鶴見俊輔のおすすめ本5選!日本の思想家、哲学者

更新:2021.11.8

小卒でハーバード大卒という異色な経歴をもつ、日本を代表する思想家、鶴見俊輔は数え切れないほど多くの著作を残しました。専門の哲学から歴史、果てはマンガに至る知識の守備範囲の広さと鋭い分析を知る手がかりとなる5冊を、ここで紹介します。

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鶴見俊輔とは

鶴見俊輔(1922〜2015)はエリート一家生まれの日本を代表する思想家。東京帝国大学卒で衆議院議員も経験した父と、厳格な母の間に生まれました。

子どもの頃は不良少年で、母親の厳格な教えに反抗して、女性と関係を持ったり、自殺未遂を重ねたりと波乱万丈な日々でした。

鶴見は父の勧めでアメリカへ留学し、小卒でハーバード大学に入学するという異色の履歴書をもっており、大学では哲学を専攻、日米開戦後、FBIにアナーキストとして送られた収容所内で卒業論文を書きました。

アメリカから帰国後に従軍した戦争の当事者ですが、日本が敗戦する雰囲気を同時代にあって感じとる鋭さも持ち合わせていたのです。

戦後は『思想の科学』を創刊、東京工業大学の大学教員などを務め、60年安保闘争に関わったり、従軍慰安婦の補償を行う基金に参加したりと、左派系の行動派の思想家の顔をみせ、丸山真男らと並ぶ進歩的文化人の代表格と言える存在でした。

彼の思想は、エリート生まれや戦争体験を背景に生まれています。学業成績でトップをとるような優等生が権力を握り、非人道的な戦争を主導する一方で、敗戦で状況が変わると方針をころっと変える抜け目のなさを「一番病」と呼び批判しました。

幼少期の不良少年化も、戦後の著作活動も「一番病」への攻撃が根底にあり、無政府主義者なのも、左派系に寄りながらもマルクス主義に対してははすに構えたのも、常に生活世界の視点を大切にしていたからと言えるでしょう。
 

鶴見俊輔に聞く。戦争と戦後社会

二人の社会学者、上野千鶴子と小熊英二が鶴見俊輔に戦争体験、戦後体験の聞き取りを行ったものです。

不良少年時代から、ハーバード大へ入学、アメリカに抑留された経験、そして帰国後、太平洋戦争で徴兵され、一人の戦争当事者として人の「死」を間近に体験した戦争体験を事細かに振り返ります。

そして、戦後になって太平洋戦争を主導したエリート、権力への反抗をエネルギーに、60年安保闘争やベ平連、女性のためのアジア平和国民基金へ関与する生き方が語られます。
 

著者
["鶴見 俊輔", "上野 千鶴子", "小熊 英二"]
出版日
2004-03-11

この本の面白さは、以下の二点にあると言えるでしょう。

第一に、具体的な戦争体験を知ることのできる材料となっている点です。

「鶴見」というフィルターを通して語られる具体的な戦争の経験は、反権力的な知識人が、総力戦の抑圧にどう振る舞ったかを教えてくれるし、それは私たちの戦争に対するイメージを変えるかもしれません。

そして第二に、この本では戦争経験だけでなく、戦後経験までを聞き取る点、そしてその聞き取り作業を戦後世代が行う点でしょう。
 

戦争が語られるとき、世代間で戦争に対する認識の違いが現れます。少なくともこの本は、聞き手が戦後世代である点に自覚的であると言え、だからこそ、戦争がどのような爪痕を社会に遺したのかという問題を鮮明にできるのだと思います。

戦後〇〇年といった形で語られる現在は、戦後世代と言えるでしょう。しかし、戦争の語り手の高齢化でその経験は若い世代にまで伝わりにくくなっています。この本は、そうした経験を知る読み物として、また戦後とは何かといった大きな問いを冷静に見つめ直す題材として最適でしょう。

鶴見俊輔を通して見えてくる芸術の姿

芸術分野においても鶴見は示唆に富む論考を残しています。専門家によって営まれる芸術を「純粋芸術」、専門家によるものだが大衆に向けてつくられるものを「大衆芸術」とし、芸術を専門としない者によって生み出されるものを「限界芸術」と考えました。

例えば落書きや鼻歌、花火、デモなどは限界芸術であり、普段から私たちが日常的に実践しているようなものを芸術という範疇で捉えようとしたものです。

著者
鶴見 俊輔
出版日
1999-11-01

芸術と聞くと、敷居の高いもの、美術館などで展示してある権威性の帯びたものというイメージがありますが、鶴見は限界芸術という概念によって、私たちは芸術を享受するだけでなく、生産もする存在であるということを示しています。

この本は、西洋近代芸術的な受動的、間接的な関与ではなく、自ら実践者として直接的に関与するという新しい芸術の楽しみ方を提示してくるものです。

ここでも、鶴見の一貫した日常の実践を大切にする姿勢が読み取ることができ、柳田国男や柳宗悦などを挙げて、限界芸術の理論的な土台を固めつつ、黒岩涙香らの実践の分析や、漫才や日本映画の論考など幅広いテーマを平易な表現で記しています。

