といえるでしょう。今日という一日を大切に生きようと強く思わせてくれます。

村上春樹の名作、長編小説1作目『風の歌を聴け』

人が一時期だけ会っていた誰かについて語ろうとする時、その人の全てを語ることはほぼ不可能です。その人について知ることができるのは断片的でしょうし、短い期間の関わりであれば明確に覚えていることもありません。

この小説『風の歌を聴け』には、誰かと深く関わったことや、人生の転機、かけがえのない経験などが描かれているわけではありません。登場人物は、みな通りがかっただけのような描写に留まります。

著者
村上 春樹
出版日
2004-09-15

主人公「僕」の視点から語られる、若い時分に夏を過ごした故郷の街での話です。友人の鼠とバーで飲んでいたところ、彼は洗面所で倒れていた女性を発見しました。左手の指が一本欠けており、後にレコード屋で再会を果たします。かなりインパクトがある出会い方ですが、それについてあまり深くは語られません。

また鼠からは、何か悩みを抱えているような話もあるのですが、それもはっきりと描かれないようになっています。

「僕」が見ているのは、あくまでも彼と触れている時の、彼へ向けた態度だけです。目の前に居る人と断片的にしか関われていないということを、「僕」と同じように読者も体験します。見えない繋がりは見えないまま描かれ、やきもきするかもしれませんが、その見えないものに挑むことが、本作で描かれていることを掴むことになるのです。

体制に向かう弱者の勇気を描いた名作小説『蟹工船』

一隻の蟹工船、「博光丸」が本作の舞台です。戦前のカムチャッカ半島沖海域、過酷な環境のもとで働く労働者の姿を取り上げています。そこに描かれているのは、苦悩や忍耐、怒りや闘いなど、弱い立場の者が発した心の叫びです。

本作『蟹工船』は1929年に文芸誌『戦旗』で発表され、各国で翻訳されるなど日本プロレタリア文学の代表作です。

著者の小林多喜二は、1903年秋田県生まれ。デビュー作は1921年の『老いた体操教師』。プロレタリア作家の立場を貫いたために、当時の特別高等警察に弾圧を受けます。1933年2月20日、逮捕後の獄中でその生涯を終えます。

著者
小林 多喜二
出版日
1954-06-30

タイトルにもなっている蟹工船は、漁獲した蟹を船内で缶詰に加工する工場施設を持った船です。「北洋の監獄部屋」や「地獄船」とも呼ばれ、専門に作られたものではなく、老朽船を改造または現役の貨物船を期間限定で利用しました。

物語ではこの航船とも工場ともいえない船に、低賃金でも働かざるを得ない、貧困層の出稼ぎ労働者が集められます。特定の主人公という設定はなく、乗り込んだ労働者全体を描いているのが特徴です。過酷な労働条件や暴力、虐待の日々が続く蟹工船乗組員の生活が描かれていきます。

会社の目的は、缶詰の生産性を高め利益を得ること、そのためには手段を選びません。低賃金で集めた労働者を人として扱わず、権力や暴力で従わせます。また、政府も国策である北洋漁業振興のため、会社側の非道な扱いを黙認しています。

船長よりも強い権限を持つ会社が送り込んだ監督、浅川の非情さは筋金入りです。

「人間の命を何んだって思ってやがるんだ!」
「人間の命?」
「そうよ」
「ところが、浅川はお前達をどだい人間だなんて思っていないよ」
(『蟹工船』から引用)

安い賃金や重労働、監督浅川の暴力など心身ともに休めるときはありません。うっ屈した日々が連綿と続きます。

ある乗組員の死をきっかけに事態は急展開。これまで抑え込んでいたものを一気に解き放つ、弱い立場の者が強い者(体制)へ立ち向かう姿がそこにあります。

発表されて以降、舞台や漫画、映画の題材として取り上げられている作品です。また搾取する者とされ者という内容が、実際の社会問題とシンクロして脚光を浴びムーブメントが起きたこともあります。

たしかに、本作には美しい言葉づかいや情景の描写はなく、厳しい労働環境や暴力、虐待など気が滅入る内容ばかりに目がいきます。しかしながら、虐げられたものが立ち上がる思い、勇気を教えてくれる一冊です。


どれもかけがえのない読書体験を約束する作品ばかりです。腰を落ち着けてじっくりと浸るもよし、少しずつゆっくりと読み進めるもよし、ライフスタイルに合わせて名作に親しみましょう。

この記事が含まれる特集

  • #本好きな人と繋がりたい

    すっかり生活の一部となりつつあるSNS。読書好きの人のなかには、インスタグラムでおしゃれに本を紹介している人もいるんです。「映え」のポイントなどを解説していきます。目指せインフルエンサー!

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る