鎌倉時代末期から南北朝時代に突入するまでの動乱の時代、このころ活躍した武将として、足利尊氏、楠木正成そして新田義貞があげられます。今回はこの3人のなかでひと際いぶし銀の輝きを放つ新田義貞について理解する本を、4冊ご紹介しましょう。
新田義貞は鎌倉時代後期から南北朝時代のはじめにかけて活躍した武将のひとりです。この頃の有名な武将には足利尊氏と楠木正成がいますが、この2人と新田義貞をあわせてトップ3だといえるでしょう。ただ彼は他の2人と比較するとやや地味な存在で、戦も負けが多く現代では低い評価に甘んじています。しかしながら彼の人生は非常に波乱に満ちており、ファンが多いのも事実です。
彼の生まれた年は分かっておりませんが、おそらく1300年にくらいだろうと言われています。正式名を源義貞といい、新田氏の本宗家の8代目棟梁でした。源氏嫡流という非常に良い家柄であったにも関わらず、北条氏との折り合いが悪く不遇の日々でした。幕府への不満があり、足利尊氏の六波羅襲撃に呼応して倒幕に転じ、激戦を制して鎌倉幕府を滅亡させます。
その後上洛し官位を得ましたが、やはり尊氏よりも低い位で、これが後に彼を苦しめる原因にもなります。後醍醐天皇と尊氏が決裂すると、新田は天皇側につき、後に裏切られることになるのですが、律儀に南朝方として活動しました。
その後尊氏と戦い結果的に敗北、北陸に後醍醐天皇の皇太子を連れて移動しますが、最終的には討たれてしまいます。
鎌倉幕府を撃破したときの勢いは目を見張るものがありましたが、その後は出自のよさと位の低さによる政治的な駆け引きの難しさと、義を重んじるタイプの性格とのジレンマによりはっきりとした行動が取れず、それが彼の敗因でしょう。しかし一方で、古き良き武士の美学を最後まで貫いた男だったともいえるのではないでしょうか。
1:千早城の戦いの謎
幕府に不満があった新田ですが、楠木正成が幕府軍と戦った千早城の戦いで、当時京都にいた彼は幕府の動員命令に従っています。真面目な性格かと思いきや、なんと途中で病気を理由に無断で地元に帰ってしまいました。ちなみに地元は群馬県で、仮病の可能性が大きいですが、なぜ戻ったのかはわかっていません。
2:稲村ヶ崎での奇跡
鎌倉への進撃を続ける新田でしたが、鎌倉幕府は地形的に山が多く、攻略に難しいものがありました。そこで新田は海側から回りますが、幕府の守りは鉄壁。しかし彼の軍は干潮を利用し突破します。
その際、新田が黄金の刀を海に投げ入れたら、龍神が潮を干かせたという逸話が残っています。潮の干潮の時間帯を幕府側が把握していなかったとは考えられないので、龍神ではないにしろ、新田に運が傾いていました。
3:同じ源氏嫡流でも不遇だった
足利尊氏と新田義貞は同じ源氏嫡流で家柄は良かったにも関わらず、新田は無位無冠でした。尊氏は従五位上で治部大輔でしたので、その処遇の差は歴然。結局討幕後も新田は尊氏の位を抜くことはできませんでした。
4:奥さんが美人すぎて負けた
新田の奥さんは勾当内侍といい、鎌倉幕府を倒した恩賞として後醍醐天皇から与えられた人でした。彼女が非常に聡明かつ美人で、彼もぞっこんだったようです。建武の新政に反旗を翻した足利尊氏を京都で打ち破った後、九州に逃げた尊氏を追撃しなかったのは彼女との別れを惜しんだからだと『太平記』に記されていて、その間に尊氏は体制を立て直したとされています。その後、獄門にされた新田の首を見て嘆き悲しんだ彼女は、尼になったとのことです。
5:和睦のお土産にされかかった
懸命に後醍醐天皇のために働いた新田ですが、楠木正成が後醍醐天皇に、「新田を討ってそれを土産に尊氏と和睦の交渉をしたらいかがですか」と進言しました。さすがに聞き入れられませんでしたが、あんまりな提案です。またその後の尊氏と後醍醐天皇の和睦交渉も彼は知らされておらず、実質的に天皇に裏切られた形となっています。
悲運の武将、新田義貞の人間的魅力をあますところなく記した、新田次郎の連載小説を単行本化したものです。関東と京都の違い、足利尊氏との奇妙な関係、後醍醐天皇に対する態度などを、非常に繊細な感覚を持った人物として描かれています。
上巻は15章から構成され、彼が誕生し、大番役として京に出向して戻ってくるところまで。鎌倉幕府撃破は下巻に収録されています。