半生を振り返ることで見える鶴見俊輔の思想の原点

80歳という高齢にもかかわらず、7年間に渡って『図書』で連載した文章に、書き下ろしの結びを加えた書物です。人生の中で出会った本や人、そして自分が下した決断などについて様々なテーマにジャンプしながら回想しています。

鶴見俊輔という人物の博覧強記さ、卓越した知性を80代になっても鈍らせることのない文章には目を見張るものがあり、鶴見の思想の原点にある戦争の経験という大きな出来事を、古さを感じさせない鮮やかな文体で描いています。

著者
鶴見 俊輔
出版日
2010-03-20

鶴見の人生を振り返る内容の文章は色々なところで見つけることができます。戦時中、日本の勝利を信じないがゆえに孤独だった心中や、シンガポール軍港で空爆に耐える恐怖などを、無駄な飾りを施さずにシンプルな文体で描かれているのが特徴です。

また、丸山真男との一コマなど、鶴見の視点を通して描かれる有名な思想家の姿も、非常に興味深く、連載がもとになっていることもあって、一つの話が短く、スラスラ読めるため、鶴見俊輔を初めて読む方にもおすすめです。

教育はどうあるべきか、そしてどう生きるべきか

自分の人生を振り返りながら、教育のあるべき姿を問う本です。人は生きている間、常に自己を教育するもので、「どのように生きるべきか」という問いかけをすることで、人生が豊かになります。自分の生き方を周りの環境と付き合わせながら考えてきた鶴見俊輔の人生論とも言えるでしょう。

この本は、私たちの教育に対する認識がいかに限定されたものかを教えてくれるもので、同時に自身の生き方を選択していく上での一つのアイデアを提示してくれるものでもあります。

著者
鶴見 俊輔
出版日
2010-03-17

教育=学校教育というイメージをどうしても抱いてしまいがちではないでしょうか。そしてそこで行われていることは、教えられる内容の定まったことを、教師から学生に一方向的に伝えられるという営みです。

大講義室の前に立つ教える側は、どこか権威を帯びた存在で、伝えられる知識も権威性を帯びたもの、つまり正しいものと鵜呑みにしてしまいがちですが、本来教育は、「教える」と「教えられる」の双方向的な営みであるべきなのです。「教える」のは教師ばかりではなく、学生から教わることもあるといったように。

本当にその知識が正しいのかを問う姿勢、考える姿勢を育むことが教育のあるべき姿であり、同時にこれは豊かな人生を送るために重要な考え方と言えるでしょう。

近代化によって日本人が手放したものとは何か

鶴見俊輔と関川夏央の対談をベースに綴られた本です。明治維新以降、日本社会はどのような構造を辿ってきたのか、そして東日本大震災を経験したいま、どのように生きていくべきなのかを考えさせられます。

明治維新以前には、自由な思想をもつ個人がいて、自分たちで国をつくる気概に溢れた時代がありました。しかし、そうして生まれた新たな国家は逆に「檻」として自由な個人を縛り、その結果「優等生」を生んでしまいました。

この本でも、大衆の中で育まれてきた実践に本質があると考え、エリートや権力を信じない姿勢が一貫されています。「悪人」として生きてきた鶴見の生き方に深みを与える内容と言えるでしょう。

著者
["鶴見 俊輔", "関川 夏央"]
出版日
2015-10-07

江戸から明治にかけて、そして現在に至るまで日本がどのような社会構造を辿ってきたのかを整理する鶴見の視点は面白いです。

「一番病」や「スキンディープ」、「樽」といった鶴見独特の、そして頻出のキーワードで、権力がどれほど薄いものか、そしてどれだけ自分がそれに対して懐疑的であったかがうまく表現されており、「悪人」として生き、父親のようなエリートの道へ進まなかったという鶴見の選択は、そうした鶴見の歴史理解が根底にあるのでしょう。

対談形式ということもあって、論旨が追いやすいのも特徴です。関川にとって、鶴見は大きな存在ですが、臆することなくうまく鶴見の本音を引き出しています。

波乱万丈の鶴見の人生とその考え方を知る手軽な読み物として、また今後の日本をどのように作っていくかを考える材料として、この本は最適でしょう。

以上で見てきた鶴見の著作には、彼の思想がはっきりと現れています。それは権力を信じずに、日常の実践のなかで営まれるものに本質があるとする考え方です。鶴見俊輔というと左派と連想される方も多いでしょうが、実は左派的な思想から離れた発想も持ち合わせているのです。抽象的な議論よりも、日常に寄り添う姿勢の方が、多くの人にとって親近感の湧くものです。「偉大」なのにもっとも身近な思想家という稀有な存在だったと言えるでしょう。

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