ここでの新田は、常識人であるが熱血漢でお家再興のため尽力する人物とされています。北条氏との確執、源氏嫡流としての矜持、後醍醐天皇や足利尊氏との関係など、常に政治的ジレンマに陥っていたなかで、事態を打開するためにときに熱く、ときにクールに行動する人間臭い新田像が楽しめるでしょう。
- 著者
- 新田 次郎
- 出版日
章の終わりには筆者による注釈が添えられており、時代背景の理解を助けてくれるでしょう。またそれらに対する筆者の見識も記されています。
後半、物語は徐々に熱気を帯びていき、新田と楠木という東西の武将の美学の違いが読んでいて切なくなります。下巻で彼らがどういう末路を辿るか、すでに結末を知っているだけに、よけいに先が早く読みたくなる巧みな筆致です。
一般的に新田義貞という人物は、凡庸な才能の失敗した武将という位置付けで、楠木正成のような派手さも足利尊氏のようなきらびやかな経歴もない、と思われがちです。本作品は彼の過小評価に対する解答ともとれる、痛快な作品となっています。
全7章からなる本作品は、新田氏の家系から長楽寺再興、鎌倉攻め、建武政権での頓挫など、彼の政治家としての側面に光を当てたものとなっています。
武士としての生き方は非常に大切にしている一方で、リーダーシップの取り方や権力者との立ち回りに関しては無頓着という傾向が要所要所に出てきて、プレイヤー/マネジャーとはなにか、ということを考えさせられる内容となっています。
- 著者
- 山本 隆志
- 出版日
- 2005-10-01
鎌倉に向けての挙兵の部分がもっともボリュームが多くなっていますが、上洛後の彼が、武士道が崩れた時代になおも武士としての生き方を貫いた様子が、感動的に記されています。
自分の出自と位、近畿の武士との考え方の違いなど、常にちぐはぐさが付きまとう運命にあった新田が、最後まで鎌倉武士たらんとし最終的に北陸の政治圏を夢見て散った、という事実を丹念に検証した重厚な一冊です。
鎌倉幕府を滅亡させ、最後まで後醍醐天皇に忠を尽くし、足利尊氏と激烈な勝負をして人生の炎を燃やし尽くした新田を、南朝サイドから見つめた熱血小説が『義貞の旗』です。
500ページ近い、読み応えのある新田義貞伝。ここでの新田は義を重んじる正当な武士として描かれています。それにより楠木正成のような悪党上がりの武将との価値観の違い、足利尊氏の狡猾さ、後醍醐天皇の徳のなさが立体的に浮かび上がっているのです。
新田と尊氏の生き様の違いは何だったのか、2人を比較するとやはり最終的なゴールが雌雄を決したのだということが分かる、結末を知っている読者には少し切ない作品となっています。
- 著者
- 安部 龍太郎
- 出版日
- 2015-10-26
本作品は『小説すばる』に約1年間にわたって連載されていたものをまとめたもので、15章から構成されています。安穏とした生活を満喫しながらも何か熱いものを求める新田が、京都の大番役に任命されるシーンで物語は始まります。
一般的には非常に地味な存在である彼が活き活きと蘇るこの『義貞の旗』は、彼の別の側面をクローズアップさせることに成功しており、歴史ものという意識をせずに熱い男の物語として一気に読めてしまう作品です。
南北朝時代前後の状況の把握は『太平記』によるところが多いのですが、本書はその『太平記』を元に、人物を中心に再構成する試みがなされています。
この日本史上最大の動乱期に活躍した個性豊かな人物がどういう人であったのか、ということを詳細に検証しています。歴史の資料としてはいささか心もとない『太平記』ですが、それをもう1度資料性のあるものとして蘇らせる試みです。図版も満載で視覚的にも楽しめる内容になっています。
- 著者
- 森 茂暁
- 出版日
- 2013-12-25
『太平記』をベースにしているので後醍醐天皇を中心に書は進んでいきますが、新田もかなり頻繁に登場します。
教科書ではさらりと流されてしまう南北朝時代ですが、この書を読むと様々な人が様々な思いを持って活動していたのだな、という事実を再認識させてくれるでしょう。当時の人が何を考えていたのか、ゴールは何だったのかを考えながら読みたい一冊です。
一般的には地味な武将だと認識されている新田義貞ですが、彼を知れば知るほど人間味あふれる格好良い人物像が浮かび上がってきます。あの動乱の時期を駆け抜けたひとりの男が何を思っていたのか、考えてみるのも楽しいでしょう。